聖なる領域へ

霜月秋旻

聖なる領域へ

私は、妻のアヤカと娘のマナミの三人で家族旅行の為、空港に来ている。

『ブー!コノヒト、ナニカ隠シテル!』


私が金属探知機をくぐると、ブザーが喋りだした。


「あ!パパだけ、ひっかかったねー!」


「すみませんお客様、身に付けている金属類、外していただけますか?」


警備員がそう言うと、私は腕時計やベルトなど、考えられるものを外して再び探知機をくぐった。


『ブー!マダ隠シテルゾ!怪シイヤツ!』


またひっかかった。


「お客様、この探知機は『聖なる探知機』でございまして、心の中に少しでもやましい隠し事があると反応してしまうのです」


「ほー!よくできてるものだな。これなら犯罪者乗れないな。科学も進歩したもんだ」


しかし、私に隠し事?はて…あのことか?


「すまないアヤカ、マナミ。実はパパ、先週パチンコで二万円ほど負けてしまってね。すまない。金を無駄につかってしまって…」


「あなた…」


白状した私は、再び探知機をくぐった。しかしまたひっかかった。


『ブー!チイセエヤツ!ソウジャネエ!』


「お客様、いいですか?飛行機とは人様の遥か上を飛ぶ、神聖なる乗り物。機内は聖域なのです。そんな場所に、モヤモヤしたものは持ち込めないのです。飛行機に乗るためには、全てをさらけ出し、心を純粋にしなければならないのです。貴方だって、頭の上を汚れた物が通ったら嫌でしょう?」


「そりゃあそうですけど…」


「さあ!言うのです。貴方の心に潜んでいる邪気を追い出すのです!」


じゃああの事か?


「実は数日前、夜中に小腹が空いて冷蔵庫をみたら、旨そうなロースハムが入っているではありませんか。封は切られていて、十枚前後入ってたんで、一枚ぐらいつまみ食いしてもバレないだろうと食べたら、いつのまにか全部食べちゃってて…」


それを聞いた妻は怒った。


「まあ!あれはあなたの仕業だったのね!マナミだと思ってマナミを叱っちゃったのよ?最低!」


「すまない…」


「もういいよパパ。これでパパのモヤモヤは消えたんでしょ?」


「マナミ…」


罪を告白した私は、スッキリした気分になり満面の笑みで探知機をくぐった。


『ブブー!コイツ!マダキタネエ!』


私のにこやかな笑顔は一瞬にして梅干しのようにしわしわになった。


「お客様、まだ何か隠してますね?そんな状態で飛行機に乗る気でいるなんて、ヘドが出る」


「私は何も隠してない!その探知機がおかしいんだ!」


「まあ!いいですかお客様!人というのは自分の過ちに気づきにくいものなのです。自分が信じている正義が、本当は悪であるということも考えられるのです。あなたは自分の過ちに気づかず、更にはモノのせいにしている、正真正銘の悪です。そんな貴方を飛行機に乗せる訳にはいきません!お引き取り下さい」


「ま、待ってくれ警備員さん!悪かった。私が悪かったよ。でも私は本当に何も隠しちゃいないんだ!信じてくれ」


私は必死だった。念願の、始めての家族旅行だ。マナミも飛行機に乗るのを楽しみにしていた。帰るわけにはいかないんだ。


「いいでしょう。わかりました。ではお客様、その探知機に直接手を触れて下さい。そうすれば、貴方の内なる邪気をさらけ出す事ができます」


「は?」


この探知機は、触れるだけで心を読み取り、邪気を追い出すことができるそうだ。


「なら最初からそう言ってくださいよ警備員さん!回りくどいことして!」


私はためらうことなく探知機に触れた。


『私は妻に内緒で、ベッドの下にグラビアアイドルの写真を隠している!袋とじを開けたエロ雑誌やDVDもだ!妻や娘が寝静まったのを見計らって、じっくりと鑑賞しているのだ!何が悪い!』


私の心の声は、空港内のアナウンスのスピーカーから響き渡った。妻や娘はもちろん、空港内の客全員の耳へ…。


その後、私は探知機をくぐることができ、飛行機に乗れた。しかし初めての家族旅行は、終始気まずいものとなった…。

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聖なる領域へ 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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