第8話 廃品回収
「いやあごめんごめん! つい仕事に夢中になってて……」
しばらくして、達也は自らの通う旧盛岡市立第二高校の校門前へと到着した。旧式の軍用スクーターに乗り、校門の前で待つ2人の男女の近くでそれを止める。
短い髪を天然パーマでウェーブさせた美男子とショートヘアーでしなやかな見た目の眼鏡女子。利市と翔奈である。2人とも達也と同じ紺色の制服のままやってきていた。
そして達也もヘルメットとナトリグラスを外して二人の元へと駆けていく。
「ったく、相変わらずのろまな所は変わらないんだな。そんなんだから昇進しないんだぞ?」
「ほんとほんと、もしこれがデートだったら相手の女の子は怒って帰っちゃうところだよ」
利市と翔奈が不機嫌そうな顔で次々に達也に向かって不平不満をぶつけてくる。いやに皮肉調なところが余計にダメージがでかい。
「いやぁ、修理の仕事で手一杯でさ。早速行こうよ。遅くなったら焔おばさんにも迷惑がかかるし」
「ああそうだな。ま、お前の修理工場が繁盛してるなんて話は聞いたことが無いがね」
「でも二人とも本当に行くの? こんな遅くに廃品回収なんて危ないんじゃない?」
「何を言ってるんだ翔奈。まだ7時にもなってないぞ。それとも怖いのか?」
「はぁ? そんな訳ないじゃん。全く男の子ってのはよく分からないところで活発なんだから……」
やれやれと言ったように首を振る翔奈。こんな風になんとなくやさぐれたような調子がいつもの翔奈の口振りなのだ。利市との同居生活で少し性格がうつったんじゃないかと達也は思ってしまう。
そしてそんなスポーティな見た目の翔奈は高校の軍事訓練でも首位の成績を叩き出す秀才であった。
情報部門の天才である利市と戦闘部門の秀才である翔奈。そんな高校の出世頭に挟まれて、ますます凡才どころか無能な達也は居心地を悪くするのである。
「まさかね。翔奈は高校の訓練でも僕なんかよりずっといい成績なんだから、もしコタツなんかが現れても軽く撃退しちゃうんじゃない?」
「そうだといいけどね。間違ってもあいつらに出くわすなんて御免だよ」
「ま、もしそうなったらこののろまの上等兵を生贄にでもして俺達はとんずらするだけさ」
「ちょ、それはひどいんじゃないかい利市?」
「正論だろ」
そこでどや顔を決めてくる利市。彼は達也よりも身長は一回り大きい。そんなアドバンテージを利用して、彼は上から達也のことを見下ろした。
「まったく、そんな無駄話ばっかりしてないでさっさと行こうよ。さっさと行ってさっさと帰る。それが一番!」
「はいはい」
翔奈の言葉に合わせて、達也たちは各々のスクーターに乗り込み始めた。今あるのは達也と利市のスクーターがそれぞれ一台ずつ。
白くてナトリのロゴが施された小型のスクーター。エンジンには常温核融合バッテリーが搭載され、このあらゆる資源が枯渇しつつある現代にあって半永久的に走行することが出来る。ナトリの技術様様である。
翔奈は達也のスクーターの後ろに二人乗りで乗り込むことになった。少し改造して、彼のスクーターの後部には荷台が取りつけてあるのである。ヘルメットを被り、スイッチを切ったままのナトリグラスを目元に装着する。
「行くよ、しっかり捕まっててね」
「むしろ不安なのは達也の方でしょ」
帰って来るのは皮肉の応酬。達也はいまいち出鼻をくじかれつつも、バイクのアクセルを踏んだ。
風を切って走っていく達也のスクーター。小型の核融合炉を積んだスクーターはエンジン音も非常に静かだ。
彼の腰もとには、翔奈のしなやかな腕がぎゅっと彼のことを捉えていた。何となく胸が高鳴る気もするが、相手は十年来の幼馴染である。もうそんな感情はとうの昔に忘れてしまった。
「ねぇ、達也……」
「ん?」
ふと、彼の背後から翔奈が話しかけてきた。達也は前面に集中していた神経を少し翔奈の下へと振り分ける。
「達也はどうして戦場に行けるの? しかも最前線に……何回も死にかけたんでしょ? 先週の防衛戦でも……その、怖くはないの?」
「うーん……まあ怖くないと言ったら嘘になるとは思うよ」
普段は皮肉調でずけずけと物を言ってくる活発な女子だが、彼女は内心あまり強い方ではなかった。それも7年前の旧盛岡大空襲の影響が強いのかもしれない。
話じゃあ目の前で両親はコタツに襲われ、そのまま命を落としたんだとか。それはトラウマになってもしょうがないだろう。
「……でも僕には利市がついてる。あの天才さえいれば僕は死なないよ。性格は悪いけど。それに……」
「それに、何?」
「いや、なんでもない」
達也は思わず言葉を濁した。達也の抱える複雑な事情の一端。コタツとの共存について、彼は今口に出そうとしたのだ。しかし、相手はコタツに対して強い憎しみを持つ翔奈である。下手なことは言えない。
彼らの会話はそれだけで終わった。しばらくして、彼らは旧盛岡市の北西、旧滝沢市南部の郊外地区へとたどり着いた。
この辺りは人もほとんど住んでおらず、7年前の大空襲の傷跡が生々しく残されたままの地区だ。そして、21世紀当時の廃屋や数々の戦いで撃破されたコタツの骨組みなんかが残されたままの地域でもある。
今はもう日も落ち、スクーターのライト以外は辺りを照らす物は何もない。街灯すら灯っていない真の暗闇である。秋の終わりということもあり、辺りはかなり肌寒かった。
「大分冷えてきたなぁ……コートでも持ってくればよかった」
「そう? 私はそこまで寒く感じないけど」
スクーターを降り、ぶるぶると体を震わせる達也。息は白み、鳥肌が前進を駆け巡った。一方の翔奈はけろっとした顔で達也の顔を眺める。
「翔奈はいいよね、昔から寒さにも暑さにも強くて」
「ま、体質だからしょうがないでしょ」
彼女は昔から温度変化には非常に強かった。小学校の頃なんかは半袖半ズボンで雪の中を駆けまわっていたこともあったし、逆に真夏に厚着で遊びにやって来たこともある。
今でこそ制服だからよく分からないが、もし私服ならこの季節とは思えない薄着を平気で着てくることだろう。一体彼女の温感がどうなっているのか理解できない。
そんなことを思っていると、もう一台のスクーターの方から利市の声がかかった。
「さて、今日は大明神森の辺りにも行ってみるか。あの辺はまだコタツの骨組みとかが残ってるみたいだからな」
「え、そんなところまで行くの? こんな暗い中で?」
「ああ。怖かったら帰ってもいいんだぜ翔奈?」
「ほんと良い性格してるね利市は。そんなふうに煽られたら行かざるを得ないじゃない」
大明神森とは、旧滝沢市に位置する標高214メートルの小さな山だ。時折廃品回収に向かう彼らであったが、暗い中そこまで北に行ったことは無い。
とはいえ、もうそれ以上南の方は粗方捜索しきってしまったのだ。ここらで一度遠出しないとここまで来た意味がなくなってしまうかもしれない。
「とか言って、本当は満更でもなかったりするんじゃないの翔奈?」
「はぁ、そうね。最高の気分だよ。私は廃屋の方を探っておくね。もしかしたら本屋の跡に古いラノベが見つかるかもしれないし」
「じゃあ俺達はもう少し北に攻めていくか。ここで上手くコタツの骨組みが手に入れば、また闇市で肉を買えるぞ」
「焔兵長、了解しましたっと」
こうして、3人はしばらくの間暗闇の中廃品回収に耽っていった。ガレージから持ってきた大型のランプで広範囲を照らしつつ、細かいところは手に持った懐中電灯で探っていく。
今のところコタツの天板も骨組みも気配すら見当たらなかった。ただ崩れた住宅やビルなんかの焼跡が残っているだけである。
「うーん……利市、そっちはどう?」
「さっぱりだ。ガラクタばっかり転がってやがる」
かれこれ30分ほど経っただろうか。達也の声に呆れた返事を返す利市。これは今回は収穫無しだろうか。
「きゃぁぁぁっ!!」
「!?」
しかしその時だった。暗闇の中から女子の声が響き渡ったのである。間違いない、翔奈の声だ!
「な、なんだ? どうした翔奈!?」
「とにかく行ってみよう利市!」
達也は利市と共に、懐中電灯片手に翔奈が向かった辺りへと駆けていった。自然と、右手は腰にかけた手のひらサイズの小銃
まさか、こんなところでコタツがいるとも思えないし……不審者か獣でも湧いたのだろうか。
「翔奈!」
すぐに彼らは翔奈を見つけた。瓦礫の上で座り込み、何かを懐中電灯で照らしている。辺りにはなにの気配も感じられなかった。
なんだ? いったい何があったんだ……?
「は……はわゎ……」
「翔奈? それは一体……?」
彼女は左手に持った一冊の本を照らしているようだった。表面にはビニールが張られたままの本。そしてその本を見つめ、驚愕の表情で呆気似られている。本の題名は……
「新宿駅SF?」
「なんだ、変わった名前の本だな」
「2人とも知らないの!? 21世紀初頭に発売され、1000万部を売り上げたっていう伝説のライトノベル……なのに未だ復元はされてなくて現存しているものはほとんど無いって話だったけど……こんなきれいな状態で見つかるなんて、奇跡だよ」
何やら表紙にコンクリづくりの巨大な建造物が描かれたその本は、殆どと言っていいほど痛んではいなかった。
翔奈の足元にはショウケースのような物が転がっているようだったし、このケースとビニールの二重の防御で250年以上も持ちこたえていたのかもしれない。
「へぇ……そいつはどんな話なんだ?」
利市が咄嗟に聞く。
「えっとねぇ……2人は新宿駅って知ってる?」
「新宿駅? ああ、確か21世紀まで日本の首都だったっていう東京にあった駅のことだっけ」
「そうそう。その駅がね、自己増殖の機能を獲得して日本中を覆い隠すっていう小説なの。そしてその駅の中を1人の少年が冒険していくんだ」
「はぁ……駅がねぇ」
ふと駅という物を思い浮かべてみる達也。彼らの見る駅なんていったら大きくて旧盛岡駅位だ。大きさはそう大きくもない。それに旧盛岡大空襲で焼失し、さらに一回り縮小再建されたという話だ。
仙台市にある駅はもっと大きいらしいが、まだ見たことは無い。そんな駅が日本中を覆い隠すなんて……彼には全く想像の付かないことだった。
「中々面白そうだね。今度読ませてよ」
「もちろん! 綺麗にコピーして渡すね。原本は私の家宝にするんだから!」
わいわいと喜ぶ翔奈。大型ライトに照らされる中、その姿が右へ左へと躍る。一方の男二人はそこまで喜ぶものかと呆れを禁じ得ない。
「しかし、達也にも機械いじり以外の趣味があったとはな。初耳だよ」
「いいじゃないか、僕だってたまには読書に興じたってさ」
「ほう? お前の家は元は図書館だったんだろ? それなのに一冊も本を読まないでインテリアにしたてちまってたお前がよく言う。こたつ作りもまだ続けてんのか? こたつ職人さんよ」
更にずけずけと切り込んでくる利市。こたつのワードを口にした途端、翔奈が鋭い視線でこちらの方を見たのが分かった。
「いや、流石にもう諦めたよ。まず売れないし、そんな余裕はないしさ」
「なんだ。これからの季節は必需品なんだろう? コタツとの共存を図る! それがお前のモットーじゃなかったのか?」
「ちょっと利市! 翔奈の前でそんなことは……」
余計なことを一言も二事も漏らす男である。明らかに、傍で見守る翔奈の顔色が悪くなっていくのが分かった。反比例して、利市の口元はニヤニヤと吊り上がっていく。本当に性格の悪い男だ。
「否定しないところがまだまだだな」
「……達也、まだそんなことを考えてたの?」
「……いや、まあ、その……」
気まずい。非常に気まずい。翔奈と言えば両親もろともコタツに殺され、奴らに非常に強い恨みを持つ筆頭株である。余計なことは言えない。
「……別に、私がとやかく言うことじゃないよ。好きにしたら?」
「ちょ、翔奈!」
「ケケッ……ケケケッ……」
そう言って彼女は颯爽と立ちあがり、スクーターの方へと歩いていこうとした。大型ライトの範囲を逸れ、闇の中へと姿を消していこうとする。
背後からは利市のあの独特の笑い声が響いてきた。これのどこが笑える状況なんだか……
「……ん?」
しかしその時だった。違和感。翔奈が進む方向から何か音がする。人の気配じゃない。微かにオーブンレンジを起動した時のようなあのジィィンという金属音。それが翔奈と達也の足音に混じって耳に入ってくるのだ。
これは……まさか……?
「翔奈! そっちへ行っちゃだめだ!」
「何さ! 呼び止めるにももっと言い方ってものが……」
彼女がこちらに振り返った瞬間だった。鋭く青い閃光が二度、冷たい暗闇に瞬いた。
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