第17話 オコタン誕生
冬休みも明け、一週間ほどが経った。
達也は学校から帰り、自宅へと戻ってきていた。さらさらとした雪の降る外をスクーターで駆けてきた彼。旧図書館に入るなり、彼を暖かい空気が包み込む。
彼はかじかんだ指を温めながら厚手のコートを脱いだ。そしてそのまま、本棚の片隅に作られたガレージを通り抜け、作業室の扉を開ける。
「はぁー寒い寒い寒い……やっぱりこの季節はしばれるねぇ」
「やあお帰りタツヤ。なんだ、頭に白くて冷たいものがついているぞ? それが雪というものかね」
すると、机のあたりから低い男性の声が響いた。かなり落ち着いた、渋めの俳優のような声である。
「そうだよ、これが雪さ。触ると溶けて水になるんだよ」
「それは知っている。233冊目の本に載っていた」
彼が机を見やると、淡いランプの光に当てられて、小さなコタツが開いた本の上に乗っていた。達也が人工知能を搭載して作成した、あの人工コタツである。
彼はいつもいつもそうしているのだ。時々机の上に新たに置かれたパソコンでインターネットへアクセスしていることもあるが、大半は読書をしている。
彼曰く、本のほうが落ち着いて情報を得ることができるのだという。もちろんコタツに目はない。どうやって読んでいるのかはよく分からないが、彼自身は達也と同じ景色が見えているらしい。
達也はまだ彼を図書館の外に出したことがなかった。見つかれば大混乱は避けられないだろう。よって、この少しかび臭い作業室に留まるよう指示したのである。
それには彼も素直に賛成した。だがいつかは外にも行きたいと時々漏らすこともあった。
「本当に君は読書が好きだね。僕はほとんど読んでないのに」
「好きという感覚はよく理解できない。しかし、私に多くの知識を与えてくれるという点では、私の本能に沿っていると言える」
「なるほどね……君の本能は知識を得ることなのかい?」
「ああそうだ。しかし根源的には違うともいえる。知識の増強はおそらく、何か後天的な影響による本能なのだ」
「後天的……?」
「私もよくわからない」
「じゃあ先天的な物があるっていうことなのかい?」
「恐らく」
そう言って、彼は一度本のほうに意識を向けるのをやめた。体を気持ち達也のほうへ向け、言葉を続けていく。
彼の何となく無機質な口調は、あのLV.3の口調を彷彿とさせた。しかし、幸いなことに記憶は受け継いでいないようである。彼はまったく別、まったく新しいコタツなのだ。
「私が意識を持った直後、私の中にはある一つの指令が渦巻いていた。それはすぐに消え去り、別のものへと置き換わってしまったのだが……今思えばそれが本来の本能であったのかもしれない」
「消え去った? いったいそれはどんな指令だったんだい?」
「『ニンゲンという生き物を暖めよ』。今の言葉に直すとこのようなものだったと思う」
「人間を……?」
つまりそれはどういうことなのだろうか。人間を暖めろとは……やはり、人間を滅ぼすということとは違うのだろうか。
「じゃあ、その入れ替わったというのは?」
「『とにかく生き残ること』。それに関しては今も同じだよ。私は常にこの指令に基づいて行動している。タツヤと共に住んでいるのも、外へと出ないことを許諾したのも、知識を拡充しているのも、その指令に反せず、むしろ遂行の助けとなるから行っていることだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「なるほどねぇ……」
なかなか冷たい答えである。これが生存本能とでもいうべきものなのだろうか。とにかく生き残ることを本能とし、それに忠実に生きる。
彼自身、これまでも何度も達也に向かって友情や感情について質問し、毎回毎回よく分からないなどと言って反論していた。友情などというものに関しては、彼にはまだ理解できていないようだ。
「それとタツヤ。扉の外にいる人間は何者だ?」
「えっ……?」
その言葉に、彼の心臓が小さく跳ねた。達也はすぐに扉のほうへと振り返る。閉じられた黒い木製の扉。窓はなく、右のほうに金色のレバー式のノブがついている。
まさか、泥棒か何かでも入られたか? 彼は恐る恐るその扉へと近づき、そのまま扉を開いた。
「なっ! うわわっ!?」
すると、扉を開けたとたんに背の高い男が一人、中へと転がり込んできた。
相当扉にもたれかかっていたらしく、突然のことに書庫の中へと転げてしまう。ウェーブがかかった黒髪に達也と同じ黒い学ラン。利市である。
「り、利市!? どうしたんだい!?」
「いたたた……いきなり開けるとはなんだよまったく……」
すると利市は打ち付けた腰のあたりをさすりながら、ゆっくりと体勢を立て直す。
「いやあ最近お前の付き合いが悪いのを心配してな、翔奈が様子を見て来いってうるさいんで来てやったんだよ。ケケケッ、誰かいい女でも捕まえて遊んでんじゃねえかと心配だったんだろうぜ。しかし……」
部屋を見渡す利市。しかしそこに達也以外の人影はない。
「今お前と喋っていた男は誰なん……」
しかし、彼がそれを言い終える寸前のことだった。何か小さな塊がすさまじい速さで飛翔し、利市の頬を鋭くかすめたのである。
それは高い風を切るような音を立て、部屋の外にあった棚を直撃する。あまりの勢いに棚は一部破壊され、置いてあった道具などが床に散乱した。
「痛っ!? な、なんだ今のは?」
「な、まさか……」
達也はすぐに机の上を見た。すると、あのコタツが利市のほうを向き、そのまま静止しているではないか。
頭の上に天板はない。間違いない、彼が天板砲を利市に向けて放ったのだ。
「どうして利市を攻撃した!? 危ないじゃないか!」
「その男は危険なのだタツヤ。一部とはいえ私のことを知ってしまった。殺さなければ私の存在が世に知られ、生命の危機に陥る可能性がある」
言いながら天板を再生させていく彼。警戒に満ちた構えは解こうとしない。
「ま、待ってくれ! 彼は僕の親友だ、危険なんかじゃないよ!」
「な、何だこいつは!? 小っちゃいコタツが喋ってやがる!」
達也と利市の動揺の声が交差する。机上のコタツはそれでも警戒を解こうとはしない。
「親友か……私には理解できない概念だ。君には他の個体の思考が読めているわけではないのだろう? それなのに無条件に他の個体を危険ではないと言い張るのには根拠が乏しいのではないのかね」
「そんなことはないさ。長い間付き合えば、相手のことは嫌でも理解できる。根拠はそれさ。僕はそれをコタツに理解してもらうために君を作ったんだ。もし、それでも君が理解せず、利市を傷つけようとするなら……僕は君を壊さねばならない」
「……」
すると、コタツはそのまましばらくの間沈黙した。達也の口調も、珍しく厳しいものに変わる。一方の利市は何が起こっているのかわからず目を丸くするのみだ。
「……なるほど。理解はできないが、興味深いことではある。親友とは、他の個体にも攻撃反応を連鎖させうるものらしいな。それで2対1となっては、私の方が圧倒的に不利なようだ」
そう言って、彼は警戒の構えを解いた。前かがみになっていた身体を元の水平状態に戻し、机の真ん中の方へと歩んでいく。ほっと胸をなでおろす達也。取りあえずは何となかったようだ。
「ふぅ……」
「おい達也。しっかり説明してもらおうか? ん?」
「実は……」
達也は事の顛末を利市に話していった。ずっと人工コタツの製作を目指していたということ。先日の旧八戸市奪還作戦の際、撃破したLV.3コタツの核を一部持ち帰ったこと。それを作成しておいた骨組みに取りこんだら、身体が復活して遂に人工コタツが動き出したということ。
そして、利市にもらったあの人工知能を搭載したら、本を読み漁り、流暢に会話が出来る程度まで知能が成長したということも。
「なるほどな。お前が突拍子もなく人工知能を作れとか言いだしたのはこういうことだったのか」
「隠しててごめん。でも利市は反対すると思って……」
「馬鹿言え、中々お前にしては面白いことをやるじゃねえか達也、え? そんな面白いことを俺に隠してやろうなんざ現金な話じゃねえか」
利市から返ってきたのは少し予想外な反応であった。一応彼も親をコタツに殺された男とされるである。
まさか自分たちでコタツを作成するなんぞ嫌な顔をするのではないかと思っていたものだが、彼の強い好奇心の前にその心配は杞憂に終わったようである。
「利市……焔利市……そうか。私はその男を知っているぞタツヤ」
「え、利市のことを?」
「そうだ。私の記憶の片隅に焔利市の名前があった。もしかしたら、私に知能を与えたのはその男なのではないか?」
「その通りだぜミニコタツ。お前は俺が作成した人工知能のプログラムを搭載してるんだ。いわば父親みたいなもんなんだぜ?」
「父親……本来の意味とは大分違うようだが。どちらかといえば私を直接作成したタツヤの方が近いように思える」
「なんだ、あいつ中々頭が堅いみたいだぜ」
「ははは……まだ生まれたばかりだからね」
利市はコタツの言葉を聞くや否や、彼は達也の耳元に顔を近づけ、そっと囁いた。達也の方も苦笑いを返すことしかできない。
「ま、お前がさっき言ってた話についても安心しな。俺は外の連中にお前の存在をばらしたりはしねえよ。軍の連中も俺達の画期的な発見を無視しやがったし、もう信用しちゃあいねえ」
「ふむ……信用するには根拠に乏しいが、私に知能を与えてくれた相手というなら話は別だ。体の小さい私の生存には知能が必要不可欠だからな。もしかしたら、更なる知識の拡充が必要となった際、彼の助けが必要となるだろう」
「まあ、納得してくれたみたいならよかったよ」
「しかしタツヤ。注意してもらいたい。重ねて言うが、私は生存せよという指令に基づいて行動している。もしそれに反するような行為が認識された場合、私はタツヤ、君であっても排除しようとするだろう。小さい体は欠点でもあるが長所でもあるのだ。やりようはいくらでもある。それだけは記憶にとどめておいてほしい」
「分かったよ。覚えておく」
利市の言う通り、中々頭が堅いなと思わざるを得ない達也であった。
しかし、コタツには友情や感情などと言ったものは存在していないのだろう。それならば、このような言動だって不自然なことでもないといえばないのかもしれない。
「んで、こいつの名前はなんていうんだ? 当然決めてあるんだろう?」
「名前? あっ」
そこで達也は、そのコタツに名前を付けるのをすっかりと忘れていたことに気付いた。
なんてこった。ここ数週間も同じ部屋で暮らしていたというのに、君以外で呼ぶ機会が無かったから忘れていた。完全に盲点である。
「なんだ付けてなかったのか?」
「名前か。人間は個体ごとにそれを与えて区別するらしいな。興味深い。タツヤ、私に名前と言うものを与えてはくれないだろうか」
「参ったな……」
彼は困った表情を返した。いきなりそんなことを言われても困ったものである。
「そうだな、奴の父親たる達也に名付け親の座は譲ってやろう。さぞかしセンスのいい名前を付けてくれることだろうな?」
「うむむむ……コタツ……コタツムリ……おこた……! そうだ!」
何かを閃いたかのような声を上げる達也。利市の嫌らしい目線が彼の顔を撫でまわす。心なしか、コタツの方からも熱い視線を感じたように思えた。
「オコタン。そう、オコタンなんてどうだい?」
「オコタン……!? ケケケケッ、そいつは最高だな!」
「わ、笑うなよ利市! これでも一生懸命考えたんだから!」
達也の言葉を聞いた途端、あの独特な声で笑い転げる利市。達也もそんな様を見て、思わず顔を火照らせる。
「なるほど。オコタンか。私に美的な感性という物は備わっていないが……どうやらセンスがないという言葉が近いようだ」
「なっ、君までそんなことを言う」
「とはいえ私はコタツだ。本来は名前など無いし、中身に興味がある訳ではない。これからはオコタンと名乗ることにしよう」
こうして、人類史上初の人工コタツ『オコタン』は誕生するのであった。生存を主な行動原理とし、そのために知識をつけ、達也との共同生活を送る……時折利市もそこに加わり、彼らは多くのことを話しあった。
時折議論が対立することや、オコタンの理解できない概念を何とか説明しようとすることもあった。だが達也も利市も、大体は楽しみを持ってその時間を過ごしたものである。
そしていつしか、彼らはオコタンに対して友情にも近いような感覚を芽生えさせていくのであった。本来は人類の敵であるはずのコタツ。しかし、今はついにそれと心通わせることができた。その好奇心は並々ならぬものであったことだろう。
そして、旧八戸市奪還作戦以来、彼らが卒業を迎える頃まで、とくに大規模なコタツの攻勢は無かった。
彼らの間に、しばらくオコタンと過ごす平和な日々が流れていったのである。
それが、彼らの過ごす最後の平穏な日々であるということも知らずに。
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