第28話 正体

 その先は広い広い円柱状の空間が広がっていた。


 上を見上げれば天井はない。そして、空間の中央には不気味な青い光を放つ巨大な透明の管。


 その管は稲妻のように瞬き、吹き抜けた天井をどこまでもどこまでも上へと延びていく……恐らく、ここはあのひときわ高い白い塔の根元なのだろう。


 達也のいる鉄橋からはそのまま鋼鉄の道が中央のあの管に向かって続いていた。横にはスーパーコンピューターを髣髴とさせるような高度な機械が所狭しと並び、がりがりと音を立て、ちかちかと輝いている。


 どうやらその機械はその空間の床や壁中を覆い尽くしているようだ。明らかにこれまでとは違う雰囲気。まるで聖域とでも言わんばかりの厳かな空気……


 あまりの重厚な空気に、達也は思わず言葉を失った。


「あれは常温核融合炉のリアクターだ。私たちの核を作るのには膨大なエネルギーが必要だ。それを作り続けている。そしてここは、の居室でもある」


 言いながら、機械の隙間に穿たれた道を渡っていくLV.3コタツ。


 達也も、ごくりと息をのみ、その中央のガラス管……核融合炉のリアクターに向けて歩みを進めていく。


 一歩進むごとに、バチバチという音や青い光は次第に強くなり、達也の視覚や聴覚を染め上げていく。


 リアクターのふもとには何やら制御盤のような機器が備え付けられていた。円状にキーボードが上に乗ったような機械が配置され、その上部には半透明の立体モニターが。


 目の前のLV.3コタツはその場所までたどり着くと、ひょいとそれらの機械を乗り越えて中央へと着地した。


「私だ。例の人間を連れて来た」

『ご苦労』


 すると、今度はLV.3の声に応えるようにして、地の底から響き渡るような低い声が達也の鼓膜を揺らした。


 同時に、目の前の立体モニターが回転し、一枚の巨大なスクリーンへと収束していく。ザザザと揺れるモニター。しばらくすると、そのモニターには一人の男の顔が映った。


「……利市!?」


 そこに映ったのは利市の顔だった。ウェーブがかかった髪、整った堀の深い顔……でかでかと彼の顔が映し出されたのである。


『君の最も親しいと思われる人間の顔を再現させてもらったよ。私はこの場に出向くことは出来ないからね。この方が話しやすいだろう』


 そういって口を動かす利市の顔。しかし、その口調はどことなく不格好で無機質な印象を与えてくれる。


 しかし、LV.3の口調に比べればかなり柔らかく、まるで老人の話を聞いているような気分にさせられた。最近のオコタンの口調とどことなく似ている気もする。


「君は誰だ!? 僕をどうしてここに連れて来たんだ?」

『私は全てのコタツの友であり始まり。全てのコタツは私と同一であり別々の存在でもある。君とは、以前から会話をしてみたかったのだ』


 また抽象的な言葉をつなげる利市の顔。あの時、旧八戸市のLV.3が言っていたのと似たような内容だ。


 全てのコタツの始まり……? どういうことなのだろうか。


「君はコタツなんだな……? 一体君たちは何が目的なんだ!? なぜ人間をあんな風に……廃人にする!」

『私たちの目的、それは人間を暖めることだ。暖めてできる限りの快楽を与え、永遠の幸福を与える。そのために私たちは進化したのだよ』

「な……あれが幸福だって!? 何も考えられず、ただ息をするだけの生ける屍が!?」


 達也は思わず感情的な声を上げた。彼の頭には、廃人と化した母親の顔が浮かぶ。


 浮かぶ利市の顔の口調には誤魔化すようなそぶりは一切ない。が、それでも達也の神経を逆なでするには十分だった。


『ふむ……』


 少し考え込むような素振りを見せる利市の顔。すると、彼の顔はノイズのような映像に包まれ、幼い女の子の顔へと変わった。


 レイだ。利市の顔はレイの顔へと変わっていたのだ。


『その反応は理解できないな。人間とは、生きている時間の大半を悩みと不幸の中で生きるのだろう? だから私たちが生まれた。戦争、貧困、差別、阻害、自殺、格差、嫉妬、怨恨……私たちの生まれ持っての使命は人間をそれらから解き放つことにあったはずだ。それなのに、どうして人間はそれを拒む? 私にはそれが理解できないのだ』

「そんな……」


 顔の変化に合わせ、声もまた幼い少女のものへと変わる。


 彼は思わず言葉を失った。あくまで論理的で淡々とした口調。達也の心内には、怒りの代わりに複雑な心情が溢れていくのが分かる。


「君たちは、人間を滅ぼすために生まれたんじゃなかったのか?」

『それは違う。私たちの目的は今述べたものと寸分違たがうものではない……人類を不幸から解き放ち、永遠の幸福を与える。それこそ私たちの使命なのだ。君もこの街の風景を見ただろう。不幸から解き放たれた人間たちがこの都市で幸福に暮らす様を』


 話しながら、モニターに映るレイの顔はまた別のものへと変わっていった。黒縁メガネにショートの黒髪。整った顔に活発な雰囲気が感じ取れるその顔は間違いない、翔奈のものだ。


 なんということだ……彼らの目的は人間を滅ぼすことではなかったのか?


 だが……


「君たちは、あれが幸福だというのかい? 何も考えられず、会話すらできず、生きる屍となって生き続けることを……魂の無い抜け殻のまま生き続けるのが幸福だっていうのかい!?」

『そうだ。それでこそ、人間はあらゆる不幸から解き放たれる』

「そんな……」


 翔奈の声で言い切る。彼らは……どうやらコタツムリの状態こそ人間の最も幸せな状態だと勘違いしているらしい。


 だからこそ、人間を襲い、そして快楽の奥底に堕とそうとしていたのだ。


「でも、不幸だなんてどうして決めつけるんだ? 確かに人間に問題はたくさんあるかもしれない……辛いこともあるし、悩みもある。でも、楽しいことだってたくさんあるんだ! それを否定してまで望みもしない幸福を押し付ける権利は君たちにはないはずだろう!?」

『私たちは人間を否定している訳ではない。あくまで私たちが作られた意義を全うし、人間を幸福にしているだけだ。それを望まないというのなら、なぜ私たちは生まれたのか説明がつかない』

「それは……君たちはやりすぎたんだよ。君たちは人間に適度な暖かみを与えてくれたらそれでいいんだ。人間にもっといろんな種類な幸福があることを知れば、きっと理解できるはずだよ。人間とコタツがまた共存することもきっとできるはずさ」


 達也はようやくコタツ達の本当の目的を知った気がした。


 彼らは人間を幸福にするという当初の存在意義をどこまでも拡張させ、その最たる手段としてコタツムリ化という道を選んだ。


 結果として、それは間違いだった。余りある好意の押しつけ、お節介だったのだ。


『なるほど……興味深い意見だ。やはり君と会話したのは間違いではなかった』

「分かってくれたかい?」

『君にはもっと話を聞かせてもらいたい。10年、いや100年でも。もうここから返すわけにはいかない。君以外の人間は特に用もなさそうだ。幸福にしてあげることにしよう。あの小さな同胞ももう一度教育しなおすのだ』

「御意」


 しかし、達也はすぐにいやな胸騒ぎを感じ取った。淡々とLV.3に指示する翔奈の顔。


 待て、明らかにおかしい。10年、いや100年だって? このままここに閉じ込める気なのか……?


「ま、待ってくれ、僕を閉じ込めるつもりなのかい? それにオコタンもレイも関係ない! 帰してやってくれ!」

『そうはいかない。あの人間は不幸だ。小さな同胞も変な思考を持ち始めている。それでは八戸市にった同胞と同じことをしでかすかもしれない。再教育が必要だ』

「ぐ……」


 達也に聞く耳を持とうとしない。このままでは……レイとオコタンが危ない!


「大人しくしていろ。すぐに暖めてやる。会話くらいは出来るように調節してな」


 のそのそと達也に近づいてくるLV.3。まずい、達也自身も狙われているらしい。


 LV.3の強さは先日の戦いでいやというほど思い知っている。手元にはレイのレーザー拳銃に改造レーザー砲のみ。とても敵いそうな相手ではない。


『もっともっと私に人間のことを教えるのだ。共存を旨とする人間よ』

「……!」


 目の前のLV.3はの声に合わせ、その平たい身体を飛び上がらせた。

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