第16話 成長


「さて、あとはこいつを搭載すれば……?」


 達也は再び作業室へと戻っていた。ランプをつけ、例のコタツがいたあたりを見回す。


 すると、奴はやはり本棚の隅、本と本の隙間にすっぽりと入ってじっとしていた。狭いところが好きなのだろうか。


 奴はまだぎこちない動きのまま、ジジジジと断続的な鳴き声を上げていた。よく見ると、掛布団の隅のほうはまだ再生しきっていないようだ。


 まったく違う骨格に核を移したから、再生に時間がかかっているのかもしれない。それなら手間も省けるだろう。再生時にほかの電気製品を取り込む習性。それを利用して、達也はコタツに人工知能を取り込むことをずっと考えていたのである。


 知能のないコタツ。それに知能を搭載すれば会話も可能となり、共存のためのヒントを探ることもできる。そんなことを信じて。


 結局コタツとの対話に関しては以前のLV.3との会話に実現したわけではあるが、奴は達也に襲い掛かってきたため、やむなく倒さざるを得なかった。


 実際他のLV.3もあんな感じなのかもしれない。しかし人間を滅ぼすべきという思想を持てるなら、逆に人間と共存すべきという思想を持つこともまた可能なはずではないだろうか。


 1から人間のもとで生まれ、人間に対する理解が十分にあるコタツを作ることができれば、それは可能になるのではないか。達也はあれから考え、そのような結論に至ったのである。


 1つだけ気になることといえば、この目の前のコタツの核はもとはあのLV.3のものだったということだ。もし記憶や個性が引き継がれているのだとしたら、達也の目論見は完全に失敗となるだろう。


 まあ、それを確かめるためにも人工知能は有効な手段だ。彼はそう思いながら、利市から受け取った記憶回路をそっとコタツの前に置いた。


 一瞬警戒するようなそぶりを見せるコタツ。達也はそのまま離れ、奴の様子を観察する。


 普通のコタツよりも約十分の一サイズのコタツ。その感知範囲もまだそこまで大きくはないらしい。少し離れれば、達也の気配は完全に感じ取れなくなっているようである。


 そのコタツは、目の前に置かれた回路に関して興味深そうに見回すような素振りをとった。時折つんつんとつつき、入念に安全かどうかを確認している。回路の大きさはそのコタツの核とほぼ同じくらい。大体3センチ四方の正方形のチップである。


「……!」


 しばらくすると、ついにコタツは回路の安全を確認したのか、その回路の上に覆いかぶさった。そしてそのまま、ごそごそと掛布団の中にそれを掻き込んでいく。


 これは……もしや成功か?


 結局、それ以上の動作をコタツが行うことはなかった。しばらくもぞもぞと動くと、また本の隙間に入り込み、動きを止める。取りあえずは、経過を観察することにするか。


 彼はそのまま作業室を後にし、学校へと向かっていくのであった。



 ーーーーーー



「ふぅ……ただいまっと」


 その日の放課後。達也は寄り道することもなくまっすぐ自宅へと帰ってきていた。軍事訓練はあの八戸市の奪還作戦成功の恩賞としてしばらく休み。


 利市からはまた家に来いよと誘われたが、今日は用事があるといって断ってきたのである。用事というのはあの人工コタツの世話のことだ。


 彼は元図書館の正面入り口である自動ドアから入ると、厚手のコートを脱いだ。この旧図書館の中は暖房が一斉管理のため、特に暖房器具を持ち込まなくても常に暖かいのである。


 そして彼はそのまま、左手の元カウンターのあたりへと向かった。そこには布と突貫の壁で区切られた一つの空間が。彼のガレージ兼自宅である。


 カウンターを改造して作られた作業台には様々な道具や機械が置かれ、床には修理待ちのスクーターやら旧式の武器やらが置かれている。


 彼はそんなごちゃごちゃした空間を通り抜け、奥の扉の前に立った。古ぼけたパネルに書庫とうっすら書かれた扉。彼の作業室である。彼はすぐにその扉を開いた。


「あっ、しまった。つけっぱなしだった……?」


 すると、彼の眼に映ったのはぼんやりと灯る電気式ランプの光であった。正面奥にある机の上で、淡い光を放っている。


 もとは書庫には電燈もついていたのだが、今は故障し、付かなくなってしまっているのだ。直そう直そうと何度も思うのだが、結局ほかの作業、特に人工コタツの作成に気を取られて修理されないままなのであった。


 しかし彼の眼にはさらに別のものも映っていた。ランプの光に映る四角い影。それが机の上でゆらゆらと揺れているではないか。


「……!?」


 彼が近づくと、すぐにその正体は顕わになった。コタツだ。彼の作った小さな人工コタツが机の上に佇んでいたのである。いつのまにかあの本の隙間から這い出していたらしい。


 そして不思議なことに、そのコタツは下に国語辞書と思われる分厚い本を敷き、それを眺めるような素振りをとっていた。


 短い脚を使って器用にページをめくり、天板の一辺を本に向けて、まるで右上から順に文字を追っているよう。まさかこいつ、本を読んでいるのか?


「いったい何をしているんだ……?」

「ジジッ!」


 達也が机の前に立つと、ようやくそのコタツは達也の気配に気づいたようであった。本のほうに向けていた注意をこちらに向け、あの独特な鳴き声を鳴らす。


 朝見たときのようなぎこちない動きはもうない。掛布団も欠けがなくなっているようだし、体の再生は完了したのかもしれない。


「ジ……ジジ……ことば、まなぶ。まだ、わからない」

「!?」


 すると、そのコタツは鳴き声の合間に明らかに言葉を発した。低い男の声。発音ははっきりしていなかったが、確かに聞こえた。


「お前、口が利けるのか?」

「ジジ……むずかしい。ですから、まなぶ」


 なんということだ。こちら側の言葉もどうやら聞こえているらしい。達也は興奮を禁じ得なかった。


 間違いない。達也の念願であった人工コタツ……しかも言葉を話し、意思を疎通できるコタツがまさに今完成しようとしているに違いない。


 達也はそのまま彼の読書を邪魔しないよう、そっとその部屋から退出していくのであった。


 ーーーーーー


 そこからの人工コタツの成長は著しいものであった。国語辞書や広辞苑をはじめとした書庫にある本を四六時中読み漁り、めきめきと言葉を覚え、会話を上達していったのだ。


 初めは二つの単語をつなげるので精いっぱいだったコタツも、3日もすれば片言で文章を話せるようになり、そして1週間で流暢に会話をこなせるようになっていった。


 達也もまさに子供ができたかのような気分で彼と接し、様々な会話を交わしていったのだった。


 時々本の中だけでは得られないような知識を質問され、それに答えていく。とりわけ感情や非合理的な行いに関する質問は多かった。そのたびに、達也は返答に困ったものである。


 彼は時が経つにつれて、次々と新たな知識を取り込むことを要求した。あっという間に書庫の中の本を読みつくしてしまったのだ。そこで達也は定期的に図書館の他のブロックにある本を集め、そして彼のもとへと持ち帰っていった。


 時々ほかの住民に何をしているのかと語りかけられることもあったが、読書の趣味に目覚めたなどとなんとか誤魔化したものである。


 そしてしまいには利市の家からいらないパソコンを譲ってもらい、作業室にインターネット環境も完備した。


 現代のインターネット環境といっても21世紀のものに比べれば貧弱で、大部分は軍用で運営されているうえに情報規制もかかっているために情報量はそう多くない。


 しかし、これまでの歴史や最新の時事に関してはもっとも簡単に知れるツールには間違いなかった。


 基本的な物や事、本に載っていないような知識もないこともない。とりわけ21世紀以前の世界の情報に関しては豊富であった。


 そして年が変わり、冬休みも明けるころには、彼はあらゆる知識において達也を凌駕するほどにまで成長するのであった……



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