第3話 コタツに関するいくつかの科学的考察



 コタツの脅威たる点はいくつも存在する。



 その最たる点は奇妙な攻撃方法にあるだろう。人間を掛布団の中に取り込み、その強烈な快楽によって堕落させ、廃人へと換える……この恐ろしい特性に人類は震え上がった。


 死すこともなく長い間コタツの中で温められた後、最後には全身の低温やけどか脱水症状、酷いときは<編集済み>のいずれかで死亡するのだ。(図1-2参照)


 もしすぐに助け出したとしてももはや手遅れ。取り込まれた人間はあまりの快楽に精神が崩壊し、廃人として生ける屍と化してしまうのである。



 その分子メカニズムとしては、脳内神経伝達物質の過剰分泌が原因だと考えられている。


 当研究所がコタツにより廃人と化した人々、通称「コタツムリ」の遺体を計1221体解剖して検査したところ、なんとその90%以上にβ-エンドルフィン、<編集済み>、もしくは<編集済み>などの脳内神経伝達物質の過剰分泌、及び対抗物質の分泌抑制の形跡が見られたのである。


 これらの物質は脳内麻薬とも呼ばれる、強い鎮痛作用、気分の高揚、幸福感、安心感を引き起こす物質である。


 それがコタツによって過剰分泌を励起させられたと仮定すれば、極度の脱力や無感情を主とするコタツムリ患者の症状も説明づけることが出来るであろう。


 だがしかし、肝心のコタツによる脳内麻薬物質の分泌励起のメカニズムに関しては一切解明されていない。


 一応の仮説としては<データ不足により削除>。



 その他にも、天板を恐ろしい速さで投げつける通称「天板砲」も、250ミリを誇る特殊合金装甲を破壊するほどの恐ろしい破壊力をもつ奴らの武器として認識される。


 しかし、推定初速度300m/sを超える天板砲の射出メカニズムに関しては未だわからないことが多い。


 当研究所の物理学部門は、これまでの観測でコタツからガンマ線が微量に発生していることを突き止めた。そしてそのガンマ線は天板砲の射出の瞬間に何倍にも量を増すことも分かっている。(図2-1参照)


 しかし、そのガンマ線の発生源が何なのか、エネルギー発生機構との相関があるのかに関しては未だ仮説すら立てられてはいない。


 かつて当研究所の青森博士が<削除済み>。



(中略)



 更にコタツの脅威たる点はその強固な防御力にもあるだろう。


 コタツの天板は、一般に自然界には存在しえない超硬度の化合物で構成されているのだ。その高度はダイヤモンドを超越し、<編集済み>を超える温度にまで耐える。


 対車両用ロケットランチャーを撃ち込んだとしてもほぼ無傷。熱線レーザー兵器を用いたとしてもせいぜい温度は1500度程度である。効果はほとんど無い。(補遺-2 コタツ天板の耐久力テストを参照)


 最近の研究で炭素、フッ素、ケイ素、などの元素が六方晶構造で結合しているのではないかというところまで判明したものの、その超越した耐熱性と強度の説明は未だ付けられていない。


 近年になってようやく加工技術が確立され始めた、未知の部分の多い物質である。



(中略)



 コタツの骨組みも炭素繊維強化プラスチックとよく似た構造の生体分子で構成されており、弾力性と強度に十分富んだボディを構築している。


 そして防御面におけるコタツの特筆すべき点は、コタツのヒーターにあたる核を破壊しなければ、その他の部位が幾度となく再生するという点にあるだろう。


 更にその再生の際、他の電子機器を取り込むことがあるという報告もなされている。(図5-3を参照)


 コタツ内部の中央に鎮座し、<編集済み>の照射によってコタツの体温を保つ核。加熱時に発するジィィンという金属音は、一般的にコタツの鳴き声として認識されている。(添付ファイル-1 コタツの鳴き声を参照)



 天板に守られ、コタツ内部の最も奥に存在する核を破壊するのは容易ではない。大抵の攻撃は天板に阻まれ、核を攻撃する前にコタツの快楽の餌食となるのだ。


 よってコタツを撃破するには、天板を射出したあと、天板が再生する前に骨組みの上から核を貫くか、掛布団に取り込まれる直前に直接核を破壊するしかない。


 現在の冷却レーザー兵器はコタツの体温を急激に下げて動きを鈍らせたうえで爆風によってコタツをひっくり返し、露出した核を破壊するという方式でコタツを撃破する兵器である。


 がしかし、そのレーザーも大抵が天板によって弾かれ、時には<編集済み>も存在するため、その効果が十分であるとは言い難い面がある。



 核の構造としては殆ど調査が進んでいないものの、当研究所は<編集済み>ということを最近発見した。


 これは青森博士の仮説を裏付けうるものではないかと見られているが<削除済み>。そしてこれは<削除済み>。



(中略)



 電化製品と生物の両方の性質を持つコタツ。その習性面にも奇妙な特徴が存在する。



 コタツは集団性を色濃く示す。コタツは1匹では基本行動せず、どんなに少なくても5匹以上で行動することが知られている。


 一方、万が一それ以下になるとコタツは急激にその性質を変え、人類だけでなくあらゆる敵対生物を攻撃するようになることが分かっている。(補遺-4 コタツの性質変化についてを参照)


 この性質の変化は、行動学的には自己防衛本能の具現であるとみられている。


 普段は人類を堕落させることを本能としているが、集団を失うと突如自己防衛本能が顕著に現れるのだ。


 これに関して当研究所は<データ不足により削除>。



 なぜコタツが集団性を示すか。それは2つの理由が考えられている。


 第一に、コタツは高い体温を保たなければならないという点だ。人間を堕落させる最適な温度を保つため、コタツは集団に属して少しでも体温を保とうとしているのだと考えられている。


 調査では<編集済み>。



 第二に、コタツは人類を堕落させることを最上位の目標としている。


 その成功率を飛躍的に上げるためにも、人間と同じ集団性を持っていると考えられている。肉食動物が集団で狩りを行うのと同じように、奴らも集団で人類に襲い掛かり、より多くの人類を堕落させることができるように振舞っているのである。



 更に、コタツの集団には階層秩序ヒエラルキーが構築されていることが知られている。


 コタツには現在二つの種類が確認されており、下位種を第一世代LV.1コタツ、上位種を第二世代LV.2コタツと区別している。


 LV.2コタツは通常分隊規模のLV.1コタツを傘下に置き、指令を与えていると思われている。その証拠に、過去の防衛戦でもLV.2コタツを撃破した際、その傘下にあったと思われるLV.1コタツ達が一時的に動きを止めたという報告がいくつもなされているのだ。(補遺-7 旧八戸市防衛戦戦果報告を参照)


 当研究所はコタツの階層秩序に更なる上位種が存在しているのではないかと推測しているが、未だ第三世代LV.3コタツの確認はなされていない。


 これに関しても青森博士は<削除済み>という仮説を立てているが、当研究所としては否定的な見解を結論づけている。



(中略)



 つい250年以上前までは日本の暖房器具として、冬になると人々に温もりを与えていた言われているコタツ。


 しかし、現在の殆どの人々はそれを信じようとはしないだろう。知能もほとんど確認されず、人間以外の生物にはほとんど興味を示さず、食事も確認されないためエネルギー発生機構も謎。


 電化製品と生物を足して二で割ったような、ただ人類を堕落させることのみを行動原理とする奇妙な生命体。




 コタツとは何か。




 その問いは未だに人類の最大の謎として重くのしかかったままである。




 ――ナトリホールディングス コタツ研究所研究員 桜田博士のレポートより抜粋

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