第23話 不和
まず彼らは戦車の中を見て回った。何か武器や食料がないかと考えたのである。結果、3日分の食料、ヘルメットやジャケットなどの衣類が少量見つかった。
武器になるようなものは特になかったが、戦車の主砲や副砲を改造すれば何らかの武器を作ることもできるだろう。
その後、彼らは十分あのコタツたちがいなくなったのを見計らい、戦車の外へと出た。
相変わらず空は分厚い雲におおわれた森の中。空気は冷たく、先ほどよりも光は弱まっているように思える。日暮れまではそう長くなさそうだ。
達也はまず戦車の外周を回り、構造や状況を把握した。北日本帝国製の戦車ではあるが、防衛軍のものとそこまで差異があるわけでもなさそうだ。頑張れば改造も不可能ではないだろう。
彼は今、戦車後部のエンジン付近を見て回っていた。幸い工具は戦車の中に備え付けてあった。急な故障の際に対応するためのものなのだろう。
彼が着ているのは戦車内にあった帝国軍の厚手のベストである。レイが着ているような正式な軍服とは違った、野外活動用の装備服だ。
半袖だが、ある程度は寒さを軽減できたようにも思える。マントはレイに返しておいた。
「あぁ、これはひどいな。キャタピラが完全に千切れちゃってるよ……これはもう走れそうにないな……」
そうつぶやく達也。どうやらこれを修理するのは無理そうだ。一度車体から離れ、先ほどから静かなオコタンに話しかけてみることにした。
「どうしたんだいオコタン? 何かあったのかい? それなら直接喋ってくれればよかったのに……」
「そうはいかない。あの人間は信用できない」
「まあまだ会って大して経ってないのに言うのもなんだけど……彼女は悪い人じゃなさそうだよ」
そう自分で言った達也ではあったが、なんとなく言葉を違えている気もした。まあ確かに悪い人間でないのはそうなのだろうが、彼女の堂々とした態度、そして間真っ直ぐな視線は明らかに並の人間ではないことを示唆していたのだ。
仮にも敵の……しかも会ったばかりの下っ端兵に向かって謝罪し、しかも憎いなら罰せなどと言ってのける豪胆さは平凡には程遠いものだろう。あれだけ部下に慕われていたのも、今はなんとなく納得がいく。
「それは根拠に乏しい推論だなタツヤ。あの人間が私の存在に気付いたとき、私に敵対しないという証拠はない」
「それは……でも、今はこんな状況だよ? 僕と彼女以外には人はいないし、もし僕らが死ねばオコタンだってどうなるか分からない。それだったら先に正体を明かして協力しあった方が生き残れる可能性は高まるんじゃないのかい?」
「……一理ある。だが私の存在を明かした時に君とあの人間の間に対立が生じる可能性に関してはどう考えるのだ? その場で私ごと君を殺す可能性もあるのではないかね」
「それも今言ったことと同じさ。今は協力しあわなければまず生き残れる状況じゃない。それなのに争おうなんて僕ももちろん、彼女も考えないよ。君に敵対する可能性に関しては……僕が保証する。彼女を必ず説得してみせるよ。もし失敗したら……命をかけて君を守る」
「理解できないな。自分以外のために命をかけるなど、非合理的だ」
「ま、それが人間ってやつさ」
「……」
オコタンはしばらく沈黙した。彼の説得を聞いて判断しているのだろう。
「……分かった。君を信頼しようタツヤ。だがもし私自身が危険だと判断したら、私は私のために行動させてもらう。いいかね」
「分かったよ。任せてくれ」
こうして、彼はしばらく自らの作業に没頭した。
――――――
「達也、どうじゃ様子は? 何とかなりそうか?」
日が暮れ、辺りも暗くなった頃、森の中からレイが帰ってきた。夢中で作業する達也の背中に、幼い女子の声が投げかけられる。
「レイ! お帰り。今エンジンを取り出して確認してたところさ。部品を見る限り何とかスクーターくらいなら作れそうだよ」
「ふふ、それは良かった。お主がいてくれて本当に助かったな。お主と会わなければ今頃余はコタツ領の土に埋もれているところだったじゃろうよ」
「まさか。それは大げさだよ……レイのほうはどうだったんだい? 辺りの地形は分かった?」
「まあまあじゃな。近くに川があるようじゃ。飲み水はそこで手に入れることにしよう。それ以外は山ばかりじゃな。暗くてよく見えんから一度帰ってきた。コタツ共の姿はほとんど見えんかったから安心してよさそうじゃ」
「そうか、それは良かった」
コタツ領のど真ん中だというのに、あれ以来コタツの姿はあまり見ることはなかった。
ときどきオコタンが近くにいることを教えてくれたが、遠くで茂みが動くくらいで近づいては来なかった。
オコタンがテレパシーを使ってこの場所を上手く隠蔽しているのだそうだ。元はLV.3の核を持つオコタンである。何でも、自分より下のコタツにある程度言うことを聞かせることも出来るらしい。
「今日はとりあえず食事をとって休むことにしよう。夜はコタツ共のほうが圧倒的に有利じゃからな。明日丸一日かけて移動の準備をするのじゃ」
「分かった」
それだけ言うと、彼らは戦車を隠蔽し始めた。そこらから木の葉や木の枝を集め、戦車の上から覆いかぶせる。これで完全にごまかせるとも思い難いが、ある程度は感知を防いでくれるだろう。
「レイ……一つ聞いてほしいことがあるんだ」
「なんじゃ?」
茂みの枝を戦車に被せながら、達也はレイに語りかけた。
「さっきコタツが僕らを包囲したとき、急に攻撃をやめて去って行っただろう? あれに、実は訳があったんだ」
「訳……?」
「これを見て欲しい」
そう言って、彼は胸ポケットの辺りをまさぐった。そしてポケットから四角い塊を取り出し、レイの方へと差し出す。
彼の手の上には、ミニチュアサイズのコタツがちょこんと佇んでいた。重さはそこまでではない。ちょうど手の上に収まるほどの小さなコタツ。彼女はそれを見て、困惑したように目を丸くする。
「コタツ……? なんじゃそれは。模型か何かか?」
「模型ではない。私は本物だ」
「!? い、今喋ったのは誰じゃ!?」
「僕じゃないよ。彼が話しているんだ」
「彼……?」
ますます目を丸くするレイ。その視線は目の前の小さなコタツに向けられている。
「私の名はオコタン。タツヤによって作られ、知能を得たコタツだ。今はタツヤと行動を共にしている」
「何てことじゃ……信じられん。コタツが口をきいておるのか……?」
「オコタンは命の恩人だよ。実は、この戦車で飛び降りることを提案したのも彼なんだ。僕も君も、二度以上彼に命を救われている」
「……」
彼女は言葉を失ったようだった。呆然とし、目の前のコタツを怪訝な顔で眺め続ける。
まあこんな反応も当然のことだろう。人類の敵たるコタツ。知能もなく、人間を襲い続けるだけのはずのコタツが言葉を話すなんて、今まで誰も聞いたことがない話のはずだ。
だが、次の彼女の行動は達也の期待を裏切った。彼女は黙って腰元に手を伸ばすと、下げていたレーザー式の拳銃を彼らに向かって構えたのだ。
「なっ……何を!?」
「お主、自分が何を言っているのか分かっているのか? そいつはコタツじゃぞ。全人類の敵じゃ。それが知能を持ったなどとなれば……強大な脅威にもなりかねん。お主……まさかコタツ側の内通者ではなかろうな」
「そ、そんな……彼は僕や君を助けてくれたんだよ!?」
「だから言ったのだタツヤ。この人間は信用できない」
「ま、待てオコタン!」
レイの挙動に合わせ、オコタンも全身に警戒の色を濃くしていった。掛布団を震わせ、姿勢を前傾させて今にも天板砲を発射しようとする。
達也はすかさずオコタンをもう一方の手で抑え込み、背中のほうへとかくしてしまった。レイの構える銃口の前に、達也はオコタンを庇って立つ。
「やるなら来るがいい。相手をしてやる!」
「だから待ってくれレイ! 彼は無害だ! その証拠にさっきはコタツに包囲された危機を救ってくれた。彼はほかのコタツとも通信することができるんだ。近くにいればコタツの位置もわかるし、ほかのコタツと通信して僕らから注意を逸らすこともできる。それにもし僕が内通者だというならわざわざこんなことを君に伝えたりはしなかったんじゃないかい? 君ならわかるはずだ。考え直してほしい」
精一杯の説得である。レイは黙りこみ、オコタンも彼の背中でもぞもぞとうごめいていた。
「もしそれでも攻撃するというなら……僕を先に撃て。でもそうすれば、君はここから動けなくなる」
「ほう……面白い。思ったより肝が据わっておるようじゃな」
そう言って口元をにやりと吊り上げるレイ。そのまなざしは恐ろしい鋭さを持って達也の両目に突き刺さった。黒い瞳の奥には深く暗い闇が広がり、気を抜けばその闇に飲まれてしまいそうだ。
自分よりも二回りは小さな体のはずなのに、まるで巨大な山を目の前にしているようにも感じてしまう。恐ろしい威厳だ。この女、間違いなく並の人間ではない。
しかし、彼女は構えた銃を下ろそうとはしない。
「……ふ、よいじゃろう。お主の言いたいことはよく分かった。じゃが……!」
「!?」
「タツヤ!」
瞬間、赤い光芒が達也の視界に輝いた。バシュンというレーザーの発射音。それと共に、熱線レーザーが銃口から解き放たれる。
「グオオオォォォォォォォッ!!」
「何っ!?」
しかし、そのレーザーは達也の体には当たらなかった。彼のすぐ脇を通り抜け、彼の背後へと飛翔する。
彼の背後から聞こえたのは低い獣の咆哮だった。とっさに振り返る達也。するとそこには2メートルを超すかという巨大な熊が彼の背後に立ちはだかっていた。
その熊は今のレーザーで正確に額を撃ち抜かれ、咆哮とともに巨大な図体を地面に倒れ伏す。
「オッ……オォッ……」
熊はしばらくの間ぴくぴくとけいれんを起こすと、すぐに動きを止めた。そんな光景を見て、達也は呆然とする。
「……警戒心は持つことじゃな。今は余とお主の間で争うべき時ではない。それは理解しておるよ。そのコタツのことも未だ信じきれんが……取りあえずは理解しておこう。じゃが、信用はできん」
そう言って、レイは拳銃を下ろした。その様子を見て、達也はとりあえずホッと胸をなでおろす。
「ふふ。これで一つ借りは返したな達也。オコタンとやら、お主もコタツは感知できても他の生き物は察知できないらしい。せいぜい気を付けておくことじゃな」
「……覚えておこう」
レイが言外に込めた意味を理解したのか、オコタンはひときわ低い声で返事を返した。未だに警戒の構えは解こうとはしない。
「それと、これはお主に預けておこう」
「えっ、いいのかい?」
レイは達也に向かって、持っていた拳銃を差し出した。あの菊の紋章が施された黒い拳銃。
ところどころには金の装飾が施され、彼女の特別仕様であることが伺いとれる。
「さっきも言ったじゃろう。気が向いた時には余に罰を下せとな。その拳銃で撃ち抜くのも一つやもしれん。それに、余にはこれがある」
そう言って彼女は腰元から下がった軍刀に触れ、少しだけ鞘から抜いて刀身を見せた。黒い鞘に入れられた1メートルほどの長剣。柄には金の装飾が施され、その先からは紅白の紐が垂れている。
「剣術もある程度は心得ておるからな。自衛くらいなら十分出来るじゃろう。これでよいか? そこの小さいの」
「……」
そうオコタンに語りかけるレイ。すると、オコタンはようやく警戒の構えを解いたようだった。取りあえずの和解に納得してくれたのだろうか。
「今日はもう休むとしよう。余も様々なことがありすぎて疲れた。頭の整理もしたいのでな」
彼女はそのまま戦車の中へと入って行ってしまった。それを追い、戦車の中へと戻っていく達也とオコタン。
コタツ領での初めの夜はうっそうとした静けさの中、その闇を深めていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます