第25話 旧青森市へ

 その日、達也は即席のスクーター作りに没頭し続けた。戦車の部品を何とかかき集め、二人が乗れるくらいのそれに仕上げていく。


 キャタピラ用の車輪を取り外し、砲手用の席を改造して座席に取り付けた。エンジンやバッテリーも取り付け、丸々一日かけて大まかな形が完成した。


 彼は余った核融合バッテリーやレーザー砲も改造し、それぞれ強力な爆弾や携帯レーザー砲へと生まれ変わった。これで武器には事欠かないだろう。


「よし……あとはこれを取り付ければ……」


 もう辺りは暗くなってきていた。曇った空はほのかに赤く色づき、気温も少しずつ下がり始める。コタツは結局一度も接触しては来てはいない。


 レイが一日中見張り役に徹してくれていたが、時折見かけるものの近づいては来ない様子だったそうだ。


「タツヤ。話したいことがある」

「どうしたんだいオコタン?」


 すると、胸ポケットからはあの渋い男の声が響いてきた。オコタンである。


「この土地に入ってからなんだが……私の中に変な指令が渦巻き始めたんだ」

「指令? 生き残りたいっていうあれかい?」

「それとは違う。どちらかといえばもう一つ、人間を暖めよという指令に近いものだ」

「近い……?」

「ああ。不思議な感覚だ。これは人間を暖めよというものとは違う……人間を幸福にし、そして自らも人間の暖かみに触れよ……そんな感覚に近いのだ。こんな感覚は初めてだ。もしかして、これが友情というものなのかね?」

「ふーむ……」


 どうしたのだろうか。誕生してから時間がたつ中で、彼の中でも変化が表れてきているのだろうか。


 無機質な生存本能から一変、人間と互いに仲良くしろ、とでもいうことなのだろうか。


「ちょっと違う気もするけど……だいたいそうなんじゃないかな。人間のことが少しは分かったかい?」

「もう少し考えてみよう。非常に興味深い感覚だ」


 そう言って、彼はまた静かになった。


「達也。乗り物は完成したか?」


 すると、そこでレイが戦車のあたりへと帰ってきた。帝国軍の制服を纏い、軍刀を腰から下げている。


 ただ、胸につけていた勲章と肩からかけていた襷はなくなっていた。こんな状況で権力を誇示するのは無意味だと、戦車の中に置いてきてしまったのだ。


「もうすぐ完成しそうだよ。暗くなる前に少しでも移動しておこうか?」

「そうじゃな……あまり同じ場所にとどまるのも得策ではあるまい。少し山を下り、目的地を見定めることにしよう」


 こうして、二人は出発の準備を始めた。寝具や食料、武器をスクーターの荷台に積み込み、いつでも出発できるように用意する。


「よーし……完成だ!」


 達也はそういってスクーターのエンジンを起動した。ブゥゥンと静かな起動音とともに、常温核融合炉が起動し、スクーターにエネルギーが供給されていく。


 即席だがそれなりの距離を走ることはできそうだ。


「さっそく出発しよう。もうすぐ日が暮れるからね」

「そうじゃな……達也、少しだけ待ってもらってもよいか?」

「え?」


 スクーターにまたがり、さっそくスクーターを発進させようとする達也。一方のレイは一度スクーターから離れ、遠い空のほうを見上げた。


 あの方向は……確か僕らが墜落してきた方角だろう。


「……」


 彼女はゆっくりと腕を上げ、空に向かって敬礼した。そのまま、しばらく静止する。


 散って行った部下や防衛軍の人々を弔ってでもいるのだろうか。


「待たせたな。行くぞ」

「うん。分かった」


 達也の後ろに乗り込むレイ。そして二人は、生い茂る木々の間をゆっくりとかき分け、山のふもとのほうへと駆けて行くのであった。



 ――――――



「おっ、道だ!」


 日も沈んだ頃、達也とレイを乗せたスクーターは森を抜け、山中に切り開かれた道へと出た。


 長い間手入れされていなかった様子がうかがいとれる古い道。ところどころアスファルトは裂け、草が飛び出している。


「あれは……」

「なんじゃあの光は」


 そしてその道のすぐ先、左にカーブした角の向こうはちょうど森の木々の切れ目になっていた。


 スクーターで近づく二人。目の前には、驚くべき光景が広がっていた。


 切れ目の先、山のふもとのあたりにはまばゆいばかりの光が点在し、輝いていたのである。


 よく見るとそれらは縦横に規則正しく配置され、夜の闇を明るく照らしているのである。


 明らかに人工物だろう。大きな街の夜景にも見える。だが、こんな場所にこんな大都市があるなんて話は聞いたことがない気がするが……


「あれは……旧八戸市ではないのか? 良かった……思ったより遠くへは離れておらんかったようじゃな」

「いや、でも……旧八戸市はまだ完全に復興が終わったわけじゃなかったはずだよ。それなのにあんな夜景だなんて……オコタンはどう思う?」

「……」


 答えないオコタン。胸ポケットから這い出し、夜景のほうを眺めたまま動かない。


「……わからない。だが不思議な誘惑を感じる。タツヤ。私はあの街に行ったほうがよいと思う」

「うーん、オコタンが言うなら……」


 しぶしぶながら、彼は2人の意見に従い、街へと向かうことにした。


 古い山道をゆっくりと下っていくスクーター。不思議なことに、路上でコタツに出うことは無い。オコタンがうまくコタツ達を避けてくれているようだ。


 彼らは下りながら今夜野宿する場所を探した。道の両脇は大体が森で覆われていた。しかし、時折建物の跡のような場所もぽつぽつと見つかった。


 古い旅館やカフェか何かの跡地なのだろう。しかし、上手く建物が残っている場所はない。彼らは、倒木や土砂崩れで通れなくなった道を避けつつ、着実に山を下っていくのだった。


「大分下りてきたみたいだね」


 彼は一度スクーターを停めた。あれからしばらくすると、両脇に続いていた森は無くなり、地面も傾斜が緩くなっていった。


 反比例して周囲の建物跡は増えていき、正面奥の煌びやかな街並みは着実に近づいている。


 今、彼らは小さな橋のようになった道の上で一度停車していた。橋の下には線路が引いてあるようだ。目の前には、崩れた高圧電流の鉄塔が闇の中聳えているのも見えた。


「コタツ領なのにコタツの姿はほとんど見えんな……!?」

「なんだ!?」


 すると、辺りに突然地響きが轟き始めた。ゴゴゴと低い唸りを上げ、細かく辺りが振動する。それは恐ろしい速さで彼らの元に近づいているようであった。


「タツヤ、音源は右下奥からのようだ。時速約300㎞でこちらに近づいてくる」

「300キロ!? 一体何が……」


 彼らが対応策を思いつくよりも早く、その地鳴りの正体は彼らの前に現れた。


「……! 達也、下じゃ!」

「これは……うわっ!」


 彼らの足元、直行するように橋の下に引かれた線路の上を、なんと長い長い列車が凄まじい速さで駆け抜けていった。


 あまりの速さに色や形を判断する間すらない。突風が彼らを直撃し、レイのマントが激しく翻った。達也は、すぐにその列車が向かった先を追おうとする。


 彼らの下を右方向から左方向へと走り抜けたその列車は、ゆっくりと方向を右に曲げ、あの煌びやかな光の海の方へと向かっていった。


あの速さ……唯の列車ではない。仙台付近にしか走っていないはずの新幹線じゃないか!?


「達也! これを見よ!」

「どうした?」


 すると、レイが突然達也の名を呼んだ。振り返ると、彼女は何か橋の上についた看板を指さしている。


 達也が近づくと、朽ち果てた看板には辛うじて読める文字が記されていた。


「……青森市へようこそ……旧青森市!?」

「そのようじゃ。どうやら余らは方角を間違えていたようじゃな。あのふもとに見えていた街は旧八戸市ではない……恐らく旧青森市だったのじゃ」


 なんということだ……彼らは想定していたよりもかなり北側に不時着していたようである。旧青森県の中央部にある山脈の東側でなく、北側に降りていたのだ。


「しかし……ならばあの光は何じゃ……? 旧青森県は全てコタツ領なのじゃろう? 人が住んでいるわけでもあるまい」

「そうだね……」


 達也は何となくあの旧八戸市奪還作戦の時の光景を思い返していた。あの時、コタツに占領されていたはずの旧八戸市は何故かほぼ完璧に復興されていたのだ。


 しかも、21世紀の当時の街並みを再現して……まさか、旧青森市も……?


「どうしよう。引き返そうか」

「そうもいくまい。いくらこのコタツの力があるとはいえ、余らに残された食糧は少ない。ここから南に山を越えるのは難しいじゃろう」

「でも、このまま旧青森市に行ったってどうしようもないだろう? あそこにはコタツがいるんじゃないのかい?」

「それは行ってみんと分からんじゃろう。もしかしたら誰かが本当に住んでおるのかもしれん。それに……余に考えがあるのじゃ」

「考え?」

「さっき余らの足元を駆け抜けていった乗り物を使うのじゃよ。いざとなったらあれを奪い、旧八戸市方面に向かって脱出するのじゃ。この線路が何処へ続いているのかは分からんが……少なくともそう時間をかけること無く旧八戸市の方へ近づけるのではないか?」

「うーむ、確かに……オコタンはどう思う?」

「私もその案と同じ事を考えついていた。だが一つ付け加えておこう。あの街からは多量の同族の気配を感じる。安全とは言い難いな」


 その言葉に、少しの間沈黙が流れた。


「しかし、余らにそれ以外の道は残されておらんじゃろう。飢えとコタツの脅威に怯えて山を越えるよりは、旧青森市への潜入作戦の方が現実的なのではないか? そこのコタツの力をもってすれば不可能ではあるまい」

「だけど……」

「タツヤ。不本意ではあるが今回はその人間の意見に賛成だ。私もその方が生存率は高いと判断する」

「オコタンまで……」


 達也の中にはどうしても胸騒ぎのようなものが残り続けていた。コタツが建設したと思われる都市……そこには一体何があるのか。好奇心もあるが、恐怖心もある。


 それに、コタツ領に降り立ってから色々なことがうまく進み過ぎている気もするのだ。オコタンのお陰でコタツに襲われなかったというのは分かるが、それは本当にそうだったのか……?


 しかし、2人が賛成しているのなら、ここで彼が頑なにそれを拒む動機もない。


「分かった。そこまで言うなら協力するよ。3人であの新幹線を奪取して、旧八戸市に帰るんだ!」


 こうして、レイと達也、そしてオコタンは旧青森市潜入作戦に向け、近くで見つけた廃墟の中で夜を過ごすのであった。

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