Ⅲ.旧八戸市奪還作戦

第11話 出撃

 旧青森県八戸はちのへ市。かつて21世紀には港湾都市として栄え、青森市、弘前市と並んで青森県三大都市の一角を担っていたという中規模都市。


 その旧都市は二年前までナトリ連邦旧青森県領域最後の砦として北方防衛軍の基地が置かれていた場所であった。しかし、2年前の第44次旧八戸市防衛戦にてついにコタツの猛攻に防衛基地は陥落。以降ナトリ連邦は旧青森県の領域を失い、地図を塗り替えることとなった。


 そしてこの年の12月も中ごろとなったこの日、北方防衛軍旧二戸市方面師団、旧久慈くじ市方面師団、そして旧八幡平はちまんたい市方面師団の三師団にこの旧八戸市奪還作戦が発動されたのである。


 今まで人類がコタツ軍に本当の意味で勝利したことは無い。防衛戦での勝利はあるものの、度重なる防衛戦の上に版図を失うか、あらゆる奪還作戦も失敗に終わるかどちらかのみだったのである。


『旧二戸市方面師団総員に次ぐ。当師団はEMP兵器の発動の後、旧国道340号線より旧八戸市街地に突入する。八戸市に多数潜むと思われるコタツを駆除しつつ海浜地帯まで通過し、旧久慈市方面師団と合流するのだ』


 ナトリグラスのスピーカーから旧二戸市方面師団長流石リュウセキ中将の低い声が鳴り響く。


 それに合わせて、辺りに待機する師団員全員の表情が引き締まり、緊張が駆け抜けていった。


 今達也を含めた旧二戸市方面師団は八戸市の南部、旧八戸市の市街地を外れた山岳地帯にて、旧国道340号線上に待機していた。


 最前列にはEMP兵器を搭載した工作車が数台並び、その後ろには109式戦車が、更にその後ろには兵員輸送用の211式大型トラックが長い列を成している。


 達也はそのうち工作車に乗り込み、EMP兵器の調整を行っていた。大型トラックほどの大きさで戦車のような分厚い装甲を持つ装甲車。


 その上部には太い筒型で先端にパラボラアンテナのような構造物がくっついた兵器が装備され、順次電気エネルギーの充填が進められている。このアンテナの先から指向性高出力マイクロ波HPMを順次発射し、コタツの生体電子回路を破壊して動きを止めるのである。


「エネルギーチャージ完了、異常はありません」


 薄暗い工作車の車内。壁から天井までは一面計器類で埋め尽くされ、ガリガリと電子音をうならせている。


 達也は目の前に並んだ青いモニターを一つ一つチェックし、すぐ近くに立つ上官に報告した。達也はメカニックとしての知識を買われ、今回はEMP兵器の整備士として回っていたのだ。


「うむ、こちら33式工作車第6号車長の佐東曹長。準備完了しました」

『ご苦労。しばらく待機せよ』

「はっ」


 車長もまたナトリグラス越しに流石中将に報告すると、そのまま一度近くの椅子に座りこんだ。そして緊張に満ちたような面持ちで正面のモニターを凝視する。工作車前面の風景が投影されたひときわ大きな液晶モニターである。


 工作車の中央に立つ彼は、30代前半くらいの比較的若めで中肉中背な体格の下士官であった。


 前の旧二戸市防衛戦で戦死した高井伍長とは違いどっちかというと力の無いひょろっとした参謀系の兵士といった印象を与える男性である。


 彼は最近他の師団から旧二戸市防衛戦ででた欠員の補充のため移って来た上官だった。だから達也はほとんど会話を交わしたこともない。どんな人かもほとんどわからない。


『よぉ炬立上等兵。EMP兵器の調子はどうだ?』

「頗るご機嫌さ。このまま無事に成功してくれるといいんだけどね」


 そんな中、達也のグラスのスピーカーにいやらしい声を垂れ流す男がいた。彼の上官にして親友、今はまた三等情報参謀官として旧二戸市防衛基地の司令本部にいる利市だった。


 こんな雑談を仕向けてくるくらいだ。司令本部のデスクに座って暇でもしているらしい。


「そっちは忙しくないのかい? 他の師団との合同作戦なんて情報伝達が難しい上に重要なんじゃないの?」

『ああもちろん。俺の周りの連中は血眼でパソコンのモニターとにらめっこさ。だが俺は天才だからな。やることはちゃんとやってるとも』

「どうせ雑務しかやらせてもらえなかったんでしょ」

『そうとも言える。俺にとっては大概の仕事は雑務に入っちまうからな』

「はいはいそうかい」


 達也は作戦発動直前にも関わらずいつもの調子な利市に呆れた声を返した。だが、逆に緊張張り詰めるこの最前線では良い緩和剤として彼の雑談は働いてくれるようだ。


 何となく緊張はほぐれ、頭もクリアに働いてくれている。


『よし。総員に次ぐ。作戦を開始せよ!』

「はっ、EMP兵器稼働開始せよ!」


 流石中将の指示に合わせて、佐東曹長の声が工作車の中に響いた。工作車に座る兵の一人がEMP兵器のスイッチを入れ、モニターに稼働開始の文字が映る。


 達也も一層モニターの計器類に注意を払い、異常個所が無いか確認していった。


「電圧安定、マイクロ波変換率問題なく上昇中。指向性マイクロ波発射準備完了しました」


 彼らの頭上でレンジが起動するような重低音が鳴り響き、少しづつその強さを増していく。


『指向性マイクロ波、発射せよ!』


 そして流石中将の通信に合わせ、佐東曹長は目の前のタッチパネル型モニターに浮かぶEMP兵器のマイクロ波発射ボタンをタップした。


「!!」


 彼らの頭上にて渦巻いていた夥しい量のエネルギーが一気に放出される。同時に、金属同士がこすれ合うような鋭い音が辺り一帯に響き渡った。車内には一瞬ズンという衝撃が走り、以降沈黙に包まれる。


「……指向性マイクロ波無事に発射完了しました。到達範囲予想は旧八戸市南部全域です」

「よし、第6号車前進せよ。国道340号線を北上し、これより旧八戸市へと突入する!」


 それに合わせて彼らは前進を始めた。荒廃し、所々裂けたアスファルトの上を数十台の車両が続々と行進していく。


 道の左右は山岳地帯の細い木々が短い影を侍らせ、冬の淡い太陽が辺りを照らしているのが分かる。


 時折ガタガタと揺れる車内で、達也はひたすら計器類を見張り続けた。計画は順調。あとは時間との戦いだ。EMPの効果時間は約20分程度と予想されている。


 それだけあればコタツ達は生体回路をすっかり回復させることが出来るのだ。もちろん複数回打ち込めば何度も効果を得られるだろうが、一回の照射で膨大なエネルギーを必要とする上にコタツはEMPの回数を重ねると徐々に耐性を獲得してしまうことも分かっている。


 そして今回はコタツを駆除し、その上で防衛基地と堡塁を築くところまでが作戦の内容である。


 最初にコタツを駆除しきるのは前提条件。それが済まなければ人類の初勝利は再び遠のくことになるだろう。


 そもそもこのEMP兵器でコタツの動きを止めることは出来るのだろうか。むしろ待ち伏せされて全滅なんてことは御免だ。本当に大丈夫なのか……? 達也の胸中には次々と不安が渦巻き、そして入れ替わっていく。


「あれは……」


 すると、山岳地帯を抜けて視界も開けてきた頃、彼らの視界に何かが移り始めた。前方遠く、ある一点を境に地面の色が変わっている。


 手前側は千切れたアスファルトや雑草が生え散らかった緑色の地面なのに対し、その境界の向こう側は黒や茶色、そして白などの地味な色に染まっているのだ。


 正方形のそれらがタイルのようにびっしり配置され、まだら模様を形成しているのが分かる。コタツだ。夥しい量のこたつがこちらに向かって進軍しようとしているのだ。


「コタツだ! まずい!」

「いやまて、様子が変だぞ」


 一気に緊張に包まれる車内。だが、奴らに動きは無かった。あの独特な鳴き声はそのまま。時が止まったかのように動きを止めている。


 よく見ると今にも足をこちらに踏み出そうとしている奴や、バランスを崩して転倒してしまっている奴も垣間見えた。突然のEMP攻撃に神経たる生体回路を破壊され、立ち往生してしまったのだ。


「見ろ、奴らが動きを止めているぞ!!」

「やった、俺達の勝利だ!!」


 途端に喝采が上がる車内。達也も、かの光景をみてほっと胸をなでおろした。


「待て、喜ぶのはまだ早い! まだ奴らは死んだわけではないんだ。最後まで気を抜くなよ!」

「はい佐東曹長!」


 車内のオペレーターの一人が曹長に向かって返答を返す。しかしその声は明らかに歓喜の色に染まっていた。


 こうして旧八戸市奪還作戦は一見好調のような素振りを見せたまま、その前半戦を進めていくのであった。







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