第50話「本当なら、すごい話ですけどね」
長年の不完全な夢が完成に近づいたということだけでも、カンナと出会えたことに感謝している。そう語った光介の表情は、晴れ晴れとしていた。
「こういうのって、現実に疲れた奴か、自分を特別な存在だって思いたい奴の現実逃避みたいなんだけど、サツキは前世の自分なんじゃないかって思うんだ」
「カンナサマのように?」
「千房かんなだけが生まれ変わってきているように錯覚してしまうのは、カンナサマを作ってしまったからだ。でも本当は、血華なら皆千房に生まれ変って来るんだろ?」
だから血華の家系なんだろ、と言う光介に良広は「ええ、まあ」と歯切れの悪い返事をしてから必死に記憶の糸を手繰った。父親が昔買い集めた書籍の内容である。出版年はもうだいぶ古くなっているが大まかな内容は今でも通用するだろうからと、父親はわざわざ自分が持っているもの全てを良広の部屋に運び込み、読むように勧めたのである。良広もこの時ばかりは父親の言うことを素直に聞き入れることしか出来なかったので、出来る限り読んだつもりだ。その中で何度も目にし、中には傍線や蛍光ペンで受験の重要語句並みの扱いを受けていた単語があった。
『特に仏教において、死者はその氏族に生まれ変わり続けるとされている。これを輪廻転生という』
無意味に覚えてしまった一文を繰り返すと、良広は奇妙な思いに囚われた。もしこの輪廻転生が本当だとしたら、今ここにいる全員が、そっくりそのまま昔の誰かだということになる。そして生まれ変われるのが自分の親族に限られるとするならば、もしも血筋が途絶えてしまった家の者の魂はどこに行くのだろうか。あの世とこの世の狭間に彷徨う事になるのか、それとも人間以外に生まれ変わるのか。
「私も千房の誰かだったかもしれないんですね」
もしかしたら、今日初めて会った光介やカンナとも兄弟だったり親子だったりしたのかもしれないと思うと、急に親近感が沸く。それは光介にとっても同じであった。
「もし、サツキの父親がカンナの前世なら、カンナは俺のお父さんってこと」
「本当なら、すごい話ですけどね」
良広は苦笑いを浮かべて、布団に寝かせた咲を見下ろした。室内だというのに吐く息が白い。それでも咲は一人で笑っている。布団の中が暖かいから笑っているのでも、良広と光介が話していることを聞いているわけでもないのに、実に楽しそうである。しかしその笑顔を腐れかけた花を散りばめたかのようなシミが覆っている。一度はカンナサマとされた咲は、一体誰の生まれ変わりなのだろうと良広は漠然と考えた。
咲があくまで仏間にいなければならないのなら、自分も仏間でいいと光介に打診する気でいた良広だったが、結局光介を信頼することにした。しかし咲の面倒は自分が診なければという責任感から、せめて咲に何かあった時にすぐに駆けつけられる部屋を、とわがままを言った。すると光介は、都合のいい部屋は仏間のちょうど真上の部屋しかないという。しかもそこはすでにカンナが使っていた。
「良広が変なことしなけりゃ、僕は構わないよ」
どこで話を聞いていたのか、いつの間にかカンナは仏間の前に立っていた。光介に、咲の枕を北向きにしてもう一つその横に布団を敷くように言いに来たらしい。
「健司さんか?」
「ううん、こっちに向かってるっていう連絡は入ったけどね」
主体は僕だから、と言ってカンナは良広に一瞥をくれた。どうやらついて来いということらしい。良広がカンナについて階段を昇ると、よく磨かれた階段が音を立てて軋んだ。他の家の階段は昇りにくいものだとかねてより思っていた良広だったが、この家の階段ほど急で幅が狭いものはなかった。そんな梯子のような階段を、カンナは嫌味なほど楚々とした様子で昇っていく。ふと見上げた先にあるカンナの足は裸足である。通りで昇りやすいはずだと良広は納得したが、それと同時にハッとした。厚手の靴下を履いていても床の冷たさが足の裏に染み込んでくるというのに、カンナは平然としている。しかも着物一枚という薄着だ。見ているほうが風邪をひいてしまいそうだった。
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