Ⅵ.旧青森市潜入作戦
第26話 旧青森市潜入作戦
翌日。
彼らは一通り身支度を整えると、そのまま山を下り、線路に沿って旧青森市の中心へと歩を進めていった。
旧青森市の風景は不可思議そのものである。まだ周りは自然豊かな田舎の風景が広がっているが、あの旧八戸市と同じように中心部へ近づけば近づくほど建物は新しくなっていき、道路も修繕されていく。
まるで21世紀へと向けて少しずつタイムスリップしていくかのような感覚である。
彼らはしばらく大通りをスクーターで駆けて行ったが、完全に山を下りた辺りでコタツが地面一面を覆い尽くすように歩き回るエリアへと出た。
すぐに物陰にてスクーターを乗り捨て、持ってきた食料や武器を持つレイと達也。小型核融合爆弾はレイ、携帯レーザー砲は達也という風に分配しておいた。
達也は更に、レイから手渡された熱線レーザー式の拳銃を装備している。
オコタンにはなるべくコタツに悟られないよう妨害することを任せ、彼らは建物や植物の影を利用してこっそりと進んでいった。
暫くの後、彼らはかなり旧青森市の奥深くまでやってきていた。目の前には高架にされたコンクリート製の道路。その上をトラックらしきものが右へ左へと行きかっている。
さらに目の前の下道にも時々巨大なトラックが行きかい、何かを運んでいるようだった。運転席に当たる部分に人影はない。いったい誰が運転しているのだろうか。
「あれは……」
そしてその高架道路の先にはさらに不可思議な光景が広がっていた。白く均質的な建造物は21世紀のそれではない。
自然は一切消え、くぐもった光に当てられててかてかと輝いているのだ。そしてそれらの建物は海の方角に向かってだんだんと高くなり、奥には達也が旧八戸市で見たあのガラスの塔が何本も立ち並んでいる。
そしてそれらのガラス塔の中央には、ひときわ高い塔が築かれているのが見えた。
他のガラス塔とは比べ物にならないほど巨大な塔。まるで地面と雲を繋ぐ柱のよう。その頂上は今にも厚い雲の下縁に届きそうなほどだ。
それらの周りには巨大な四角い建造物がいくつも並び、無数に生えた煙突からは白黒さまざまな煙を上げていた。まるで未来の工場地帯のようだ。
「なんじゃあの塔は……いったい誰があんなものを? あの街も……人間が作ったものとは思い難いのじゃ……」
レイもそんな光景に目を丸くするのみである。まさかコタツ領にこんな光景が広がっていようとは……
達也にも俄かには信じがたい。これがあの夜に見た光の正体だったのか。
「とにかく……進もう。線路は奥の工場みたいなところまで続いているみたいだよ」
「うむ……」
さすがの光景に気圧されたのか、彼女の表情は少しだけ堅く見えた。
しかし昨日自らこの旧青森市に潜入すると言ってのけた手前、下手に弱みを見せるわけにもいかない。
「タツヤ。ここは不思議だ。まるでこここそ私がいるべき場所のような……そんな感覚がする。君たちの言葉でいえば、家というものに近いようだ」
「家……?」
オコタンが渋い声で漏らす。達也はその真意を理解しえぬまま、さらにその旧青森市の中心部、工場地帯へと足を踏み入れるのであった。
――――――
さらに進む達也とレイ。よりあたりのコタツの数は増え、道や路地をのそのそと行きかっている。
レベルは1が大半、2も少しだけいる。オコタンのおかげでまだ気付かれずに済んでいるようだが……これだけのコタツに囲まれれば流石に肝が冷えそうだ。
「!?」
そして達也とレイの目に入ったのは……人間だった。コタツとコタツの合間をふらふらと行きかう人間たち。
彼らの誰もは虚ろな目をし、涎を垂らし、まるで生きる屍といった様相で整備された道路を歩いている。彼らは様々な服装をしていた。
民間人と思しき服装の人間もいれば、明らかに防衛軍の軍服と思われる服を着た人間もいる。ぼろぼろの服を着た者から新品のものまで様々だ。皆やつれきり、骨が浮き出るほどやせ細ってしまっている。
「な、なんだあれは……コタツムリ?」
「あれは、
レイはその中の数人、帝国軍服を身に着けた男たちを指して驚愕の表情を示した。そのまま、達也とオコタンのもとを離れようとする。
「おい、どこへ行くんだレイ?」
「あれは行方不明になっておった余の部下じゃ。余とともに連れて帰らねば……」
「ま、待ってくれ。あれはもう多分コタツムリになってしまっている! 連れて帰っても最早……」
「そうだ。体温分布、精神状態、瞳孔……全てが正常な人間でないことを示している。あれはもう人間ではない」
「ならばなおさらじゃ! あんな生ける屍のまま生を強制されるなど断じて許せん! せめて、せめて余の手で生を終わらせてやらねば……気が済まんのじゃ」
そう言って、彼女は拳に力を込めた。失ったはずの部下が、まさかコタツムリにされてこのコタツ領の住人にされていたのだ。
死者への冒涜とも取れる行為。その怒りは並々ならぬものに違いないだろう。達也自身、利市の顔がこの場にないことだけを切に祈るしかない。
「だけど……それでレイがコタツムリになっちゃったら一緒じゃないか。そうなったら、君の他の部下までああなってしまうかもしれないんじゃないかい?」
「……」
まっすぐレイの目を見て話す達也。この極限状態にあってか、レイの冷静さはそれなりに失われていたかのように思える。
しばらく沈黙が続くと、レイの目にはあの活気と野心に満ちた炎が再び宿り始めた。
「ふふ。余を引き留めてくれるのか。なかなか嬉しいじゃないか」
そう言って二人のもとへと向き直るレイ。達也に向ける微笑は、幼さと大人っぽさを混ぜ合わせたような不思議な妖美さを醸し出しているようにも思える。
「じゃが余には部下を弔う義務がある。それを成し遂げるまで、余はこの旧青森市を出るわけにはいかない。それに関しては譲れんよ。皇家への復讐も大事じゃが……部下を疎かにして成し遂げてもそれは空しいだけじゃからな」
「レイ……」
「もしお主らと余の進路が
真っ直ぐな視線を達也に向けるレイ。間違いない、強い信念からくる眼差しだ。これを曲げさせるのはもはや不可能だろう。
「君は本当に良い上司みたいだね。部下にあれだけ好かれているのも分かった気がするよ」
「ふん、今さら褒めても何も出んぞ。歩を送らせてすまんかったな。先に進むぞ」
「ああ」
こうして、彼らは不思議な立体都市の中を更に進んでいった。
巨大な施設たちの合間、狭い路地裏の物陰に隠れつつ、彼らは旧青森市の奥へ奥へと進んでいく。
建物の外には何本ものパイプが走り、液体が流れるような音や水蒸気がまき散らされるような音があたりを満たしていく。
そろそろ、線路が奥の工場のような施設に入り込んでいく付近だろうか。
「よし、あそこから入れそうじゃぞ」
身軽な体でひょいと白い塀の上に飛び乗るレイ。彼女はその向こうを眺め、達也とオコタンを先導する。
達也もすぐに塀を上ると、その向こうには線路が敷設されていた。巨大な口をあけた白い建物の中へとそれは続いていく。
あの列車の出入り口なのだろう。見たところ、あそこ以外に施設内に侵入できそうな場所は見当たらなかった。
入り口付近にコタツの姿は見えない。これならダッシュで施設の中まで潜入できそうだ。
「……おかしい、この周囲にだけコタツが全くいない……」
しかし、オコタンがポケットの中で不審な声を漏らす。
「この周囲だけっていうのは?」
「不思議なのだ。あの入口あたりから半径100メートルの中にコタツの反応が全くないのだ。まるでそこだけ切り取ったかのように……」
「いないのならむしろ好都合じゃろう。今のうち急いで潜入するぞ」
「わ、ま、待ってくれレイ!」
塀から飛び降り、一目散に施設の入り口の中へと駆けていくレイ。達也も、それを必死に追いかけていく。胸に抱いた違和感が、急速に膨張していくのがわかる。
「よし、このまま一気に潜入を……!?」
彼らがついに施設内に侵入し、ぼんやりとした明かりの中を進もうとした瞬間だった。先頭を切っていたレイが突然、歩を止めたのである。
「な、なんだ!?」
彼らはすぐに自らの置かれている状況を察した。目の前には、LV.2コタツが三体、こちらを向いて佇んでいる。
と思うと、彼らの周りには数十体にも及ぶコタツ達がこちらを向いて取り囲んでいるではないか!
「これは、どういうことじゃ!」
「オコタン!?」
「なんということだ……これらのコタツは私からの呼びかけに反応しない。位置も特定できないようだ。これは一体……」
「ジジ……ジジィィィィン……」
オコタンは当惑したような声を上げていた。それを知ってか知らずか、あたりのコタツ達は不気味な金属音のハーモニーを奏で続ける。
達也は緊張の糸を一気に張りつめ、持っていた改造携帯レーザー砲に手をかけた。レイも自然と軍刀に手を伸ばす。
「ジジ……ジジジジ……」
しかし、いつまで経ってもコタツ達は襲ってはこなかった。
正面のコタツは一通り達也とレイのことを見回すようなしぐさを取り、最後にはくるりと回って反対方向へと歩き出していく。一体これは……?
「……よく分からないが、ついて来いと言っているらしい」
緊張のさなか、オコタンがポケットの中から声をかけた。一度レイと目を合わせる達也。レイも同じ心境のようだ。
今抵抗してもこの数では勝ち目はない。ここは大人しく従うべきか……
彼らは数多のコタツに連れられて、工場らしき建物の奥へと進んでいくのであった。
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