二章『能力バトルで砕く!』

 響と別れの挨拶をして、教室を出た刃哉は二階と三階の間の踊り場にある案内板と睨めっこをしていた。

 右手と左手を使い、現在地の第1校舎から自分が住むことになっている白樺寮までの道順を確認する。


「この建物がここにあるわけだから、白樺寮に行くにはこの道を••••••よし!」


 道順や目印を全てチェックし、到着までの算段を立てる。

 なぜここまで入念に計画を立てているかというと、異様なまでにトラブルに巻き込まれる、またはトラブルの原因になることが多いからだ。

 災難に愛されているのか。ただ運が悪いだけなのか。

 どっちにしろ基本的に物事がスムーズに進んだ覚えがない。

 朝にしてもそうだ。寝坊から始まり、街中での鉄骨落下による死亡事故未遂に萩坂先生とのトラブル。最後に関してはそこから連鎖的にいくつかの問題も起こっている。

 ほぼ毎日のようにこのペースでトラブルに巻き込まれていると、若干慣れつつあるのも事実である。

 もちろん、最初から巻き込まれない、また起こさないことは大切なので注意を払って行動し、時には無視することも必要だとも考えている。

 悲しいかな、刃哉自身困っている人を助けずにはいられない性格なため、無視という選択が活躍する場面はない。


「さっさと行くか」


 刃哉は振り向き、一階へと向かう下り階段の方へと歩き出す。だが、二歩目にして自分の足につまずいて転びそうになった。


「おっとっと」


 よろけた刃哉はたまたま握りしめていた左手で壁にトンッと寄りかかる。


『誤発』


 意図せずに能力を発動させてしまうことで、今朝の目覚まし時計粉砕が一例に挙げられる。

 トラブルに最もなりやすい要因ランキング堂々の第1位であり、最も注意するべきことでもある。

そして今まさに『誤発』をやらかした左手の触れているところから特殊合金製の壁にピキピキと亀裂が入り、所々から欠片が落ちてきている。

 対能力者など関係ない。それが刃哉の能力である。


「や、やべぇ」


 対能力者用の特殊合金は戦車に使われるほど衝撃に強く硬い。それに亀裂を入れたとなれば騒ぎになることは確実。もちろん、刃哉にこの特殊合金を元に戻す手段はない。

 そこで一つの名案が浮かんだ。

 先生達は職員会議を、生徒達は自分の寮や興味のある場所に行ったのだろうか、幸いなことに先ほどから先生や生徒の姿を見かけていない。

 つまり、目撃者はいない。幸い、壁には亀裂だけで穴は空いてないので外からもわからないはずだ。

 ならば誰かに見られる前に逃げる。


「おい、そこのお前!何をしている」


 現場からの逃走を図ろうとした刃哉に上から声がかけられた。ギギギギと錆びた機械のような動きで首を向けると上りの階段の上、三階の所からこちらを見下ろす女子生徒の姿が見える。

 不知火先輩よりも薄い萌黄色のショートヘアに、引き締まるべきところは引き締まり、出るべきところはしっかりと出ているモデル体型。

 制服は着崩すことなくキッチリと着ていて、左腕に付けている腕章には『風紀委員』と刻まれている。

 風紀委員ということは校内の見回りの途中にでも通りかかったといった具合だろう。見られるには先生の次に最悪な相手である。


「なぜそこの壁は壊れている!どうやって壊した!その壁を壊したのはお前なのか!答えろ!」


 少女はその場を動かず、警戒しながら二言目を口にする。サファイアのような目には敵対心が表れていた。

 刃哉は考える。

 この状況を面倒ごとを増やすことなく、かつ穏便にやり過ごす方法を。

とりあえず話し合いで解決できれば問題はない。


「まあ、落ち着いて話し合いでも」

「動くな!私の質問に答えろ!」


 少女は怒鳴りぎみに声を荒げて叫ぶ。

 どうやら話し合いに応じる気はないらしい。話し合うどころか動きまで制限されてしまった。

 ただ、ここで質問に答えるのはあまり良い判断とは思えない。少女の過度なまでの激昂とこちらに向ける瞳、それと質問の内容から察するに、この少女は壁が壊れていることに対して何かしらの思いがあるようだ。

 質問に答え、この壁を壊したのが自分だと分かった時、どうなるか分からない。


「どうした?早く答えろ!」


 再び少女の怒号が廊下に響く。

やはり、この怒りに対して質問に答えるのは気がひける。だが、これ以上騒がれて他に人が来るのも都合が悪い。

 やはり今考えられる最善の行動はさっき思いついた策だけだ。


(逃げるしかない!)


 刃哉は改めて逃走を選択し、下り階段を駆け下りる。望むのはこの風紀委員を撒いて、後日他の人に呼び出されること。そのためには外に出てどこかに隠れてやり過ごす必要がある。

 昼前にして二回目となる全力疾走で昇降口を目指す。


「え?おい!待て‼︎」


 まさか逃げられると思っていなかった少女の声が、二階から踊り場への階段の途中で耳に入る。

 だが、上から追いかけて階段を駆け下りてくる足音が聞こえてこない。諦めてくれたのならば、願ったり叶ったりであるが、風紀委員がこんなことで諦めるだろうか。

 頭に疑問が浮かびながらも、刃哉はそのまま駆け下り、一階に到着する。


「やっぱり追ってこないな」


 立ち止まり、額の汗を拭いつつ後ろを振り返る。


「待てこらぁぁぁぁぁぁぁ」


 ふわりと宙を浮いたさっきの少女が感情を爆発させながら、怒号と共に階段の上に姿を現わす。


「何⁉︎」

「追いついた!風紀委員 川上 かわかみ はるか、容疑者の逃亡により攻撃に移る!」


 遥は左腕の腕章を胸の前に出してそう叫ぶと、右手を左から右へと振って宙を切る。

 すると、そこからいくつかの風の刃が生まれ、刃哉に向かって飛んで来た。


「うお!」


 刃哉は横に転がり、それを回避する。風の刃はそのまま刃哉がいた場所の後ろの壁に貼ってあったポスターや張り紙を切り裂いた。

 殺してしまわないように威力を抑えている可能性はあるが、それにしてもこの攻撃を受けて傷一つつかない特殊合金の壁も中々のものである。


「風使いか。足音が聞こえなかったのも頷けるな」


 刃哉は脳内のメモ帳に『金→電気』と一緒に『緑→風』と追加で書き記す。やはり、髪の色からある程度なら能力の推測出来ることが分かった。


「とりあえず外に出ないと」


 目的は戦うことではなく、逃げ隠れることだ。転がった体勢からそのまま走り出し、すぐ目の前の昇降口から外へ出る。

 校舎の前は少し広めのアスファルトで舗装された道で、刃哉はその半ば辺りで体の向きを昇降口、刃哉を追って来た宙に浮く川上へと向ける。


「諦めたのか?」


宙に浮いたまま、仁王立ちをして腕を組む(組んだ腕に胸が乗っていて何だかエロい)遥は言葉的にも位置的にも上から目線な台詞セリフと共に笑みを浮かべる。


「諦めたというか、なんというか。まあ、そうだな。穏便に済ませることを諦めた感じだな」


 考えてみれば、宙を受ける相手に対して逃げ隠れるのは無理だ。刃哉は両手を握り締めて胸の前に構え、応戦の意を示す。

それを見た遥は嬉しそうに笑い、そして開戦の一言を叫ぶ。


「なら戦うしかないな!手加減はしないぞ!」


遥はさっきと同じように右手で宙を切る。大きさは同じくらい、だが数は先ほどの2倍以上あった。

風の刃は廊下の時よりも速いスピードで刃哉を切り裂こうと飛んでくる。やはり、威力を抑えていたようだ。


「元気がいいなぁ」


今度は避けない。

場所は広い。

攻撃は見えている。

覚悟はした。

ならば避ける必要はない。


刃哉は握りしめた両拳で風の刃を突き、殴り上げ、時には体を捻って裏拳を叩き込む。

殴られた風は、無力にもすべて霧散し、虚空へと溶ける。


「くそっ。まだまだ!」

「来い!」


遥は風で短剣を形作り、刃哉に突っ込む。

行動は宙に浮いたまま行われている。

浮くことによって走るように加速をすることなく、初めからトップスピードで移動を可能としていた。

また、それは同時に遥の技術力の高さを表していた。

バランスを崩すことなく宙を浮いたまま、攻撃する。

中々至難の技である。


「はぁぁぁ」


遥は間合いを詰めて風の剣を振るい、刃哉はその攻撃に拳を合わせる。

剣は消え、逆の手で新たな剣を作り出し、再び振るう。

浮いた体を横にスライドさせ攻撃の場所を変えたり、剣の長さを変えてリーチを変える。

そういった様々な攻撃に対応して刃哉もまた、的確に拳を振るう。

作っては壊され、

壊されては作る。

振るっては振られ、

振られては振るう。

そんな攻防を数十回繰り返した末、遥が後方へ飛び、再び向き合う形になる。


「なぜそんなにも的確に当てられる。肉体強化にしても私の攻撃を受けてもかすり傷さえないのはおかしい」

「物質、形状、現象を問答無用で砕く。俺の能力はそういうもんなんだよ。なぜ当てられたのかっていう質問に関しては、ちょいと武術をやってるもんだでね。ただし対攻撃用にアレンジしてあるが」


習得に中学3年間の大半を支払わされたけどな、と付け加えておく。


対攻撃式無器無刀流。

刀を振り下ろされたならば、避けずに正面から刀を殴る。

相手が蹴ろうとしてきたならば、払わずに相手の足を蹴る。

攻撃に攻撃を加えるための武術。

刃哉のための武術。

刃哉が生み出した武術。

武術ならざる武術。


「それにしてもあれだけの攻撃を正確に凌ぐとは。相当な胆力の持ち主だな」

「ははは。買いかぶりすぎだよ」


怯えているからこそ、慎重になる。

怯えているからこそ、油断はしない。

別に胆が据わっているわけでも、自分の技術に自信があるわけでもない。


「十分に見させて......いや、魅せられてしまったよ。だが、私もこれだけの攻撃をすべて凌がれて、すごすごと帰るわけにもいかないのでな。こちらも見せるとしよう」


遥は両手を胸の前で合わせ、攻撃の準備を始める。刃哉は両手を再び強く握り締めた。

遥を中心として風が周りを走る。

それはどんどんと強く速くなっていく。


「見せてやろう。魅せさせてやろう」


遥の姿を隠した風の壁の向こうからそんな声が聞こえた。


(魅せるか......)


もう十分に魅せられている。彼女は風で形作り、物を模し作る。

それに比べて自分の技は殴り、砕き、壊すだけ。

何も生まない。何も作らない。

そんな自分に比べれば、彼女は十分に魅せている。

そんな自分は、彼女に十分魅せられている。


「ならばこっちもその期待に応えなくちゃなぁ!」


腰を下げ、足に力を入れて、重心を身体の中心に集中させる。

風の壁は周りの木や石、葉や桜を巻き込んで、色付きながら凶暴さを増していく。


大嵐風竜だいらんふうりゅう


その言葉と共に風の勢いはピークに達し、竜巻と化す。

周りの物を巻き込みながら回る竜巻の風に体が浮きそうになりながらも、しっかりと足で大地を掴み、体勢を整える。

怖くないと言えば嘘になる。

でも、こんなことで怖気づいてはいられない。


「はぁぁぁぁぁ」


刃哉は思いっきり竜巻をぶん殴る。


瞬間、竜巻は巻き込んでいたものだけを残して消え失せる。

だが、なぜか刃哉は重力を失った。


「あ?」


足元には空が広がり、頭上には校舎や桜が見える。つまりは上下逆さに、さらに空高く打ち上げられていた。

正確には吹き飛ばされた。

確かに、刃哉の拳は遥の技を、竜巻を消し去った。

その瞬間は。

だが、遥の技は新たな風を生み出す。

それに刃哉は対応出来ず、そのまま空へと吹き飛ばされたという次第である。


「負けだな......これは」


初めての敗北。感じたことのない感情が刃哉の胸を動かす。

悔しい。これが負けるということ。

悔しい。これが敗北の味。

でも、それ以上に強く激しく刃哉の心は震え立つ。


「くそ......楽しいじゃねぇか!超能力バトルは‼︎」


刃哉は空へ、いや、空で叫ぶ。

これからまだよまだ自分の力を試すことが出来る。

そう思うだけで刃哉は胸の高鳴りを抑えることは出来なかった。

1つ問題があるとするならば、まだ宙に舞っているということだろうか。


どうしよう......これ。



 あの後、吹っ飛ばされた刃哉は桜の木に落下することとなった。

 それが逆に良かったのか怪我はなく、さらに落ちた場所が白樺寮の近くだったこともあり、それ以上の災難に巻き込まれることもなく、無事に白樺寮に辿り着くことが出来た。

 寮には白樺しらかば寮・青凪あおなぎ寮・赤星せきせい寮の3つがあり、生徒達はランダムに部屋を割り振られていて、部屋は2人で1部屋、同学年の生徒とペアになる。(兄弟や姉妹などは申請をすれば同じ部屋になれるらしい)

 通知されたのは寮名と部屋の番号だけで、まだ誰と同じ部屋になったのかは分からない。


「214号室だったよな。たしか」


 刃哉は髪についた桜の花びらを取りながら、白樺寮の階段を登る。

 手すりや壁は木製に見えるのだが、触ったところ特殊合金のようだ。

 やはり、どの建物も対能力者対策は怠ってはないらしい。

 二階へと上がった刃哉は214号室の前に立つ。ドアにはカードをスキャンさせるような機械が付いている。


「そういえば、部屋に入るのには学生証を使うんだよな。えっと学生証は......」


 上着のポケットに手を入れる。入っていない。それからズボンのポケットを、次に後ろのポケットを探す。


「••••••」


 二週目。すべてのポケットを探しても学生証の入っている生徒手帳が見つかる気配がない。


「やらかした......」


 相変わらず最後まで上手くはいかない。いつも通りといえばいつも通りなのだが、性格の問題なのだろうか。


「学生証は後にしても、部屋に誰かいるなら説明して入れてもらおう!」


 どこに行けば再発行して貰えるのかも分からないし、そもそも施設を全く把握出来ていない現状では、それが一番の策だと思う。

 中に誰かいないかとコンコンとドアをノックすると、ドアがその力で開かれる。


「あれ?ドアに鍵が掛かってない?」


 流石に部屋を出るのに鍵を掛けないで出て行く人はいないだろうから、誰か鍵を掛け忘れたまま部屋に入ってしまったのだろう。


「あの〜誰かいませんか?」


 恐る恐るドアを開いて、中に声をかけるも返事はない。

 部屋の電気はついていて、自分の荷物が置いてあるところを見ると、ルームメイトが荷物を受け取って置いてくれたらしい。

 部屋の間取りは10畳ほどの広さにキッチンと本棚があり、左側に見える2つのドアはシャワーとトイレだろう。

 右側には二段ベッドが1つあって下側の布団が荒れているので、すでにルームメイトがいるのは確かだ。


「これは•••••••」


 そのベッドの上に赤色の手帳、一年生用の生徒手帳が置いてあった。失礼だが、誰がルームメイトとなのかだけ確認させて貰おう。

 生徒手帳を手に取り、中を開いて学生証を確認する。


「俺のじゃん!」


 そこに書いてあった名前は皇 刃哉。自分のものだった。


(どこかで拾ってそのまま持ってきたのか?どっちにしろありがたい。神はまだ俺のことを見捨てていなかったようだ。)


 刃哉がそんなことに感動していると、部屋の中のドアから鼻歌が聞こえてくる。

 どうやら同居人はシャワーを浴びていたらしい。出てきたらしっかりと感謝の言葉を言わなければならない。

 するとすぐにドアが開かれ、同居人が姿を現わす。

 爽やかな青い髪、すらりと伸びた手足と色白の滑らかな肌。胸は控えめなものの、スレンダーなその体型が、滴る雫によってさらに魅力を増している。

 入浴によって上気した紅色の頬がまた可愛らしい。

 というか、全裸だった。


「うおぉぉぉぉ」


 刃哉は固まったまま全身を見た後、理性を取り戻して、今日一番の大声を出ながら後ろに振り返る。


「おや、すまない。変なものを見せてしまったね」


 一糸纏わぬ姿の少女は、恥ずかしがる様子もなく、何事もなかったように話しかけてくる。


「悪い!まさかシャワーを浴びてたとは思わなくて」

「別にいいよ。入ってもらうためにわざわざ鍵を開けておいたんだから」


 それに、と少女はあっけらかんと続ける。


「こんなもの見たってなにもならないよ?」

「とりあえず服を着てくれ‼︎」


 全く服を着ようとしない少女に刃哉は、切実にそうお願いした。




 少女は、首元がダラっと伸びたTシャツに深緑のガウチョパンツを身につけ、二段ベッドの下に腰掛ける。

刃哉は見てしまった罪悪感から少女に向かい合う形で、正座して床に座った。


「では改めて。私の名前は白神 雪奈しらかみ ゆきなだ。君は皇 刃哉くんだろ?」

「ああ」


 まだ湿っているその青い髪には見覚えがあった。


(朝、助けた少女だったのか)


 きっとその時に生徒手帳を落として、持ってきてくれたのだろう。ただ、そこで1つの疑問が浮かぶ。


「あれ?でも白神さんは1年生なんだよな?」

「堅苦しいなぁ。雪奈と呼んでくれたまえ。その通りだよ。私はまだピチピチの高校1年生さ」

「入学式はどうしたんだ?」


 あの時間にあそこにいたということは、刃哉と同じく時間に追われていたはずなのだが、全く急いでいる様子は見受けられなかった。


「私は入学式には出ないよ。これでも特待生なんでね」

「特待生?」

「知らないのかい?仕方ないなぁ。このユキさんが教えてあげよう」


 雪奈は足を組んで得意げに解説を始める。その仕草もまた、なんとも可愛らしい。


「特待生っていうのは、ある一定の基準に到達したために、早期的に学園に入学した者のことを言うんだ。今年は私を含めた三人が12月から特待生としてこの学園に入学しているよ」

「つまりはその3人がこの学年のトップ3ってわけか」

「まあ、そう思ってくれて構わないかな」


 これ以上研究所にいても仕方ない優秀者は先に学園に入学させる、そんなところだ。

 理にかなっているし、実力主義に否定的ではない俺としては特に異論はない。


「これからよろしくね。刃哉くん」

「こちらこそ」

「じゃあ、私は昼寝をするから。部屋は空いてるところを自由に使ってくれたまえ」

「わかった......ってちょっと‼︎」


 なぜか雪奈はせっかく着たTシャツを脱ぎ始める。あまり膨らんではいないとはいえ、女子の胸は、男子にとっては刺激が強すぎる。


「寝るときは何もつけない派なんだ。それに私は気にしないぞ?」

「気にして!」

「こんなのを見ても誰もなにも思わんさ」

「だから脱ごうとしないで!」


 それから小一時間奮闘の末、なんとか寝るときはしっかりと服を着るという約束を交わすことに成功した。

 高校生活1日目。色々な災難に巻き込まれた、もとい巻き起こしたものの幸先の良いスタートをきれたはずだ。


 雪奈が寝ぼけて服を脱ぎ始めたのは、また別の話である。

 


 次の日、刃哉は料理を作る音で目を覚ました。

 人が料理を作る音なんて何年ぶりに聞くだろう、と感動しつつ上体を起こしてキッチンを見る。


「おや、目覚めたのかい?作り終わってから起こそうかと思っていたのだが、丁度いい。すぐ出来るから座って待っていてくれたまえ」

「はいよ」


 こちらを見ずに料理を続ける雪奈に返事をして、刃哉は二段ベッドの上から降りる。

 昨日寝る時まではなかった木製の机の前に座り、欠伸をする。


「はいは〜い。出来たよ〜」


 それからすぐに雪奈は2人分の朝食の乗ったお盆を持って来た。

 乗っていたのは味噌汁に鮭に白米と白菜の漬物。


「なんつーか、和食だな」

「日本人として、朝くらいは和食を食べるべきだね」


 お盆から卓に並べた後、2人は手を合わせていただきます、と食事の前の挨拶を済ませる。


「悪いな。わざわざ作って貰っちゃって」

「いやいや、気にすることはないよ。どの道、私は朝ご飯を自分で作るんだ。朝食係は任せてくれ」


 雪奈は胸にポンッと拳を当て、得意げな表情を浮かべる。いちいち、行動が可愛らしい。

 脱衣癖がなければ文句はないのだが、と刃哉は微笑で返す。


「刃哉くんの家の朝食は、和食ではなかったのかい?」

「覚えている限りでは朝食から味噌汁が出てきたことはないな。中1からは1人暮らしでパンばかりだったし」

「家族は?」

「さあね」


 刃哉はなんとでもないように、あっけらかんとした声音で答えた。

 そして、そのまま声音を変えず続ける。


「全員生きているとは思うんだが、どこにいるかまでは知らない。いや、この前1人は居場所が分かったんだった」

「••••••親御さんかい?」


 雪奈はあまり状況が掴めず、戸惑い気味に尋ねた。


「いや、兄貴だよ。この前ニュースで捕まったってやってたから、今頃フィルゴート刑務所で大人しくしてるんじゃないかな」


 フィルゴート刑務所──北極に作られた世界で一番厳重かつ最悪な刑務所。

 囚人1人に対して1つの個室しか用意せず、周囲500mには一切の建造物はない。

 聞いて分かる通り、並大抵の犯罪ではそんなところには収容されることではない。


「んなぁ••••••!?」


 雪奈は絶句し、言葉を失った。

 だが、刃哉は困っちゃうよな、と気軽く笑う。


(肉親がそんなことになっていることも笑い話にするなんて•••••••)


 驚愕の色を隠せない雪奈を気にせず、刃哉は続ける。


「まあ、親の居場所はある程度検討はついているさ。仕事でもしてるんだろうしな」


 その台詞は、あまりにも興味なさげに発せられた。

 いつも軽薄な言葉を連ねる雪奈でも、それに対して何か言うことが躊躇われた。


「な、なら安心だな」


 雪奈は止まっていた箸を進める。

 それからしばらくの沈黙が続き、箸が食器を打つ音しか聞こえない。


「そういえば、萩坂先生って知ってるか?」


 先に沈黙を破ったのは刃哉だった。


「美玲先生のことかい?」

「ああ。知ってる?」

「もちろんだとも」


 さっきまでの重い内容とは違うことで話しかけられたので、雪奈は嬉しさのあまり嬉々として返す。


「どんな先生なんだ?」

「そうだねぇ••••••すごい人だよ」

「詳しく頼むよ」

「じゃあまず、前提として。この学園にいる先生達は全員能力者だ。それは美玲先生も例外じゃない」


 急に真剣な面持ちで話し始めた雪奈につられるように、食べ終わった刃哉は箸を置き、姿勢を正して座り直す。


「使う能力は強化系で、武術的な戦闘でも技術力を伴う」


 でも注目するべきはそこじゃない、とご飯粒のついた箸で刃哉を指して、続ける。


「世界でも数少ない能力強化型武具の使い手なんだ」

「ほう••••••その能力強化型武具っていうのはなんだ?」

「自分の能力を付与することが出来る専用武器のことだよ」


 そこで刃哉はあることを思い出す。

 昨日、校門で萩坂先生は馬鹿でかい大剣を扱っていた。さらに、あろうことか刀身を粉砕してしまっている。


「その素敵武器は世界に数本しかありません••••••なんて言わないよな?」

「確かに特注品は存在するするけど、汎用型のやつもあるよ」


 刃哉はホッと胸を撫で下ろす。多分、自分が壊したのは汎用型の方だろう。

 仮に特注品を持っていたとしても、あんな場所で使うとは考え難い。


「試したいのかい?」

「いや、遠慮しておくよ。俺にとっちゃ無用の長物だ。言葉通りね」

「それもそうだね」


 雪奈は小悪魔のようにニヤッと悪い笑みを浮かべる。


「まあ、そういうのを含めて萩坂先生はトップクラスの先生だよ」


 予想通りとはいえ、頭の痛い話である。

 やはり、始業式の朝は素直に捕まっておいたほうが良かったのかもしれない。

 刃哉は自分と雪奈の食べ終わった食器を持ってシンクの中に入れ、そのまま洗う。


「おや?別に私がやるのに」

「流石に食器洗いくらいはするさ。あと、夕飯は俺が作ろう」

「期待しとくよ〜」


 三年間自炊してきたが、今まで一度も誰かに出したことなどなかった刃哉は、この会話に思わず頬が緩む。

 2人分の食器の量はたかが知れていて、10分ほどで洗い終わり、部屋の方へと戻ろうとする。

 刹那、デジャブのような光景が視界に入る。


「だから、恥じらいを持てよぉぉぉぉ」


 視界に入ってから、 コンマ数秒で振り返る。

 目の前では下着姿の雪奈が着替えをしていた。


「何をいう。今回は下着を付けているぞ!」

「下着もアウトだ」

「髪の色に合わせて、青をチョイスしているあたりを評価していただきたい」

「説明をするな!」


 何故か怒り気味に反論してくる雪奈に、刃哉は同じくらいの声で言い返す。

 このくらい考えれば先に注意することができた、と反省する。


「とりあえずさっさと着替えを終わらせてくれ••••••」

「まったくも〜。別に気にしないって言ってるのに」

「俺が気にするんだよ‼︎」


 この後、女子の生着替えの音を聞かされるという地獄を味わったのは言うまでもない。



 なんとか着替えを乗り越え、自分の教室(雪菜は隣のB組)へ登校した。学園内に寮があるため、登校というのとは違う気もするが、あまり気にするところではないだろう。


「おはよう」

「よう、響」


 教室に入った刃哉に真っ先に声をかけてきた響に挨拶を返し、隣の席に腰掛ける。

 席の位置としては、後ろから2列目の左から3番目。左隣には響が座っており、右隣には赤髪のツインテール少女が本を読んで座っていた。

 髪の色から推測するに、炎系だろう。まあ、見た目からして面倒くさいオーラが滲み出ているので、話しかけはしない。


「今日の授業用に服持ってきたか?」

「服?」

「そう、服」


 鞄を机の横に掛けて座った刃哉に、響が体を横に向けて話しかける。


「今日の午前中の授業は模擬戦だぞ?」

「そんなのやるのか」

「うん。それで服装は自由なんだけど••••••その様子だと用意してなさそうだね」

「まあな」


 そもそも授業には何があるのかを知らない。教科書も渡されていなければ、時間割りも聞かされていない。

 研究所上がりじゃないからかもしれないし、後で先生にでも聞いてみるとしよう。


「まあ、俺は別に制服で大丈夫だしな」

「武器は使わないの?」

「使わないよ。逆に邪魔になる」


 直接拳を当てる戦闘スタイルの刃哉にとっては、武器を使うという考え自体がなかった。

 鍛えていると言っても人並み程度の筋肉しかないため、変に重たいものを持っては移動が遅くなる。それに、武器を使うより殴る方が効率的である。


「お前は何か使うのか?」

「色々使うんだけど••••••今日はこれかな」


 響が鞄から取り出したのは短い棒だった。手元のボタンを押すとシャキンと伸びて、40センチほどの長さになる。


「警棒か」

「うん。電気を通しやすい金属で作られた警棒なんだ。ほら、電気を溜めやすい体質だって言っただろ?伝えるものがあればどうにかなるんだよね」

「なるほど。他には?」

「トンファーとかよく使うかな」

「打撃系の武器を使うってことだな」

「まあね、相手に直接電気流す方が早いし」


 強化系の能力者以外にもこういう目的で武器を使う者は多々いる。武器に関しては自分で設計すれば、学園側が用意をしてくれるというのは随分と気前がいい。

 超能力者育成を掲げる学園なだけはある。


「お前ら、朝礼始めるぞ」


 そんな話をしているとガラガラとドアを開けて萩坂先生が教室に入ってきた。

 友達と話していた生徒達は素早く自分の席へと戻っていく。

 きっと、肩から担がれた大剣がそうさせたのだろう。その大剣は初日に見たのと同じ形でおそらく汎用型だ。

 やはり推測通り、あの日使っていたのは特注品ではなかったようだ。


「今日の模擬戦だが、場所は第1グラウンドだ。B組も同時に授業しているけど、あまり気にするな。対戦相手は自由だが、なるべく同じレベルの者と試合をするように」


 その言葉を聞いて周りの生徒達は「一緒にやろう」などとパートナー探しを始めている。


「俺はどうすれば?」


 刃哉は手を伸ばして質問する。レベルがわからない刃哉は近しいレベルも何もない。

 萩坂は空いている左手を顎に当て、少し悩んだ後、ニヤリと微笑む。


「お前は、望月 もちずき りんに相手をしてもらえ」

「望月••••••って誰です?」

「隣に座ってるだろ」


 先ほどまで本を読んでいた少女の方を見る。

 赤髪のツインテールに群青色の瞳。顔立ちは少々幼さが残っているものの態度は凛としている。

 だが、なぜだろうか。目が笑っていない。


「あ、あの••••••他に選択肢は?」

「私と戦うか?」

「望月さんでお願いします••••••」


 あの人と戦ったら殺されそうなので、遠慮しておいた。しかも、そこで何かやらかしてしまえば、今後の生活に影響しかねない。

 関わりたくないと思っていた人に限ってこういう機会が回ってくるのは、不思議である。


「模擬戦に関しての詳しい説明はグラウンドでするから、着替えるものは更衣室で素早く着替えて、グラウンドに集合」


 そう言って教室から出て行くと、生徒達は鞄を持って教室を出て行く。


「お前大丈夫なのか?」

「何が?」


 ほとんどの生徒達がいなくなった中、警棒を片手に立ち上がった響が刃哉に尋ねる。

 刃哉は、質問の意味ががわからなかったので、尋ね返した。


「望月さんって特待生だよ」

「まじか••••••」


 特待生ということは雪奈と同等の力を持っているということだ。正直勝てるかなんてわからないが、あの雪奈がどれだけの強さなのかは知っておきたい。


「好都合かねぇ••••••全く神様は俺の味方をしてるんだか、なんだか」

「どうかした?」

「いや、こっちの話だ」

「そっか。じゃあ俺も着替えに行くね」


 そう言って響も教室から出ていく、ら

 神様なんて信じてはいないが、 恨めるのは神様くらいしかいない。運がないことはいつも通りだが、ここまでくると論文さえ書けそうな気がする。

 この能力の限界を知るにはいい機会なのは確かだ。


(流石に死ぬことはないよなぁ••••••)


 学園生活始まってから2回目の命の危機を感じながら、グラウンドへ向かう。


「おや?刃哉くんじゃないか」


 校舎からグラウンドへ向かう途中の階段で靴紐を結んでいると、後ろから聞き覚えのある陽気な声をかけられる。


「おお、雪奈か。そういえばB組も同じところでやるって言ってたな」


 靴紐を結び終えた刃哉は立ち上がる。

 雪奈の服装は、緑のパーカーに昨夜とは違う茶色のガウチョパンツを身にまとっている。あくまでダボっとファッションを貫くらしい。

 よく見るとパーカーのフードには、猫耳らしきものが付いている。なんか可愛い。


「君は制服でやるのかい?」

「何も持ってきてないってのもあるが、特に服装を気にしたことはないからな」


 それに対して刃哉の格好は制服の上着を脱ぎ、ワイシャツの袖を捲くったものだった。放課後に遊んでる学生感は否めない。

 それから二人は並んでグラウンドへ歩き始めた。


「今日は誰と模擬戦をするのか決まっているの?」

「お前と同じ特待生の望月 凛だよ」

「凛ちゃんか」

「強いのか?」

「強いよ。凛ちゃんの攻撃は速くて的確だし、それに可愛いしね」

「最後のは関係ないだろう」


 川上のように大技を狙う一撃重視系ではなく、連続攻撃で隙をつくりそこを狙う連打系の戦闘スタイルか。ならば、最初から気を引き締めておく必要があるようだ。


「情報をありがとよ」

「気にすることはないよ。頑張ってくれたまえ」

「そっちもな」


 人工芝に覆われたグラウンドについた二人は、それぞれのクラスで集まっている場所へ別れる。

 服装は色々で、動きやすそうなトレーニングウェアだったり、普通に私服だったり、ある人は魔法使いのマントと杖を持っている。

 おそらく服装の自由は、その人間が1番能力を使いやすい状態作り出すためだろう。


「きたきた!」


 響が刃哉を見つけて手を振る。響の服装は、半袖のトレーニングウェアに7分丈ほどのジャージだった。腰のチェーンには警棒が吊るされている。


「速いな」

「いや、刃哉が遅いだけでしょ」

「ま、まあ若干迷ったからな」


 最近気づいたが、自分は結構な方向音痴らしい。今まで色々な事故に巻き込まれたから遅れていると思っていたが、そもそも道に迷っていることが多い。


「そんなに迷うような場所はないと思うけど••••••」

「何も言うな••••••」


 確認したところ、校舎からグラウンドへの道のりはほぼ直線で、そんな道で迷ったという事実はすでに消し去りたい過去となっている。


「全員来たか〜。それじゃあ説明を始める」


 刃哉よりあとからもう2、3人ほど(ほぼコスプレ)来たのを見て、萩坂先生は全員に説明を始める。


「武器の使用は自由だ。殺すなと言いたいところだが、まだ相手を殺せるほどの実力者はいないな。ペアは自由でいいが、しっかりと模擬戦を行うこと。それじゃあ始め」


 それを合図に生徒達は二人一組となって散っていく。

 残されたのは刃哉と凛だけだった。

 凛は赤い半袖のトレーニングウェアに桃色のスカートで、スカートの下にはスパッツを履いている。

 身長は刃哉よりも低く、膨らみは少ないものの引き締まった体型をしている。


「えっと、よろしく頼むよ」

「どちらがクラスで1番強いのか、はっきりさせましょう」

「え?」


 初めて聞いた凛の声は少々子供っぽい高く可愛らしい声。しかし、内容は攻撃的な宣戦布告だった。


「だから、あなたと私。どっちの方が強いのか。決めようって言ってるの」

「不戦敗じゃダメ?」

「当たり前でしょう。私は入学式の朝、萩坂先生の剣をあなたが壊すのを見たわ」


 特待生は学年で3人。このクラスには1人しかいない。それはクラスで1番強かったことを示していた。

 だが、萩坂先生の攻撃を防いだ俺が入ってきたことによってそれが危ぶまれているということか。

 クラス順位とかには興味がない刃哉としては、はた迷惑な話である。


「手を抜いてわざと負けたら、殺すわよ?」


 先生!殺すって言われたんだけど!

 遠目で萩坂先生が笑っているのが見える。どうやら、すべて仕組まれていたらしい。

 はぁ、とため息をついて覚悟を決める。


「負けても怒るなよ」

「挑発なの?安心しなさい。どうせ勝てないわ。合図はどっちがする?」

「どうぞ」

「そう?なら始めましょう」


 刃哉と凛は共に構えて、いつでも動ける体勢をつくる。


「3・2・1」


 そう数えた瞬間、凛の拳を炎が包む。

 刃哉の予想していた通り、赤髪は炎だったようだ。


「始め‼︎」


 先に攻めてきたのは凛。3歩分の間合いを詰めて、炎を纏った右拳で刃哉の鳩尾を狙った1発を放つ。


(このくらいなら反応出来る!)


 その拳に自分の左拳を重ねる。炎は砕け、拳と拳が当たる。

 凛は怯むことなく、左拳で顔を狙う。だが、その一撃を刃哉の右拳が阻む。


「ちっ」


 凛は舌打ちをして、後ろへ飛び退く。それから再び両拳に炎を纏わせる。

 刃哉は下手に追わず、その場で体勢を整える。


「厄介な能力ね。能力の無効化かしら?」

「いや、ただ殴って砕いてるだけだ」

「ふざけた能力ね!」


 次は左拳を顔をめがけて突き出す。刃哉はそれに右拳を当て炎を砕くが、凛の攻撃はそれだけじゃなかった。

 体勢を若干崩しながらの左足の回し蹴り。脇腹を狙った足を左手で掴む。


「危ねぇ!」

「まだまだ‼︎」


 左足を掴まれたまま、そこを軸とした捨て身の右足の回し蹴りを放つ。

 予想外の攻撃に、刃哉は対応しきれずにその一撃を脇腹に受ける。


「ぐっ••••••」


 重心の安定していない一撃とは思えないほどの威力の回し蹴りに、刃哉は蹴り飛ばされる。


「痛いじゃねぇか」

「あら、威力を受け流すためにわざと飛ばされたのでしょう?私は臓器を何個か潰すつもりで蹴ったけれど、手応えがあまり感じられなかったわ」

「怖いなぁ、おい」

「左手の骨が砕けていないのもパーリングかしら?」

「正解だ」


 刃哉は立ち上がりながら答える。

 蹴り飛ばされたというよりは蹴りの威力を流すために自ら飛んだ。お陰でゼロとは言わないまでもダメージを軽減させることが出来た。


「だが、手加減しているでしょう?」


 凛は怪訝そうな顔で問う。


「なぜそう思う」

「私だって僅かながら武術を嗜むけれど、あなたの動きには次の動き、もうワンモーション足りていないわ。本来そこに続くものが足りていないのよ」

「買いかぶりすぎだよ」


 でもまあ、と刃哉は服に付いた芝を払いながら続ける。


「バレちゃってるなら本気でやるしかないか。女の子に攻撃することはあまりしたくないんだが••••••」

「当てられるなら当ててみなさい」


 凛は改めて炎を拳に纏って構える。それも見て、刃哉も拳を握りしめる。


「はぁぁぁ‼︎」


 やはり、最初に動き出すのは凛から。助走から左足を踏み込み、右拳を振る。

 刃哉はその炎を砕かずに右に避ける。

 それに応じて凛は左拳を突き出した。その炎は刃哉の左拳によって砕かれる。

 だが、それによって刃哉の体は捻られ、半身になり左側がノーガードとなり隙が生まれる。

 もちろん凛はそれを見逃さない。そのまま左足を軸に右足の回し蹴りを繰り出す。


(決まった!)


 そう思った刹那、刃哉の体は低く落とされる。それから刃哉は体を回して、凛の軸足を左足で後ろから蹴る。


「え?」


 蹴りを外した上に、軸足を刈られた凛は呆気なく背中から倒れこんだ。


「もうワンモーション足りないんと思ったのは足技を使ってなかったからだ。どうしても蹴ることになっちまうからあまり使いたくはないんだ」

「怪我をさせるからかしら?」

「いや」


 刃哉は自分の足を指差す。

 凛はそこに目をやると、刃哉の左靴が無くなっていることに気づいた。


「蹴ると靴が壊れちゃうもんでな。この靴も今年で10足目だったんだが」


 刃哉は、項垂れ気味に言った。

 刃哉の能力は、殴ったもの、蹴ったものを砕く力を持っており、効果範囲は手首から先と足首から先である。よって、手袋や靴といった覆うものは砕かれる対象となる。

 どんな物体でも、どんな事象でも砕けてしまうからこそ起こってしまう問題だ。


「ははははははは」


 凛は倒れたまま、高らかに笑う。


「負けたわ。靴が壊れるから足を使わないだの、女だから攻撃したくないだのと、底の知れない男ね」

「そうでもないさ。言っただろ、買いかぶりすぎだ」


 刃哉は、手を伸ばして照れくさそうに笑った。凛はそれに応じて手を乗せ、立ち上がる。


「クラス1位は譲りましょう」

「別にいらないんだけどなぁ」

「何を言ってるの!私に勝ったのよ。名誉だと思いなさい」


 ドカンッ‼︎と2人の後ろで大きな爆音が鳴る。2人は慌てて振り向くとグラウンドに15mはありそうに氷柱が4本立てられているのが見えた。


「雪菜は何をやってるのかしら」

「あれが雪奈の能力なのか」

「認めたくないけれど彼女は才能の塊よ。私と違って」

「人間、見かけによらないな」

「そういえば、あなたは雪奈と同じ部屋だったわね」


 凛は元気な笑顔で刃哉を見る。その瞳には期待が詰まっていた。


「学年1位になるには、雪奈を倒さなきゃならないわ。私に勝ったんだから、雪奈にも勝ちなさい!」


 今日1番の笑顔に刃哉は少し赤面する。惚れたというわけではないが、ここ数年は女子と会話することが少なかったためだろうか。

 基本的には喧嘩やらなんやらで、普通に話したのは昨日の雪奈とか会話が久しぶりだった。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ......」

「まあいいわ。学年1位とりましょう!」

「だから俺、順位とか興味ないってば......」


 元気よく熱弁する凛が刃哉のその一言を聞いている様子はなかった。

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