unbalance Trio

ホタテ

prologue……

暗く、狭い路地裏を一人の女が駆けていく。

彼女は、何かに追われているようだった。

何度も何度も後ろを振り返る。

遠くから怒声が聞こえてくる。

懸命に、彼女は走り続けた。

やがて、前方に光が見えてきて、自然と頬が緩む。

あと少し、あと少し……!

自分に何度も言い聞かせ、彼女はようやく、太陽の下へと出ることができた。

「さぁ、お嬢さん。こちらへ。」

どうしようかとキョロキョロしていると、手を引かれた。

気がつけば彼女は、オープンカフェのテラス席に座らされており、向かいには明らかに自分より年下の身なりの良い少年がいた。

「……えっと……あなたは……?」

「安心するといい、レディ。君は今安全だ。ひとまずお茶をいただこうではないか。」

少年はウェイターを呼び、注文する。

「ここの紅茶はとても美味いんだ。ぜひ飲んでみてくれ。」

間もなく彼女の前にティーカップが置かれた。

良い香りが漂っているが、彼女は手を出そうとしない。

「そんなに警戒しなくとも、毒は入っていないぞ。安全だと言ったじゃないか。」

彼は肩をすくめて、自分のカップを手に取った。

「一体どういうことなのか、説明してちょうだい。」

「そうカリカリするな。あなたを追っていたやつらはみんな、俺の仲間が何とかしてくれているさ。」

「……何ですって?」

自分の耳を疑った。

この少年は何者なのか……

味方、それとも敵か。

「か弱いレディにあんなに大勢で襲いかかってくるとは……全く、無粋な連中だ。紳士的ではないな。」

ペラペラと話す彼の話は聞き流しながら、震える手でようやくカップを持った。

温かい紅茶を口に含むと、少し気持ちが和らいでいくような気がした。

「……あなたは私の味方、という認識でいいのかしら?」

するとなぜか、彼は首をかしげた。

「うーん……そうとは言っていないんだがな。」

「―――!」

彼女は少し腰を浮かす。

しかし、中腰の状態で止まることになった。

「おっと……。レディ、どうかその美しい足に隠してある野蛮な物は、使わないでほしい。」

「……お仲間はだいぶお疲れのようだけど?」

後頭部に銃口を向けている、茶髪の男をチラッと見て彼女は言った。

彼は確かに肩息をしていた。

「さすがにあの人数の一人で相手にしたら疲れるじゃん?でも君みたいな美人が相手なら、そんなのふっとんじゃうよ~」

ヘラヘラと笑っている彼の言葉に、衝撃を受ける。

こいつは、一人で全員を始末したというのか?

この場にいたら、自分の命が危ない。

そう感じ取った彼女は、向けられた銃などに構わず走り出した。

「ちょ!待ってよ!僕ともお茶しようよ!」

わけのわからないことを言っている男は無視し、先ほどよりも全速力で走る。

どういうわけか、二人は追ってくる気配はない。

奇妙だが、これは逃げるチャンスだ。

大丈夫、逃げられる!

そう思った瞬間だった。

突如目の前にウェイターが現れる。

紅茶を運んできた、小柄で貧相なウェイターだった。

邪魔だったので押しのけようとしたが、その前になぜか熱湯を浴びせられた。

あまり熱さに悲鳴を上げ、倒れる。

顔を覆った指の隙間から見ると、ウェイターは感情が全くこもっていない目で自分を見下ろしていた。

「いくら何でもやりすぎだろう……女の子の顔に熱湯をかけるなんて……」

銃口を向けてきた茶髪の男も傍に来ていた。

「な……なん……なのよ……あんた……たち……」

途切れ途切れに彼女は言う。

「おや。そうじ屋を知らないかな?」

「なに……!?」

「あなたのようなこの世に悪影響しか及ぼさない、人道から外れた輩を排除するのが仕事です。」

淡々と、ウェイターが説明をした。

見れば見るほど少年なのか少女なのか、よくわからない顔立ちをしている。

「いや、お前……怖すぎるだろ、その説明。」

「本当のことを言っただけなんですけど……」

茶髪の言葉に、ウェイターは首をかしげた。

「そういうことだ、レディ。わかってもらえたかな?あなた方のしていることは、許されない。それはおわかりかな?」

「っ……!」

「悪いが消えてもらおう。この世の平和のために。」

彼がそう言ったのと同時に、二人が銃口を向けてきた。

そんなことに構わず、彼女は力を振り絞って立ち上がり、走り出した。

「あ!ちょっと!」

男は声をあげ、ウェイターは銃を構える。

だが、照準が合わない。

少年は何もせずに、ただ突っ立っていた。

逃げるんだ、何が何でも。ここから。

彼女は無我夢中で走る。

絶対に、生き延びるんだ―――。

道を人々を押しのけ、ようやく……逃げ切れたと思える所まで来た。

しかし、そこは……大通りだった。

聞こえてくる大きな音、人々の悲鳴。

彼女はようやく気がついた。


立ち止まった自分に向かって走ってくる、巨大な物体に。


「あーあ。即死だろうね、きっと。あんなふうに追い込まなければ、生きていたかもしれないのに。」

「……俺のせいだと言いたいんですか?」

「誰もそんなこと言ってないじゃん!やめろよ、何だその目は!」

三人の男は、人々の流れに逆らって歩いていた。

後方では、救急車が来たりと、騒がしい。

「どちらにせよ、彼女はこの世から消えていたさ。スノーを責めるな、ラン。」

「だから!責めてないって!大体、何自分だけ責任から逃れようとしてんの?あんたも十分彼女を追い込んでいたからね。」

「そうか?俺はいつだってレディには紳士!」

「よく言うよ。」

茶髪の男、ランはため息をついた。

「はぁ。僕も彼女とお茶したかったなぁ。」

「……敵だとわかっている人と、よくそんなことができますね。」

ウェイターの姿をしていた少年スノーが、呆れた目でランを見る。

「えー?何で?キャロル様だってしてたじゃん。」

「お前のは完全に公私混同だろう。」

「やっだねー。そんな言葉、どこで覚えてきたのさ。」

「お前は俺を何だと思っているんだ。」

やれやれ。と、少年――、キャロル・オールディスは肩をすくめた。

「これからどうするんですか?あの女性は死んでしまったし……」

「あの女一人死んだところで、組織は壊滅しない。突破口になればと思ったんだがな……事故死となると、それはそれで厄介だな。まぁ、どうにかなるだろう。」

「えらく楽観的だね。」

「あれこれ悩んだって仕方ないじゃないか。それよりも母さんにお土産を買っていこう!さっき美味そうなタルトを売っている店があったんだ!」

目をキラキラさせて走り出す、キャロル。

のんきなものだと、ランは心の中でつぶやいた。

「キャロル様!慌てると転びますよ!」

スノーはあたふたとしながら彼の後を追う。

「大丈夫だよ、スノー。……おい、ラン。お前はいらないのか?」

興味なさげにしているランに、キャロルは問う。

「僕はいいよ。甘いもの好きじゃないし。」

「何だ……女好きを自称しているわりには、女子のトレンドをチェックしておかないのか……話題作りになると思うのだがな……」

すると、ランの耳がピクリと動いた。

「え?何?女の子に人気なの?」

「はい……この間雑誌でも新聞でも紹介されていましたよ……。そのお店のことを言っているんですよね?」

スノーがキャロルの方を見ると、彼は大きく頷いた。

「へー、そうなんだ。女好きを自称した覚えはないけど、それは知っておく必要がありそうだね。」

途端に足早になるラン。

キャロルとスノーはお互いに顔を見合わせてから、その後を追うのであった。


キャロル・オールディスは、かの有名なオールディス財閥の一人息子である。

十四になるこの少年には、二つの肩書きがあった。

一つは、オールディス財閥の跡取りという肩書き。

そしてもう一つは、そうじ屋第八代当主の候補であるということ。

そうじ屋というのは、暗殺を請け負う組織の名である。

暗殺と言っても、正義の名の下に行われるものであり、むやみやたらに人を殺すわけではない。

創始者の家系が代々当主を務めており、キャロルもその資格を持つ人間の一人である。

ランは、そんなキャロルを指導、護衛しているそうじ屋の一員である。

スノーはその後輩であり、新米として日々修行しつつ同じくキャロルのお守りをしている。


これは、そんな好みも思考も違う、デコボコな三人組のそうじ屋としての日々を面白可笑しく描いた物語である。

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unbalance Trio ホタテ @souji_2012

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