第20話 奇襲

 その後、旧八戸市に駐留していたナトリ連邦防衛軍の兵士達の一部は、捕虜として北日本帝国軍の朱雀級輸送機に乗せられていった。


 手錠をはめられ、成す術もなく彼らは大口を開けた輸送機の中へと歩まされていく。


 輸送機の定員は大体5~600人程らしく、5機合わせて旧八戸市に詰めていた防衛軍のうち約半数が乗せられたようである。


 達也は不運なことに利市とは離れ離れとなり、あのレイとかいう女大将が乗り込んでいった旗艦へと乗せられることとなった。


 オコタンを胸ポケットの中にしっかりと収め、静かに周りの兵士と共に旗艦の中へと歩んでいく。改めて近づくと輸送機の巨大さがますます感じさせられた。高さだけでも50メートルは軽くありそうだ。


 今まで見たどんな兵器よりも大きい鉄の塊である。一体どうやって飛んでいたのだろうか。


 そんな輸送機の中を彼らは連行されていき、最後には広い殺風景な収容室に何十人かごとに分かれて入れられた。


 四方が鉄で閉ざされた無骨な部屋。入り口は電子錠がかけられ、小さな窓が外側に点々と付けられている。


 どうやらこの輸送機の中はいくつもの階層に分かれているようだった。入り口付近の最下層は武器庫や兵器庫も兼ねた射出口、上の階は兵舎区画や待機スペースになっているらしい。


 輸送機の中は大半が鉄の壁や床がそのまま露出した無骨な作りだったが、上の階層に上れば上るほどそれなりに塗装や整備が施されていった。


 全員の乗り込みが終わったのか、しばらくすると激しい揺れとともに輸送機は発進し、北へと向かって離陸した。


 窓の外の街並みがみるみる小さくなっていくのが分かる。辺りの兵士たちは皆、この先の不安や帝国軍への憤りなんかを思い思いにまき散らしていた。


「タツヤ。このままではまずいのではないか。何か脱出の手立てを講じるべきだ」


 例に漏れず不安な心境にさいなまれるタツヤ。ナトリグラスもなく、利市もいないこの状況ではあまりにも心細い。


 そんな彼に語りかけるのは、低い男の声であった。だがそれは他の兵士ではない。彼の胸ポケットに収まったミニチュアのコタツ、オコタンである。


「そうは言ってもなぁ……ここはもう空の上だよ? いったいどうやって脱出するっていうのさ」

「しかし脱出しなければタツヤも私も無事では済まないだろう。私に考えがある」


 あくまで周りの人々に怪しまれないように会話を交わす達也。しかしあたりの防衛軍の兵士たちも動揺で彼のことなど全く構っていない様子である。


「考え?」

「ああ。先ほどこの輸送機から沢山の人間たちが降下していったのだろう? それならこのどこかに安全に降下できる装備があるはずだ。それを探して飛び降りればいい」

「なるほど……でも、今降下しても下はコタツが支配する領域じゃないのかい? それだったら降りても一緒なんじゃ……」

「……確かにその通りだ。それなら戦車を奪って降下してはどうかね? おそらく、それなら降下するための装備を探す手間も省けるだろうし、地上でも機動力と防御力をそれなりに得られる」

「戦車か……どうだろう。これだけの人数を乗せられるほどまだ残っているかな」

「タツヤ。私は君と私以外のことは考慮に入れていない。私は自分の生存に関与しないことには興味がないのだから」

「ああ、そうだったねオコタン。君がそういう性格なのをすっかり忘れていたよ」

「性格というのは正確な表現ではないなタツヤ。これは私の本能だ。君たちが食事をするようなことと同じなのだよ」

「はいはい」


 達也は淡々と自らの主張を述べてくるオコタンから一度意識をそらすと、取りあえず辺りの様子を見まわした。


 それなりの広さの殺風景な部屋に、50人ほどの兵士が詰められている。とはいってもそこまで狭すぎるということもない。一人ひとり十分なスペースは確保できている。入口は一つ。窓とは反対側の壁につけられた頑丈な鉄の扉だけである。


 達也は一度その入り口の扉のほうへと歩み寄り、その扉を観察した。電子ロックがかけられ、中からはまず開きそうにない。


 強引に張り倒そうにも、窓すらない分厚い鋼鉄の扉である。人間の力ではまず無理だろう。


「まいったな……オコタン、外にだれか帝国軍の兵士はいないかい?」

「ふむ……扉の外側に二人、壮年の男がいるようだ」

「会話は聞き取れる? もしかしたら脱出のヒントがあるかもしれない」

「やってみよう」


 そう言って、オコタンは静かになった。おそらく集中して聴覚を上げているのだろう。


『……流石は大将殿下だ。あんな短時間で叛徒どもの基地を制圧してしまうとは……事実上の無血占領ではないか?』

『ああ。やはりあのお方の軍事的才能は本物だよ。噂じゃ皇族の血の力を使って出世したんだろうなんて馬鹿にする輩もいるらしいが、まずありえないね。伊達にあの若さで大将まで上り詰めちゃあいない』


 すると、オコタンの方から別の二人の男の声が聞こえてきた。どうやっているのかは知らないが、彼がスピーカー代わりにでもなっているのだろうか。


『ま、殿下の元帥昇進もこれならそう遠くはないな。今は艦橋にいらっしゃるのかな?』

『そうじゃないか? あの方は常に最前線におられるからな。帝都の司令本部でふんぞり返ってるだけの皇兄元帥閣下とは大違いだ』

『おいこら、さすがに今のはまずいだろ』

『いいんだよ。俺たちは帝国軍じゃなく、あのレイ大将殿下に忠誠を誓ったんだ。容姿は可愛らしいのに俺たちなんかよりよっぽどカッコいいんだぜ? 憧れるに決まってるだろ』

『まあ、それもそうか』


 どうやらレイ大将というのは相当に部下からの信頼が厚いらしい。まあ確かに、あの旧八戸市の防衛基地を1時間もかからずに占領してしまった手腕は見事だった。


 周到な準備と部下全体への完璧な情報伝達がなければ不可能なことだろう。恐ろしい統制力である。


「うーん……有益な情報はなさそうだね。もう少し様子を見た方がいいかなオコタン」

「……」

「オコタン?」


 しかし、オコタンからの返事はなかった。別にもう外の兵士の声を通しているわけでもない。胸ポケットの中で静止し、そのまま動かないのである。



「オコタン、どうしたんだい?」

「……来る」

「来る? 何が?」

「私には分かる。来るんだ。この特有の感覚、1つじゃない。10、100、1000……おお、分かる、分かるぞ……! 私の同族だ!」

「同族? まさか……」


 初めてオコタンは興奮するかのような声を上げた。これまで感情もなく、淡々とした説明口調を続けてきたオコタンが、初めて荒げるような声を上げたのである。


 そしてその時だった。低い爆音があたりに鳴り響いたかと思うと、輸送機全体が激しい揺れに襲われたのである!


「うわっ!?」


 一気に動揺に包まれる兵士たち。達也も思わずバランスを崩し、鉄がむき出しになった床に転げてしまう。


「ててて……」

「おい、見ろ!!」


 すると、兵士の中の一人が窓の外を指差した。顔には恐怖の表情。達也も周りの兵士も、それにつられて窓から外の景色を見る。


 すると、窓の外には無数の白い布のような何かが、この輸送機と平行に飛翔していた。くねくねと体をくねらせ、次々にこちらへと近づいてくる。


 間違いない……無数のオフトゥンだ!


「オフトゥンだ! まずい、逃げろ!」


 大混乱に陥る防衛軍の兵士たち。多くの人が扉に殺到し、開けろ開けろと鉄の扉を叩く。達也はその人の群れに弾き飛ばされ、再び尻餅をついてしまった。


 先ほどの大きな揺れから、継続的に無数の小さな揺れと爆発音が連鎖している。おそらく、外からオフトゥンからの攻撃を受けているのであろう。


「!!」


 そして、ひときわ大きな爆発音が鳴り響いたかと思うと、その部屋の窓側の壁の一部が弾け飛んだ。枕爆撃の一発が命中したのだ。


 気圧差により、一気に部屋の空気が吸い出され、それに巻き込まれて数人の兵士が外へと吐き出されていく。達也は何とか近くにあったパイプにつかまり、難を逃れた。


 しかし一難去ってまた一難である。壁に空いた大穴から、地上形態となったコタツたちが次々と侵入を開始したのである。


「ぐわぁぁあっっ!!」

「助けてくれぇっ!!」


 地獄絵図となった収容室。皆逃げ場もないままコタツにつかまり、腑抜けにされていく。


 扉の近くにいた兵士たちは真っ先にターゲットとなり、数多くのコタツが殺到して人々を食い荒らしていった。


 コタツの一部は人々をとらえたまま、またオフトゥン形態へと戻り外へと出ていく。そして出た先からはまた次々とコタツが侵入し、兵士たちをとらえていった。


「オコタン、手錠を!」

「分かった」


 達也は真っ先に手にはめられた手錠をオコタンの天板砲で破壊してもらった。そのまま、部屋の入り口の方へと駆ける。


「はぁ……はぁ……く、開けてくれ! お願いだ!!」


 達也は何とか狂乱の合間を縫い、その部屋の扉のあたりまでたどり着いた。さっきまでそこに殺到していた兵士たちは逃げまどい、四散してしまっている。


 しかし、やはりその扉が開くことはなかった。叩けど殴れど、その分厚い鉄の壁はピクリとも動こうとしない。


「はっ!」


 すると、狂乱の合間を縫って、達也の背後に忍び寄るコタツの姿を彼は捉えた。まずい、今は完全に丸腰状態だ。彼は扉に背を合わせ、それと対峙する。


 こんな状態で襲われれば、抵抗する余地もなく掛布団に取り込まれ、生ける屍と化すことだろう。


「……?」


 しかし、そのコタツは動かなかった。3メートルほどまでの距離まで近づくと、そのまま動きを止めたのである。


「ジジジ……ジィィン……ジジ……」


 すると、胸ポケットのあたりから何か音が響いてきた。オーブンが起動するようなあの独特の音。コタツの鳴き声である。


 オコタンがひっきりなしに鳴き声をあげているのだ。彼がこんな風に鳴き声をあげているのは見たことがない。


「ジジ……違う……ジィィ……そうではない……私は違う……」


 鳴き声に混ざって断片的に聞こえてくるオコタンの声。なんだろう、あのコタツと交信でもしているのだろうか。とにかく、この場はオコタンに任せるしかなさそうだ。


「……ジジジ……なるほど……だが違う……お前たちは……そうだ……駄目か。なら……タツヤ、避けろ!」

「えっ!?」


 咄嗟に、目の前のコタツが飛び上がり、達也めがけて天板砲を繰り出した。


 オコタンのおかげで一瞬早く反応し、天板をかわす達也。天板は達也の後ろにあった扉をいとも簡単に破壊し、通路側の壁に大穴を開けた。


 達也はまた思いっきり体制を崩し、床に体全体を打ち付ける。


「タツヤ今だ、ここから逃げるぞ」

「分かった……!」


 達也はすぐに体勢を立て直すと、いまだ狂乱のさなかにある収容室を背に、壁に空いた穴から輸送機の内部へと逃れていくのであった。



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