Ⅳ.オコタン誕生

第15話 発芽

 コタツに対する人類史上初の勝利。


 その言葉は瞬く間にナトリ連邦全土を駆け巡り、人々を熱狂の渦に巻き込んだ。仙台ではひきりなしにそのニュースが報道され、旧八戸市奪還作戦を成功させた各師団に限りない栄誉を与えるよう、そして散って行った尊い犠牲に敬意を払うよう人々は叫びあった。


 達也があのLV.3 コタツを倒した後、傘下にいたと思われる旧八戸市のコタツはすべて無力化された。階級の上位種が失われ、大規模な混乱に陥ったのである。


 それを見計らい、残っていた旧二戸市方面師団と旧久慈市方面師団の部隊はすかさず反撃を開始、旧八戸市内のコタツを駆逐することに成功したのであった。


 旧八戸市の奪還は完全に成功。あとは防衛網と基地の再建が完了すれば、旧八戸市は新たな前線の防衛拠点として機能を開始することだろう。明らかなる勝利である。


 達也と利市にも、部隊の窮地を救ったとして二人とも二階級の特進が言い渡されていた。達也は伍長、利市は軍曹となったのだ。


 しかし彼らが見たものに関しては堅い箝口令が敷かれ、記録された映像も押収されたうえ、上層部からの返答はそれっきりなかった。新種のコタツについては完全に黙殺されたのである。


 コタツの本当の目的、そしてコタツとは何なのか。その答えの手掛かりは闇に葬り去られたのである。



 ーーーーーー



 あの奪還作戦から数日。


 彼は堡塁建設の完了を持って一度前線から離れ、すぐに高校への通学生活へと戻ってきていた。


 今回は大したけがを負ったわけでもない。学校へと戻れば、周りの生徒からは羨望のまなざしを一身に受けたものである。


 高校生で生きて伍長などふつうは一握りのエリートしかなれない珍しい昇進である。高校卒業付で任官が決まっている者などを除けばまずありえない。


 達也自身はたまたまだと言い張ったものだが、一方の利市などは嫌味ったらしい口調で自慢して回るのであった。それでも嫌な顔をされないのだから、彼らの英雄像はほぼ完全に固定されたように見える。


 ただ、一人だけ文句を言ったのは翔奈であった。二階級特進をするような著しい武勲を上げたなんて、裏を返せば相当危ない橋を渡ったに違いない。彼女としては達也らを心配せずにはいられなかったのである。


 さて、こうして様々な収穫と犠牲をもって旧八戸市奪還作戦は終了した。達也自身も名誉と階級と、そしてもう一つ、大きな収穫を持ち帰ることに成功していたのである。


「よし、これをここに取り付けて……まだ崩壊はしていないな……?」


 達也はまたガレージの一角、元書庫の作業室にて、インテリアと化した大量の本の合間で何かをいじっていた。ごちゃごちゃ物がおかれた低い机にランプを灯し、父譲りのぼろぼろの寝巻を纏い、真剣な眼差しで何かを触っている。


 それはいつぞや彼が作成していたミニチュアのコタツ標本だった。今は苦労して削り取った天板と骨組みが組まれ、ひっくり返っておいてある。そして、そこに彼はあるものを取り出した。


 冷気を放つ丸くて青い氷。そしてその中には赤い何かが封印されている。それはぼんやりと赤い光を放ち、いまだに不思議なエネルギーを蓄えているようであった。


 旧八戸市奪還作戦の際、タワーの頂上で拾ったLV.3コタツの核の一部である。


 彼はそれを何とか凍ったままひそかに持ち帰り、今の今まで保存しておいたのであった。


 以前と比べて光は弱まった気もするが、まだ崩壊はしていない。これを骨組みに移植すればもしかしたら、ミニチュアのコタツに生命を宿すことができるのかもしれないと考えたのだ。


 達也の悲願であった人工コタツの作成。それがついに実現するかもしれないのである。コタツとの共存、そして戦争を終わらせるための第一歩。知能を持ったコタツである。


 以前旧八戸市で相対したLV.3コタツ……奴は確かに知能を持っていた。コタツが知能を持つことは不可能ではないのだ。


 奴は人類を滅ぼすという過激な思想を持っていた。それなら、もしその逆の思想を持たせることができたら……?


 ゆっくりと溶解していく氷。彼は慎重に核のかけらを骨組みの中央に配置し、その様子を見守った。氷が溶けるにつれ、次第に赤い核のかけらが露わになる。


「……!」


 そして、氷がほとんど溶けきった頃であった。氷から解放された核のかけらは不意に形を変え、下にあったコタツの骨組みへと綺麗に付着したのである。


 赤い光は消えぬまま、崩壊することはない。ただ球状の下端だけが潰れたようになり、うまく骨組みへと張り付いたのである。


「これは……! 成功か……?」


 彼は思わず歓喜の声を上げそうになった。しかし時は深夜、ここは公共の集合住宅である。下手に声を出せば苦情が来てしまう。


「とりあえず様子を見るか……」


 彼はぼんやりと怪しく光る核をそのままに、元書庫の作業室を後にした。そしてランプを消し、古ぼけたガレージの隅に置かれた中古のベッドに転がって、一度眠りにつくのであった。



 ーーーーーー



 次の日の朝。彼はいつもよりも1時間は早く目が覚めた。そもそも寝付くのにも興奮が邪魔して時間がかかったのだ。睡眠不足も甚だしいものである。


 しかし、彼の興奮はそんな眠気を吹き飛ばすには十分なものであった。彼はすぐさまベッドから飛び起きると、作業室に飛び込み、電気をつけた。


「!?」


 しかし、机の上に置いてあったはずのコタツは無くなっていた。盗まれた? いや、まさかそんなこともあり得ないだろう。彼は思わず部屋を見回していく。


「ジ……ジジ……」

「……!」


 すると、彼は部屋の隅で何かが動いているのを見つけた。壊れたオーブンのような音を上げ、それは本棚の一角、本がちょうど無くなった隙間に入り込んでいるようだ。


 彼は恐る恐るその何かのもとへと近づいて行った。期待と緊張に胸が高鳴り、張り裂けそうになる。


「これは……」


 次の瞬間、それは彼の目に映りこんできた。本棚の隅、本と本の隙間で、ぎこちなく動く小さな四角いコタツ。頭には天板を乗せ、柔らかい掛布団で身を包み、そしてあの独特の鳴き声を断続的に響かせている。


 彼はそっとそのコタツに手を触れようとした。


「ジジ……ガッ!」

「わっ」


 すると、達也が手を触れようとした瞬間、そいつは達也の手を小突いてきた。そのまま威嚇のような態度をとり、ぎこちない動きで体を固める。


「す、すごい……成功だ……でも、まだうまく動けないのか?」


 達也は目の前の光景に思わず手を震わせた。自分が作った骨組み、それに自分が入手した核を融合させたコタツがなんと掛布団も再生し、目の前で動いているのだ。


 間違いない。人工コタツがついに完成したのだ!


「……よし」


 彼はそこでとあることを思いつくと、電気を消し、その作業室を飛び出していくのであった。



 ーーーーーー



 20分ほどの後、達也は焔家の玄関先にいた。


 天気は晴れ。時間は午前六時を回ったころだ。放射冷却であたりの気温は氷点下まで落ち、吐く息も白く色づいている。


 幸い雪も降っておらず、彼はナトリのロゴが施された白い小型スクーターでここまでやってきたのであった。


「あら達也君じゃないの。どうしたのこんな朝早くに」

「おはようございますおばさん! 利市に用があってきたんですけど、起きてますか?」


 チャイムを鳴らすと、こんな早朝だというのに焔おばさんは元気に玄関先へと現れた。


 顔に皺こそよっているが、その印象は快活そのもの。誰に聞いても実年齢より5つは若く見られるという話だ。ゆったりとした青いスウェットを身にまとっている。


 一方の達也は5枚重ねでロングコートまで着込んだ超厚着である。もちろん手袋は欠かせない。


「さすがにあいつはまだ起きてきてないねぇ……今呼んでくるからちょっと待ってな。寒いだろうしとりあえず上がって上がって」

「すみません」


 達也は彼女の言葉に甘え、焔家の居間へと上がっていった。焔家は家全体が温水暖房で暖められており、廊下でもかなり暖かい。


 達也はすぐにコートを脱ぎ、近くの小窓付きの扉を開けて、焔家の居間へと入っていく。


「達也? どうしたのこんな朝っぱらから」


 すると、居間につながるキッチンには眼鏡をかけた女子の姿があった。翔奈である。彼女はすでに制服に着替え、その上にエプロンをつけて何か作業をしていた。


 キッチンからは何かを焼くような音と香ばしい香りが漂ってくる。朝食でも作っているらしい。


「翔奈。いや、ちょっと利市に用があってね。それは何を作ってるんだい?」

「今日の朝食とお弁当。私が毎日利市の分まで作ってあげてるの。まあ家賃代わりにこれくらいはやっておかないとね。誰かさんは口だけは偉そうで実際に何かをするのはとことん苦手みたいだしさ」


 そんな風に呆れた口調で作業を続けていく翔奈。この独特の皮肉調はもともと利市からうつされたものなんじゃないかと思わなくもない。


 なんだかんだ相性がいいのがこの利市と翔奈の二人なのだろう。


「ははは。まあでも、指図するのは誰よりもうまいからね。下手に文句も言えないさ」

「達也も達也だよ。そうやっていつも甘やかすから、利市の性格がどんどんどんどんひん曲がって行っちゃうんだからね」

「甘やかしてるつもりはないけどなぁ」

「十分甘やかしてるでしょ……そうだ。せっかくだし、今日は達也の分の弁当も作っていってあげるね」

「本当かい!? それは助かる」

「救国の英雄様だもんねぇ。ちゃんと労ってあげないとねぇ」


 わざとらしい口調でまくし立ててくる翔奈。達也や利市が栄誉を受ける裏で、彼女は二人の身を案じ、反感をため込んでいたのだ。


 彼女はちょくちょくこういう皮肉っぽい形でそれを二人に突っついてくるのである。


「英雄だなんて……悪かったよ。もう無理はしないからさ」

「……今回は生きて帰ってこれたからよかったけど、次があるとは限らないんだからね」


 静かな口調で話す彼女。一瞬、料理をしていた彼女の手が止まる。彼らが前線に赴いていた間の彼女の心境が推し量られて、達也も何も言えなくなってしまう。


「まあでもあと3か月で達也の兵役も終わるし、私も利市も仙台に行っちゃうんだから、関係のない話かもしれないけどね」

「そうか……二人とも仙台に行っちゃうんだね」

「寂しい?」

「そりゃあもちろん寂しいよ」


 あと3か月……3月が終わるころには彼らは高校を卒業する予定だ。そうなれば、達也は軍籍からは下り、メカニックの仕事を探すつもりであった。


 少し前までは軍籍に残るのもよいと思っていたが、人工コタツが完成目前の今、もう軍に残る理由もないだろう。


 一方の利市はすでに参謀本部付少尉の任官が内定しているため仙台へ。翔奈も士官学校への入学のため仙台へ引っ越してしまう。皆離れ離れになるのだ。


 7年前……あの悲劇以来ずっと一緒にいた三人である。なんだか寂しい気持ちになる。


「ま、たまには会いに戻ってきてあげるから安心してよ。達也、そんなんじゃあいつまでたっても彼女の一人もできなさそうだしねぇ」

「う、うるさいなぁ……そういう翔奈だっていないじゃないか」

「私のはちゃんと理由があるからね。作ろうとしてもできない達也や、利市みたいに遊び歩くよりかはましでしょ?」

「うっ……利市は今はどうなんだっけ」

「さあね。またおバカな女の子を捕まえて泣かしてるんじゃない?」


 利市は恋愛遍歴に関してはなかなかひどいものだった。もともと容姿は良いし、表向きは愛想もいい。だがいざ付き合ってみるとあの腹黒い本性が噴き出すのである。


 2股や略奪はいつものこと。聞く話だと最高で5股までかけていたらしい。日替わり彼女とはなんとまあ贅沢な話である。


「ふあぁ……なんだお前ら、こんな朝っぱらから俺の話か? さぞ俺は好かれていると見えるな」


 すると、そこにパジャマ姿の利市が現れた。眠そうな顔に髪はツバメの巣のようにわしゃわしゃと広がっている。いつもあれをどうやってセットしているのか……達也には想像もつかない。


「まったく、自分の噂話を聞いたら何でもかんでもいい話だと思い込む神経の太さを見習いたいわ……」

「ケケッ。まあ事実なもんはしょうがねえだろ。それで、何の用だ達也? 俺をこんな朝早くに叩き起こしたってことはさぞ重大な要件なんだろうな」

「対して早くもないじゃないの」

「まあ重大ってほどでもないけど……利市、前に頼んでた人工知能ってもう完成してるのかい?」

「人工知能……?」


 達也は半年ほど前から利市に人工知能の制作を依頼していた。というのも、天才的なプログラマーでもある彼の腕を見込んでのことである。


 理由は一つ。人工コタツに搭載するためである。もちろんその真の理由は利市にも伏せられていた。


「なんだそんなことか。それがどうかしたのか?」

「いや、どうしてもすぐ使わないといけなくなっちゃってさ……利市なら半年もあればとっくに完成させられたんじゃないかと思ってさ」

「ふん。当然だろ。あまりにも簡単にできちまったんで別の機能も作っていたところだったんだ。待ってろ、今持ってきてやる」


 そう言って、一度居間を去る利市。再び彼が現れると、彼の手には何やら小さな電子基板のようなものが乗せられていた。


 あれは確かナトリ社製の大容量記録回路である。最大記録容量は確かエクサバイトを超えるんだとか。本来は軍用に限定生産されているはずのものなのだが……どこからともなく利市はそれを手に入れたようである。


「こいつだ。仙台の研究所のシステムに侵入し、ソースコードを奪ってきて軽く手を加えてやったよ。取り合えずこいつには基本的なプログラムが記録してある。後はこいつをスーパーコンピュータにでも搭載すればちゃんと起動するはずだ」

「本当にありがとう! さすが利市だね」

「ふん。俺にかかればこんなもんちょちょいのちょいだとも。おまけにマイクロカメラも搭載しておいてやったからな。もし起動すればそいつは達也の冴えない顔を拝めるってわけだ」

「う、冴えない顔で悪かったね……」

「で、もちろん礼はしてくれるんだろうな?」

「ああもちろんさ。約束通り、これから毎日好きなパンをおごるよ」

「さすがお前は礼儀というものをよくわかってるなぁ」

「そんなチップの何がいいんだか……男の子はこれだからわからないねぇ。さあ、朝ごはんもできたからみんなで食べよ。達也の分もあるからね」

「本当かい? ありがとう翔奈!」


 こうして、達也は三人で朝食をとると、学校へと向かう前に一度自宅へと戻るのであった。

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