第12話 暗雲

 数刻後。旧二戸市方面師団の舞台は八戸市市街地へと到達し、沿岸部方面に向けて進軍を続けていた。


 そこら中には動きを止めたコタツ達が佇み、一体一体それらの核を破壊していく。ここまで簡単な任務があっただろうか。EMP兵器の効果は抜群、奴らは一匹として抵抗も出来ずに倒されていくのだ。


 作戦の成功もそう遠くはない。師団に属する兵士たちがそんな考えを巡らせ始めたのも自然なことである。


 達也は一旦工作車の外に出て、コタツの掃討の手伝いをしながら他の兵士について行っていた。目の前のコタツの核をマシェットナイフで破壊し、ふと辺りを見回す。


 寒空の下、辺りでは彼と同じく何人もの兵士が動かないコタツ達を次々と処理していっている。破壊されたコタツ達はアンモニア臭のする蒸気を上げて掛布団を蒸発させいていく。残るのは天板と骨組みだけだ。


「しかしまぁ……なんだか不思議な光景だね利市」

『ん? 何がだよ。ま、確かにコタツが一歩も動かずに倒されていく様は新鮮か』

「いや、そうじゃなくて……」


 達也が言うのは八戸市の市街地の光景だった。 傷一つなく立ち並ぶ民家、整備された田園風景、断線することなくつながった電線網……


 写真でしか見たことないはずの21世紀の風景がそのまま彼らの目の前にあるのだ。かつて幾度とない戦火で倒壊していたはずの八戸市市街地。しかしなぜかその市街地は完全に復元され、がれきひとつ見当たらない街並みが広がっているのである。


 民家の中をのぞけば、液晶テレビや座椅子、それにちゃぶ台が中央におかれた居間が見えた。これも資料で見た21世紀の通常家庭の風景だ。本当に人が住んでいそうな気配さえする。


 彼らはそんな風景の一部、きれいに舗装された旧国道104号線を北上していくところであった。


 何十両という戦車や工作車が道路や田園を進んでいく。一向に復興の進まない旧盛岡市よりもずっと復興が進んでいる。いったい誰が……


『確かにな……言われてみれば確かに妙だ。もしかしたら、そのコタツどもが俺たちのためにやっておいてくれたのかもしれんぞ?』

「はぁ……もしそうだったらコタツ様様だね」


 皮肉に満ちた口調を返す達也。しかし、そんな冗談ですら現実味を帯びるほど、彼のおかれた状況は奇異なものであった。


「……? あれは?」


 すると、そこで彼は何かを見つけた。完璧に復元された町並みの向こうに、何か背の高い塔のようなものが彼の目に映ったのである。


「利市、あの塔は何だい?」

「……」

「あれ、利市?」

「……」


 しかし、彼からの返答はなかった。ディスプレイには接続不良と書かれた帯がかかっている。妙だな、今の今まで接続は良好だったはずなのに……


「すみません立部隊長。司令部との連絡が途絶えてしまったんですが……」


 達也はとりあえずそのことを近くにいた上官に報告することにした。


 上官の階級は曹長。達也ら外に出た工作車の面々を急遽編入した分隊の長である。名前は立部。40代も中ごろになろうかという低身長でスキンヘッドの男である。


「司令本部との連絡が? そんなわけあるか、今の今まで俺は本部の連中と通信していたんだぞ?」

「いえ、隊長、私の通信も途絶えました。彼の言うことは間違っていません」


 そう言うのは、達也と同じ隊にいた別の女性隊員である。彼女もまた達也と同じことを報告するため、隊長の元へと戻ってきたらしい。


「先ほど北部から旧八戸市に入った旧八幡平市方面師団から予定通り旧八戸市を進軍中との連絡があったのですが……それ以降通信は途絶えました。沿岸部を北上する旧久慈市方面師団も全く同じです」


 彼女は通信兵か何かなのだろう。それを聞いて、隊長の顔も納得の色で染まっていく。


「うむむ……仕方がない。本部との連絡が取れないとなれば、この場の指揮官は第二旅団の山木少将だ。とりあえずは彼の指示に従うしかあるまい。指示があるまでこのまま進軍を続けるぞ」

「……わかりました」


 達也はそれだけ返すと、再びコタツを駆除する任務へと戻っていった。


 彼の心内に明らかな暗雲が立ち込める中、防衛軍は旧八戸市の沿岸部付近まで進軍を続けるのであった。



 ――――――



 しばらくの後、達也の属する旧二戸市方面師団は馬渕川沿いに八戸市を北上し、沿岸部付近まで進軍していた。もうこれでほとんどのコタツは駆除されたことだろう。


 相変わらずあたりには復興された町並みが広がり、前方奥には青々とした海が見える。例の塔は彼らの左手に聳えていた。ガラス張りで鋭い四角錐をねじったような形の塔。


 高さは100メートルはゆうにありそうである。どうやらあの辺りは旧自衛隊の基地らしい。旧八戸市方面師団の基地がおかれていた場所でもある。


「利市、利市? やっぱりダメか……」


 結局、利市との通信が回復することはなかった。ほかの師団との連絡も回復していないらしい。山木少将はあのまま進軍することを指示したため、旧二戸方面師団はここまで進んできたのだった。


 目の前には旧八戸臨海鉄道の線路が横たわり、その向こうには海を埋め立てて形成された旧工場地帯が広がっている。線路も工場地帯も、やはりきれいに復興されているようであった。


 旧八戸市が放棄されてからまだ2年しかたっていないことを考えると、この復興スピードは異常である。7年かけて旧盛岡市の復興が全く進まないことを考えると、人間がやれることではないことがはっきりするだろう。


 事態が動いたのは、彼らが臨海鉄道の線路を超えた頃であった。


「立部隊長! 第44小隊、および第89小隊が通信の途絶えていた旧久慈市方面師団と合流に成功したとのことです。現在、通信の復旧を急いでいます」

「よし! 北部の八幡平市方面師団はどうした?」

「それが……通信どころか気配すらありません。予定通りなら彼らも今頃合流しているはずなのですが……」

「高所から望遠してもダメか?」

「はい。何か妙です」

「……まあいい。とりあえず作戦の第一段階はほぼ完了した。次は第二段階に……?」


 すると、彼は突然北方の空を眺めたまま固まってしまった。


「隊長? どうしたんですか?」


 とっさに女性隊員が隊長に声をかける。近くにいた達也も、彼につられて北のほうの空を見上げる。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 青い空一面を覆い尽くすような白い何か。それはひらひらと舞い、着実にこちらへと飛行してくる。


 雲ではない。鳥でもない。それは……大量のオフトゥンであったのだ。


「あ、あれは……隊長、間違いありません! オフトゥンです!」

「いかん……ただちに少将に報告! EMP兵器の使用を申請しろ! とにかく退却だ! 退却!!」


 彼らはそれを見るなり一目散に退却を始めた。外に出ていた歩兵はみな戦車やトラックへ向けて走り始める。


 しかし、それより早くオフトゥンは彼らのもとへと到達し、枕爆撃を開始した。激しい爆音とともにあたりの地面が爆発し、悲運な兵たちの体を八つ裂きにしていく。


 突如恐慌のさなかへと叩き落される兵たち。半狂乱の中トラックや戦車は乗り込もうとする兵士たちを振り落としながら走り去っていく。


 時折青いレーザーが空中に向かって飛び交ったが、オフトゥンたちはそれらをひらりとかわし、爆撃を続けるのであった。


 達也も何とか輸送トラックまでたどり着こうと駆け始めた。しかし、あたりの爆撃は一歩進むごとに激しさが増していく。


「くそ、俺を置いていくな、俺を……!!」

「隊長!?」


 次の瞬間、目の前をかけていた立部隊長が、枕爆弾の直撃を受けて四散した。激しい砂埃が舞い、思わず達也は腕で顔を覆う。


 彼が再び腕を下すと、今の今まで隊長がいた場所には直径2メートルほどの窪みだけが残っていた。


「立部隊長!! ……く、そこの上等兵! 急いで!!」


 そんな彼に声をかけたのは先ほど隊長と話していた女性の兵士である。彼女の階級は兵長。まだ歳は若そうだが、達也の一階級上の上官であった。


「は、はい……!」


 彼が再び足を踏み出そうとした瞬間であった。その女性兵士の頭上に、突如白い何かが姿を現したのである。


「えっ!? きゃああああああぁぁっ!!」


 達也が声を上げるよりも早く、その物体は目の前の女性兵士に覆いかぶさった。バサバサと音を立て、その女性兵士の全身を包み込んでいく。オフトゥンである。枕爆撃をひと段落させ、地上まで降下してきたのだ。


「いやっ!! ちょっと……離せっ! あぁぁっ!! ちょっ……あったかぃ……あぁっ……んっ……」


 初めは激しく抵抗する彼女。しかし、オフトゥンの至上の快楽により、彼女の威勢はあっという間に失われていった。


 最後にはぴくぴくと全身をけいれんさせ、オフトゥンの快楽に身を任せていく。


「はぁ……あぁ……うわぁぁぁぁっ!!」


 達也はそんな光景をよそに、すぐに再び駆けはじめた。叫びをあげ、爆撃の中を一目散にかけていく。


 助けられなかった……そんな思いも確かにあるが、それよりも強いのは明確な生命の危機であった。


 いつもならそばにいるはずの利市が今はいないのだ。今までも自分だけでは乗り越えられなかった危機も、利市の力で乗り越えることができた。しかし今はそれがないのである。


「利市! 助けて……利市ぃ!!」

『よう、呼んだか?』


 思わず友の名を呼ぶ達也。すると、突然彼の耳元に危機なじみのある声が響いた。低めでねちっこい声。間違いない、利市の声である。


「利市!? 利市なのかい!?」

『ああそうだ。ようやく通信が回復したよ。助けてやるから俺の指示に従うんだ、いいな』

「ここからどうしたらいいんだ!?」


 走りながら利市の指示を聞く達也。珍しく素直な利市の態度も、この緊急時では気にしていられない。


『無人の工作車をハッキングしてお前の近くまで寄せておいた。それでEMPを発生させ、オフトゥンを無力化するんだ』

「わかった!」


 淡々と指示を述べていく利市。達也は足を止めることなく、一度あたりを見回す。すると彼の左方にはEMP兵器を積んだ工作車が一台止まっているではないか。


 彼はすぐにその工作車に向けて駆けて行った。爆撃を必死に避け、何とか工作車へ辿り着く。


 彼は後部につけられた鉄の両開き扉を開き、中へと転がり込んだ。そのまま操縦席へ駆け、EMP兵器発生装置の操作パネルをいじり始める。


「エネルギー充填よし、各部位異常なし……」


 血眼で操作盤をいじる達也。心臓が高鳴り、パネルに触れる手は手汗でびしょびしょだ。外からはいまだ爆撃の音が聞こえ、時折車両が揺れる。


「……!?」


 すると、突然がしゃりという音が車両後部から響いた。次いで聞こえるのは、ジイイイインというあの鳴き声である。しまった、扉を閉め忘れたか……!?


『急げ、奴らが侵入してきたぞ』


 再び淡々と述べる利市。彼の口調からはいまいち緊張感というものを感じない。


「くっ……発射準備完了まであと10、9……」


 達也はなれた手際で発射準備の手順を整えると、すぐにカウントダウンに入った。彼の頭上で再び電子レンジが起動するような音が鳴り響き、次第に大きくなっていく。エネルギーを兵器のEMP発生部に集中させているのである。


「早く、早くしてくれ……!」


 再び彼の背後でがしゃりという音が響く。振り返ると、操縦席の扉が破壊され、その奥に一体のコタツが佇んでいるではないか。


 そいつはのそのそと歩み、着実に達也のもとへと近づいてくる。


「くそ、あと少しなのに……!」


 彼は再びモニターをにらみ、各種計器のモニタリングと調整を続けた。モニターの端にでかでかと表示された数字が一つづつ若くなっていく。


 しかし、それの移り変わる速度は次第に遅くなり、まるで一時間や二時間そのまま止まっているようにすら感じた。それに比して、背後のコタツの鳴き声は急激に大きさを増していく。


「3……2……1……発射!!」


 そして背後のコタツの鳴き声が極大まで増大し、達也のもとへととびかかる気配を感じた瞬間であった。カウントダウンが終わり、ズンという衝撃とともにEMPが発射されたのである!


「ジ、ジジッ……」

「うわぁぁっ!!」


 背後のコタツはそのまま勢いを失い、達也の前のモニターめがけて正面衝突した。


 ジジジジと苦しそうな鳴き声を上げ、ひっくり返ったままじたばたともがいている。しばらくすると、奴はそのまま動きを完全に止めてしまった。


「はぁ……はぁ……やった、のか……?」


 目の前のモニターには旧八戸市の全域が赤く塗られた地図が。EMPが市全域に到達したことを示しているのだ。


 車外モニターにも、次々と落下してもがくオフトゥンの姿が映っている。どうやら、EMP兵器は無事に作動したらしい。


『よくやったな。成功だよ』

「はぁー……良かった……」


 利市の低い声が達也の耳に響く。達也は思わず、脱力してその場にへたり込んでしまった。


 極度の緊張から解放され、彼は長い長い溜息をつく。瞬間、すさまじい疲労感がどっと彼の肩にのしかかってきた。


「ありがとう。助かったよ利市……」

『……』

「利市?」


 再び彼からの返事が途絶えた。しかし、モニターに通信不良の文字は出ていない。いつもなら皮肉の一つや二つ突き刺してきそうなものだが、返事すらないのは妙である。


「利市? どうしたんだい? 何か君、変じゃないか……!」


 すると、達也が語り終える寸前、突然彼の乗っていた工作車が動き始めた。エンジン音を鳴らし、そのままどこかへと向かっていく。


「な、なんだ? 何で勝手に……」

『俺が操縦している。達也、お前に行ってほしいところがあるんだ。そのまま大人しくしていてくれないか』

「行ってほしいところ……? 一体どこへ?」

『待っていれば分かる』


 再び単調な口調で話す利市。こんな口調の利市の声はほとんど聞いたことがない。


 まるで利市の声のまま別人が話しているようだ。達也はそんな利市に対し、不気味な思いを禁じ得ない。


 しかし、いつものようにこの利市が達也のことを助けてくれたのも事実である。仮にも上官、下手に言い返すわけにもいくまい。


「……わかったよ」


 彼はそれだけ返すと、近くに転がったコタツの核を破壊し、工作車に乗せられたままどこかへと向かっていくのであった。


 漠然とした、胸騒ぎをどこかで感じながら……

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