第27話 招待

 

 彼らはコタツ達に連れられたまま、その工場のような巨大建築物の中を進んでいった。


 壁や床など、あらゆる材質は白い大理石のようなもので形成され、ところどころの天井に明かりがはめ込まれている。


 入り口入ってすぐのフロアは駅のホームのような構造になっており、線路の先にはあの列車が長い図体を横たえていた。


 そして、その荷台には壁の中から何本ものベルトコンベアーが伸び、ロボットアームが大量のコタツを積み込んでいく様子が見える。


 もしかしたら、あの列車はコタツ達を前線へと輸送していたのかもしれない。ということは、ここはコタツの生産工場ということなのか……?



 狭い廊下を抜け、いくつかの広い部屋を通り抜けた後、彼らは再び施設の外へと出た。


 そこは旧青森市の最中央付近のようであった。遠くに見えていたガラスの塔、そして中央の白い巨塔は相当近くにまで近づき、彼らの辺りを背の高いビルたちが取り囲んでいる。


 ビルといってもそれらの建物は立体的に複雑に繋がりあい、一つの巨大な建造物となっているようだった。


 今までいた施設も高架などを使って様々な建物と結合している。まるで立体都市の底辺にいるかのようだ。


 彼らの目の前には太い道路が引かれ、その脇には植物や街灯も等間隔に並んでいた。


 しかしその道路も、建物と同じように階段や坂で複雑に上下左右に分岐し、行先は全く予想できない。


 そしてそんな道路の上を、コタツムリとなった人々やコタツがのそのそと歩んでいく。何度見ても異様で不気味な光景である。


 二人を取り囲んだコタツ達はさらにその道を進んでいった。建物同士を結ぶ高架をくぐり、複雑に入り組んだ道路を上へ下へと渡っていく。


「ここは……」


 しばらくすると、コタツはとある建物の前でその歩を止めた。そこまで背の高くない、白くて長方形の建物。目の前には、金のドアノブが付いた縦長長方形の扉が設置されている。


 壁にはいくつか窓が取り付けてあり、中も覗けるようだった。ちらりと見えたのは、ソファやテレビなどが置かれた居間。


 レイと達也が困惑していると、コタツ達は入れと言わんばかりに目の前の白い扉の前を明け渡した。


 彼らの後ろには数十匹のコタツ。従わないわけにはいかない。何かの罠なのか……? しかし、奴らは達也とレイの武器を奪おうともしなかった。一体何を考えているのか……


 達也はゆっくりと前に立ち、扉につけられたノブをひねった。ガチャリという音とともに、扉はゆっくりと開く。


 中にはフローリングの床。手前足元は茶色い大理石で作られ、一段低くなっている。横には棚のようなものもあるようだ。これは、玄関……?


「とりあえず……入ろうか」

「しかあるまい」


 彼らは土足のまま、中へと上り込んだ。ドアを閉め、大量のコタツの姿は扉の向こうに消える。


 彼らは罠がないかを慎重に見定めながら、短い廊下を進んでいった。廊下についた扉は三つ。右に一つ、左に一つ、そして奥に一つだ。


 右の扉を開けると、そこはトイレになっていた。洗面台や奥には風呂と思われる部屋もある。


 左の扉の奥はあの窓から見えた居間だった。一面には赤地に幾何学的な模様が組まれたカーペット。


 中央にはL字型の大きなソファとそれに対面するようにして、巨大な薄型テレビが置かれている。


 だが、ソファの前にはコタツが置かれていた。動いてはいないが、多分ただの家電製品というわけでもあるまい。


 奥にはキッチンらしき一角も垣間見えた。天井は高く、吹き抜けになっているようだ。


 天井から下がる球体の明かりが、ほんのりと暖かい光で部屋中を照らしている。少し洋風な意匠も感じさせてくれる民家の内装だ。


「ここは、民家なのかな?」

「こんなコタツ領の真ん中にか? いったい誰が住むというのじゃ……」

「不思議だ……もしかしてこれをコタツ達が作ったというのか?」


 感動するかのような声を漏らすオコタン。あまり感情の起伏のない彼としては珍しい口調である。


「そうだ。この都市は我々が作った。人間が幸せに暮らせるように」

「!?」


 すると、突然部屋の入り口の辺りから無機質な女性の声が響いた。ロボットのような抑揚のない声。


 振り返れば、そこにはコタツがいた。掛布団には下向きの正三角形の各辺にひし形がくっついたような複雑な模様。模様といい会話能力といい、間違いはない。LV.3だ。


「なっ、なんじゃあのコタツは……あんな複雑な模様は見たことがないぞ……」

「あれは……多分LV.3だ。コタツの中でも大半を指揮下に置くコタツの将軍さ」

「LV.3……第三世代のことか!? やはり存在しておったのか……しかしお主、何故あれが第三世代だと分かったのじゃ?」

「それは……」


 達也は旧八戸市での出来事を話していった。


 偽物の利市に導かれ、ガラスの塔を上った先に、LV.3コタツがいたのだ。そのコタツは達也に会いたいと言っていた。それで彼を招いたのだ。


 しかし、結局あのLV.3コタツは達也を葬ろうとし、逆に利市の機転によって倒された。それで旧八戸市奪還作戦は成功に終わったのだと。


「そんなことが……ということは、お主は救国の英雄だったということなのじゃな?」

「そんな大したものじゃないよ。僕だって死にかけたし、親友の助けがなかったら死んでただろうしね」

「あの同胞は欠陥だった。の意志に背き、独自の動きを取ろうとしていた。だから私が葬ったのだ」

「葬った?」

「君の友人にあの電波兵器を起動させたのは私だ。私が、あの同胞が傘下に収めていた兵器に君の友人を誘導したのだよ」


 電波兵器……EMP兵器のことだろうか。確かに、利市はなぜかハッキングしたときにあの工作車だけ簡単にアクセスできたと言っていたはずだ。


 あれは別のコタツによるものだったのか……? しかし、ということは彼らはバーチャルなネットワークにも干渉することができるのだろうか。


「達也といったな人間。付いてきてほしい。が待っている」


 そう言って、そのコタツは再び扉のほうへと振り返った。手のように掛布団を使い、ドアを開ける。


「付いてきてほしいって……レイとオコタンは?」

「その小さな同胞と女に関しては来る必要はない」

「待て、タツヤをどうするつもりだ?」


 胸ポケットの中から、オコタンが鋭く言葉を突き刺す。


「ほう。お前は同胞なのに人間のことを心配するのか。興味深い。後でに報告しておこう。とにかく、今はお前たちは必要ない。安心しろ、との対話に連れいていくだけだ」


 そう冷たく突き放すLV.3。達也もどうしていいかわからずおろおろしてしまう。


「行くしかないじゃろう達也。とりあえず危害を加える気はなさそうじゃ。余らについては心配するな」

「……わかった。行ってくるよ」


 彼は緊張冷めやらぬ中、そのLV.3について建物から出ていくのであった。



 ――――――



 彼はそのままどこまでもLV.3の後をついていった。


 コタツムリたちが闊歩する大通りを抜け、また巨大な施設の中へと戻っていく達也。


 細く白い廊下はグネグネと入り組み、下手に入ったら即迷ってしまいそうである。廊下の天井や床付近は何本ものパイプが縦横無尽に行き交い、時折部屋のようなものも見受けられた。


 すれ違うコタツは皆、敬礼するかのようにLV.3に対して道を譲り、さらに奥へ奥へと進んでいく。


 しばらくして、LV.3と達也は巨大な鉄扉の前に出た。これまでの白い建材とは違う鋼鉄の扉。


 ここまでだいぶ深くまで進んできた。もはや最深部に近いあたりにいるのではないだろうか。


 LV.3が小さく鳴き声を漏らすと、その扉はゆっくりと地響きを上げて開いていった。


 その奥は、広くなった筒状の空間。真ん中には達也のいる廊下から鉄橋が続いていっている。


 筒状の空間の壁には、なにやら黄緑色の球体が無数に張り付いているのが見えた。


「こっちだ」


 LV.3はそのまま中の鉄橋を渡っていく。それに続く達也。すると、彼はすぐにそれらの球体の正体を認識した。


「これは……!!」


 壁中に無数に取り付けられた球体。その中全てには黄緑色の液体が満たされ、なんとコタツが浮かんでいるではないか。


 よく見ると、まだ赤い核だけのやつや、掛布団の無いもの、はてまた掛布団がちょうど形成されている途中のようなものもいる。な、なんだこれは……


「ここは一体、何なんだ?」

「私達コタツの故郷、帰るべき場所。母という表現が正しいか」


 抽象的な表現を使うコタツ。思わず彼は聞き返す。


「母……? もしかして、ここで君達コタツは生まれたのかい……?」

「そうとも言えるし、違うとも言える。私達青森付近のコタツはこの場所で生まれたが、それ以外のものはそうとは限らない。も、本当はこの場所にいるわけではない。だが会話はできる」

「……」


 達也はいまいち状況を把握し切れてはいなかった。抽象的なコタツの表現に、いまいち核心を突き切ることができない。


「……!」


 すると、彼の目の前にある球体から、突然液体が抜けて行ったのが見えた。そして液体の中からは、びしょびしょに濡れたコタツがもぞもぞとあらわれる。


 すると、そのコタツは奥から伸びた機械の腕によって、奥へと運ばれていってしまった。そして、再び液体が満たされ、赤い核が投入される。


 やはりここはコタツの生産工場なのだろうか。しかし、コタツがこんな風に生産されていたとは……なかなか気持ちの悪い光景だ。気を抜けば吐き気がしてきそうである。


「着いた。ここだ」


 そして、そんな円筒状の空間を抜けた先に、再び鉄の扉が現れた。再びLV.3の鳴き声が響き、扉が開く。


「ここは……」


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