第13話 LV.3 上

 数分後、達也を乗せた工作車はとある場所で動きを止めた。達也の目の前、工作車の車外モニターにはあの塔が聳えているのが見える。


 一面ガラス張りの塔は空からの光を反射し、不気味に青く輝いていた。


「ここは……」

『さあ、あの塔の中へ』


 利市の声に誘導され、達也は工作車を降りる。途端に、潮の香りが混ざった冷たい風が辺りを吹き抜けていった。近くに人らしき影は全く見当たらない。


 コタツもまた然りである。元基地の滑走路だった広いアスファルトの上に、動くものは何も存在していないのである。


 達也は恐る恐る塔のふもとへと歩み寄っていった。根元に来ると、塔の巨大さがよりいっそう強調される。


 いったいどうやってあんなねじれたような形の塔を建設したのだろうか。少なくとも、日本にあった建造物であんな奇抜なものは存在しなかったであろう。


 21世紀に東京にあったというスカイツリーをなんとなく髣髴とさせるが、似ても似つかない容姿である。


 塔の最下層、達也の目の前にはガラス製の自動ドアが設置されていた。反射光で中は良く見えない。


 利市に聞いても、中のことについては何一つ答えてはくれなかった。いったい彼はどうしてしまったのだろうか。


 彼が自動ドアの前に立つと、ガラス製の塔にぽっかりと四角い穴が開いた。外より暖かい空気が中から漏れ出してくる。暖房でもついているのだろうか。


 彼はそのまま、塔の中へと足を踏み入れた。暖かい空気が彼の全身を包み込む。同時に、彼の目の前には塔の内部があらわになった。


 ガラス張りの壁からは外からの光が差し込み、四角形をした部屋の中央にはエレベーターのようなものがついた白い柱が天井と床をつないでいる。


 天井は低く、等間隔に四角い電灯がつけられているのみで汚れひとつついていない。床は黒い大理石に、入り口からエレベーターに向かって赤いじゅうたんが惹かれていた。それ以外のものはこの空間には一切存在しないようだ。


「あれに乗ればいいのかい?」

『そうだ』


 達也は正面のエレベーターを指差した。相変わらず、利市の口調は堅い。


 達也は赤い絨毯を渡り、エレベーターの前に立った。


 近くにボタンのようなものはない。ただ扉の上にGとRと書かれた表示盤があるのみである。今はGのところが点灯している。


 彼がどうしようか迷っていると、ひとりでにエレベータの扉は開いた。白くて殺風景なエレベーターが達也を招き入れるようにその口をあけている。


 達也はゆっくりとそれに乗り込んだ。すると扉はまたひとりでに閉まり、重力の感覚とともにエレベーターは上へと上昇していく。


「一体上には何があるんだい? 利市」

『……』

「利市……?」


 気づくと、利市との通信は再び完全に切断されていた。それを受けて、達也の中の不安は一気に増大していく。


 もしかしたら、これは何かの罠だったのか? 


 あの利市が偽物だったとか……? ということは、誰かが彼を連れ出したということだろうか。たとえば北日本帝国軍の工作員とか……でも、何のために? こんな末端の下っ端兵など罠にかけて何になるというのだろうか。


 上昇するエレベーターの中、達也は様々な考えをめぐらせた。しかし、うまい結論にはいつまでたっても思い浮かぶことはない。


 そうこうしているうちに、上昇を続けていたエレベーターは停止し、目の前の扉がゆっくりと開いた。


 目の前にはそう広くもない部屋があった。相変わらず壁一面はガラス張りで、床は黒い大理石で敷き詰められている。


 窓の外にはジオラマのように小さくなった旧八戸市の街並みが広がっていた。相当高いところまで登ってきたようだ。天井は地上の入口と同じ白。そこに電灯が等間隔に配置されている。


 そして正面奥には、台形をした何かがひとつ、ぽつりと佇んでいるのが見えた。


 達也はそのままエレベーターを降り、その台形の何かに向かってゆっくりと歩んでいった。背後で、エレベーターの扉が閉まる音がする。


 そっと手をレーザーブラスターとマシェットナイフにかけ、恐る恐る近づいていく。


「……!」


 すると、彼は部屋の中腹まで差し掛かったあたりでそれが何かを認識した。


 コタツである。


 茶色い天板に掛布団がかかった台形のボディ。しかし今までのものと違うのは、天板の上に黄色い球体の何かを乗せ、掛布団の柄もこれまで見たことないような、星型を一面にちりばめたようなデザインであったのだ。


 あんなコタツは見たことがない。以前も触れたが、コタツの階級は掛布団の柄によって見分けることができるのだ。無地の地味なものならLV.1。ストライプのような単純な模様ならLV.2である。


 しかしあんな有意な図形が一面に施された高度な模様は軍の記録にも一切存在していなかったはずだ。あれはいったい……


「やあ人間。名前は、確か達也と言ったか」

「喋った……!?」


 すると、突然そのコタツから男の声が響いてきた。それに合わせて、もぞもぞとコタツの体が揺れる。


 何となく感情のない印象を与える抑揚のない口調。まるでロボットが喋っているような、そんな独特な話し方である。あのさっきの利市と何となく似ている気がしないでもない。


「なるほど、驚くか。やはり予想通りの反応だな人間」

「お、お前はいったい……? なぜ僕の名を?」

「簡単な質問だ。私はコタツ。君の名は通信を傍受して聞かせてもらった」

「通信を傍受……?」


 ど、どういうことだ……? ともかく状況を整理しないと全くついていけないぞ……?


「混乱しているようだな人間。すまないが、君には親友とやらの声を借りてここへ招待させてもらった」

「なっ……どうしてそんなことを……」

「君と一度話してみたくてね。『彼』が君のことをさぞ気に入ったらしいのだ」

「彼?」


 達也は思わず反復する。


「ああ。私たちの創造者であり永遠の友。私たちはすべて、彼の意を実現するために生きている」

「創造者……?」

「彼は私に他のコタツ共とは違うものを与えてくれた。私はこの塔ですべてを監視し、すべてを命じていたのだよ。君たちの言葉で言うと、LV.3というものが一番近いのかもしれない」

「LV.3!? そ、そんな馬鹿な……」


 LV.3だなんて……これまでの軍の記録にも一切ない未知のコタツである。


 階層秩序で言えばLV.2やLV.1の上位に立ち、それらすべてを操作できるということになる。


 まさか、そんなコタツが存在していたとは……しかし目の前のコタツは現に達也と会話しているのだ。そんなコタツは今まで見たことも聞いたこともない。あながち嘘ということでもなさそうだ。


「私たちは特別で数も少ない。だが彼から自我と個性というものを与えられ、傘下のコタツを指揮し、彼の命を全うしているのだ。人間と相対したLV.3はもしかしたら、私が初めてかもしれないな」

「でも、それが何で僕なんかをここへ……?」


 とにかく、今は状況を整理するのが先だ。達也は慎重に、そのコタツに向かって質問を投げかけていく……


「上位のコタツは下位のコタツと感覚を共有することができるのだ。そこで南へ向かったコタツが、私たちとの共存を図ろうとしている人間とやらの情報を伝えた。それが君なのだよ」

「南へ……?」

「そうだ。覚えていないかね? 1カ月ほど前、武装人間との戦いで傷つき、二体のみで南へ向かったコタツだよ。女の人間を1人暖めた後、暗闇の中で君とさっきの親友とやらに破壊されてしまったようだが」

「まさか、あの時の?」


 あの時というのは、彼が先月、翔奈と利市とともに廃品回収に向かった時のことである。


 あの時彼らは二体のコタツに襲撃され、かろうじて撃破したのだ。そういえば、その直前にコタツの共存がどうとか話していたような記憶もないこともない。


「彼は君にさぞ興味を持ったそうだ。私も以前から人間には興味があってね。いろいろ調べていたところだったのだよ。そこでちょうど君の事を知った」

「それで僕を連れてきたと……でも、一体何のために?」

「彼は答えを探していた。そのために彼は君と対話を図ろうとしていたのだ。しかし、私はもうその答えを見つけてしまった」


 そこで不意に、目の前のコタツの口調が微妙に変化した気がした。突然抽象化する彼の言葉。ぴりりとあたりの空気に緊張感のようなものが漂い始めたようにも思う。


 しかし達也にはこのコタツが何を言っているのかさっぱり理解できない。


「答え? 答えって……」

「私は独自に人間に興味を持ち、それらについて調べ、ついにある結論を導き出したのだ。人間は不幸だ。ならばそもそも人間が不幸なのはなぜか? 争いをやめないのはなぜか? それは間違いない。人間が不完全だからだ。それに対して私たちコタツはどうか? 争いもなく、完璧な秩序を持って地上を統治し得ているのだ。私たちこそ、地上を統べるにふさわしい。人間は地上から排除されるべきなのだよ」

「な、何を言って……」


 彼の頬を一筋の汗が伝っていった。同時に、悪寒が全身を駆け抜けていく。これは、まずいんじゃないのか……? 彼はとっさに、腰に掛けた武器に手をそっと添える。


「君も不完全な人間の一人に過ぎない。私たちと人間が共存するなど、所詮は不可能なのだよ。君を彼に会わせるわけにはいかない。ここで壊れてもらう」

「!?」


 目の前のコタツはそう言い終えるや否や、目の前の掛布団を開いた。


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