第19話 皇女降臨

 彼らの眼前、北方の空には十を超える巨大な黒い塊がこちらへ向かって飛翔しているのが見えた。


 形はまるで太ったカラスのよう。太い鋼鉄の胴体は黒く太陽の光を反射し、そこからは長い二枚の翼が生え、いくつものジェットエンジンがこぶのようにくっついている。


 それらは渡り鳥のようにV字型に並び、一直線にこの基地の上空へと向かって飛行しているようであった。


「な、あれは……」

「北日本帝国軍の朱雀スザク級輸送機じゃねえか!? どうしてこんなところに!?」


 驚嘆の声を上げる利市。見れば、全てのそれらの機体の脇には全て、北日本帝国の国旗である旭日旗きょくじつきが塗装されていた。


 さらに、V字型の先頭を行く輸送機には所々金色の装飾が施され、菊を象ったような紋章も旭日旗の隣に輝いている。恐らくあれが旗艦なのだろう。


 そして菊を象ったあの金色の紋章は確か……北日本帝国の皇室の紋章である!


『日本統一を妨げる叛徒はんとどもよ。これよりこの基地は北日本帝国南方軍が配下に置く! 無駄な抵抗を止め、大人しく投降すれば命だけは助けてやろう』


 すると、基地中のあらゆるスピーカーや通信機器から、若い女性の声が鳴り響いた。若いとは言っても、寧ろ幼い印象を与えてくれる。


 しかしその声の威勢や張りは、そんな声質をもって余るほどに強烈であった。


 そして達也たちが茫然と見つめる中、輸送機はあっという間に基地の上空へと到達し、その胴体の下部からは何十両にも及ぶ黒い戦車、及び何百人もの兵士がパラシュートにて降下を開始した。


「ま、まずい……急いで迎撃態勢を取るんだ、早く!」

「こ、これは……」


 そう言ってまた基地の中へと消えていく少佐。達也も利市も、突然のことに呆気にとられ、上手く足が動かない。


 コタツならともかく、まさか北日本帝国軍が攻めてくるなど全くの想定外であったのだ。


 ナトリ連邦旧八戸市防衛基地は、突然の奇襲に全く迎撃する事も叶わず、帝国軍の降下を許すこととなるのであった……



 ―――――



 それは見事な電撃作戦であった。降下した帝国軍の兵士は連邦防衛軍が混乱する最中、次々と基地の要所を占領していった。


 いち早く中央の司令部を占拠し、滑走路、兵舎、武器庫、そして通信施設を占領した。局所的に戦闘が起こったものの、まるで何十度も想定されつくしたかのような動きに、防衛軍は成す術もなく降伏、投降していったのだ。


 まっさきに司令部が落とされ、司令官である山木少将が武装解除を命じた防衛軍に最早反撃の余地は無かった。


 利市と達也も取りあえずは屋内に逃れたものの、すぐに駆け付けた帝国軍の兵士に取り囲まれ、拘束されてしまった。


 全く抵抗の余地も与えられず、持っている武器は完全に放棄させられたのである。ナトリグラスもブラスターもマシェットナイフも没収されたが、ポケットの中のオコタンだけは何とか見つからずに済んだ。


 次々と帝国軍が降下し、投降を余儀なくされていく防衛軍。先ほどまでグリーンジャケットの軍人たちが歩いていた基地の中は、黒く、鳥を象ったような胸章が刻まれた軍服を纏う北日本帝国軍の軍人で満たされていた。


 達也も利市も、そんな風景の中を、滑走路の方へと向かって連行されていく。


「ったく……もうすぐ仙台に行けるってときに何でこんな……タイミングが悪いったらありゃしねぇぜ」


 黒服の軍人達に連行されながら、利市は小さく毒を吐いた。


 彼の両腕は電子手錠により堅く拘束されている。この状態で抵抗するのは無理そうだ。


「一体何でこんな……どうして今帝国軍が侵攻を……?」

「おいうるさいぞお前ら! 黙って歩け。大将殿下がおいでなのだ。ぐずぐずするな」

「大将殿下……?」


 すると、そんな2人を後ろにいた帝国軍人が怒鳴りつけた。40代も後半に差し掛かりそうな壮年の男。


 顔の堀は深く、がたいもかなり良い。身長も利市より高そうだ。もしかしたら二メートルを越しているんじゃないだろうか。


 そしてよく見ると、辺りの軍人の胸章は少しずつ違いがあるようだった。鳥の羽の部分の数が違うし、そもそも全体の形も違う。


 今彼らを怒鳴った男は羽が一枚だ。あれが階級章の代わりにでもなっているのだろうか。


「少尉殿、大将殿下より作戦は予定通り完了したとの仰せがありました。予定通り、敵の捕虜を滑走路に集めよとのことです」

「うむ。大将殿下は御身おんみさらして帝国軍の権威を叛徒どもに知らしめるおつもりらしいな。急げ、殿下をお待たせするわけにはいかん」


 そう言って、動きを速める帝国軍の軍人達。達也や利市を始め、大勢の防衛軍兵士たちが武装を解除させられ、八戸市の防衛基地に敷設された滑走路の方へと連れられて行った。


 空爆の効かないコタツに戦闘機や爆撃機を建造しても無駄である。


 しかし時々演習や基地同士の移動のために航空機を利用することもあり、この防衛基地には滑走路が敷設されているのだった。


 ここには旧航空自衛隊の基地もあったため、そこに残された滑走路をそのまま流用していたという理由もある。


 未だ空からはパラシュートで何百人という兵士が降下し、空は大小さまざまな水玉模様で覆われている。


 そして空では先ほどの巨大な輸送機が旋回し、下部の辺りから兵士をまき散らし続けているようであった。


 滑走路の周辺には既に3000人を超えるであろう武装解除された防衛軍兵士が集められ、周りの帝国軍の兵士に銃を向けられながら、強制的に整列させられていた。


 そしてそれらの前方、より滑走路に近い辺りには帝国軍の兵士が整列し、空を見上げている。滑走路上は綺麗に明け渡されていた。


「ほら、お前らはそこだ。大人しく並べよ」


 すると、利市と達也は滑走路の一番端、芝生の上に並んだ防衛軍兵士の一番右前に並ばされた。


 更にその右と後ろに、後から連れられた防衛軍の兵士たちが並んでいく。すぐ前には銃を構えた帝国軍の兵士が横並びにこちらを向いている。


 誰も彼も熟練しきった壮年の兵士ばかりだ。相当の精鋭の兵達に違いない。


「大将殿下が降りられるぞ! 全員敬礼!」


 すると、空をかけていた輸送機の内の一機、V字の先頭を飛行していた機が降下を始めた。


 日光に菊の紋章が輝き、ゆっくりと滑走路めがけて降りてくる。それに合わせて、並んでいた帝国軍の兵士たちは一斉に敬礼した。


「なかなかギラギラと目に悪いじゃねえか。なぁ?」

「う、うん……」

「タツヤ。このままでは互いにまずいのではないのか? 逃げる策を考えるべきだ」

「逃げるって言ってもなぁ……この状態じゃ無理だよ。取りあえずは殺されるわけでもないみたいだし、様子を見た方がいいんじゃないかな……」

「はぁ~。俺の夢の参謀本部勤務が溶けていくぜ……」


 こそこそと話し込む利市と達也。オコタンも流石にこの状況を打開する策を思いつきえないらしく、静かにまた黙り込んでしまった。


 そんなことをしていると、あの輸送機の旗艦は滑走路へと着陸した。


 巨大なタイヤをアスファルトにこすりつけ、重い音を上げて達也たちが並んでいる方めがけて進んでくる。旗艦の後ろにもさらに二機ほど追従して降下してくるのが見える。


 そしてそれらの輸送機はごうごうと低い唸りを上げ、ゆっくりとスピードを落としていった。


 しばらくすると達也たちの目の前まで迫り、滑走路が終わるすれすれで停止する。


 直後、輸送機の平たい正面下部がゆっくりと開いていった。そのまま、開いた扉は地面と輸送機を繋ぐ橋となる。そしてそこには、数人の帝国軍の軍人達が。


「叛徒どもよ聞くがよい。我が名は源レイ! 北日本帝国軍大将にして南方軍の総司令官じゃ。これよりこの基地は我が南方軍が配下に置く! 残った捕虜共は余と共に本国へと輸送するのじゃ。大人しくしておれば、命と最低限の生活は余が保証してやろうぞ」


 旗艦から現れた軍人たちは皆上級将校ばかりのようであった。


 特に先頭に立ち、堂々たる声を上げる軍人はいくつもの勲章らしきバッジに紅白のたすきを軍服の上からかけ、更に裏地に赤を取った黒いマントを肩から下ろしている。腰元には地面に届きそうな長さの軍刀が。


 驚くべきことに、その軍人は若い女性であった。しかも見た目だけならば若いというよりも幼いというのが適切な見た目。


 背は周りの軍人に比べて二回りは低く、漆黒の長髪をハーフアップで纏めている。顔もまだあどけなさを残す幼い顔つきだが、その言葉と目元の力強さはただの少女とは一線を画するものを感じさせてくれる。


 彼女が言い終えると、辺りからは大将殿下万歳という掛け声が一斉に響き渡った。よく聞くと、皇女殿下や第一皇妃殿下などという言葉も聞こえてくる。


「源レイ? どこかで……」

「あいつは……北日本帝国の第一皇女じゃねえか! 軍籍にあるってのは聞いてたが、なんでこんなところに……!?」

「早速五機に分かれて捕虜を本国へと輸送するのじゃ! 残りの人員はこの基地及び周辺の村や町の維持に務めよ。一度皇帝陛下に作戦成功の報を言上申し上げたら、余も再びこの基地へと戻って来ようぞ。急げ!」

「はっ!!」


 それだけ言って、あの軍服を纏った少女はマントを翻し、輸送機の中へと消えていった。


 副官と思われる近くの将校に話しかけると、彼らは外に出て、捕虜輸送の指揮を取り始める。


 こうして、平穏と思われた北方防衛軍での最後の日に、雷鳴の如く北日本帝国の皇女が降臨したのである!


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