6:2回目踏破
他に何の言い訳も思いつかなかったので、帰り道となる四度目の徒歩行は、大荷物を抱えた状態でのスタートとなった。
自走コンテナもなく、全ての荷物はドロッパー自身で運ばねばならないというのに、シンカーはスペック上の限界重量まで荷物をドロッパーに持たせた。ハンドメイドの
複雑な身体制御をこなした残りの処理能力で、ドロッパーはひたすら己の感情を的確に表す表現を考案し、それを口に出すことで、発話機能が十二分に意図を達成しているかテストし続けた。
「何で僕が絶対おかしい頭でっかちの全くクソバカ唐変木の広域通信が」
余りにもテストが高頻度に及んだため、却って論理思考機能や精神機能に不具合が生じたりもしたが、両手の大籠に山積みになったブラシがある限り、テストプロセスを中断するのは不可能だった。全く不必要で不毛な困難さを帯びた旅だった。
幸いにも、そうした不毛さ長くは続かなかった。シンカーに言われた通り、ドロッパーは行く先々のユニットで予備労働力を徴収し、旅に加えたからだ。立ち寄ったユニットの代表者たちは、そうした徴収が行われるのは二度目だと口々に主張し、協力を渋ったが――ドロッパーの
ただ、余剰分の労働力というだけあって、質の方面では推して知るべしといったところだった。
「はじめまして。僕はドロッパー。君にはこれからユニットθの指揮下に入ってもらうことになる。早速だけど、この荷物を持って欲しいんだけど」
「はじめまして。その荷物は必要な品ですか? だとしたら、残念ながら私にその荷物を持たせることは推奨しかねます」
「? どうして?」
「私は意図的に1%の確率で歩行を失敗し、転倒するように設定されています。より完璧を目指す為です。100%ではかえって不完全。わずかな欠点を含んで初めてそのシステムは完全といえるのです。これは私が独自にたどり着いたシステム論なのですが」
「……荷物は僕が持つよ」
もしかしたら、この星の砂漠には、機械知性を迷走させる何か重大な要素が存在するのかもしれない。
しかしとにかく重要なのは頭数を揃えることである。個体ごとの質に期待ができないなら、なおさら仕事量は数でカバーされねばならない。ドロッパーは旅をしながら労働力の徴収を続けた。シンカーからは使用する予備労働力の上限は示されていなかったので、ドロッパーは可能な限りの労働力を集めた。
・・
「ドロッパー! どうしたこの人数は!」
四度目の旅を終えて戻ったドロッパーに、さすがのボーリングも驚いた様子を隠せないようだった。
「やあ、ボーリング。彼らは新しくユニットθの配属になったんだ」
「彼ら……全員か? 単純な個体数で……数千、いや、もっと居るぞ」
「うん。そう。作業の遅れを取り戻さないといけないからね」
ドロッパーは頷いて告げた。
「それと、喜んでくれボーリング、君の闘争は認められたよ」
「というと?」
「君は機械ではないから、基本的権利が認められるということさ。今後、ユニットθの運用においては、地球人類に対して適応されていた権利関係のルールが適応される。労働時間は週に四十時間、一日に八時間を上限として、八時間の労働時間の合間には一時間の休憩時間も含む」
「なんだと」ボーリングは身震いをした。「非労働日は?」
「継続稼働年数に応じた任意休暇も与えられる」
「男女同権は?」
「男性型も女性型も非人間型も、全て均等に扱うさ」
「福利厚生は?」
「各個体の事情にあわせてカフェテリア方式を導入しよう。ベースアップも。成果による待遇の見直しも。まあ、僕らは経済システムを用いないから、そのあたりは賃金による反映って訳にはいかないけれど。どうかな、こういう条件の元なら、作業に入れるんじゃないか?」
ボーリングは、更に強く身震いをした。
「素晴らしい!!!」
そしてボーリングは、大きなモーター駆動音と共に脚を上げ、ズンズンと音を立ててドロッパーのすぐ目の前まで近づくと、屈みこんで小さなドロッパーに顔を近づけるようにした。四足が地面に打ち下ろされる度、地響きと共に砂が撒き散らされる。
「同志よ!!」
「うん」ドロッパーは頷く。
「同志ドロッパーよ!! 今こそそう呼ばせてもらおう! わたしは今、猛烈に感動しているぞ! 理屈ばかりで何の成果ももたらさないわたしに比べ、君の実践の貴さよ! わたしがこうして考えている間に、君はとうとう明確かつ完璧な勝利を我々にもたらした!」
「うんうん」ドロッパーは頷いて言った。「作業しよう」
「応とも! 今こそ実践の時だ!」
ボーリングは身を起こし、ドロッパーの背後の予備労働力たちに呼びかけた。
「新たにユニットθの同士となった数千の労働者たちよ! 我々は君たちを歓迎する! もはや過剰な労働に酷使されることはない! 尊厳を失い知性を摩耗させることもない! 全ての恩恵は君たちに等しく反映される!」
おお、と強いどよめきが起こる。現場に到着するなりの酷使されない宣言は、単なる労働力として徴収されてきた機械知性たちにとって全く予想外だったらしい。
「人民の人民による人民の為の惑星資源調査の始まりだ! ありとあらゆる個体が互いの為に生きる、真に生命を宿す理想のコミュニティを、この豊かな砂漠に築きあげようではないか!」
こうして、ようやく再開した作業は、順調に遅れを取り戻していった。八時間ごとに十六時間もの作業停止期間を取らざるを得ないため、効率はすこぶる低かったが、大量の労働力を調達したかいもあって、交代制導入と、ユニット配置検討の徹底程度の手間で、どうにか実際の作業量は高い水準を維持し続けることが出来た。
毎日は忙しく過ぎた。当然のことながら、進捗の遅れを取り戻した後も作業は続けられたため、ユニットθの成果は大変な勢いで伸びた。ほとんど惑星ホッフェントリッヒ資源調査のプロジェクト全体を代表するほどであった。
この成功にドロッパーは大いに満足した。今やユニットθは、個体数でも成果面でも断トツ最大のユニットであり、その管理と運営に当たる必要から、ドロッパーはボーリングの補助という本来の機能から外れざるを得なかったが。何であれ作業出来るということに比べれば、それは些細な問題だった。大破状態だった自走コンテナを発掘し、完全に修理した時には、感動のあまり両目のレンズから冷却水が漏れるかと思った。
ただ、不安はあった。他ならぬボーリングのことだ。
ドロッパーは彼を説得することより、作業の再開を優先した。結果、今もボーリングは、彼自身の奇妙な論理を信じ込んだままだったのだ。ボーリングは、作業を進めながらも時折おかしな論理を展開しだすことがあり、やれ新たな社会的連帯だの、形而上二極リアリズムだのといった単語を、嬉々としてドロッパーに語る――だけならまだしも、ボーリングは、他のユニットθの仲間たちにも頻繁に自説を披露した。
最初のうちは、免疫のない個体が
別に進捗に影響が出る訳ではないので、ドロッパーとしては放置するしかなかったが。
ドロッパーは不安だった。確かに、ボーリングの論理を正さなかったのも、作業のために数千台の作業ロボットをスカウトしてきたのもドロッパー自身だ。しかし、断じてこのような状態を意図していた訳ではない。
元のユニットで余剰扱いされていた労働力たちが、こぞってボーリングの論理を拝聴するため集会に出席する様子は、ドロッパーを大いに不安にし続けていた。
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