第10話 焔家の食卓
達也はコタツの骨組みを回収し終えると、利市と翔奈が向かった病院へと遅れて向かった。
そこで翔奈の治療を終え、利市の自宅へと戻る三人。翔奈の傷は幸い浅く、しばらくの間お湯で温めてあとは温感湿布を張っておけば無事ということだった。
そもそも冷却レーザーは対人兵器ではない。その上このような事態を考慮して人体に対しては威力が落ちるように設計されているらしい。ナトリの技術力の賜物である。
しかし、翔奈がコタツに包まれても無事だった理由は定かにはならなかった。医者も特に何も言わなかったし、そもそも翔奈がコタツに包まれた痕跡すら見当たらなかったようである。
「さて、今日は達也君も来てくれたことだし、久々に贅沢な料理を作らせてもらったよ!」
「おぉー!」
さて、三人は利市の家で食卓についていた。旧盛岡市の市街地でもう数少なくなってしまった一軒家。そのキッチン兼ダイニングには中央に長いテーブルが置かれ、その周りに三人の青年少女が座っている。
広さは15畳くらいはあるだろうか。南側には居間がくっついていて、置かれた大型の液晶テレビがナトリ連邦の国営放送を中継している。
更にキッチンの辺りでは40も過ぎた頃であろう背の高い女性が料理を盛りつけ、テーブルの方へと振り返ったところだった。
キッチンにはほとんど料理器具らしい器具は置いていない。食料も配給制となった昨今、料理をする機会さえも珍しくなってしまったのだ。
「焔おばさんのカレーなんて久しぶりだなぁ」
ため息のような声を漏らす達也。キッチンに立つ女性は利市の母親、
利市の美形に負けず劣らず、彼女の顔は非常に整った風貌をしていた。もし若いころだったらどんな美女だったのだろうかと想像がつい膨らんでしまう。
「なんだ、まだお袋にも料理をする本能が残っていたのか」
「またアンタはそんなことを言う。言うことが父親とそっくりだねぇ。ところで翔奈ちゃん。足の方は大丈夫だったのかい?」
「あ、うん。少し休めば軍事訓練の方に復帰しても大丈夫そうだって」
そこで、焔おばさんは椅子に座る翔奈に心配そうな声をかけた。まだ制服の紺ブレザーと紺スカートを纏っている彼女。
その左足のひざ下は包帯でグルグル巻きになっていた。彼女の椅子の横には松葉杖も置いてある。まだ歩くときに少し痛むそうだ。
「そいつは良かった。利市、あんまり女の子を危険な目に遭わせるもんじゃないよ」
「分かってるさ。俺もまさかレーザーブラスターが暴発するとは思わなかったんだ。まあ幸い軽傷だったみたいだし、問題は無いだろ」
「そうは言ってもねぇ……」
形の良い顎をさすりながら、怪訝な顔をするおばさん。達也は利市と口裏を合わせ、翔奈の傷はブラスターの暴発事故のせいということにしておいたのだ。翔奈も初めは腑に落ちないような顔をしていたが、特に疑うこともなく納得したようである
焔おばさんは料理を並べ終え、自分も木製のテーブルについた。それに合わせて、皆目の前に置かれたカレーライスにスプーンを突き立て始める。
まともな料理などもう半年以上食べてない。配給されるのは質素なパンか米、大豆、ジャガイモやその他の野菜くらい。肉などまず食べられないのだ。
その分、今口にしたカレーに入った牛肉の旨みが体に染み渡っていく。恐らくこの肉は闇市で手に入れたものなんだろう。今日の廃品回収で入る収入を考えればまあこれくらいの贅沢は許されそうである。
「そう言えば、焔おばさん。利市の父親って軍人だったんだよね? 一体どんな人だったの?」
そこで翔奈が、目の前の焔おばさんに雑談を投げかけた。
「ん? あぁ、あの人は今の利市と同じで情報参謀官だったからね。前線には出ずにパソコンとにらめっこしていたそうだよ。性格も頭が切れるところも利市そっくりさ。最初会ったときなんかはこいつだけは絶対に仲良くなれないって思ったもんだよ」
「その辺も利市と全く一緒だね」
「確かに」
翔奈が呆れた顔を利市に向ける。利市の方は気の向かないような顔をしてそっぽを向いているようだった。
「まあでも、あの人が仙台の参謀本部に転属になってからはめっきり会う回数も減ってね。帰ってきてもインターネット障害がどうとか変なことばっかり言ってずっとパソコンで作業してるし……なんだか気味が悪かったよ。あの空襲の日だって突然外に飛び出していったかと思うとそのまま帰ってこなくなるし……いったい何があったんだか」
「そうだったんだ……」
「まああの人は翔奈ちゃんのお父さんとも仲が良かったみたいだし、何かコタツについての調査でもしていたのかもしれないねぇ」
「翔奈の父親って、青森博士のこと?」
「そうそう。コタツ研究所のね。気さくでいい人だったよ。あの人とは違って。かなり有能なコタツ学者だって注目されていたらしいじゃないか。それがああなっちゃ、ねぇ……気の毒なことだよ」
そう言っておばさんは翔奈の方を見やる。翔奈は少し顔を暗くしているようだった。
「ま、暗い話は無しさ! 今日はたんと食べて行っておくれよ! まだまだおかわりはあるからねぇ」
「ありがとう焔おばさん」
そう言って、彼らはいつ振りかもわからない豪華な食事を堪能していった。雑談に利市の毒舌が交差し、おばさんがその毒舌を更に突き刺していく。普段通りの光景、焔家の食卓である。
『……以前より開発が進められていた対コタツEMP兵器ですが、本日未明ついに実用化段階まで完成したということが防衛軍より発表されました。これを受けてナトリ社
そんな食卓に流れる音声。居間に佇む液晶テレビが夜のニュースを流している。実質はナトリ社が支配し運営する国営放送、流れる内容も軍関連のことかナトリ社を賛美するような内容ばかりである。
「なんだなんだ、またお偉いさんは新兵器を開発してくれたのかい?」
「お、遂にEMP兵器が完成したのか。思ったよりかかったな」
「そうだね。1年くらい前からずっと完成の噂が流れてたけど、結局デマばっかりだったし」
「EMP兵器って? そんなものがコタツに効くの?」
翔奈が知った顔で話し込む達也と利市に割って入る。
「ああそういや軍関係者以外は情報封鎖されてたんだったな。まあこの際だ、EMPってのはな……」
そんな様子を受けて、利市は嫌そうな表情を浮かべて翔奈に説明していった。
曰く、EMPとは電磁パルスの略で、電化製品の回路に過剰な電流を一時的に発生させることでその回路を破壊することが出来る。
コタツも体内の一部に生物で言う神経と同じ生体電子回路を持っており、それに電磁パルスが有効だということが分かっていたのだ。もちろん一時的に動きを止める程度ではあるが、倒すにはそれで十分だろう。
「ま、技術的には開発がかなり難しい兵器だったからな。最近になってようやくプロトタイプが出来上がったところだったんだ。それでやっとこさ実用化段階まで完成したってとこだな」
「なんだか難しい単語ばっかりだけど、またその新兵器とやらに莫大なお金と労力を駆けたんだろう? アタシら地方の住民の生活を無視して兵器の開発とは、お偉いさんはいったい何を考えてるんだか」
おばさんがまっとうな不満を漏らす。実際軍設備以外の設備投資は過剰なほどに削減されてしまっているのだ。
贅沢品嗜好品は限られ、食料ですら配給制、おまけに盛岡大空襲の復興さえ終わらない始末である。旧岩手県領域の知事でさえ、非常事態だとか言って仙台に居座り、役所に指示を出しているだけらしい。
「まあでも、取りあえずはコタツを倒さないと元も子もない訳だしさ。僕達が文句を言っても始まらないよ」
「達也君の言う通りだね。アタシゃアンタ達防衛軍に守ってもらうか弱い一般市民として慎ましく振舞わせてもらうよ」
そう言って食器を片づけだすおばさん。達也や利市もそれを追って食器を片づけていく。翔奈の方は怪我人ということもあって早めに寝るようにとの指示がおばさんから下り、しぶしぶと自室の方へと去っていったのだった。
――――――
しばらくして、この日達也は焔家に宿泊することになった。折角幼馴染みんな集まったのだから仲良く過ごせとのおばさんからのお達しである。
二階の寝室、二段ベッドに更にもう一つベッドが置かれた部屋で三人仲良く寝ることになった。翔奈は分かれたシングルベッド、利市は二段ベッドの上、達也は二段ベッドの下という配置である。
「あれ、翔奈は?」
歯磨きを済ませ、寝間着に着替えて今にも寝る態勢に入ろうとする達也。しかしそこで翔奈が部屋にいないことに気付いた。
さっきは着替えてベッドの辺りに座っていたはずの翔奈。トイレにでも行ったのだろうか。
「あいつならさっき出ていったぞ。まあトイレにしては長すぎか?」
「ちょっと見てくるよ」
利市がそんな返事を返す。達也は二段ベッドから降り、一旦寝室を後にしていった。フローリングの床に木張りの壁の廊下。近くのスイッチを入れると提灯みたいな形の電燈が点灯する。
彼はその明かりを頼りに一階へと降りていった。
「……?」
すると、階段を下りてすぐ正面、二重にガラス張りになった玄関の扉の向こうに紙の短い女子が一人、何やら佇んでいるのが見えた。
薄着のパジャマのまま佇み、左腕には松葉づえをついている。翔奈のようだ。
彼は玄関で靴を履き、翔奈いる外へと出た。温水暖房で暖かい家の中から一変、晩秋の夜の鋭い冷気が全身を突き刺す。
「うぅぅ寒い……翔奈、どうかしたのかい?」
「達也……」
翔奈はゆっくりと振り返った。月の明かりに照らされて彼女の美しい顔はより幻想的に輝いて見える。だが、そんな顔には暗い表情。快活そうな彼女の印象にはそぐわない表情だ。
しかし、彼女は寒くないのだろうか。達也と負けず劣らずの薄着にも関わらず、彼女は震えすらしていない。
「達也は本当に怖くないの? あんな前線に出て、コタツと戦って……いつ死ぬかもわからないのに」
「そりゃあ……怖いに決まってるさ。本当なら前線なんか行きたくもないよ」
「じゃあどうして前線に志願したの? 利市はともかく、達也は訓練でも成績はそこまでよくなかったのに……」
「うーん……」
そう言われると言い返せない達也である。彼自身どうして前線に出ているかと問われれば、やはりコタツとの共存に言及するしかなくなってしまうのである。
もちろん母を廃人にされたという恨みもあるだろう。だがそれは戦争を憎む理由にはなっても、前線に出てコタツを破壊するという理由にはなっていない。
「知ってる? 私の大好きなラノベの主人公はね、みんな目の前にどんな困難があっても、どんなトラウマがあっても、それを乗り越えて敵を倒して、世界を平和にするんだ。たとえ自分の命を犠牲にしても、ヒロインのために、世界のために戦うんだよ」
彼女は一度達也から顔を背けた。そのまま、まるで思い出話を語るかのように達也に言葉を投げかけていく。
「だからね……私、決めた。私……士官学校に行って軍人になるよ」
「軍人に?」
達也は思わず反復する。しかし、その声に驚愕の色は無かった。元から軍事訓練の成績は利市に並んで優秀だった翔奈である。
軍人になるならなるで達也なんかよりもずっと優秀な軍人になるだろう。
「うん。そして絶対にコタツを絶滅させる。お父さんとお母さんを殺した奴らをきっと全滅させてみせるんだ」
その声には胸の奥深くに突き刺さるような芯が通っていた。まるで針が突き刺さるかのような鋭い視線。まるで数年来悩んでいた最大の決断を成し遂げるような成分を持って。
「……」
達也はしばらくの間、彼女の真っ直ぐな目を見つめ続けた。余りに真っ直ぐな意思。そしてその奥にちらつく憎しみの炎。もしかしたら、彼女と対立せねばならない時が来るかもしれない。そんな不安が彼の心の中で揺らぐ。
「……翔奈なら、きっと良い軍人になると思うよ。もう今は女も男も関係ない世の中だからね。ほら、北日本帝国でも皇女様が軍人をやってるっていう話じゃないか」
「……そうだね。ありがとう達也」
絞り出すように言う達也。翔奈は小さく言葉を返した。
目線を外し、煌めく星空に一度視線を投げる翔奈。なんとなく儚いような気分にもさせてくれる寒空の美少女。達也は駆ける言葉もないまま、しばらくその場に立ち尽くす。
そして次なる戦い、達也の運命を大きく変えることになる旧八戸市奪還作戦が発動されたのは、それから約一か月後のことであった。
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