第21話 降下
達也は巨大な輸送機の中をとにかく駆けた。初めは達也を追ってきていたコタツもいつかはいなくなり、ほっと胸をなでおろす。
しかし、彼に安息の時間が与えられることはない。引き続き輸送機内には爆音が響き、それに合わせて機体が揺れている。
輸送機の内部はすでにことごとく破壊されており、廊下のあちこちにはコタツの天板がめり込んで壁や床、天井が裂けていた。
そしてその裂けた合間からは複雑に絡み合ったコードやパイプラインが飛び出し、火花や白い煙を散らしている。
ところどころからは火の手も上がり、体を真っ二つに裂かれた帝国軍人の死体やコタツムリとなって倒れ伏した帝国軍人がそこらに転がっていた。
輸送機内部もあの収容室に負けず劣らず地獄絵図と化していたのだ。
「あった! 階段だ」
達也はそれらの合間を何とか駆け抜け、ついに輸送機下部へとつながる階段を発見した。
ここもところどころ天板が突き刺さり、崩れてしまっている。しかし通ることはできそうだ。
「……! 待てタツヤ。上へ行くんだ」
「上? どうして」
「下から同族が上がってきている。左右の廊下の先からも迫っているようだ。このままでは包囲される」
「ぐ……分かった」
その言葉に合わせて、階段の下、そして廊下の先からは不気味な金属音が響き始める。
オコタンは他のコタツの位置を感知することもできるようであった。そんな彼の言うことならば疑う余地もない。
達也は階段を駆け上がり、輸送機のさらに上の階層へと登って行った。
「他の階段を探さなきゃダメか……」
達也は一番上の階層までやってきていた。とはいえ、ここも下の階層と様相はほとんど同じ。
ところどころからは火の手が上がり、兵士たちの死体やコタツムリがそこいらに倒れ伏している。
達也は他の階段を探し、その廊下を再び彷徨った。ところどころ部屋も見つかったが、今は部屋に入っている余裕はない。なるべくコタツを避け、襲われないように道を選んでいく……
「ん? あそこは……?」
達也が廊下をかけていくと、T字型に分岐した突き当りに出た。右方を見ると、階段で数段高くなった場所に、艦橋と書かれた自動ドアが設置されている。
ナンバーロック式の厚い鉄の扉だ。もしかしたら、あそこにあの司令官がいるのかもしれない。
「!」
すると、不意にその自動ドアが開いた。
その扉の奥は煙に満ちていた。加えて、何十ものコタツの鳴き声が交差する。その煙の中から現れたのは、先ほどのあの軍服を纏った一人の少女であった。
相変わらず壮麗なバッジを胸にいくつもつけ、紅白の襷にマントを羽織っている。
「大将殿下! 早くお逃げくださ……ぐああああっ!!」
「井野辺大佐! はっ……」
そしてその瞬間であった。扉の奥、艦橋の内部がすさまじい爆音を上げて爆発したのである。
「うあああっ!!」
爆風に充てられ、目の前の少女は宙を舞った。そしてそのまま、一直線に達也めがけて落下してくる。
「へっ!? ちょっ、うわぁぁぁっ!」
達也は彼女を避けきれず、受け止めることもできず盛大に彼女の体の直撃を受けてしまった。勢いのまま床に押し倒され、彼女の下敷きにされる。
「ったたた……な、貴様は!? なぜここにいるのじゃ!」
すると、彼女は下敷きになった達也の姿を見るなり、彼の体の上から飛びのいた。
そして、その声には見合わない威勢で彼に言葉を投げつける。そのまま、腰にかけた拳銃を抜き、その銃口を達也の方へと向けた。
「うわっ! そ、そんなことより早くここから脱出するんだ! 今は緊急事態だろう!? 敵も味方もない!」
「く……確かに。貴様の言う通りか……」
彼女はそう言うと、一度首を振り、思ったより素直に銃を下した。どうやら物分りはよさそうである。
「じゃがどうする。ここは高度1万メートルの上空じゃぞ? どうやって地上まで降りるつもりじゃ」
「僕に考えがあるんだ」
達也は手早く脱出の手順を彼女に話した。最下層にある戦車に乗り、そのまま降下口から飛び出して降下する。
旧八戸市の基地を占領した時の降下作戦よろしく、この輸送機から飛び降りるのだ。
「なるほど……良いじゃろう。ならば急ぐぞ、こっちじゃ! 付いてこい!」
「え、ま、待ってくれ!」
すると、彼女は一目散に廊下を駆け出した。達也もそれにおいて行かれないよう、すぐに彼女を追いかける。
確かに彼女ならばこの輸送機の構造も知っていそうだ。それならいち早く脱出もできる。幸運なこと限りないか?
「貴様、戦車の操作盤は扱えるか?」
「え、あ、まあ……一応」
「上出来じゃ。補佐を頼むぞ。ところで……貴様以外の生存者はおらんかったのか?」
「僕が見た限りでは……」
「そうか……最早……」
駆けながら、少し顔をうつむかせる彼女。さっきまでの威勢の良い表情とはまた対称的な態度である。
「!?」
しかし、駆けていく達也らの眼前で、廊下の天井が
「チッ……こっちじゃ!」
すると、彼女は近くにあった換気用ダクトのフェンスを拳銃で撃ちぬいた。銃口からは赤い熱線レーザーが飛び出し、鉄製のフェンスをいとも簡単に溶かしていく。
ダクトの広さはかろうじて大人の人間一人が通れそうなほどである。
「これなら最下層まで一気につながっておる! 行くぞ」
フェンスを蹴り飛ばし、彼女はすぐにダクトの中へと消えていった。狼狽する達也を尻目に、コタツは一目散に彼のもとへ迫ってくる。
「うわぁぁぁっ!」
達也は何とかぎりぎりでコタツの掛布団をかわすと、その換気ダクトの中へと飛び込んだ。
何とか壁に体をひっかけ、減速しながら下へ下へとダクトの中を降りていく。
「わっ! てて……」
しばらくすると、ダクトは滑り台のように傾き、そして外へと達也は飛び出した。思ったより勢いよく出てしまい、彼は鉄板が敷かれた床に思いっきり尻餅をつく。
そこは最下層の貨物室のようであった。長い長方形になった部屋。辺り一面炎に包まれ、鉄でできた床、壁、天井全てを焼いている。
そしてそのうち1つの長辺の壁には大小いくつものカーゴドアが並び、近くには数両、北日本帝国軍の黒い戦車が残されていた。どうやらここから兵士や戦車が降下するらしい。
奥の方には蠢くコタツの姿もちらほらと見えた。その代わり、生きた人間の姿は全くと言っていいほど見当たらない。皆戦死したかコタツムリとなってしまったのだろう。
「急げ、乗り込むぞ!」
「分かった!」
レイは達也を先導し、最も近くにある戦車のハッチを開けると、すぐにその中へと滑り込んだ。
それに続き、達也も戦車の中に乗り込む。防衛軍で戦車は一応操縦が出来るように訓練されている。以前旧八戸市奪還作戦で乗り込んだ工作車とまあ大体同じだ。まあ、国が違うとなるとあまり自信はなくなってしまうが……
「よし、エネルギーは満タンじゃな。あとはエンジンを起動して……貴様、名は何じゃ?」
「炬立達也です」
「よし、じゃあ達也。貴様に主砲と副砲を任せる。まず主砲で目の前のドアをぶち破るのじゃ!」
「りょ、了解しました!」
彼女の威勢に思わず敬語になる達也。上官でもないのに、まるで本当に上官と接しているような気分にさせてくれる。
エンジンが起動し、小刻みに振動を始める戦車の中、達也はすぐに戦車主砲の砲手席に座った。そしてタッチパネル式の操作盤を操作していく。
「操作は……大体同じかな……?」
目の前には青く輝く操作盤。そこには熱線レーザー式主砲のエネルギー充填率や照準、砲身温度などが表示されている。
操作盤の横には発射ボタンも備え付けられている。今のエネルギー充填率はまだ40%程だ。今さっきエンジンを起動したばかりではまだ主砲を撃つことはできない。
「よし、もうこっちは大丈夫じゃ。主砲はどうなっておる?」
「こちらまだエネルギー充填率が50%です。発射可能まであと40秒!」
その時だった。金属と金属がぶつかるかのような音を立て、突然戦車に重い衝撃が走ったのである。
「何だ!? チッ、もう勘付いたか」
「く、副砲で応戦します!」
そう叫び、今度は副砲の操縦席へと移る達也。こちらの武器は熱線レーザー式の重機関銃のようであった。発射は今すぐできそうである。
操作盤をタップし、外の映像を表示させる。すると、画面には炎と共に多数のコタツが達也らの乗る戦車へ向かってきているようであった。
「車輪の一部が損壊したか……じゃがまだ走れんこともないか?」
「うわぁぁっ!」
達也は叫びをあげ、重機関銃でコタツ達を次々と銃撃していく。赤い熱線レーザーが秒間何十発とコタツ達の下へ飛翔し、それらの掛布団や骨格を焼いていく。
しかし、その大半はコタツの天板によって弾かれてしまった。それでも達也は、飛び上がって天板砲を撃ち込もうとするコタツを優先的に狙い、天板砲の発射を防いだ。一進一退の攻防である。
「達也、主砲はもう撃てるか!?」
「あ、あと10秒です!」
主砲の操作盤を見て、すぐさま彼は副砲から離れ、主砲の砲塔へと戻った。外の映像には今だ大量のコタツ。砲撃可能までのカウントダウンがひどく遅く感じる。
「!?」
そしてその瞬間だった。再び戦車が激しい揺れに襲われたのである。今度はコタツの攻撃によるものではない。この輸送機全体が崩壊を始めたのである。
「急げ、主砲を撃つのじゃ!」
「発射まであと5秒!」
傾いていく輸送機。それに合わせて、ガラガラとコタツや物が下方へと流れていく。達也も重力に押し流されそうになったが、必死の思いで主砲の操作盤に食らいついた。
激しい爆音を上げ崩壊していく輸送機。この貨物室の内部もとうとう所々爆発し、この戦車の下へと一気に火の手が迫ってくる。
「まだか!?」
「3、2、1……発射!」
爆発の炎が戦車の寸前まで迫った瞬間、カウントダウンが終了し、達也は間髪入れる間の無く主砲をカーゴドアに向けて放った。
「よし、しっかり捕まれよ!!」
激しい爆発と共にドアには巨大な穴が空き、すかさずレイは戦車のアクセルを全開にする。
「わわっ!!」
傾いた重力はすぐに慣性へと変わり、次には無重力へと変わった。モニターに映る風景が一面の炎から青空に変わる。戦車は貨物室から大空へと飛び出したのである。
そしてその瞬間、今の今までいた貨物室の辺りが大爆発を起こした。それに連鎖するように、輸送機全体は激しい炎に包まれ、黒煙を上げて地面へと墜落していく。
巨大な翼は折れ、エンジンは全て炎の塊と化している。間一髪だった。彼らは輸送機からの脱出に成功したのである!
「落下傘展開!」
レイが叫ぶとともに、無重力はすぐに終わりを告げた。戦車の上部に巨大なパラシュートが開き、落下速度が減衰する。
戦車が降下するよりも先に、炎と大量のオフトゥンに包まれた輸送機は分厚い雲の中へと消えていった。
「はぁ、はぁ……間一髪じゃったか」
「危なかった……」
その光景を見て、つい胸をなでおろす2人。椅子にもたれかかり、張り詰めた緊張をほぐしていく。
「そうじゃ、他の機は!?」
そんな休息もつかの間、レイはすぐに体制を戻し、モニターを凝視する。すると、遠い北の空の彼方に、黒煙を上げつつも飛行を続ける他の輸送機の姿を1機だけ見つけることができた。
それ以外の輸送機は全滅したのだろうか。
「あれは……2番機か。それならミサオは無事か……? しかし、それ以外は全滅か……」
モニターを見ながらそんなことを呟く彼女。その声には重い影が宿っているようにも感じた。拳にも力が入り、わなわなと震えている。
達也は駆ける言葉も見つからず、そのまま黙りこくる。利市が無事かどうかも気がかりである。
そのまま、戦車は厚い雲の中へと入っていった。それまでは遠くに追ってくるオフトゥンが何匹か見えたが、雲の中までは追ってくることは無かった。
そして彼らは、コタツ領たる旧青森県のど真ん中へと向け、降下していったのである。
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