第9話 暗闇からの刺客


 暗闇の中、パウッ、パウッという独特な破裂音が連続した。飛翔する二本の閃光。その閃光の内の一発が、一直線に翔奈の右脚に直撃する。


「きゃぁぁぁっ!」

「翔奈!」


 被弾と同時に爆ぜ、氷に包まれる彼女の右足。衝撃で体制を崩し、瓦礫の上に倒れ込む。


「う、うぅ……足が……」

「何だ!?」


 苦しそうな顔で瓦礫の上に横たわる翔奈。達也はすかさず今の光線が発射された方向を見る。


 すると、そこには蠢く四角い何かが二つ。内一匹は、今にも翔奈を飲み込もうと身体を目いっぱい広げようとしている。


 コタツだ。コタツが今にも翔奈を飲み込もうとしているのだ。


「翔奈、危ない!!」

「えっ……?」


 しかし、彼の声が届くより先に、翔奈はコタツに飲み込まれてしまった。目の前でコタツの掛布団にもみくちゃにされる翔奈。


「翔奈ぁぁぁぁ!! くそっ、翔奈を離せ!」


 咄嗟に腰にかけたブラスターを抜く達也。直ちに引き金を引き、翔奈を襲うコタツの掛布団にレーザーの槍を突き刺した。


「ギジィィィ……ジジ……」


 不協和音を上げて後退するコタツ。掛布団の一部を凍らされ、動きを鈍らせる。


 そして達也の一撃を受け、そのコタツはすぐに翔奈を吐き出してしまった。場所は向こう側。達也と利市からコタツを挟んだ奥側に、翔奈の身体が力なく転がる。


「翔奈!」

「おい待て達也!」


 咄嗟に翔奈の下へ駆けようとする達也。しかし、それを利市がすぐに制した。


「利市、どうして……!?」

「待てって言ってるだろうが! よく見ろ!」


 言われて、達也は再び目の前の二匹のコタツを見た。二匹のコタツの内前方にいるコタツの天板付近には何やら黒光りする筒が二つ、奴に融合してこちらに向いているではないか。


 あれは……連邦防衛軍の制式銃、レーザー式ライフルLR-3の銃身だ。恐らく戦場かどこかで自身に融合したのだろう。


「このままじゃ俺達も全滅だ! 取りあえず奴らをこっちに引きつけたまま場所を変えて撃破する。翔奈はその後だ」

「でもそれじゃあ……!」

「どもっている場合じゃねぇ……行くんだよ」


 利市は今まで以上に低い声で、静かに達也に言葉を突き刺した。彼の目の奥には、とてつもない怒り。えも言えぬ怒りの炎が渦巻いているのが分かる。


 幼馴染が無惨にも目の前で襲われた……恐らく、もはや手遅れ。コタツムリへと堕とされたことだろう。その激しい怒りの中、彼は最善の選択を確実に選ぼうとしているのである。


「……分かった……」


 達也は利市に従って、コタツからの後退を始めた。上手くブラスターを奴らに発射し、気を引いていく。その効果あってか、奴らは翔奈には目もくれず利市と達也を追ってくる。


「く……コタツがなんでこんなところに……」

「旧二戸市防衛戦の生き残りだ。しかもありゃ……LV.2だぞ」


 一気に緊張の渦へと突き落とされた達也と利市。2人は瓦礫と草に覆われた地面の上をひたすらに駆けていく。逃げる途中には後ろからコタツがレーザーライフルLR-3を放ってきたものの、精度が悪いのか一発も当ることは無かった。


 そのまま、彼らは近くにあった大明神森の小さな森の中へと駆け込んでいく。


 LV.1コタツとLV.2コタツの見分け方は簡単、掛布団の柄が全く違うのだ。LV.1コタツの柄は色に関係なく地味な無地。それにストライプのような単純な模様が入ってくるとそれはLV.2になる。


 レーザーの閃光に合わせて、後ろにいるコタツは茶色い無地の掛布団、手前にいるライフルを融合したコタツは黒い布団に白い縦ストライプがプリントされているのが見えた。


 LV.2コタツの特徴としては、LV.1のコタツを傘下に置くという他にも身体能力と知能に置いてLV.1を上回るという点にあるだろう。機動力はより高いし、簡単な作戦をたてて人間を襲うことがあるのだ。


「それで、どうするの利市? 考えはあるのかい?」


 森の中の物影に逃げ込んだ二人。達也が利市に向かって言葉を投げる。


「案ずるな炬立上等兵。この森の中にいる以上俺達は圧倒的に有利だ。遮蔽物も多いし、背の低い奴らとしては相当俺達を認知しづらくなるはずだからな。そこでお前には囮をやってほしい」

「お、囮!?」

「しっ、静かに……そうだ。お前はなるべく奴らの気を引きつけてあのLV.2の天板砲を撃たせるんだ。俺はうまく回り込んで、隙を突いて奴の核を破壊する。遮蔽物で赤外線センサーは使えないし、恐らくレーザーの発射音で音でも俺を見つけることはできないはずだ。せいぜい派手にぶっ放してくれよ」


 そう言うと、彼は達也のレーザー式ブラスターをポンと叩いた。そのついでに、達也の持っていたマシェットナイフを抜き去っていく。


 コタツの天板をナトリ社最新の加工技術で削って作られたロングナイフ。その強度も切れ味もこれまでの材料とは一線を画して強力である。さらにレーザー冷却装置で刀身は冷やされ、体温低下というコタツの弱点を狙うことも出来る。


「あいつらよくも翔奈を……絶対に許さん。必ず俺の手でぶっ殺してやる」

「……分かった」


 血がにじむほどに歯を喰いしばる利市。達也はそのあまりの怒気に利市に従うことしかできなかった。


 2人はすぐに暗闇の森の中を散開した。暗いながらも、月の明かりが木々の間からこぼれて所々の地面がうっすらと見える。


 達也はなるべく利市から離れ、コタツが進んでくるであろうポイントを横から眺める形を取った。


 息を殺して背の高い木の幹の陰に隠れる。とにかく、倒す必要はない。派手に騒いで、攻撃をとにかく避けて陽動するだけで良い。以前と違って今度は実際に利市がいるのだ。落ち着きさえすれば死ぬことは無いはず。


 翔奈の仇だ。絶対にあのコタツを破壊しなければ……


 彼はゆっくりと跳ね上がる鼓動を抑えていった。戦場にいるわけでもないのにこんな気分を味わうとは夢にも思わなかった。


 コタツ……何故奴らはそこまで人間を堕落させることにこだわるのか。彼は沸き上がる怒りをぐっと抑え、すぐに首を振る。


「……来たか」


 暫くすると、微かに風の音だけが鳴っていた森の中にあの忌まわしい金属音が響き始めた。見やると、木々の間、月明かりの中にふわりと奴らの掛布団が映る。


「……食らえっ!!」


 達也は咄嗟に気の陰から飛び出し、ブラスターを奴らめがけて放った。青い閃光が連続して飛翔し、コタツの掛布団に命中する。


「ガガッ……ジィィィィン」


 それに合わせて奴らも達也の存在に気付いたようだった。短い脚で全力疾走し、達也の下へ駆けていこうとする。


 LV.2の方は近づきながら、達也のいた辺りに向かってレーザーライフルで応戦を仕掛けてきた。達也のいる辺りの地面にレーザーが炸裂し、次々と凍っていく。


「く……ほらほらこっちだよ!」


 達也はそれを受けて早速コタツに背を向け、森の中へと逃げ去り始めた。後ろでにブラスターを撃ちながら、とにかく森の中を駆けていく。時折飛んでくるレーザーを避け、森の木の陰に隠れながら方向を変え、奴らを錯乱させる。


 奴らも掛布団に時折レーザーを受けながらも、達也の追撃をやめようとはしなかった。ただれた布団はすぐに再生し、何事も無かったように元通りに戻っていく。


 とはいえ、なだらかな斜面に短い脚を取られ、時には身体を木にぶつけてかなり走りずらそうな様子。普通の時に比べて大分足は遅くなっているようだ。これなら逃げ続けるのは難しくなさそうである。


「さあそろそろ撃ってくるか……?」


 達也はなるべく木の幹に隠れて進み、奴が天板砲を撃ってくるのをひたすらに待ち続けた。


 このまま進めば、必ずしびれを切らしてこの障害物を取り除こうとしてくるはず。その時が奇襲のチャンスだ!


「ジィィィィィン」


 そして、その時は思ったより早くやって来た。LV.2コタツがふと飛びあがったかと思うと、茶色い天板を達也の方めがけて発射して来たのだ。


「うわっ!」


 恐ろしい速度で回転しながら飛んでくる天板。各辺は鋭利に研ぎすまされ、辺りの木々をいとも簡単に切断して達也の方に迫ってくる。


 しかし威力と共に予備動作も大きい天板砲。達也はすぐに地面に伏せ、天板の直撃から逃れた。彼の頭上すれすれを天板が飛翔し、隠れていた木ごとなぎ倒していく。流石はLV.2である。天板砲の威力もLV.1の倍はありそうだ。


「ふぅ……利市!」


 辺りは木がなぎ倒されていく音で満ちた。彼はすぐに頭を上げ、LV.2コタツの方を見やる。


 しかし倒れた木々のせいで奴の姿は捉えられなかった。利市は奴に奇襲を仕掛けることが出来たのか!?


「!?」


 だが、達也の背後から何かが現れた。ふと振り返る。するとそこには飛び上がり、赤い核を曝して達也に飛びかかろうとするコタツがいた。


 LV.2コタツに夢中になっていた達也はいつの間にか姿を消していたLV.1コタツの存在を完全に忘れてしまっていたのだ。囮だった達也とおなじく、LV.2コタツも囮だったのである!


「うわぁぁぁっ!!」


 完全に反応が遅れた達也。ブラスターを構える余裕すらなく、尻餅をつき、腕で顔を覆う。


「……?」


 しかし、一瞬の後、達也は無事だった。ゆっくりと目を開ける。すると、すぐ横にはひっくり返ってもがき苦しむコタツの姿があった。


 何だ、一体何が起こったんだ……?


「達也! 無事か!?」


 達也はすぐに立ち上がり、辺りを見回した。すると、倒れる木々の向こうから利市の声が響いてくる。


 見ると、薄暗い月明かりの中、利市があのLV.2コタツの脳天にマシェットナイフを突き立てている様子が微かに見えた。ガタガタと震え、蒸気をまき散らすLV.2コタツ。核を破壊され、ただただもがき苦しんでいるようだ。


 利市の奇襲は成功したのだ。間一髪でLV.2コタツを破壊し、その傘下にあったLV.1コタツは混乱してひっくり返ってしまったのだろう。後一瞬遅かったら達也はコタツムリと化していたはず。本当に危なかった。


「……」


 達也は横でもがき苦しむコタツを見やった。今は混乱しているが、すぐに起き上がり、また達也に襲い掛かってくることだろう。


 対話は不可能。共存しようにも、奴らが一方的に襲い掛かってくる以上、それを実現する方法などこれっぽっちも思いつかない。それにこいつはよりによって翔奈を……幼馴染を手にかけたのだ。


 彼はすぐに立ち上がり、核めがけてブラスターを構える。


「……」


 月明かりに照らされた森に響くブラスターの発射音。青い閃光と共にコタツの核は凍り付き、そして砕け散った。


 同時に、断末魔のような金属音と共に、コタツの掛布団がアンモニア臭を上げて蒸発していく。


「……」


 達也は一言も発すること無く、しばらくその場で立ち尽くした。翔奈の仇は取った。だが、彼の心の中に広がる虚無感は無くなることを知らない。


「おい炬立上等兵、無事かと聞いているんだ」

「……利市……」


 そこに、倒れた木々の合間から利市が現れた。弱弱しい声で彼に返事を返す達也。利市は達也の無事を悟ったのか、一度小さく息をつくと、いつもの口調でまくし立てていく。


「……なんだ。無事なら返事をしろ。翔奈のところへ戻るぞ。もしかしたらまだ無事かもしれん」


 珍しく希望的な言葉を述べる利市。彼自身分かっているはずだ。


 コタツに少しでも包まれた人間はコタツムリ化する。例外はこれまで一つとしてないということを。だがそんな超現実主義の彼をもってしても、幼馴染の凶事は俄かに信じられないらしい。


 彼らは暗い面持ちで翔奈のいた辺りへと駆けていった。最初にコタツと遭遇した辺り、彼らのスクーターやライトが照る一角へと戻っていく。そして、すぐに彼らは本屋の瓦礫の上に横たわる翔奈の姿を見つけた。


「翔奈、無事か? おい、翔奈!」


 すぐに彼女に駆け寄り、抱き上げる利市。そして、必死の声色で翔奈に呼びかけ続けた。達也はそんな様子を横から眺めることしかできない。


「く……おい、こんなところでくたばってどうする! 軍人になってコタツを駆逐するんじゃなかったのかよ!」

「利市……」


 彼がここまで感情的な言葉を発するのは滅多に無いことだった。達也ももう数年来見ていない気がする。彼は利市のそんな様子に言葉を失ってしまう。


「……んん……利市? うるさいなぁもう……」

「!?」


 しかし、突然翔奈が言葉を上げた。ゆっくりと目を開ける。まるで深い眠りについていたのを妨害されたかのような口調。


「翔奈!? お前、俺のことが分かるのか!?」

「……んん? 何が……? 当たり前じゃない……」


 もごもごと利市に言葉を投げる翔奈。達也も、目の前の出来事に理解が追い付かない。コタツに襲われた人間は確実にコタツムリになるはずだ。精神を破壊され、ほぼ植物人間状態に陥るのである。


 だが翔奈は利市のことを認識している。会話も通じているのだ。これは一体……?


「利市、一体これは……?」

「俺も分からん。達也、もしかしてこれが奇跡ってやつなのか?」

「奇跡……」

「……え? どういうこと?」

「えっ、どういうことって……」


 戸惑いを隠せない達也。もしかして、さっきのことを覚えていないのだろうか?。


「……利市、どうする?」

「ああ……取りあえずは黙っておこう。下手に刺激するのも良くないからな」

「ちょっと、何を2人でこそこそと……痛っ……!」


 すると、翔奈は突然顔をゆがめた。そのまま、左足の辺りを抑える。あそこは……確かさっきレーザーを被弾した当たりじゃないか?


「大丈夫か翔奈? とにかく、急いで帰ろう。俺は翔奈を病院に連れていく。達也はコタツの骨組みを回収しておいてくれ」

「分かった」


 こうして、彼らは腑に落ちない気持ちのまま一度二手に分かれてゆくのであった。







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