第29話 脱出

「!?」

「うわぁぁっ!?」


 しかし、次の瞬間だった。目の前のLV.3が飛び上がった瞬間、達也の近くの床が激しく爆発したのである。


 爆風に煽られ、機械の海の中へと弾き飛ばされる達也とLV.3。彼は背中をしたたかに並ぶ機械に打ち付け、電撃のような痛みが全身を駆け巡る。


 飛び散った破片の一つがモニターを構成する機械を破壊し、翔奈の顔はザザザとノイズのような映像を残して消滅してしまった。


「達也! 無事か!?」


 すると、煙を上げ、ぽっかりと空いた床の穴からは少女の顔がひょいと現れた。そして、聞きなれた幼い声が達也の耳に駆け込んでくる。


 レイだ。今度は本物の。一体どうやってここへ……?


「急げ、こっちじゃ!」

「く……」


 ともかく、達也はレイが顔を出した穴の辺りへと駆けた。あのLV.3は機械に掛布団をひっかけてじたばたともがいているようだ。


「レイ! どうやってここまで!?」

「私もいるぞ。今はここを脱出するんだタツヤ」


 彼は穴の辺りまで到達した達也。すると、レイの軍服のポケットからはオコタンが顔を出した。


「説明は後じゃ、行くぞ!」

「わっ、ま、待ってくれ!」


 すぐに穴の中へと消えていくレイとオコタン。


 達也はそれに続き、穴の中へと飛び込むのであった。



 ――――――



 達也は狭い通路の中をひたすら進んでいった。通路の周囲は大小さまざまなコード類やパイプで埋め尽くされ、通路自体も幾重にも枝分かれしている。


 達也が少し屈みながらギリギリ通れるくらいの広さだ。


「次は右だレイ。あと200mほど進めばたどりつく」

「うむ、よかろう」


 一方のレイは低い身長を活かし、とくに屈むこともなく通路の中を進んでいく。その胸ポケットからはオコタンが指示を出し、彼女はそれに従っていった。


 何となく不思議な光景だ。これまでは名前すら呼び合わなかった二人が協力している。達也がいない間に和解でもしたのだろうか。


「レイ、オコタン……いったいここは……」

「旧青森市全域に広がる地下配電配管網だ。水道や電気など、人間が生きるためのライフラインはすべてここに集約されているようだ」

「この空間はメンテナンス用の小トンネルのようじゃな。後はこのオコタンとやらの指示に従った。そしたらあの核融合炉のすぐ真下に出たのじゃ」

「そ、そうだったのか……」


 間一髪だった。彼女らが来てくれなければ今頃彼もコタツムリにされていたことだろう。


 だが、不甲斐ないことだ。達也はコタツたちの首領たるとようやく接触できた。


 そしてコタツの目的を知りながら、を説得しきることはできなかった。はレイやオコタン、はてまた達也をも手にかけようとしたのだ。


 彼は大きなチャンスを逃したのだ。だからと言って引き返す訳にも行かないだろう。今は、逃げるしかない。


「じゃあ、今はどこへ向かっているんだい?」

「決まっておろう。先ほどの列車を奪取するのじゃ。時間はない。先ほどの核融合炉の排気ダクト近くにお主特製の爆弾を仕掛けておいた。あと数分でこの旧青森市は消滅するのじゃ」

「な……なんだって!? そんなことをしたら街の人々は……」

「さっきも言ったはずじゃ達也。余はコタツムリと化した部下達を弔ってからこの都市を去ると。本当は全員連れて帰りたいが……今は無理じゃ。それならせめてこの世から解き放たねば。それにコタツの根源たるこの街は破壊せねばならんのじゃ。お主も見たんじゃろう? この街でコタツが生み出されている様を」

「タツヤ。これには私も賛成だ。いくら同族とはいえ、この街のコタツは私の知能を奪い、初期化しようとしていた。私も自己防衛を優先せざるを得ない」

「……」


 達也は言い返せなかった。いくらコタツムリと化したとはいえ、彼らは生きている人間である。


 彼らを巻き添えにしてまでこのコタツ生産工場を破壊するのはいかがなものなのだろうか。


「達也。責任はすべて余が負う。それとも、持っている銃で余を殺すか?」


 彼女は、一度達也の方へと振り返った。そして、挑発的な眼差しを彼へと突き刺す。


 狭い通路に、短い沈黙が流れる。


 彼は、レイに言葉を返すことはできなかった。


 もし利市がこの街にいたら……コタツムリと化していたらどうだ? 自分は彼と対面した時、平静を保てるのだろうか。


 治る見込みのない生きる屍……それならば、解き放ってやった方が……


「……分かった。進もう。今はこの街から逃げ出すんだ」


 彼らは、そのトンネルの中をさらに進んでいった。



 ――――――



「何もおらん、か……?」


 しばらくして、レイは狭いトンネルの天井に現れた扉を開け、その外にひょいと顔を出した。


 そこには、左右両方に続く白い通路。通路の天井にはぼんやりとした明かりが等間隔に付き、ところどころには白銀の扉のようなものもついている。


 右側はすぐ付き当たり、同じく白銀の鉄扉が取り付けられていた。今のところ、彼女の視界にコタツはいない。


「達也。行くぞ」

「分かった」


 そういうと、レイはすぐに外へと出、達也の手を引いた。狭い通路から体を這い出し、あたりを見回す達也。


 すると、オコタンはレイから達也の胸ポケットへと飛び移ってきた。


 ひどく静かだ。あまりの静けさに、むしろどことない恐怖感をあおられてしまう。


「レイ、タツヤ。その扉の向こうが先ほどの列車の駅になっているようだ」

「ふむ。開けられそうか?」

「……鍵がかかっているようだ。私では開けられそうにない」

「分かった。レイ、下がって」


 そう言うと、達也は肩から下げていた太い銀の筒を右肩に乗せ、扉へと向けた。


 戦車の主砲をそのまま改造した熱線レーザー砲である。弾数はせいぜい2発。だがその分破壊力は十分だろう。


「いくよ……発射!」


 彼はレイが十分下がったのを見計らい、レーザー砲の引き金を引いた。


 右肩に重い衝撃。同時にパウッという重い発射音が鳴り響き、赤い線が扉へ向けて一直線に飛翔する。


 赤い線は一瞬で扉へと到達し、その辺りが激しい爆音を上げて爆発した。鋭い炎が舞い、濃い煙に扉のあった辺りは包まれる。


 爆風は達也やレイの元まで達し、レイのマントが翻る。


「よし……!」


 達也とレイは真っ先にその爆煙の中へと駆けた。扉のあった辺りは穴が穿たれ、扉は消滅していた。二人は更に、その煙の中から向こう側へと飛び出す。


「……!?」


 目の前奥には昨日の夜に見かけた白い列車が横たわり、辺りはあの天井の低い駅のホームのような構造になっていた。


 列車の荷台には相変わらず自動でコタツが積み込まれ、出発の時を今か今かと待ち望んでいるように見える。


 しかし、目の前には十数匹のコタツが彼らを取り囲むようにして並んでいた。


 やられた。待ち伏せか……?


 一瞬だけ流れる沈黙。しかしその沈黙はすぐに破られる。


「タツヤ、レイ、避けろ!」

「うわっ!」


 すぐに目の前の数匹が飛び上がり、二人に向かって天板砲を発射した。オコタンの指示で間一髪、二人はその天板を飛びかわす。


 天板はすぐに背後の煙の中へと吸い込まれていった。後、激しい轟音が鳴る。


「くそっ!」


 達也はすぐに体制を立て直し、持っていたレーザー砲を取り囲むコタツの一角へと発射した。


 激しい爆発。数匹のコタツが舞い、コタツの包囲網に穴が開く。二人がそれを見逃すはずはない。


「行くぞ、列車さえ確保してしまえばこっちのものじゃ!」


 レイが腰元の軍刀を抜き、先頭を切ってその切れ目へと駆けて行った。


 レーザー砲を投げ捨て、彼女の後を追う達也。右手には彼女から預かったあの拳銃が。


 白い大理石の上をかけていく二人。後ろからは先ほどのコタツが迫り、前や横からも新手が殺到して来る。


 無数の天板砲が飛び交い、コタツたちが二人を捕えようと次々宙を舞った。


「タツヤ右だ! 次は飛べっ!」


 それに合わせて激しく飛ぶオコタンの指示。達也もレイも、その指示に合わせて何とかコタツの追跡をかわしていく。


 レイは軍刀で迫るコタツを切り捨て、達也は拳銃でコタツの掛布団や骨組みを狙い、その機動力をうまく削いでいく。


「よし、乗り込むぞ!」


 二人はなんとか列車の先頭車両付近へとたどり着いた。側面には等間隔の窓がつき、青い線が入っている。


 先頭車両の先はくちばしのように尖り、しなやかな流線型を描いていた。側面全体が開き、コタツを積みいれている貨物車両とは一風変わったデザインである。


 先頭車両の側面には一つ、縦長で小窓付きの出入り口がつけられていた。中にコタツはいなさそうだ。というか、縦長ではコタツがだいぶ入りにくそうな形である。


 もちろん、扉は開かない。レイは扉の所までたどり着くと、刀の柄で扉についた小窓を叩き割り、そこから体を列車の中へとねじ込んだ。


 達也もすぐにそれに続き、列車の中へと飛び込む。


「だっ、てて……」


 必死になっていた達也は思わず列車の床に尻餅をついてしまった。


 狭くて短い廊下。左右には扉が一つずつ。右、列車先端部側の壁は窓になっており、向こうには狭いスペースにちかちかと輝く巨大な機械が設置されている。


 さらにその向こうには外の風景が広がっているようだ。操縦席のようにも見えるが、椅子はない。操縦制御室といった様相である。


 反対側の扉の向こうは少し広い空間になっていた。中央に通路が伸び、その両側に長い椅子が並んでいる。


 普通の列車の客席のような作りである。そこにも、コタツの姿はない。


「達也、列車の操縦はできるか?」

「さ、さすがに無理だよ!」

「私に任せてほしい。4228冊目の本に似たような列車の操縦法が載っていた」

「それは真か!?」


 オコタンがすぐに声を上げた。彼は達也の胸ポケットから這い出し、その操縦制御室のほうを眺めている。


 巨大な機械には目盛や速度表示板のほかにレバーのようなものも取り付けられていた。アナログ操縦もできるのだろうか。


 達也はすぐに制御室側の扉を開け、機械の上にオコタンを乗せた。すぐさまレバーやスイッチをいじりだすオコタン。とにかく、今は彼に賭けるしかなさそうだ。


「爆発までもう2分弱じゃ……間に合うか……!?」


 操縦制御室と客室の狭間で立つレイと達也。しかし次の瞬間、彼らが入ってきた扉がガンという打撃音を立ててひしゃげた。


 と思うと、打撃音は連続し、見る見るうちに扉が歪んでいく。かすかに見える茶色い正方形の板。彼らを追ってきたコタツたちが天板砲を打ち込んでいるのだ。


「く……!」


 達也はすぐにレイの銃を構え、今にも外れそうな扉の隙間から外へめがけてレーザーを乱射した。


 飛び上がり、扉を破壊しようとするコタツたち。それらを目に映る端から狙い撃っていく。


 しかし、不快な金属音のハーモニーは音を増すばかりで後退を知らない。


「しまった……バッテリー切れだ!」


 すぐにレイの銃はレーザーの発射を止めた。バッテリーを使い果たし、レーザーを発射するエネルギーを失ったのだ。


 もう飛び道具はすべて失った。あと残った武器はレイの軍刀くらいだ。


「電源よし……後は……先頭車両を切り離し……捕まれ、発車するぞ」


 オコタンの声が響く。同時に、彼らの足元がぐらりと揺れた。


 かと思うと、扉の先の景色が右に向かって流れていく。列車が発進したのだ。


「!?」


 徐々に加速していく列車。あっという間にその速度はコタツの最高速度を超え、金属音のハーモニーは遠ざかっていく。


 すぐに列車は施設の中を出、外を旧青森市の街並みが流れ始めた。縦横無尽にさまざまな施設が繋がった中心部を超え、21世紀の街並みが再現された地区へと出る。


 しかしそんな折、コタツの最後の一匹が目の前のひしゃげた扉に取りついた。足と掛布団を器用にひっかけ、扉の隙間から中へと侵入しようとする。


「ジ……ジジジ……」

「うわぁぁっ!」

「チッ、しぶとい奴じゃ!」


 レイは素早く達也の脇を駆け抜け、軍刀をそのコタツの核めがけて突き立てた。


「ジジ……ジジジ……」

「何っ!?」


 刹那、車両全体を揺れが襲い、軍刀は核を捉えきれない。


 すぐ横の掛布団と骨組みへと突き刺さり、奴はそれをもろともせずに中への侵入を試みる。


「させるかっ!」


 レイは咄嗟に飛び上がり、軍刀の柄の先を蹴った。


「ジジッ……ジジジジィィィ……」

「うわっ!」


 ずぶりと軍刀が突き刺さり、その勢いのまま、コタツは刀ごと車外へ放り出された。さらに強い揺れ。勢い余って、レイも車外へと飛び出ようとする。


「危ないっ!」


 達也はすぐにレイの腕をとった。間一髪、レイの体は流れる地面すれすれで止まる。


「はぁ……はぁ……!」

「うぐぐ……」


 達也はゆっくりとレイを引き上げた。そのまま、短い廊下へとへたり込む二人。


 さすがのレイも少しは肝が冷えたらしい。いつもの余裕と自信に満ちた顔は、少しだけ焦りの色が浮かんでいた。


 しかし、すぐそんな表情も、息が整うごとに元へと戻っていく。


「ふぅ……何とか助かったか……?」


 今度は慎重に、外れた扉の外へと顔を出すレイ。達也もそれに続き、車外へと体を乗り出した。


 扉があった辺りの列車の外面もところどころコタツの天板が突き刺さり、ひどくひしゃげていた。


 外を見ると、線路の上をその列車は凄まじい速度で駆けているのが分かる。あまりの風圧に、車外に取りつこうとしていたコタツはすべて吹き飛んで行くのが分かった。


 海沿いに並んだあの旧青森市中央の白い施設が、そして旧青森市そのものが、一気に遠ざかっていく……


「……!」


 そんな時だった。


 突然、旧青森市から鋭い強光が達也の網膜を焼いた。思わず腕で顔を覆う達也。恐る恐る目を開けると、その光はゆっくりと天へと上り、巨大な黒雲がキノコ状に上っていくのが見えた。


 上空を覆っていた雲は円状に裂け、そこからは数日ぶりの青空が顔を出す。


「うわぁっ!」


 そして、彼らは激しい衝撃波に襲われた。轟音が鼓膜を直撃し、今まで車外で受けていた強風が一気に逆方向へと変わる。


「……」


 思わず車内へとのけ反る達也。一方のレイは、じっと旧青森市の方を見続けていた。


 左手の指をぴんと伸ばし、おでこの前面へと斜めに掲げている。旧八戸市で、帝国軍の兵士がとっていた敬礼と同じ姿勢。


 だが、彼女の敬礼には忠誠や挨拶とは全く違う成分が含まれているように感じた。


 堂々として、どことなく悲しさを伴う雰囲気。まるで、死にゆくものを弔うかのような、そんな敬礼……


 達也とレイ、そしてオコタンは旧青森市を背に、先頭車両だけの列車に乗って、旧青森市から延びる線路上を進んでいくのであった。

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