学園都市の災難起点

イノカゲ

一章『測定不可能』

「はぁはぁはぁ」

 紺色を基調としたブレザーの制服を身に纏った青年──すめらぎ 刃哉しんやはコンクリートで舗装されている歩道を全力で走っていた。

 周囲の街並みはちょっとしたビル街になっていて、辺りには高層ビルやタワーマンションが立ち並んでいる。

肩で揺れる新品のスクールバッグは、昨日までの「明日からはこれを使って学校に通うのか」なんて浮かれていた時とは打って変わり、ただの足枷となっていた。


(寝ぼけて目覚まし時計を砕いていたなんて••••••入学式初日に遅刻なんて洒落にならない‼︎)


 現在の時刻は8時15分を少し過ぎた頃。

 入学式の開始時刻は8時30分。

 ここから学校までは徒歩で20分ほどかかるらしい(パンフレット参照)

この5分の差を埋められるかによって今後の学校生活が変わることを刃哉は知っている。

 普通の生徒ならば入学式に遅刻したくらいでは、「寝坊かな?」や「あ〜やっちまったのか」くらいの感想で終わりそうなものだが、刃哉には一つ問題があった。

 黒髪に一際目立つ右目の上の赤いメッシュ。

 いかにも不良感を発しているそれは刃哉の意思で染めたわけでは無いのだが、中学1年生の夏休みに色々複雑な事情が絡み合った結果、最終的に副作用の様なものとして残ったものだった。

 自分では意外と似合ってるんじゃないか、なんて呑気な事を考えているのだが、世の中はそんなに甘くない。

 一ヶ所だけ色の違う髪と入学式の遅刻を掛け合わせると高校生活の終了が見えているわけで、


「絶対に間に合ってみせる‼︎」


 決して不良なんかではない刃哉はかなり焦っていた。

 時間を確認することさえも惜しんで、全力疾走する刃哉の目線の先に工事中のビルが入る。

 ちょっとしたビル街といったのは、最近やっと土地開発が進み、こうやってどんどんビルが建てられてきたからである。

 この周りにあるビルも建てられてからまだ2年と経っていないものばかりだ。

 そのビルを見上げると今まさに工事を行っている場所で、一本のワイヤーで吊るされた鉄骨がグラグラと揺れ動き、今にも落ちそうになっている。

 だが、工事現場の人も通行人達は一切それには気づいていない。

 一本のワイヤーが鉄骨の重さに耐えられるわけもなく案の定、ブチンッとワイヤーが切れ、吊るされていた鉄骨が落下を始めた。

 その下を歩く水色の髪をした女学生はまだその事に気付いていないようで、呑気にケータイを使いながら歩いている。

 もちろん、当たれば死を免れることはできないだろう。

 悲しいかな、刃哉にはいくら急いでいようとも人を助けないという考えを持ち合わせていない。


「危ないぞ‼︎」


 とりあえず刃哉は走る勢いを緩めることなく、女学生に注意の一言を放つ。

 女学生は、その言葉に驚き慌てて後ろを振り返えった。

 危ないと注意されていきなり上を確認する人は少ないだろう。

 だから、初めから声をかけた目的は自ら鉄骨を避けてもらう事ではない。

 今から突っ込んでくる刃哉を回避してもらうためだ。

 減速することなく突っ走る刃哉は、女学生の少し前で飛び上がり、落ちてくる鉄骨に狙いを定め───ぶん殴る。

 バキンッ、と音を立てて鉄骨は砕け散った。

 刃哉はそれから自分を避けた少女の横に着地。自分に当たりそうだった鉄骨が砕ける光景を見ていた女子学生は突然の出来事に立ち尽くす。


「それじゃ」

「えっ?....ええっ!?ちょっと!!」


 刃哉は一言だけ残して、爆走を再開する。

 その場に取り残された女子学生は状況を理解出来ず、当事者を呼び止めようと声をあげるも返事どころか振り向く事もなくその背中が遠ざかっていく。

 彼女の周りには砕けた鉄骨が散らばり、そこには一つの生徒手帳が落とされていた。



 すぐ先の角を曲がって、あとは学校まで一直線の道に出る。さっきのことは、スムーズに解決出来たので、タイムロスはないだろう。

 女子学生が何か叫んでいた気もするが今はそんな事を気にしている余裕はない。

 大通りの先、自分の目的地である学校までの道のりを見る限りではあと5分といったところだろうか。


(しかし、よくもまあこんなもんを作ったもんだ)


 超能力者育成機関──ヴァルハラ学園。

 周囲は4mの壁に囲まれており、土地は遊園地を作れるほど広い。城というよりは要塞に近く、超能力者以外入ることが許されない、まさにヴァルハラというわけである。

 2035年より始まった超能力者開発と共に建設が決まったこの学園は名目上は育成だなんて言っているが、結局のところは外で能力者に問題を起こされても困るので目の届くところに集めておこうと言ったところだろう。

 現在、日本には4校ほど建てられており、目の前にあるのは関東支部で、刃哉が通うことになっている学校でもある。


「よし、あと少しだ。問題なく来れたし、まだ間に合うはず••••••んんっ?」


 直線の道を一気に駆け抜けてきた刃哉は学園の正門に一人の女性が立っているのを見つける。

 赤髪のポニーテールと鋭く吊り上がった目に咥えた棒付きキャンディー。グレーのスーツに身を包んでいるところを見る限り教師なのだろうか。

 だが、肩に担がれてた刃渡2mほどの大剣が教師らしからぬ雰囲気を漂わせている。

 その女性は刃哉を見つけたのか体をこっちに向け、刃哉を指差し少し笑いながら叫ぶ。


「時間ギリギリに来るとは高レベル能力者の驕りか?ならばその性根叩き切ってやろう‼︎」


その一言と共に大剣を軽々と片手で操り、体の前で構える。銀色の大剣に刻まれた模様には青い光が、刃には赤い光が灯る。


「校門で先生の出迎えがあるなんてパンフレットには書いてなかったぞ‼︎」

「わたしの善意で朝決めたことだ。感謝しろよ?」

「感謝できるか!」

「ならば死ねぇぇぇ‼︎‼︎」


 格好同様、教師らしからぬ発言と共に握られた大剣は走るのをやめない刃哉へ一直線に振り下ろされる。


「教師が死ねとか言うんじゃねぇよ‼︎」


 それを刃哉は避けることもせず、右手を握り締めぶん殴る。側から見れば自殺行為にも思えるその行動は、先ほど鉄骨を砕いた時と同様に意味を成す。

 バキンッと殴られたところからヒビが入り、大剣の刀身が砕け散った。


(なにっ‼︎)


 予想外の展開に驚きを隠せない女性教師は、刀身のない剣の柄を握りしめたまま固まる。

 避けられる、防がれるのはまだしも砕かれるとは容易く予想できるものではない。

 刃哉はチャンスとばかりに教師の横を通り抜け、学園の中へと駆け込む。


「これであとは会場にいくだけだな」


 正門を抜けるとそこには満開の桜が道の両側に植えられていて、その後ろには多数の校舎や色々の施設が視界に入る。


「こんなところで俺は生活すんのか.......」


 その光景を見た刃哉は思わず足を止め、口からそんな期待と不安が入り混じった言葉が漏れる。

 研究所らしき建物やデパート、高層マンションなどがどこを見回しても目に入る。学園に入ったはずなのだが、そう感じることは出来ない。


「って、立ち止まってる場合じゃないんだった!」


壮大な光景に呑まれていた刃哉だったが、時間がない事を思い出し、すぐに走り出す。


「それにしても、もうすでに二回も砕くことになるとは...今日はツイてないな。いや、寝坊してる時点でツイてないのか」


 そんなに独り言に苦笑しつつ、入学式が行われる講演ホールを目指す。辺りを包むピンクが気分を上げて自然とペースが速くなる。

せめて案内役の人くらいは残しておいてくれよ、と最後に呟いた一言は虚空へと溶けて消えた。



 入学式にギリギリ間に合う形で講演ホールに滑り込んだ刃哉は、他の教師陣から驚愕の目を向けられていた。

 思い当たる問題は2つ。

 自分の髪の色とあの教師を退いて学園に入ってきたということだが、おそらく後者だろう。


(あの人、もしかして倒しちゃいけなかった人だったかな)


 教師の中で一番強いとか、今までこういった遅刻者を誰も通したことがない、なんてことだったりすると最悪だ。

 高校生活を始める上で早速問題を一つ増やしてしまったことを後悔する。

 講演ホールはステージを中心にして扇型に客席が配置されており、一階席と二階席に分かれている。

 一階席は新入生2000人を入れても余裕なほど広く、あと2倍は入るようにも伺えた。

 二階席は一階席の半分ほどのサイズで今は在校生達が何十人か座っている。指をさしたり、手を振ったりしているところを見る限りでは、弟や妹の入学式を見に来たといったところだろう。

 辺りを見回していると刃哉は1つの感動を覚えた。

 新入生、在校生全員を見ても青、黄、緑といった色の付いた髪をしていたことだゆ。

 それはいままでずっと苦労させられていた髪による風評被害がなくなることを意味していた。

そんな事に涙しているとホール全体に放送が響き渡る。


「それではこれより入学式を始めます。新入生、起立」


流れてきた女性の声に従って、新入生達が全員立ち上がる。刃哉も入口の前にいるわけにもいかず、空いている席の前に移動する。

 するとステージの袖から動きやすいように改造された着物を着た中学1年生くらいの少女が姿を現した。


「皆の衆、座って良いぞ。では、我の方から話をさせてもらうとしよう」


 銀色の短髪をポニーテールのように結った髪型は幼い顔立ちを強調し、なんとも個性的な喋り方はその特異性をさらに引き立てる。

 それに相反して、口調は緊張している様子はなく慣れているような感じで、どちらかと言えば偉そうな雰囲気を漂わせている。


「学園長を務めておる早乙女さおとめ 可憐かれんじゃ」


 普通に偉かった。


「とりあえず、入学おめでとうと言っておくとしておこう。能力者なら入れるこの学園において入学とはあまり特別な意味があるとは言い難いのかもしれんが、これは皆が頑張って能力開発に耐えてきたことを意味しておる。

この学園では、各々が自由に能力を鍛えるがよい。皆はまだ原石じゃ。これからの努力によって宝石にもその辺の石ころにもなりゆる」


 周りを見回しながら話していた学園長と目が合う。それから少しニヤッと悪そうな笑顔を浮かべ話を続ける。


「今年は面白いやつらも多いようじゃしな。君たちの成長に驚かされることを心から楽しみに待っておるよ」


その言葉を最後に学園長はステージの袖へと捌けていく。やはり見た目は中学生にしか見えない。


(能力開発に耐えてきたか••••••)


 刃哉にはこの言葉に共感することは出来ない。

 能力開発の辛さも苦しみも痛みも喜びもわからないからだ。そもそも能力開発とはどこで何をどうやって行われているかさえ知らない。

 理由は簡単、俺は能力開発を受けていないから。

 ただそれだけ。

 何故かただの人間が能力を得た。

 このことがどれだけの意味を意味を持っているのかは知らない。

とある事故によって能力を発現してしまった俺を日本政府は持て余し、この学園に放り込んだ。


──例外中の例外


──異端かつ特殊


 そんなレッテルを貼られた俺を受け入れた学園長はどこまで俺のことを知っているのだろう。多分、全て調べ上げられているに違いない。

 そして、それを知った上で彼女は驚かされることを楽しみにしているのだろう。

 幼い顔をしている癖に恐ろしい学園長だ。

 いや、そんな学園長だからこそ受け入れてくれたのかもしれない。


(そう思うと感謝しかないな)


 刃哉はいつかこの恩を返せる時があればと強く願った。

 その後は色々なお偉い様方からありがたい言葉を頂戴し、長ったらしい入学式も終盤を迎える。


「これにて入学式は終了となります。各自、教室へ移動して、担任が来るのを待っていてください」


 再び女性の声が流れ、入学式の終了を告げる。

 クラスは入学案内の冊子と共にすでに通知されているので、周りの生徒達は紙をみて教室を確認したり、周りにいる先生に場所聞くなどをして移動を始めている。

 1クラス50人の40クラス制で校舎は2つ。各校舎20クラスずつに分けられている。

 呼び方としては学年-クラス順-校舎の順番で、第一校舎が1-A-Ⅰ、1-B-Ⅰ、第二校舎が1-A-Ⅱ、1-B-Ⅱといった具合である。

 刃哉のクラスは1-F-Ⅱ。つまり第二校舎のF組だ。

 校舎とクラスの場所はすでに確認してある刃哉は、移動を始めようと立ち上がると放送から「あーあー」と先ほどとは違う、けれども聞いたことのある女性の声が聞こえてくる。


「えー、1-F-Ⅱの皇 刃哉くん、特別な事情によりクラスの変更が決まりました。変更先は1-A-Ⅰです。間違えないように来てください。来ないと殺••••••」


途中でスイッチを切られたのか、何かを言いかけて放送がプツンと切れる。

 記憶が正しければあの声は、校門に立っていたガラの悪そうな先生のものだ。

 特別な事情と言っていたが、9割9分9厘で個人的な恨みだと推測できる。

 報復のためにクラスまで変えるとは結構位の高い先生らしい。改めて朝やられておくべきだったと悔む。

 放送が流れた後、周りの先生達からの視線が驚愕から憐れむものになったことから察するにあの先生が担任なのはほぼ確実となった。


「まあ、いつも通りといえばいつも通りなんだよなぁ••••••」


 こんなことにくよくよしていても何も始まらない事をよく知っている刃哉は、とりあえず立ち上がり講演ホールを出る。

 周りの生徒達は和気藹々と楽しそうに喋りながら歩いている。

 入学式で気が重くなるのは刃哉くらいしかいない。


「こんな調子で俺、生きていけるのかな••••••」


 口からはそんな言葉が溢れ、赤いカーペットの廊下を一歩一歩進むたびに足が重くなり、ただただ不安が重なっていく。

 今歩きながらできる事は先生からの攻撃をどう避けるか対策を立てておくことだけだった。



『学園都市』


 それは教育機関や研究機関を集積させた都市を表す言葉として作られたものだった。だが、いつからか学園が1つの都市として成り立っている事を表す言葉となった。スーパーや病院はもちろんのこと、映画館、本屋、デパートまで存在するこの学園はまさに学園都市と言うことが出来る。

 もちろん、そんなサイズの学園がたくさんあるわけではない。なので学園都市=ヴァルハラ学園と言った方が正しいのかもしれない。

 そして、さっき述べたようにそれはこの学園が都市として機能するほど大きいことを表している。

 生徒数6000人以上、授業と部活に使用される校舎7棟に学生寮として使われているマンション4棟と教職の寮が1棟。他にも人工芝グラウンド、アリーナ、etc。

 遊園地を優に超えるサイズのこの学園の構造をパンフレットを読むだけで理解することなど到底不可能であり、いきなり教室の変更を言い渡された刃哉は案の定道に迷っていた。


「これはもしかしなくてもピンチか? いきなりクラスと校舎をかえられたせいっていうのもあるが、それにしてもこの学園広すぎだろ••••••」


 周りには花びらをこれでもか散らす桜にベンチが4脚ほどあるだけで目標になるものはなく、近くに見える2棟の校舎がすでに違うことは確認した。


「おやおや〜なにやってるの〜?」


 頭を掻きながら辺りを見回す刃哉は後ろかはかけられた声に反応して振り返る。声の主は膝くらいまである深緑色のロングヘアの女生徒だった。


「珍しい髪の色をしているから声をかけてみたけど〜思ったより面白い髪だね〜」


 制服は両肩ともずり落ちていて、手足はスラリと細長く、胸は平均以上。青い瞳には十字が浮かび、声はおっとりしている感じだが、伸ばした喋り方によって全く感情を読み取ることが出来ない。

 興味があるようで興味のあるように見えず、警戒しているようで警戒している様子がない。


「まあな、こうなるには色々とあったんだけど••••••というか後ろからだとこれは見えてなかっただろ?」


刃哉は右目の上の赤いメッシュを指差す。


「そう〜だから驚いちゃったよ〜」

「ならなんで俺に話しかけたんだ?別に黒髪なんて別段珍しくないだろうに」

「ん〜?」


少し首を傾げ、何かを考えるように少し間を空ける。一般的に日本人ならば黒髪がスタンダードなはずなのだが、何か質問を間違えただろうか。


「珍しいよ〜。だって黒髪なんてきっと君だけじゃないかな〜」

「なに••••••?」

「だから〜この学園じゃみんな色付きの髪だから〜黒髪は君だけってこと〜」

「••••••」


思考が停止する。

───黒髪が俺だけ?

 つまり黒い髪で珍しいのに赤いメッシュでさらに珍しくなっているということだ。さっき解決したと思っていた髪の問題はじつはいつも以上に悲惨な状態にあるということだ。

 刃哉はそれを聞いて力なく膝から崩れ落ちる。


「結局オンリーワンなのか••••••」

「大丈夫〜?」

「あ、ああ。ちょっと今後の高校生活に目眩が」

「そっか〜」


 この言葉からも納得したセリフなのか、興味がないのか、全く読み取ることが出来ない。率直な感想を言うならば──化け物。

 会話相手に考えも感情も読み取らせず、会話を続ける得体の知れない何か。そんな相手に刃哉は体を震わせる。


「俺は皇 刃哉。今日入学したばかりの新入生だ」


 気を取り直して立ち上がり、手を伸ばして自己紹介をする。


「私は〜不知火しらぬい 魅夜みや。高校三年生だよ〜」


 不知火はずり落ちた制服に付けた緑色の校章を見せる。校章の模様は六角形の中に六芒星があり、それに重なるようにクロスされた二本のの剣が描かれている。


「一年生は赤、二年生は青、三年生は緑だよ〜」

「なら俺は赤が貰えるわけか」

「そうなるね〜」


 他にも白と黒のバッチと金色のバッチを付けているようだが、それについては教えてくれないようだ。

不知火はさらにそういえば〜、と続ける。


「何かやってたんじゃないの〜?」

「あ!!!」


不知火のあまりの異様さに圧倒され忘れていたが、その一言で刃哉は自分が道に迷っていたこととあの凶暴教師の言葉を思い出す。

 現在進行形で死が近づいてきている。


「ここから高校一年生の第1校舎ってどうやっていくんですか?」

「それなら〜この道を真っ直ぐ行って、3つ目の校舎を右に曲がるとあるよ〜」


だらんと袖の垂れた腕を伸ばし、今まで刃哉が歩いて来た道の方を指差す。

 実際は指が出ていないので指差すというよりは腕差すといったところだろうか。


「逆だったのか!ありがとうございます!それじゃあ、急いでるので」

「じゃあね〜」


 不知火はもう腕をあげるのも面倒くさいのか腰の高さで手をパタパタと振る。刃哉はそれに手を振り返した後、教えられた道を駆けていく。

 1つ目の校舎を通り過ぎるとさっきまで見えていなかった校舎が姿を現す。ここから見えるだけでも校舎が4つ。ここまで校舎が集まっていると圧巻としか言いようがない。

 言われた通り右に曲がると、「高校一年生 第一校舎」と書かれた目的の建物が見えてくる。

 刃哉はあの凶暴教師の攻撃から回避するための30通りの方法を、頭の中でシュミレーションしながら昇降口を通った。


 校舎は1フロアに5クラスずつの4フロアと教職員用に1フロアで5階建となっており、特殊合金で建てられている。

 特殊合金とはあらゆる衝撃に強く、耐熱•耐寒性に優れており、電気も通さないヴァルハラ学園が作り出した対超能力者の万能合金で、今では日本製の戦車にもこの特殊合金が使われている。

 中学生の頃に学校で耐久実験の映像を見せられたのだが、こんなものが動き、さらに攻撃してくると考えると恐ろしく感じたのをいまだに覚えている。

そんな合金で作られている校舎は耐震性に優れてた造りをしていて、マグニチュード8.0ほどならば耐えられるという。

 ☆ なぜ、そんなに大きな揺れにも耐える必要があるのかと疑問に思うのだが、ここは超能力者達の集まる場所なので、それくらいの対策をしておく必要があるのだろう。

 もっとも、この学園にで建物の崩壊や倒壊を聞かないのはこの特殊合金の活躍が大きいだろう。

 そんな核シェルター並みの強度を誇る校舎の昇降口を抜けた刃哉はメタリックシルバーに色塗られた床の階段を青いスロープを掴みながら駆け上がる。

 校舎の作りが第1校舎も第2校舎も同じならば、1フロアに5クラスずつなのでA組のある場所は4階の一番手前。刃哉は2階と3階にあるクラスの確認もせず、4階まで一気に登る。

 4階に辿り着いた刃哉は一番手前にある教室のクラス名を確認した。ドアのところに『1-A』と書いてあるのを見る限りでは真っ直ぐ4階に来たのは正解だったようだ。

 ふぅ、と一息ついて服装を整える。

 周りに1人も生徒の姿は見えないが、特に時間の指定もされていなければ、チャイムのような予鈴を聞いてないので、まだ先生は教師に来ていないと予測した。


「なら先生が来ないうちに教室に入るのが妥当‼︎」


 そう意気込んで刃哉は教室のドアに手をかけ、横にスライドさせる。しかし、ドアが半分ほど開いた時、教室から伸びてきた何者かの手によって入るという動作を強制的に中断させられた。


「え⁉︎なに⁉︎⁉︎痛っ、ちょっ痛っ」


完全に伸びてきた手に顔をホールドされた刃哉は抵抗も虚しく、教室の中へと引きずり込まれる。指と指の間から見えたのは朝、校門で一戦交え、さらに俺のクラスの変更をアナウンス──もとい脅迫してきたスーツ姿の赤髪だった。


「ずいぶんと遅かったじゃないか」

「道に迷ったんだよ、お前のせいで」

「お前?」

「ぐぁぁぁぁぁ、痛い‼︎先生、先生です‼︎頭蓋骨が割れちゃう、割れちゃうから!」


 ホールドしている左手を叩いてギブアップを伝える。


「割れても構わん」

「教師が生徒に言う言葉じゃないだろ」

「むしろ死ね」

「だから教師の発言じゃないって‼︎」


 赤髪の教師は仕方ないと言いながらぱっと掴んでいた手を離す。どうやら殺されずには済んだようだ。


「私の名前は萩坂はぎさか 美玲みれいだ。自己紹介はみんな終わったから、お前は前でしろ」

「なんでそんなに偉そうなんだよ......」

「先生だからな。お前より偉いんだよ。ほら早く」


 萩坂先生は黒板の前を指差し、場所を指定する。黒板に先生の名前が書いてあるのをみると自己紹介が終わってしまったのは本当らしい。

 刃哉は指定された通りに黒板の前へ移動して、生徒の方へ体を向ける。

 クラスメイト全員を見渡すとやはり全員が色付きの髪で不知火の言っていたことは嘘ではなかった。

 小、中と普通の学校に通っていた刃哉としてはなんとも異様な光景なのだが、研究所や開発施設から来ている人間からすると当たり前らしい。

 自己紹介は悪目立ちをしないように簡易的で抽象的で完結に終わらせることを心がける。


「皇 刃哉だ。こんな髪だけどあまり気にせずに話しかけてくれるとありがたい。1年間よろしく頼む」


 自己紹介は悪目立ちをしないように短く抽象的で簡潔に終わらせることを心がける。


「質問です‼︎」


 刃哉の期待とは裏腹に前から3列目の左側の方に座っていたメガネをかけた金髪ツインテールの少女が勢いよく手を挙げる。


「お名前は?」

深山みやま すずです‼︎」

「では深山さんどうぞ」

「それじゃあ、まず初めに」


 手帳を片手に立ち上がった彼女はくいっとメガネの位置を直し、真剣な眼差しをこちらに向ける。


「あなたが萩坂先生を倒したというのは本当ですか?」

「あー、それか」


 朝のことはすでに噂になっていたようだ。

 校門で起こしたことなので、誰に見られてもおかしくない場所だったのは間違いないけれども、すでに一年生の間にも広がっているとなると学校中に広がってる可能性が高い。


「俺は萩坂先生を倒しちゃいない。たまたま偶然にも運良く先生の攻撃を凌げただけで、攻撃もしていなければ、倒したりもしていないよ」

「ふむ、そうですか」


 先に先生から攻撃してきた訳だし、あの時の俺の行動は防衛行動に入るはずだ。

 変に念を押して奇跡だったと主張してしまったが、質問を聞いた時から感じていた後ろからの威圧も少し弱くなったのを思うと答えとしては正解だったようだ。

 「YOU DIDE」を見なくて済んだことに胸を撫でおろす。

 深山はその答えを聞いてスラスラと数秒メモ帳にペンを走らせた後、改めて眼鏡の位置を直す。


「では、二つ目。ずばりあなたのレベルはいくつなんですか?」

「レベル?ああ、レベルか」


 レベルとは国が設けた能力の性能をランクづけしたもので、最低ランクはレベル1で最高はレベル10。

 定期的にレベルの更新が行われているのだが、他の生徒達は小さな頃から研究所などで測定、更新をしているらしい。

 レベルの判定は攻撃力、実用性、応用力、さらにその人間の技術力を最先端のスーパーコンピューターが測定し値を出す。技術力、応用力といったものは経験や場数によって上昇するものなので上級生の方が必然的にレベルが高くなっている。

 そして、刃哉も入学するにあたってレベル測定を行った。そして、この質問が刃哉が最も恐れていた質問である。


「いや、まあそれがだなぁ」

「どうしました?」

「分からないんだ••••••」

「どういうことですか?」

「何回やっても『測定不可能コード•アンノウン』だったんだよね」


 その一言とともにクラスの全員が驚愕に目を見開き、静寂が教室を包み込んだ。

 しかし、それも一瞬ですぐにザワザワと騒がしくなった。

 未だかつて一度たりとも測定ミスもエラーも起こしたことがないとされるスーパーコンピューターが測定出来ないと弾き出した人間。

 そんなのを見たらそうなるのは理解できる。実際、研究所の職員たちもパニクって大騒ぎになっていた。

 刃哉の持っている能力は『砕く』能力。殴ったり蹴ったりすることによって物質、形状を問わず、ましてや事象までも砕く事が出来る。

 原理は不明。科学的証明も不可能。殴る事によっで与えられるものは衝撃でもなくダメージでもない。ただ『砕ける』といった結果のみ。

 たとえそれが絶対に壊れることがないと言われていた鉄であろうと。たとえそれが砕けるといったプログラムの施されていない立体映像であろうと。


──問答無用に砕く。


 これだけ聞くと弱点のない圧倒的な能力のように思われてしまうが、どちらかというとデメリットの方が多い。

 リーチは手と足の長さのみ。多数との戦闘に向かず、まして瞬発力の向上はないため、認識を越える速度のものには無力といえる。

 それ故に研究所職員たちも自分達でレベルを出そうと頑張ったのだが、物理的な測定もすることができず、さじを投げた。

結果、研究所から言い渡されたのは『測定不可能』という諦めの5文字だけ。


「質問は以上です」


 予想以上の豊作に満足したのか深山は席に着いてからもメモ帳に何かを書き続けている。

 質問が終わってもクラスのざわついた雰囲気は変わらず、所々から話し声が聞こえる。

 後ろから聞こえる笑いを我慢するような音は嘘だと思いたい。先生は事情を知った上で自己紹介をさせたらしい。


「静かに!今日はとりあえず終わりだ。明日の朝礼は9時。今日中に寮で自分の部屋を整えておくように。席は今座っている場所を定位置とする。皇、お前は空いている席から好きな席を選んでおけよ。それじゃあ、解散」


 当の本人は面倒臭くなったのかそれだけを言い残して教室から出て行ってしまった。

 この空気では教室にいるのは辛いので、とりあえず自分の席を決めておくために空席がないか教室を見渡す。そこで後ろから2列目に座る少し黒みがかった金髪の少年が手招きしているのを見つけた。

 クラスメイトと仲良くするつもりの刃哉は招かれるままにその少年の元へと向かう。


「何か用か?」

「空いてる席に座るんだろ?俺の隣が空いてるんで、良かったらどうだ?」

「そうなのか?なら喜んでそうさせてもらうよ」


 肩にかけていた鞄を机の横にかけ、少年の横の椅子に腰掛ける。

 その少年の見た目としては金と黒を7:3くらいの割合で混ぜたような金髪にシュッと整った顔で、刃哉と同じ紺のブレザーを着崩している。見た目、話し方共に気さくな雰囲気が感じられる好青年のようだ。


「俺は桐谷きりたに ひびき。レベルは5だ。よろしく!」

「よろしく頼む」


自己紹介と一緒に伸ばされた手を握り、握手を交わす。

 刹那、ビリッと電流が全身を駆け巡る衝撃が刃哉を襲った。


「ん⁉︎」

「ああ、悪い。電気が出ちまったか」

「ということは電気操作系の能力か?」

「能力自体はね。今のは体質的な問題なんだ」

「体質?」

「俺はどうも体の中に電気を溜めやすい体質らしくてね」


 そういえば、ごく稀に能力に対して作用する特異的な体質を持つ人がいるということを聞いたことがある。

 それは有利に働くものだけではなく、不利になるものもあるというが、響は後者なのだろう。


「お陰で能力を使っていなくてもさっきみたいに電気が出ちゃったりしてね。そのせいで動物を触ることも出来ないんだ。こんな髪にもなっちゃうしね」


 やはり気にしているのか、はははと響は黒みを帯びた金髪を触りながら照れ笑いをする。


「髪?」

「え⁉︎君も同じようなことなんじゃないの⁉︎」

「いや、まったく」


 その一言を聞いた響は驚愕に顔を歪ませる。

 不知火先輩といい、響といい黒髪であることに対しておかしいというが、この際なので理由を聞いておきたい。


「そもそもなんで髪が関係あるんだ?」

「えっと••••••なんでみんな髪に色がついているのか知ってるか?」

「知らない」

「じゃあそこから説明してよう」


響は少し咳払いをしてから真面目な声で説明を始める。それに合わせて刃哉も椅子ごと体を響の方へと向けた。


「俺を含めここの生徒達は色付きの髪をしているけど、みんな元々は黒や茶色とか普通の髪だった人がほとんどなんだ。そして、色付きの髪になってしまった人達に共通していることがある」

「能力者ってことか」

「そう。能力者になったものが色付きの髪になっているんだ。では、なぜ色が付いてしまったのか。それは能力が体の外に放出されていることにある」


 響は得意げに指を回しながら話を続ける。


「その影響で能力者は髪に色が付いてしまうんだ。だから能力が強すぎる人や感情の高揚によっては、周りにも影響が出ることもある」

「なるほど」


 体から漏れ出している能力を使うためのエネルギー的な何かが体に影響しているということらしい。

 ならば電気を操る響が金髪であるように、能力と髪の色には関係があると考えるのが妥当だろう。

 響の場合は体質のせいで外に出るはずのエネルギーが電気となって体に溜まってしまった。これは体質に対して、獲得した能力との相性が悪かったと言える。


「ああ、だからお前は微妙な色をしてるのか」


 髪の毛の色に漏れ出ているエネルギーの量が関係あるならば、体質で量が少なくなっている響の髪には影響が少ししか出ない。地毛が黒で、金髪になるはずだったならば混ざるのも仕方ないだろう。


「微妙っていうのはやめてくれよ。まあ、お察しの通り。この体質のせいで黒が残った金髪になっちゃったって訳だ」

「大変だな」

「そんなことねぇよ。みんな説明すれば分かってくれるしな。お前もしっかり説明すれば大丈夫だとおもうぜ?」

「説明ねぇ••••••」


 別に隠しているつもりはないのだが、正直言って自分でも自身の状態がよく分かっていない。

 今でこそ自分の能力をある程度理解してきたのだが、自分が能力を得た原因も、そしてこの髪になった原因である姉による能力制限の理由も全く分かっていない。

 分からないからここに来た。自分とは違えど能力を持つ者がいるこの学園に来れば何かが分かるかも知れないと。

 刃哉は自分の真紅に染まる髪を触り、改めてこの学園に来た理由を確認する。

目線の先、窓の外では桜の花が風に揺られ宙を舞い踊っていた。


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