第14話 LV.3 下
目の前のコタツはそう言い終えるや否や、目の前の掛布団を開いた。
途端に、奴の内部が露わになる。熱を持った小空間、その中央には赤く光る核。
すると、その核が著しい光を放ったと思うと、その開いた掛布団の中から凄まじい勢いの炎が達也めがけて飛び出したのである!
「うわぁっ!!」
肌に直接熱線と殺意を感じ、とっさに飛びよける達也。間一髪、炎は彼の足先をかすめて直進する。
その炎はガラスでできた壁に命中し、そのガラスをいとも簡単に溶かしてしまった。信じられない威力である。
「な、なんだ!?」
彼はそのまま立ち上がり、コタツから離れた。あんなものに当てられては一撃で丸焦げである。
心臓が高鳴り、思わず息が荒れる。彼の全身を舐め回す殺意は、少しも衰えることを知らない。
「抵抗は無駄だ。苦しんで死にたくなければ大人しくしたほうがいい」
すると今度は、天板に乗せていたオレンジ色の球を勢いよく達也めがけて発射してきた。ころりと床を転がる球。よく見ると、それは蜜柑によく似た形をしているようだ。
「……!?」
しかし、達也の近くまで到達したそれは激しい爆音を立てて爆発した。威力は手榴弾にも匹敵しそうなレベルである。
「うわああっ!!」
命中こそしなかったものの、彼は爆風によって吹き飛ばされ、数メートル宙を舞った。そしてすぐに床に叩きつけられる。
「ぐはっ! げほっ……はぁ……はぁ……」
橙色の煙とともに、あたりには柑橘系の甘酸っぱい香りが充満する。少し気を抜けば虜になってしまいそうな豊饒な香りである。な、なんだこれは……
彼は香りに惑わされないようすぐに歯を食いしばった。とにかくこのままではまずい。早く反撃せねば。
「くそ、これでも喰らえ!」
達也はすぐに起き上がり、冷却レーザーでの反撃を試みた。青い閃光が数度瞬き、独特な発射音とともにそのLV.3コタツめがけてレーザーが飛び込んでいく。
「やはり不完全か」
するとそのコタツは小さく何かを呟いたかと思うと、ゆらりとその体を揺らした。
「え……?」
彼は一瞬何が起こったのかわからなかった。
一瞬だけ茶色い何かが目に映ったかと思うと手に持っていたブラスターが真っ二つに割れ、そのまま跳ね飛ばされたのだ。天板砲である!
「ぐああっ!!」
彼が気づくころには、LV.3から放たれた天板は背後のガラスでできた壁を突き破り、空の彼方へと飛び去っていた。
彼はあまりの勢いにそのまま尻餅をつく。近くの床に、無残な姿になったレーザーブラスターが転がる。それを持っていた右手がじんじんとしびれる。
ありえない速さだ。しかもよく見れば、もうすでに奴の天板は再生されているではないか。なんという攻撃力と再生能力だ……
明らかにこれまでのコタツとは格が違う。火炎放射といい爆弾といい桁違いの速さの天板砲といい……圧倒的な強さである。たった一人で、しかも利市がいない状況でこれを倒すなんてことができるのか!?
「ぐ、くそ……」
彼はすぐに立ち上がり、腰に掛けたマシェットナイフを抜いた。鞘の中で冷却され、刀身は青く輝いている。そしてその周りには冷気をまとい、ひんやりとした空気で達也の頬を撫でた。
「まだ抵抗するのか。理解できないな。どうして勝てないと分かっていながら立ち向かおうとする? そんなものは無駄な労力だ。合理的でない。そうまでして生き残りたいのか? そんな不幸な生のために?」
「ふ、不幸だって……? 一体なぜそんなことを!?」
「人間は不幸だ。だからこそ争いは潰えず、不幸を取り除くために生まれたはずの私たちコタツのことも拒絶する」
いったい彼は何を言っているのだろうか。人間は不幸だ? それを取り除くために生まれた……? ということは、人間を滅ぼすというのは本来の意義ではなかったのか?
「人間は不完全であるにもかかわらず私たちを拒否している。人間と共存など不可能だ。ならば排除しなくてはならない。君のことはよく分かった。そろそろ終わりだ」
そう言うと、奴は達也めがけて突進を開始した。かさかさと短い脚を滑らせて、達也の懐へと飛び込んでくる。
「くっ……!?」
迎撃の構えを取ろうとする達也。すると奴の天板の上に付着したあの黄色い爆弾が、再び達也の前でさく裂した。
深く構えていたため吹き飛ばされることは避けられたものの、爆風により2、3歩退けられ、彼はマシェットナイフの構えを完全に崩されてしまう。
「!」
そして再び達也が目を開けると、目の前には奴の核が見えた。奴は飛び上がり、頭上から達也へととびかかろうとしていたのだ。
避けようにも、爆発で体勢を崩された手前、うまく体が反応しない。そして、奴の核は急速に赤い光を増大させていった。間違いない、火炎放射だ。
全身が迫る死を予感し、時間が急速に遅くなっていく。視覚以外の感覚が消え、それすらもすべてが恐怖へと変換され、最後には無へと帰っていく。
全身から殺到する情報、氾濫し、硬直する頭脳。抵抗する余地すらなく、全身から力が抜けていく。これが、死……
彼は、堅く瞼を閉じた。
「……えっ?」
しかし、彼は次の瞬間も生きていた。とっさにあたりを確認する達也。すると、彼の背後でひっくり返ってもがくLV.3コタツの姿が目に入った。
彼は何が起こったのかわからず、目を丸くする。心臓が激しい鼓動を鳴らしている。長らくそれを忘れていたような感覚。まるで今初めて動き出したかのようにも感じる。
『おい、聞こえるか達也!!』
「利市!?」
すると、今までずっと沈黙していたスピーカーからなじみ深い利市の声が飛び出してきた。さっきの偽利市とは違う、感情と起伏に富んだ声である。
『今遠隔操作でEMP兵器を作動したんだ! そいつを殺せ! 早く!』
「本当に利市なんだね!?」
『何を言ってやがる! 頭がおかしくなっちまったのか? 世紀の無能野郎の親友にして世紀の大天才とは俺様焔利市のことだろ。そんなことよりとっとと殺れ! お前の端末の記録映像を見させてもらったがそいつはやばい!』
「わ、わかった」
いつも通り自信と皮肉に満ちた利市の口調である。今度の利市は間違いなく本物のようだ。
そして達也は彼に言われるまま、ナイフを構え、じたばたともがくLV.3コタツの核につきたてようとする。
『おいどうした? なぜ手を止める』
「……」
しかし達也は奴の核を見下ろしたまま、ふと動きを止めた。
というのも、奴がさっき発した言葉……人間の不幸を取り除くために生まれたという言葉がいやに頭に引っかかっていたからだ。
よく思い返してみると、奴の言い方からするに人間を滅ぼすというのはむしろ根源的なものとは違う、奴自身の別の考えから生まれたものというようにも思えるのだ。
ならばコタツの本来の存在意義は……? 人間を滅ぼそうとしているというわけじゃなかったのか? それはこの知能を持つコタツの勝手な思想だったのか? ならばもしかしたら……
『そいつはお前を殺そうとしたんだぞ? どうしてためらうんだ!』
「……!」
とはいえ、このコタツを生かす理由はない。達也は思いっきり、奴の核にマシェットナイフを突き立てた。
バキバキという音を立てて、奴の核は見る見るうちに凍っていった。それに合わせ、奴の動きは鈍く、そしてぎこちなくなっていく。
「ギギ……ギ……ニンゲン……め……」
「うわっ!?」
そして次の瞬間、奴の核はガラスが砕けるような音を立てて四散した。腕で顔を覆う中、破片の一つが達也の頬を掠める。
皮膚が切れ、そこからは血が流れ出してきた。それを合図に完全に沈黙するコタツ。掛布団は溶け、じゅわじゅわと音を立てながら刺激臭のする白い煙へと変わっていく。
『よくやったな達也……しかしこいつは大手柄だぞ!? LV.3の存在を証明したんだ。しかも俺たちがな! そして倒した……二人とも二階級特進は間違いないぜ』
「はぁ……本当に助かったよ利市……」
達也は思わず全身から力を抜いた。極度の緊張から解放され、ひんやりとした大理石の床に思わずへたり込んでしまう。
『ケケッ、親友の危機にさっそうと現れる英雄、なかなかイかしてるだろ』
「冗談になってないよ利市。こっちは本気で死にかけたんだからね?」
『ま、死んだら死んだでそれでも二階級特進だろ? 悪いことはねえじゃねえか』
「そういう問題じゃないでしょ……あれ、でも通信はできなくなってたんじゃあ……」
『ふん! 通信がぶちぎれてあたふたしかできねえ上官なんぞ頼りにしてられるか! 調べたら何者かがこっちのネットワークにハッキングして通信妨害してやがることを突き止めたんでな、逆に侵入してやったのさ。めちゃくちゃ強固なブロックだったが、なぜかあの工作車だけは簡単に操作できてな。遠隔操作で一発かましてやったんだ』
「工作車だけは、ねぇ……それはこのタワーの前にあるやつかい?」
『ああそうだが?』
達也はいまいち状況を理解しきれなかった。あの工作車といえば、確か何者かに遠隔操作されて達也をこのタワーまで運んできたものだ。
だから外部の侵入に弱かったのだろうか? 彼にはよくわからない分野の話である。
「でも、いったい誰が通信妨害なんかを?」
「さあな。北日本帝国の工作員かもしれねぇ」
「うーん……?」
その時だった、何か冷たいものが彼の手に触れたのである。見やると、そこには氷の塊のようなものが落ちていた。青い氷の中に赤い何かが封印されている。
大きさはピンポン玉程度。形状はかなり丸に近い。これは……さっきのコタツの核だろうか。凍った核が四散し、あたりに散らばったのだ。
不思議なことに、核が破壊されたのにもかかわらず、その氷の中の核は赤い光を失っていなかった。通常なら核が破壊されると、そのコタツの核は光を失い、そのままぼろぼろと崩れ去ってしまう。
だがそんなそぶりは全くなく、氷の中に納まっているのである。
『ん? どうかしたか達也?』
「いや、なんでもないよ。あのエレベーターは使えるのかな」
『わかんねえな。だが時間をかければハッキングもいけるかもしれん。あれも見る限り無線で操作されていたようだったからな』
「分かった」
そう言って、彼はゆっくりと立ち上がった。手には氷付けになった核の一部。
彼はそれが溶けないようにマシェットナイフの鞘に付けられたレーザー冷却装置へと取り付けると、そのままエレベーターを使ってこの最上階を後にするのであった。
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