Ⅶ.帝国へ
第30話 待ち伏せ
旧青森市を発ってから30分ほどが経った。
山間の荒れ果てた平地をひたすら進んでいく列車。時折コタツの姿を見かけたが、時速300㎞で走行する列車である。
それらは一瞬ではるか後方へと流れていくのであった。まさか、追い付けるはずもない。
「大変だタツヤ。聞いてくれ」
「どうしたんだいオコタン?」
操縦制御室へとオコタンの様子を見に来た達也。すると、オコタンが真っ先に声をかけてくる。
相変わらず抑揚は少ないが、焦っているような成分が混ざっているのは伺いとれる。
「21世紀の地形図と周囲の地形を照合させてみたのだが……どうも私たちが進んでいる方向は旧八戸市方面ではなさそうだ」
「えっ……? どういうことだい?」
「タツヤは東北新幹線というのを知っているか?」
「東北新幹線……? あの21世紀に運用されていたっていう?」
「そうだ。間違いない。この列車はその東北新幹線の線路上を走行している。しかも、北……旧北海道方面へ向けてだ」
「なんだって!?」
旧北海道方面だって……? ということは、彼らは旧青森市から全く真逆の方向へと進んでいたことになる。
旧北海道といえば北日本帝国の本土だ。ナトリ連邦と敵対するもう一つの日本……レイの生まれ故郷である。
「どうかしたのか? 何を話しておる」
すると、そこに客席にいたはずのレイがやってきた。黒いジャケットに黒い長ズボン。肩からは赤い裏地の黒マントが下がっている。
北日本帝国軍の軍服だ。しかし、胸に輝かせていたはずの勲章や襷、腰元につけていた軍刀は今はなくなっている。すべて、コタツ領に置いてきてしまった。
「どうやら僕らは旧東北新幹線の線路上を北側に向かって進んでいるらしいんだ」
「北へ……? 全く。余とお主はとことん方向感覚に乏しいようじゃな」
やれやれと首を振るレイ。旧八戸市に帰ろうとしていたはずなのに、いつの間にか北へ北へと追いやられてしまった。
これだったらもはや帝国まで抜けてしまった方が早いのではないだろうか。
「しかし、もはや戻るわけにはいくまい。オコタン、旧東北新幹線といえばもしかしたらあの青函トンネルで帝国本土へと繋がっておるのではないか……?」
「確かに、21世紀の地図では繋がっている。あと数分で到達するだろう」
「そうか。あの線路は旧青森市につながっておったのか……それならこのまま帝国本土へと抜けることにしよう」
「えっ、でももう250年も前の話だろう? 今もトンネルがつながっているとは限らないんじゃないかい? それに帝国本土に抜けるなんて……」
「安心せよ。余の帝国軍南方軍の本拠地は函館にあるんじゃぞ? 達也、お主は仮にも余の命の恩人じゃ。それ相応の待遇で遇することは約束しよう。もちろん、オコタンもな」
そうだった。そういえば彼女は北日本帝国軍の南方軍の司令官なんだった。
それなら、ある程度の融通は利かせてくれるかもしれない。帰国するにもそこまで時間はかからなさそうだ。
「それに、余らは青函トンネルを通って本州へと偵察任務を行うこともあるのじゃ。逆に、コタツ共の侵攻の際、青函トンネルからコタツ軍の一部が現れたという証言もある。間違いなく今もつながっておるじゃろうよ」
「そうか……分かった。それならこのまま進んだ方がよさそうだね」
「達也、オコタン。お主らには世話になったな。偶然ではあるが……余はコタツの本拠地を叩き、部下の魂を解き放つことができてよかったと思っておるよ。感謝の意に堪えん」
「そんな、僕だってレイにはいろいろ助けてもらったじゃないか。お互い様だよ」
「ふふふ……お主と余はなかなか意気が合うようじゃな。どうじゃ? 余の婿にでもなってみる気はないか?」
「へっ!?」
あざ笑うような微笑みを投げるレイ。達也は思わぬ発言に、うまく返しを思いつかない。そのままほとほと動揺し、口をつぐんでしまう。
「冗談じゃよ。余の婿なんぞろくな目には遭わん」
はははと笑い声をあげ、彼女はその場を去っていく彼女。マントを翻し、客室へとつながる扉をくぐる。
「……タツヤ、顔が赤いぞ? 心拍数も高い。もしかしてそれが恋というものなのかね」
「まさか! オコタンまで冗談はよしてよ」
「私は冗談を言ったつもりはない」
「……」
オコタンが鋭い発言を並べてくる。いまだに人間の感情や感性といったものにはいまいち理解が甘いらしい。
昨日今日会った程度の仲で婿なんて……話の跳躍にもほどがある。
「ところで……結局オコタンがあの旧青森市に行きたいって言っていたのは罠だったのかい?」
達也は何とか話をそらそうと、少し前から気になっていたことを話してみることにした。
旧青森市潜入作戦の前日、確かにオコタンはなんとなく旧青森市に向かうべきだと言っていた。あれは……もしかしたら彼による罠だったのかもしれない。
「分からない。だが、何かがあの旧青森市に私を惹き付けたのは確かだ。しかし、旧青森市のコタツは私の発した信号をすべて無視していたようにも思える。そう考えると、私は誘き出されたと考えても不自然ではないだろう」
「そうか……君の力にも限界があるみたいだね」
「そのようだ。どうやらあの街のコタツは私より上位の何かによって指示されていたようだった。君たちの言葉でいえばLV.4と言ったところか」
「LV.4……」
達也は小さく呟いた。ということは、彼とはLV.4のコタツのことを指すのだろうか。
結局、最後まで彼の正体はわからなかった。一体彼はどこに……そしてその正体とは何なのだろうか。
「もしかしたら、君と焔利市などの声で話していたのがそうなのかもしれない」
「え? 君はあの会話を聞いていたのかい?」
「そうだ。だがレイは聞いていない。私はタツヤのいる場所を知るついでに聞いてしまったに過ぎない。だが、なかなか興味深い内容だったよ」
「……コタツは人間を暖めて幸福にするために生まれてきた、か。なんだか父さんが言っていたことを思い出すよ」
「タツヤの父はこたつ職人だったのだろう?」
「そうだよ。だから僕は父さんの意志をついで、コタツと人間が共存する世界を作りたいんだ。戦いのない世界をね」
「なるほど……?」
少し考え込むような態度を見せるオコタン。しかし、彼は何かを察知したかのようにピクリと体を震わせた。
「どうしたんだいオコタン?」
「……まずいぞタツヤ。同族だ。1000、いや2000。前方上空から高速接近!」
「何だって!?」
瞬間、激しい爆音とともに車体が大きく揺れた。爆音は連鎖し、列車内部を灯す電気がちかちかと点滅する。
「な、なんじゃ!? 何があった!?」
すぐに客室から飛び出してくるレイ。その顔には達也と同じく、焦燥と驚愕の表情が浮かんでいる。
「待ち伏せを受けたようだ。だが青函トンネルまであと10秒で到達する。そこまでたどり着けば……!」
オコタンが言い終えるより先に、列車がひときわ激しく揺さぶられた。
金属同士が削れあうような激しい高音。思わずレイと達也は耳を塞ぐ。
「車輪をやられたようだ。このままでは脱線するぞ!」
「はっ……!」
達也はふとフロントガラスから列車の進む先を見た。激しく揺れる車体。車体は斜めに傾き、すぐ横の車輪の辺りでは激しい火花が散っている。
正面には山のふもとに空いた真っ黒な穴が凄まじい速さで近づいてきていた。このまま突っ込めば間違いなく壁に車体の一部が引っ掛かるだろう。
しかし、今だ空には無数のオフトゥンが浮かび、白い塊を投げつけてきていた。
そしてそのうちの一つが、まっすぐフロントガラスめがけて落ちてくるのを彼は見た。咄嗟に声を上げようとする達也。しかし、それより早く枕爆弾は炸裂し、激しい爆音とともにフロントガラスは粉砕される。
「うわぁぁぁっ!!」
激しい爆風。そして弾丸と化したガラスの破片。達也はレイやオコタンが爆風に吹き飛ばされるのを一瞬だけ目にとらえた。
「がっ……!」
しかし次の瞬間、彼自身も壁に激しく激突し、狂乱に包まれた車両の中、そのまま意識を失ってしまうのであった……
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