第58話 狂ったウサギはなに見て跳ねる

 獲物が逃げる。追うは人理を外れたウサギ。魔物の牙を武器に人を狩る。


「二人はどこにいるのでしょー?」


 人影などどこにも見えない森の中、シルファはそっと目を閉じる。答える者は誰もいない。だが、音はする。目を閉じて歩けるほど慣れ親しんだ森が答えてくれる。

 ピンと立てた耳には、草を掻き分ける音が微かに聞こえてくる。だが、人の足音ではない。四足歩行の動物の足音。聞きなれた音。シルファは耳を動かし、別の音を探る。


「……いたの」


 デタラメに森の中を走り回ってるように聞こえるが、遺跡へと向かっている足音。焦るように足早に。しかも、森では聞かない二足のもの。シルファはその足音が、逃げた方向的にも、カナリのものだと確信する。

 普段から風も吹かない森の中、人が動けば音が鳴り、異音は全てシルファの耳に筒抜けになっている。さすがに森全域とはいかないが、先ほどまで目の前にいた獲物。逃げた距離もたかが知れている。


「キヒッ!」


 口元が歪む。久々の生きのいい獲物に、クツクツと喉から笑いがこみ上げる。


 シルファは喜怒哀楽という四つの感情の内、怒と哀が欠けている。特に哀の感情がない。心を痛めることがない。そんな気持ちモノは、集落が滅んだときに一杯になり、冒険者を殺したときに器ごと壊れてしまった。

 ゆえに、後悔や未練といったものがシルファにはない。たとえシオンとカナリを殺したとしても、”二人がいて楽しかった“という思い出以外は残らないだろう。


「~~~~♪」


 近道をすれば二人が遺跡につく頃に合わせ、自分もつけるだろう。なら、墓穴に入れるのも楽そう。ステップを踏むような足取りで、シルファは獲物を追い森の中を進む。


「……?」


 ふと、シルファの耳に聞きなれない音が聞こえてくる。

 カチカチという規則正しい音。それはカナリの逃げた跡から聞こえていた。少しだけ遠回りになるが、シルファは好奇心に動かされ、音の元へと走る。

 罠を警戒し離れた場所から音の正体を見てみると、草むらに落ちていたのは四角い箱。


「これ、にーちゃの?」


 見たことのない道具。箱に書かれている文字も見たことがないもので読めない。そして警戒はしたものの、罠の気配もない。拾い上げた箱には透明な板が嵌められ、中には三つの針が見える。三つの針の内、一つは忙しなく、だが規則的に動き続けている。

 多少の興味は湧いたものの、シルファの目的はシオンとカナリを始末すること。耳を動かし、音を探る。箱の音が邪魔ではあったが、そこまで大きな音でもない。


「……遺跡の近くに居るのね」


 まだ十分に追いつける。追いついたらシオンに箱の正体を聞いてみよう、そう思いながら、駆け出そうとした。


 ――シルファが箱から感じた気配は正しく、そして間違っていた。


 落ちていた箱には、人を害するような仕掛けはない。そんなもの、あるわけがなかった。ソレは日用品であり、子供でも扱えるようなシロモノだ。

 箱からは、相変わらずカチカチと音がする。カチカチ、カチカチと――そして、カチリ、と針が頂点に達した。

 だが、この場においては、十分にシルファの行動を害するモノとなる。


「――ッ!?!? ふわっ!?!?」


 手に持った箱から突如、大音量のベルが鳴り響き、体を震わせたシルファは箱を落としそうになる。

 叩いても鳴り止まない箱。ついには痺れを切らし、最後には地面へと叩きつけた。小さな部品を撒き散らし、の音は止む。しかし、それでは終わらない。


 ――音はいまだに鳴り響いている。ベルの音、電子音、起きろと騒ぐ人の声。それらは森の中で一斉に、幾重にも重なり合いながら鳴っていた。しばらくたち音が止んだと思えば、別の場所からまた音がなる。


 シルファにも聞き覚えのある音も中にはあった。だが、シルファの知っている箱は、もっと文字が大きく書かれていたし、カチカチという音もしていなかった。


「うるさいのー!!」


 耳障りな音に耳を押さえ、遺跡の方向を睨む。こううるさくては、自慢の耳も役に立たない。

 やってくれたな、とシルファはさらに口元を歪めた。



 ――――



「これで時間稼ぎはできるかな」


 森中に鳴り響く目覚まし時計の音。

 なぜ逃げる俺たちを、シルファすぐに追わず見逃したのか。狩りを楽しもうとしているのはわかる。だけど、いちど目を離した獲物を、シルファはどうやって追うのか。獲物の考えが手に取るようにわかるから――とは思っていない。まぁ、多少は勘や経験なんかもあるだろうけど。

 ヒントになったのは、シルファの耳。追っている最中も、見逃したときも、耳は俺たちのいる方向を向いていた。まるでアンテナのように、ずっとだ。


「ウサギらしいといえば、ウサギらしい」


 賭けではあるけど、勝算は高いと思っている。

 墓守という割には、遺跡の近くに侵入者を感知するような仕掛けはなかった。そんなものがなくても、侵入者を感知できるアンテナが自前で持っていたということだろう。だからそれを逆手に取った。

 俺たちだって、デタラメに逃げていたわけじゃない。家中からかき集めた目覚まし時計を森に置きながら逃げていた。タイマーを同じ時間に合わせ、スヌーズ機能があるモノは音がズレて鳴るようにして。リッカが大量に目覚まし時計を持っててよかった。なんでアレで起きないんだろう。


「次はどうやって出口まで行くか、か」

「うん、そうだね……」


 木に背を預け休憩していたカナリの息も、十分戻っているようだ。しかし、このあとが肝要。目覚ましのベルが切れる前に、シルファから距離を取らないと。

 さて、どう距離を取る。遺跡の近くまできているのはバレてるだろう。なら、今の内に逃げるか、それとも裏をかいて遺跡に隠れるか。時間はないけど、取れる手段はいくらでもある。だけど……


「……シルファ」


 このまま逃げてしまって、本当にいいのだろうか。俺たちがいなくなったら、シルファはまた一人きり。ずっと、死ぬまでずっと。

 ……いいに決まってる。相手は狂戦士バーサーカーだと思え。第一に考えるべきは、カナリの安全だろ。


「あのさー、シオン」

「なんだよ」

「悩むな。やりたいことをやれよ。なんかあっても、オレが半分背負うって言っただろ」


 あの、ちょっとカナリさん。それをさせないために、俺は悩んでいるデスケド。


「どうせ、シルファを一人にしていいのか~とか考えてんだろ」

「うぐっ……」

「ほら図星だ。さっきから顔が固いんだよ。ああ、言っとくけど、オレも思ってるぞ。シルファに死んで欲しくないと思ってるし、一人にしたくないとも思ってる。ほっといたら、死人ばっか増えるだろうしな。後悔か、罪か、このままだとオレも背負うことになる」


 背負うものはどっちにしろあるってか。そうまでして俺になにかをやらせたいのか。


「カナリ、バカじゃないの? せっかくの逃げるチャンスなのに」

「バカとはひでぇな。理想を追うのは勇者の特権だろ。前回は、オレの好きにさせてもらった。次はシオンがやりたいようにやれ」


 そうかよ。あーあー、どうしてわざわざ、大変なほうへ行こうとするのかな。


「……半分、背負ってもらうぞ」


 なら、腹は括った。


「もう一度、シルファと話してみる。次で決着を付ける」

「おう」


 それと、こっちも決めた。


「……終わったら話がある。色々と」

「それ、前にも言ってた『ふらぐ』ってやつじゃないのか」

「いいんだよ。嫌な話になろうだろうし」

「なんだよそれ」


 決着の舞台は、遺跡の前にしよう。どうせシルファも向かってくるだろうし。

 こうして俺たちは、逃げも隠れもせず、シルファを待つことを決めた。

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穴~るぴ~じ~! ―ゲームの世界と繋がった!?― 染井 藍 @pina-pina

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