三章『一難去って、また一難』

 時計の針は1時を指し示し、午後の授業の開始を伝える予鈴が学園内に鳴り響く。

 そんな中、刃哉は桜の舞い散る外のベンチに腰掛けていた。


「どうするかなぁ••••••」


 今回は迷ったわけではない。この状況になったのは、この学校の授業方針のせいだった。

 この時間帯の授業は、各個人の能力に合わせた選択性の授業となっている。風を操ったり、氷を生み出せたり、炎を纏ったり出来たりしても、使い方がわからなければ宝の持ち腐れとなってしまう。

 もちろん、技術や特訓はそれぞれが自主的に行わなければならないものだが、基礎知識がなければ何をやればいいのかさえ分からないだろうからそれくらいは授業で教えてあげよう、ということらしい。

 その選択授業には当然刃哉の能力に合うものがあるわけもなく、萩坂先生に尋ねたところ、


「別に好きにしてて構わない。なんか適当に授業に出てもいいし、出なくてもいいぞ」


と言われ、昼食のお弁当(雪奈作)を響と共に教室で食べた後、他の先生に使うからと教室を追い出され、今に至る。


「明日からは響とか雪奈と一緒に授業受けさせてもらうか」


 この時間に寮に戻っても特にすることもない。せっかくなのでまだ行ったことのない図書館などを巡ってみよう。


「だれでしょ〜」


 そう思い立った時、視界が暗闇に染まる。後ろから聞き覚えのある特徴的な声と口調と共に手で目隠しをされていた。


「その声は不知火先輩だな」

「せいか〜い」


 手が離れてから後ろを振り向くと、昨日道を教えてくれた不知火しらぬい 魅夜みやが立っていた。制服の上着は相変わらず両肩ともずり落ちている。

 魅夜は、回り込んで刃哉の隣に腰掛けた。


「何してるの〜?」

「何もしてない、というか何もすることがないって感じだ」

「授業は〜?」

「色々あって、俺は授業がないらしい」

「それもそっか〜、『測定不可能』だもんねぇ」


 魅夜はクスクスと笑う。伸ばす声は感情を読み取りにくいので、表情に出してもらえるのはありがたい。それが本音じゃない場合もあると思うが、それを信じるしかない。


「なぜそれを?」

「今1番旬な話題だよ〜。みんな君がどんなやつなのかって気になってるみたい〜」


 発信源は深山みやま すずなのは確定だが、他学年に伝わるにはかなり早い。手回しがいいというかなんというか、嬉しいことではないが賞賛せざるを得ないだろう。


「それはあまり良い知らせじゃないなぁ」

「そうかなぁ〜?逆に〜これをチャンスにすれば〜?」

「というと?」

「ここでみんなに良いイメージを持って貰えば〜いいんじゃないのかな〜」


 魅夜は可愛らしく小首を傾げて言う。

 確かにその提案はうまくいけば、かなりのイメージアップに繋がるだろう。今みんなにあるイメージは、能力者なのに髪が黒、萩坂先生の攻撃を凌いだ、レベルが測定不可能、と悪いものばかりだ。

 失敗すればさらなるイメージダウンは避けられないが、これ以上下がりようがない気もする。


「なるほどな。確かにそれはいい考えだな」

「でしょ〜?」


 納得して頷く刃哉に魅夜は得意げな表情を浮かべる。


「あとは機会があれば••••••まあ、その時が来たら頑張ればいいか」

「だね〜。そういえば〜話し方変わった〜?」

「敬語は苦手で。気になるなら敬語にしますけど」

「別にいいよ〜」

「ならこのままで」


 それから少し他愛もない世間話をしたあと、魅夜はぴょんっとベンチから跳び、それから刃哉の前に立つ。


「私はもう行くね〜」

「もし、計画が上手くいった時は何か奢らせて貰いますよ」

「楽しみにしとく〜」


 魅夜は振り返って手を大きく振って歩き始める。すらっと長く出るとこも出ている体型と違って行動は色々と子供っぽいところがある。

 歩いていく姿を見送っていると、何かを思い出したかのように、またこちらを向いて引き返してきた。


「どうしたんだ?」

「そういえば〜」


 ポケットから取り出した四つ折りの紙を開いて刃哉の前に突き出す。

 紙には1人の少女の写真と「指名手配」という文字が大きく書かれていた。


「この人〜お知り合い〜?」


 指を差した先にある写真に写る少女に刃哉は見覚えがあった。それに確信を持たせるように下に書かれている名前はやはり知っているものだった。

 そこに写る長い黒髪に緋色の瞳を持つ少女──すめらぎ 芹亞せりあは刃哉の実の姉だった。


「まったく、うちの姉は何をやってくれやがるんですかねぇ」

「お姉さん?」

「一応。久しぶりに見たと思えば指名手配とは、まあ姉貴らしいといえば姉貴らしい」


 刃哉は呆れたように言いながらも姉の行動に対して口元を緩めて笑う。

 だが、魅夜は自分の姉が指名手配されている事に対して驚きもせず、逆にヘラヘラと笑う刃哉に驚きを隠せずにいた。


「どうして笑ってるの〜?」

「いや、今年は年賀状が来なかったからどうしたのかと思ってたんだけどま、まさか指名手配されていたと思うと笑いがな」


 笑いながらも刃哉はある事に気付き、1つの可能性を思いつく。


(指名手配されたってことは何かをしてるのを見つかったのか?姉貴に限ってそんな失敗をするわけがない)


 なら考えられる理由は1つだけ。


「••••••俺に会いに来たのか」

「どうしたの〜?」

「いや、なんでもない」


 捕まった兄とは違って、しっかりと計画を立てて行動する姉は、写真を撮られた上に指名手配されるなんてドジを踏むことはない。

 ならば、わざと写真を撮らせた可能性が高い。

 おそらくこれは俺に対して、一報いれたつもりなのだろう。


「私はもう行くね〜」


 魅夜は何か面白いことでも見つけたように笑い、考えごとをしていた刃哉に声をかける。

 刃哉はそれを聞いて立ち上がる。年下として年上を見送るのに座ったままは失礼だと今気づいたからだ。

 

「わざわざ教えに戻ってきてくれて助かりました」

「最初からこれを教えにきたから〜これはあげる。じゃあね〜」


 刃哉に紙を手渡してから魅夜は足早に立ち去る。鼻歌を歌いながらスキップをしていたので足早というには少し違うかもしれない。

 立ち上がって魅夜の姿が道を曲がって見えなくなるまで見送った刃哉は再びベンチに腰掛ける。


「3年ぶりに会いに来ると思えば、伝えるために指名手配されるとは••••••」


 頭を抱えて、はぁと1つため息を吐く。刃哉の心には怒りや驚きはない。

 今回の姉の指名手配や、兄の逮捕に対してあまり過度な反応をしない理由は特殊な家庭環境にあった。

 兄は言うまでもなく凶悪な犯罪者である。

 他には例えば父親。ロシアのマフィアのボスをやっていて、刃哉の生活費や諸々の金銭的援助は全て父親から送られてくる。

 そして、母親は日本の裏を取り仕切る組織の元締めで、困った時にはよく根回しをしてくれる。

 あと、1歳下の妹もいるが三年前に姉と共に家を出てからどこにいるかは分からないが、3人とも年賀状が届いているので、生存は確認出来ている。


「まあ、生きてるならいいんだけどさ」


 その結果、どこでなにをしているかよりも生きてるかどうかだけを気にするようになった。


「考えても姉貴が考えてることなんてわからないし、夕飯を作るのにレシピでも調べに行こうかな••••••」


 この学園にはデパートやスーパーがあり、もちろん本屋も存在する。図書館に行くという本日の時間潰しは本屋とスーパーで夕飯のレシピ本と食材調達に変更された。



 本屋で見たことのない「学園都市流かんたん料理」というレシピ本を二冊ほど購入した末、食材を買いにスーパーまで行った。

 そのレシピ本に関しては専門機器が多すぎて作り方が全くわからなかったが、気になったので買ってしまった。

 スーパーでは、夕飯の材料と足りなかった日用品を買ったのだが、考えなしにカゴに入れたために袋3つにもなってしまった。

 結果として、本の袋と合わせて4袋を両手で持っている。


「わざわざ今日全部買う必要はなかったな。でも気づいた時に買わないと忘れちゃうし、自分の主夫力を恨むしかない」


 2年以上1人暮らしをしていた刃哉には、このくらいなんてことはないのだが、まだ部屋の整理もできていないのにこんなに買ってしまったのは問題だ。

 基本的な筋力はこういったところで鍛えられているのかもしれない、などと考えながら寮の階段を登り部屋の前に着く。


「雪奈〜いるなら開けてくれ」


 すでに日が沈み始めている今の時間なら帰ってきているだろう。

 一度下ろしてからドアを開けても良いのだが、どうせなら下ろさずに入りたい。中にいる人に開けてもらうのは、1人暮らしでは出来なかったことだ。


「ちょっと待って〜」


 中から雪奈の返事が返ってくる。予想通り帰ってきていたらしい。

 それからしばらくして、内側からドアが開く。中から出てきたのは水色の髪ではなく赤い髪のツインテールだった。


「おかえりなさい」


 午前中の授業で刃哉と模擬戦をしたその少女──望月 凛は学校の時とは違い、制服ではなく私服を着ていた。

 服は赤を主色として白と黒を組み合わせたスタイルで、チェック柄のスカートに白Tシャツと黒い上着。胸こそ無いものの十分に可愛らしい。


「なんでいるんだ?」

「雪奈に呼ばれたのよ。遊びに来いって」

「なるほど。仲はいいのか?」

「特待生同士で、同じ研究者上がりだからね。それなりに付き合いはあるわよ」


 やはり特待生というのは周りから浮いてしまっているのだろう。周りより優秀だと言われ、入学した時期が違う。

 雪奈のような性格ならいざ知らず、凛のような難儀な性格ではクラスに溶け込めないのも無理はない。


「立ち話もなんだし、仲に入りましょう。許可するわ」

「いや、ここ俺の部屋なんだが」

「細かいことを気にする男はモテないわよ?あなたなんてモテなくていいわ」

「最後意見になってるけど⁉︎」

「静かにしてくれるかしら。私に勝ったからって調子に乗らないで」

「なんで俺が怒られてるんだよ••••••」


 理不尽なセリフで怒られながら、刃哉は自分の部屋へと入る。

 まず初めに目に入ったのは、ジュースのボトルやお菓子のゴミが散乱した机に雪奈の脱ぎ捨てられた制服、それと毛布に包まっているなにか。


「おい、雪奈」

「何かね」


 毛布に包まっている何かから雪奈の顔だけが出てくる。暖房は効いているし、特に寒いということはない。


「せめて、自分の制服くらいはちゃんとしてくれ」

「癖みたいなものでね。これからは気をつけることにするよ」

「今だ」

「今度からでいいだろう?」

「別に今やればいいじゃねぇか」

「次回からで」


 刃哉はなぜか頑なに毛布から出ようとしない雪奈にやらせるのを諦めて、自分で拾う。

 暖房は効いているし、特に寒いということはない。むしろちょうどいいくらいである。

 ブレザー、セーター、ワイシャツを拾い上げ、スカートに手を伸ばした時、刃哉は雪奈が言っていた習慣を思い出した。


──寝る時は何も着ない派


「雪奈!お前何も着てないだろ‼︎」

「くっ、ばれたか」

「やめろって言っただろ!」

「寝る時はね」

「いつも着てろよ!しかもそれ俺の毛布じゃん!今すぐやめろ〜」


 それを聞いた雪奈は急に顔を赤らめてゆっくりと立ち上がる。刃哉は攻撃されるのではと、咄嗟に身構える。


「な、なんだよ」


 解かれていく毛布の隙間からは、きめ細やかで滑らかな肌が異色を身に付けることなく露わに••••••


「やめろぉぉぉぉ‼︎‼︎」


 雪奈に駆け寄り、刃哉は開かれかけていた毛布を閉じる。もちろん、体には触れないように最新の注意を払いながら。


「お前下着もつけてないじゃねぇか‼︎」


 落ちていたのが制服だけだったので、最悪見ても下着だけだろうとたかをくくっていた刃哉だったが、雪奈はなぜか下着さえも着ていなかった。


「だから言っているだろう。何も着ない派だと」

「痴女か⁉︎」

「失敬な。見せる、見られるのが好きなわけではない。着ないのが好きなのだ!裸でいるのが好きなのだ!」

「変態じゃねぇか!」


 前を閉じようとしているのに、抵抗して暴れるせいでちらちらときわどい部分が見え隠れする。健全な高校生である刃哉は目をそらして毛布が落ちないようにするしか出来ない。


「望月!」


 1人では無理と判断した刃哉はまだ部屋にいるはずの凛に助けを求めた。


「何かしら?」


 返ってきた返事は焦る刃哉とは違い、落ち着いたものだった。後ろを振り返ると凛は缶のジュースを飲みながらお菓子を食べている。一切興味はないらしい。


「見れば分かるだろ。助けてくれ!」

「いやよ」

「ええっ⁉︎」

「そのくだりは研究所で飽きるほどやったわ。もういいのよ。そのうち慣れるわ」

「研究所では同じ部屋だったしね」

「お前達は同性だからね!」

「いいじゃない。同居人が全裸だとしても」

「全然良くないでしょ‼︎」


 そんな会話をしている間にも雪奈が暴れるせいで桃源郷への扉が開かれようとしている。

 そもそもなんで雪奈が毛布を脱ごうと抵抗しているのかはわからないが、完全に痴女なのは間違いない。刃哉の中での雪奈の評価が一段と下がる。

 

「それにしても、力強すぎだろ⁉︎」


 能力上、体を動かさなければいけない刃哉は、普通の人と比べるとそれなりには鍛えている方だ。なのに雪奈はそれと同等またはそれ以上の力で押し返してくる。

 昨日見た(不本意)あの華奢な体や細い腕にそれほどの力があるとも思えない。


「頼む、望月!」

「凛でいいわよ?同じ年なんだから」

「ちょっとそれどころじゃないんだけど!」

「だから諦めなさいよ。今回は着せられても、また脱ぐわよ?」

「その今回を着せたいんだよ」


 そう叫んだ刹那、手元から対抗する力がなくなり、そのまま腕がクロスする。

 毛布がその攻防に耐えられるはずもなく、破れてしまったのだ。

 凛の方を向いていた刃哉は支えをなくし、行き場の無くなった力によって前へと倒れこむ。人間の回避本能はそこで顔を前に向けさせた。

 もちろん前には雪奈が立っている。幸か不幸か全裸で手を広げて。そして刃哉は小さいながらも膨らみのある胸に顔を突っ伏した。


「んっ⁉︎」

「おや?」


 突然の展開に刃哉は避けることも出来なかった。柔らかなその感触は、刃哉の顔を包み込む。


「なんだ。そうしたいなら言ってくれればいいのに」


 雪奈は刃哉を抱きしめて、さらに強く顔を胸に押し当てる。


「何してんの!?」

「抱きしめてるんだよ」

「やめろ‼︎」

「嬉しいくせに〜」

「くっ••••••」


 否定出来ない。これでも刃哉は健全な高校生なので嬉しくないわけない。


「離せ!」

「照れなくていいんだよ」

「は〜な〜せ〜」


 抱きしめる腕を掴んで離そうとするが、ピクリとも動かない。それどころか頭を動かすとムニムニと胸が当たる。


「凛!」

「それは胸のない私に対して喧嘩を売っているのかしら?」

「なんで⁉︎」

「その喧嘩買ったわ」


 抱きしめられていて振り向くことは出来ないが、背中に熱気を感じる。凛が怒っているのは、見るまでもない。

 能力は感情や心情によって強くも弱くもなる。それは髪同様に能力が身体の一部になっているからとも言える。

 

「雪奈!離してくれ!」


 熱気は少しずつ温度を上げて、一歩一歩近づいてくる。見えていないことが余計に恐怖心を掻き立てる。


「はい」

「ナイス!」


 雪奈の腕から解放された刃哉は後ろを振り返って説得を試みる。


「凛、落ち着いて話を」

「問答無用‼︎」

「理不尽っ!」


 容赦ない凛の右拳が刃哉の頬を殴る。炎を纏わせていなかったのは、凛なりの優しさだろうか。

 それでも拳をもろに受けた刃哉は意識が途絶えかける。そんな中、最後に見えたのは雪奈の裸体。


(普通の日常を••••••)


 その思いを胸に刃哉は意識を手放した。



「今日は泊まっていくのか?」


 刃哉はキッチンで洗い物をしながら尋ねる。

 あの騒ぎから1時間ほど過ぎた後、目覚めた刃哉の前で2人は正座していた。それから2人はしっかりと謝ってきたので反省したのかとも思ったのだが、早く夕食を食べたかっただけだというのは丸わかりだった。

 思い返せば2人とも髪が濡れていて服装も変わっていたので明らかに風呂上がりだった。雪奈がしっかり服を着ていたので、それに免じて今回は怒ったりしないことにする。

 そんなこともあり、目覚めてからすぐに料理をして、出来た中華料理(チャーハン、回鍋肉、春巻き、etc.)を三人で囲んで「美味い」という絶賛の中で夕食を済ませた。

 そして、そのあと片付けを刃哉がしているのである。

 

「ええ。一応そのつもりよ」

「帰さないよ!帰すわけがないんだよ!」


 騒がしい声と共に凛の返答が返ってくる。すでに2人ともパジャマなので、帰らないのはわかっているのだが


「でも明日は学校だろ?」

「着替えなら私が持ってるんだよ!凛ちゃん専用のね!」

「仲良すぎだろ」

 

 部屋に入るときにそれなりに付き合いはあるなどと言っていたが、どうやら大親友らしい。

 持ってきたのならまだしも、友達の部屋に自分用の着替えが常備されている人は今までに見たことがない。よほどの大親友でもそこまでする一つとは少ないはずだ。

 

「何か飲むか?」


 食器洗いを終わらせ、手を拭いて冷蔵庫の扉に手をかける。この部屋にあるのは一般家庭に置かれるサイズの冷蔵庫で、すでに扉にはカレンダーやシールなどが貼られている。

 その扉を開くとその中には───


「何もねぇ⁉︎」

「さっき飲んだお茶が最後だったねぇ」


 明日の朝食の食材を残して、冷蔵庫の中は空になっていた。飲み物と呼ばれるものはおろか、朝は入っていたゼリーやプリンなども全てなくなっている。


「どんだけ食ってるんだよ......」

「雪奈じゃないよ?」

「え?」


 どうせ雪奈だろうと思っていた刃哉はその一言に驚いて2人の方を見る。将棋、トランプ、チェスが周りには並べられている。

 人がせっせと働いている間に、ゲーム大会が始まっていた。今はオセロで対戦中のようだ。

 刃哉は冷蔵庫の中身掃討作戦を行ったらしいオセロ盤で雪奈の対面に座るツインテールの少女を見る。

 少女もこちらを振り向き、群青色の瞳と視線がぶつかった。


「何よ。殴るわよ?」

「いや、その細い体のどこにそんなにたくさん入るのかなってね」


 凛はお世辞にも発育が良いとは言えない。身長も平均より低く小柄な体型で、手足も握ったら折れてしまいそうなほどに華奢に見える。


「燃費が悪いのよ。炎を使う能力者には多いらしいのだけれど、放出されているエネルギーとか能力自体の使用にかかるエネルギーが多いんだそうよ」

「そういうもんなのか。けど雪奈は氷を使うけどよく食べるよな?」


 凛がよく食べるとはいえ、雪奈もかなりのお菓子を食べていた状態で夕食を一人前以上平らげている。もしかすると、今日の夕食で1番食べていないのは刃哉かもしれない。


「私は凛ちゃんとは違う理由だよ」

「雪奈の場合は、身体に蓄えておけるエネルギーの量が多いのよ」


 雪奈はこちらを向かずにオセロ盤を見ながら答え、凛がそれに付け足す。


「平均的な能力者が身体に蓄えておけるエネルギー量を100として、特待生の私や先生たちでも150〜200、いっても250が限界ね。けど雪奈はそれをゆうに越えて800近くある。エネルギー量だけならこの学園でもトップ3に入るわね」

「けどそれがどこに有利なんだ?エネルギー不足にならずに戦い続けられるってことか?」

「それもあるけど」

 

 凛は雪奈に向かい合う体勢から刃哉の方へと体を回す。オセロ盤を見ると一面真っ白になっている。先ほどから見ていた限りでは雪奈が白、凛が黒だったので、完敗したようだ。


「考えてみなさいよ。普通の人が全力、エネルギー量100で放つ技を雪奈は8も打てるのよ?ましてや200や300なんてエネルギーで放たれる大技なんて私なら受けたくないわね」

「それはやべぇな••••••」


 ゲームでいうところのMPのようなものが人の8倍近くあるということらしい。

 オセロを片付けて次のゲームの用意をしている少女に向けると、子供っぽい幼い顔をこちらに向けてドヤ顔決めてくる。可愛い顔をして恐ろしいやつだ。


「にしても喉が渇いた」


 夕飯が中華料理だったこともあり、どうにもさっきから喉の渇いている。この状態で何も飲まないなんて論外だが、かといって水を飲む気分でもない。


「仕方ねぇ。なんか自販機で買ってくるか」


 スーパーやデパートがあるのに自販機を置いているのは、案外こういう時のためなのではないだろうか。

 刃哉はそんなことを考えながら、外に出るために自分の服装を確認する。


「俺、まだ制服じゃん......」


 それもそのはず、帰ってきてから(気絶している間を除いて)まだ一度も休むことなく働いている──いや、働かされている。

 嘆いても仕方ないので、とりあえず制服のまま玄関へと向かう。


「私はオレンジジュースで〜」

「ココアをお願いするわ」

「お前らなぁ」


 次のゲームを始めたぐうたら少女2人から注文が聞こえてくる。一緒に来るという選択肢は1ミリもないらしい。


「ココアは温かいやつでいいのか?」

「ええ。温かいのでお願い」


 刃哉はもちろん断らない。それどころか余計にお節介を焼いてしまう。

 頼まれたら断れないのは性格上仕方ない。


「冷たっ!」


 靴を履き、ドアを開くと少し冷え込んだ空気が頬を撫でる。4月とはいえ日が出ていないと空気は冷たい。

 今は制服なので大丈夫だが、今月夜に外に出るときには服装を気にした方が良さそうだ。

 寮の階段を降りて外に出る。雲の少ない今日の空には星々が元気よくきらめいている。

 月に照らされる桜並木が風に揺すられ、静寂に心地よい音色を乗せる。夜桜とも呼ばれることがあるが、夜は昼とは違った桜の良さが見える。

 少ない街灯に沿って歩くこと5分。一際明るく光る自動販売機が見えてくる。


「流石に誰もいないか」


 辺りに人影はない。夜の自販機など街中でない限り、人と鉢合わせることは少ないだろう。


「ココアとオレンジジュースはあるな。俺はどれにしようか」


 四段ある自販機の1段目にココアを三段目にオレンジジュースを確認する。他にあるのは炭酸系のジュースやコーヒーなどと置いてあるものは一般的なものとそう変わらない。

 喉が渇いてるので変に甘いジュースよりは果物のジュースの方が良さそうだ。


「りんごジュースでいいか••••••んっ⁉︎」


 ポケットの財布に伸ばそうとした手を握って後ろに振りかざす。誰もいなかったはずの暗闇から飛んできたのは西洋のタイプの剣。

 刃哉にまっすぐ向かってきたそれは体に突き刺さる前に拳に当たって砕け散る。


「よく気づきましたね」


 暗闇から黒のタキシードに黒のネクタイに黒のシルクハットを被った男が手を打ち鳴らしながら現れる。

 見た目は20歳前半くらい。身長は刃哉より少し高く、帽子の下から覗く髪は金髪で顔はよく整っている。

 黒い杖は腕にかけられており、体重を支えるためのものではないらしい。


「偶然だよ。偶然」

「偶然ですか。まあ、そのくらい出来てもらわないと困るのですが」


 男はさらに前へと近づいてくる。それによって街灯に全身を照らされるようになったのだが、何か違和感を感じる。


「どういうことだ」

「あなたのお姉さんにお願いされて来たんですよ」

「姉貴が?」

「ええ」


 タキシードの男は頷く。今日の昼間に不知火に見せられた紙を見た時から何かしら仕掛けてくるとは思っていたのだが、まさか当日に来るとは思っていなかった。

 昔から予期していないタイミングで何かすることが多い姉の芹亞せりあならあり得る話だ。


「襲ってこいとでもいわれたのか?」

「いえ、お願いされていたのは様子を見てくるとこまでだったのですが。あの方の弟ということだったので気になってしまいまして」

「姉貴とは違って俺には何にもねーよ」

「そうかも知れませんね。けど似ていることもありますよ」

「似てるところ?」


 昔から姉にはあらゆる面で勝てたことはなく、劣っているという実感しかなかった。ましてや似ているところなど思いつきもしない。


「あなたのその突然の出来事に動揺しないところはお姉さんそっくりですね」

「俺はいつだって動揺しまくりだぞ?一周回って冷静になってるけどな」

「そういう謙遜じみた返し方も似ていますよ」


 タキシードの男は微笑んで笑う。雰囲気だけでは穏やかな性格に感じられる。


「姉貴は来てないのか?」

「あの方は今忙しいので来ていませんよ。そのための私ですから」

「それもそうか」


 なんでも自分でやる姉が他人に仕事を任せたということは、手の離せないほど忙しいのだろう。

 一年の間、音信不通だったのだ。姉がこれだけで、しかも自分でやらないで満足するわけがない。

 何かさらに大きなことをしでかすに違いない。

 しばらくは気をつけておいたほうがいいな、と刃哉は経験上そう思った。

 タキシードの男はポケットに手を入れて、金色の懐中時計を取り出す。


「おっと、長いこと話してしまいましたね」


 時間を確認したのだろうが、まだ5分も話していないはずだ。不審げにその行動を眺めているとさっきの違和感の正体が分かる。

───影がない

 確かに前から街灯の光が当たっているので見えにくいだけだったのかもしれない。

 だが、今時計を見るために伸ばされた腕によってそれは証明された。体に映るのは懐中時計の影だけだ。


「どうかなさいましたか?」


 男は首を傾げながら尋ねてくる。


「いや、なんでもない」


 ここはあえて何も言わない。変に何かを言ってややこしくなっても困る。

 男はそうですかと答えた後、腕にかけていた杖を手に取る。


「私はそろそろ帰らせていただきますね」


 そう言うと杖で地を叩く。瞬間、男の足元に紫に光る魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣には見たこともない模様が描かれている。そもそもどうやって映し出しているのかが分からない。


「魔法陣?」

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私、魔法師のエドワーズ•ワネットと申します。以後お見知りおきを」


 エドワーズは帽子を取って丁寧にお辞儀をする。

 魔法師という言葉は聞いたことがない。文字から推測する限りでは魔法を使うのだろう。だが、魔法というものが存在しているという話は一度も耳にしたことはない。

 それこそ、この学園にいる人間が使える能力こそ、初めは魔法などと言われていたくらいだ。


「また近いうちにお会いするでしょう」


 エドワーズは帽子をかぶり直し、服装を正しながら言う。


「そうだ。姉貴に年賀状くらいはしっかりだせって言っといてくれ」

「わかりました。それではまた」


 地面に吸い込まれるように消えていった。

 能力を行使した跡はなく、舗装されたコンクリートも壊れている様子はない。

 こちらの能力は、体外にエネルギーを放出し具現化する という仕組みだ。

 もし、こちらの能力者に地面に潜れる者がいるとして、能力を行使したのならば地面に何かしらの痕跡が残るはずなのだが。

 

「やはり能力ではなさそうだな。これが魔法ってやつなのか」


 そもそも能力の発動の時に魔法陣は現れないか。

 それに最後、エドワーズが話している時に気がついたのだが、彼には牙があった。

 これについての確信はないが、おそらく見間違えではない。


「うちの姉貴は何をしているのかねぇ。けどこれは、少しばかり学園長に相談するべきかも知れないな」


 学園で1番偉い銀髪童女の姿を思い浮かべる。魔法やあの男について、面白そうなことならなんでも知っていそうだ。

 刃哉は少し睡魔によって動くのを止め始めた脳を叩き起こすため、コーヒーを買うことにした。

 もちろん、温かいやつを。

 

 それから、しばらく刃哉は缶コーヒーを片手に自動販売機の隣にあるベンチに腰掛けていた。

 空いている右手で自分の携帯端末で学園の書庫データにアクセスする。

 学園の書庫データ、通称『知恵の書庫〈アーチバル ウィズダム〉』には歴史、神話、寓話、伝説など色々な情報が記録されている。

 他は今までに発現した能力の一覧も載せられていて、一部制限されているところ以外は全生徒が閲覧可能となっている。いわば電子図書館といったところだ。


「そんなに期待はしてないけど」


 刃哉は『魔法』と打ち込んでデータ検索を行う。少しばかりのロードの後、画面にヒットした数件のファイルが表示された。


「伝説、伝説、神話の3つだけか。実際に使っている人がいるって話もないみたいだな。さっきのやつは魔法師って言ってたようだが」


 表示されたのはどれも架空の話ばかりで、どれ1つとして現実味を帯びたものはない。


「どの話も魔法を使う時に魔法陣が浮かび上がるってのは共通してるのか。となると魔法使いの真似って可能性もあるが••••••」


 それにしては不審な点が多すぎる。

 次にタキシード姿の男を見て感じた1つの可能性を打ち込む。だが、こっちではどのジャンルでも一件もヒットしなかった。


「こっちなら一件くらいは神話あたりで引っかかるはずなんだが、0件か。これは該当なしというよりは意図的に隠されてる感じがするなぁ」


 刃哉は残ってる缶コーヒーを一気に飲み干し、空き缶を横のゴミ箱に投げ入れる。

 カランッという缶同士の当たる音が誰もいない夜の闇に響く。


「やっぱり1度あのロリ学園長に聞いた方がいいかもしれない。また近いうちに会うとも言われてるし、何もわからないままっていうのは辛い」


 身体能力は並以上であるとはいえ、能力を使うためには相手の攻撃に拳を当てなければならない。何か少しでも情報があれば、戦闘もしやすくなるというわけである。

 今回に限ってはあまり情報が集まらなそうだ。まだ敵だとも決まったわけではないが。


「早く寮に戻らないと、雪奈達怒ってるかもしれない」


 刃哉は端末の電源を消して、立ち上がる。瞬間、視界から光が奪われた。目を覆われたわけではない。さっきまで明るく照らしていた街灯、自動販売機の光が一瞬にして消えたのだ。

 月明かりだけが残り、嫌なほどに辺りは静まり返っていた。


「停電ってわけではなさそうだな••••••」


 先ほどまで聞こえていた桜の揺れる音がしなくなった。つまり、何者かに音を遮断されている。

 おそらく空間に干渉する能力によるものだろう。だが、今は『魔法』の可能性も考慮しなければならない。

 下手に破壊しない方がいいだろう。破壊した途端にトラップが発動したら対処しきれる自信はない。


 「まさか1日に2度も襲撃されるとは」


 そんな小言を口からこぼしながら、刃哉はあえて手は握らずに、辺りを見回す。


「何してるんじゃ?」


 背後から急に語尾にしては似合わない声をかけられる。


「誰だ⁉︎」


 後ろを振り向くも誰の姿もない。音だけでなく、気配も感じられず、本当に後ろから声をかけられたかも確証が持てない。


「こっちじゃよ」


 耳元で小さく囁かれる。右肩には掴まって顔だけを刃哉の横に並べた和服の少女がいた。というか学園長だ。


「何してるんですか••••••」

「およ?もっと驚くと思ったのじゃが」

「ラスボスの登場かなんかですか。驚きすぎて一周回って冷静になりましたよ」

「なんと!」


 可憐はおどけるように笑いながら刃哉の肩から離れる。

 飛び上がるように離れていた可憐はなんだが浮いているようにも感じられた。


「この結界みたいなのは学園長が?」

「結界とは少し違うのだが、やったのはわしじゃよ」

「なら壊しても大丈夫だな」


 刃哉がそう言って右手を握り締めると、拳を中心にして周囲一帯に亀裂が入る。

 少し振るうとガラスが割れるように割れていく。見た目は変わった様子はないが、風と木の音が戻ったので、上手く砕けたようだ。


「やっぱり面白い能力をしとるのぉ」

「結構不便ですけどね、これ。なんでも砕いちゃうし、特に靴とか」

「みんなが相手の魔法をどう避けるか、どう受けるかを悩んでいる時に、とりあえず殴れれば大丈夫なやつが何を言うか」

「そんなやつを学園に呼んだのはあなたですがね」

「それもそうじゃな」


 カッカッカっと可憐は豪快に笑う。見た目は中学生くらいなのに、仕草の1つ1つが見た目に合わない。

 今日も服装は動きやすいように改造された着物で、靴ではなく一本下駄を履いている。


「こんな時間に何しに来たんですか?」

「それはわしの方こそ聞きたいんじゃが。よい子はもう寝る時間じゃよ?」

「じゃあ、今日は悪い子でいよう」

「悪い子宣言とは、戦線布告じゃな?わかった。学園長であるわしが相手になろう」

「超遠慮します!」

「なんや釣れないやつじゃの」


 学園長の実力は知らないが、この学園のトップに君臨するくらいなのだから相当な実力者なはずだ。

 外見的にはもう寝る時間なのは学園長の方な気もする。


「あいたっ!」

「失礼なことを考えておるな?」


 可憐のローキックが刃哉の太ももに入る。細くて華奢な足に蹴られたとは思えないほどの一撃。骨の芯から痛みが伝わってくる。


「まあよい。わしは侵入者の気配を感じたので、少し様子を見に来たんじゃ。何か心当たりはあるか?」

「なら丁度よかった。俺はその侵入者のことで聞きたいことがあったんですよ」

「つまり心当たりがあるんじゃな?」


 可憐は疑いの眼差しを刃哉へと向ける。こちらとしては初めから聞きに行くつもりだったので、わざわざ隠す必要はない。


「心当たりもなにも、侵入者が尋ねて来たのは俺だ」


 なので本当のことをそのまま話す。可憐は少し驚くような仕草を見せた後、ニヤッと笑う。


「ほう。それを隠さなかったということは、詳しく聞かせてくれるのでだろうな」

「まあな。けどその前に1つだけ質問させてくれませんかね」

「聞かせてみい」

「魔法ってのは本当に存在するのか?」


 それを聞いた可憐の顔からおどけた笑顔は消え、真剣なものに変わる。


「今それを聞いたってことは」

「ああ。その侵入者曰く、魔法師だそうだ」

「なるほど。それで気づかなかったわけじゃな••••••」


 可憐は何かに納得するように顎に手をあてて頭を振る。あの男が魔法師ということは嘘ではなかったようだ。


「その魔法師は何をしに来たんじゃ?」

「どうやら俺の姉と行動を共にしているらしくて、様子を見に来たと言われた」

「今指名手配されている皇 芹亞じゃな」



 やはり学園長だけあって姉の事は知っているようだ。まあ、国から指名手配なんてされているのだから、学園長でなくても魅夜のように知っている人もいるだろうが。


「そうだ。行動を共にしてるってことは俺の姉も何か魔法に関わっているんだろう。そしてうちの姉は確実に何かをしてくる。

だから、その対策のためにも魔法について何でもいいから知っておく必要があるんだ」

「ふむ••••••」


 可憐は考え込む。生徒に対してこのことを教えてしまっていいのか分からないからだ。

 

「1人で対処できると思っているのか?」

「いいや、まったく。けどよ、姉がおかしなことをしてるなら止めるのが弟ってもんだろ」

「よく言った!よし、お前さんに協力したやろう。じゃが、今話せるのはわしが知ってることだけになる。詳しいことは『禁断の知恵』で調べてみないことには分からんのじゃ」

「禁断の知恵?」


 うむ、と可憐は頷く。


「わしに質問する必要があるってことはすでに 知恵の書庫 で調べたのじゃろ?」

「ああ、そこでなかったから聞いたんだ」

「あれには許可がないと見られない閲覧禁止のものがある。そしてそこが教員および生徒の見ることの出来る限界なのじゃ。

けれども実際にはその先に禁断の知恵と呼ばれるものがある。

そこには常人ならば一生知ることはない──いや、知らされないことが集められているんじゃ」


 つまり、世界から隠されているものが集められている場所があるとそう可憐は言った。

 

「知らされないことねぇ••••••」

「わしもまだ一度しか入ったことはない。あれは見て面白いものもあれば目も当てられないものもある。もう一度入りたいかと聞かれたらはいとは答えにくいかのぉ」

「ならもう1つ調べてもらいたいものがあるんだが」


 刀哉はその言葉を聞いて、言うか悩んでいたもう1つの疑問を言うことにした。

 おそらくこの1つも『禁断の知恵』でないとわからないことだからだ。


「なんじゃ?」

「その魔導師なんだが、吸血鬼の可能性がある」

「それは真か?」

「あくまで可能性だがな。影がなく、牙のように伸びた二本の犬歯。少なくとも俺の描いている吸血鬼のイメージには合致する」


 懐中時計を出した時に気付いた影と面と向かって話している時に気になっていた犬歯。

 あまり確信はなかったが、魔法があるなら吸血鬼がいる可能性もあるだろう。


「確かに、一般的な吸血鬼のイメージはそんなものじゃな」

「あともう1つ根拠を挙げるとするならば、俺の姉の仲間だと言っていた事だな」

「お前さんの姉君はそんなやつを仲間にするような人なのか?」

「好んでそういう奴らを仲間にするような人だな」

「そ、そうなのか」


 悩みもせずにきっぱりと断言した刃哉に可憐は少し押され気味に返事を返す。

 どうせ今頃、姉の芹亞は「吸血鬼を仲間にしてることに驚いただろう!」などと言いながら笑っているに違いない。


「姉は相手を驚かせることは好きだが、嘘と偽物だけは使わない人だからな。わざわざ寄越したってことは本物なんだろうよ」

「お前さんの家族は面白い者がおおいのぉ。もちろん、お前さんを含めてじゃがな」


 何かを見定めるような視線を向けていた可憐は無邪気な笑顔を浮かべ、大声で笑う。

 姉弟ではなく、家族と言ったということは、ニュースに出た兄はともかく、両親や妹のことまで知られているのだろう。


「俺はまともなつもりなんだがな」

「なんでも殴れば砕けるやつをまともな人間と言えるような世界ではないわ!」

「そこが問題なんだよなぁ••••••」


 刃哉は肩を落として嘆く。


「無個性よりはええじゃろ」

「個性が強すぎてもだめなんだよ」

「かっかっかっ、確かにそうじゃな」

『最終消灯時間になりました。生徒、教員は速やかに就寝してください』

「およ?」


 そんな話をしていると、機械音で消灯を伝えるアナウンスが聞こえてくる。

 この学園には消灯時間があり、25時つまり午前1時に生徒と教員は寝なければならない。

 ちなみに研究所にいる人達は例外となっている。研究に1日以上かかるものもあるかららしい。


「もうこんな時間になってしもうたか。学園長であるわしが校則を破るわけにもいかんしな」

「ですね。じゃあ今日はこれで」

「うむ。今日のことは他の人には秘密で頼むぞ」

「もちろんだ」

「詳しいことが分かり次第伝える。それじゃあ」


 可憐は別れの挨拶をすると、空中をまるで階段を登るように駆け上がっていく。


「あの人も大概だろ......」


 学園長の能力は知らないが、あのまま校舎に戻るとするのなら10分ほど能力を使い続けることになるだろう。

 能力を発動するのと発動した能力を維持するのでは、維持する方が多くのエネルギーを使う。

 分けて出すより出し続けている方が多く消費してしまうのだ。

 

「そう考えると俺の能力ってエネルギー使ってるのかな」


 握って殴れば砕けるし、蹴りでも砕けるこの能力に発動してる、していないの区別はない。

 ならば、いつエネルギー切れになってもおかしくはないはずだ。なのに未だかつて一度もそうなったことはない。


「やっぱ普通じゃないのかねぇ」


 刃哉は自分の手を握ったり開いたりしながら自分の寮へ帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学園都市の災難起点 イノカゲ @inokage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ