第十八話 優しさの欠片
小説を書く目的は人によって様々だ。
俺が思うに売れて金持ちになりたい人が多いんだろうけど、当たり前にそんな人ばかりじゃない。面白いものを書いてみたいと思う人もいれば好きな作家の真似をしたい人、文章を評価されたい人、そして自分の中にある感情や思い、気持ちを書き綴りたい人だっている。
そして今読んだ芽森さんの小説の中には......
「や、やっぱり分かっちゃうよね」
事前に聞いてくるとは思っていたんだろう。
俺が言った感想にさも当たり前といった様子。でもそこは人に小説を読まれて恥
かしいのか、声が途切れがちだ。
好きだった人への自分の気持ち、それを小説に書く為っていうんだから当たり前か。芽森さんの小説にはその思いが詰まってる。人にもよるけど、書く目的を知らないのと知った後なら読む側の感情や思うものが違う。
俺は芽森さんが小説を書く理由を知っている、だからこその彼氏役なんだ。
「り、理由を知っているから重なったんだと思う。それにこのキャラ、メアリーって芽森さんの真ん中の字を変えただけだよね?」
「あ、安直だったかな、やっぱり。私情で書いてるから他人の名前だと感情が入らなくて、ちょっとだけ自分の名前もじってみたんだけど」
「い、いや、その気持ち分かるよ。僕もゲームでキャラの名前決める時は自分の名前が一文字も入ってないと感情輸入出来なくて、アニメの主人公が自分の名前と同じだった時なんかは、特に好きなヒロインに呼ばれた暁にはもう気分が高揚しっぱなしで――」
「あ、あの、黒沼君?」
「え...... ああっ! ご、ごめん」
目が点になってる芽森さん。
つい我を忘れてしまってた、今のはどう見ても余計だったよな。
でも自分の名前をヒロインに言われると嬉しいと感じる人も少なくないはず。逆にヒロインの名前が母親と被ってると、あんまり想像したくないな......
「な、何でもないから、この小説の内容って好きな人のことだよね」
「う、うん」
俺は恥ずかしさを消そうと早口でまくし立てると、芽森さんはどこか遠慮気味にうなづく。
「僅か一日で、好きになったの?」
「そ、そんな訳ないよ、普通に考えてありえないよね。ただ、かさ増しというか少し盛ってはいるかな。感情を膨らせるためにね」
一日で好きになるのはありえなくはないと思うけど、人目惚れっていうこともあるし。
芽森さんの口からありえないという言葉が出てくるとは、その人以外の人を好きになったことがないのか?
俺も人のことは言えないか、初恋を覗けばだけど。
「そうだね。た、多少は話を盛らないと面白くないしね、人と話す時とか盛る人多いし」
「だよね、大体みんな話盛ってるよね」
「うん」
と頷きつつも知らない...... 思わず知ったかぶりをしてしまった、皆そうなのか。
家族以外の人とあまり話さないから分からないけど、テレビで芸人が話をする時は大体盛ってることが多いように思う。
「あ、えっと。今この小説の男の子、好きだった人って遠い所にいるの?」
「うん」
間を置いてから頷いた芽森さん。
俺が続けていった質問には気が引けるのか、相槌を打つ声は小さい。さっきまでの元気はなく肩を落としてる。
好きな人が遠い場所にいる、それはつまり思いを告げることは出来ないということ、でも。
「遠いってことはその人は外国にいるの?」
芽森さんは首を僅かに横に振る。
「国内にいるんだね、じゃあ、電話番号は? それなら――」
「知らないの、小さい頃はまだスマホ持ってなかったから」
「え、あ。そうなんだ......」
今は小さい子でも携帯やスマホを持ってる人は多い。だけど小さい子に持たせるのはまだ早いと思ってる親もいる、携帯は色々便利だ。それ故にアプリの課金や詐欺クリック等のトラブルなどを危惧してる親は子供に持たせることはしないはずだ。
芽森さんの親もそういう思いだったんだろうな。
「ごめん、嫌なこと思い出させて」
「ううん、感想を聞きたいと言ったのは私だから」
乾いた笑い、無理してるのが分かる。
「す、少し違うけど。ぼ、僕も昔仲良かった子が転校して寂しい思いしたから、芽森さんの気持ちは少し分かるんだ。本当に気持ちが沈んで食事も喉を通らなくなって」
芽森さんと似ているけど、全然違う。俺の場合は......
「ふふ、ありがとう、慰めてくれて。でももういいの。その男の子と過ごした思いや温もりは小説に出来そうだから。今日黒沼君といて気持ちも少しずつ思い出してきたし、でもそう考えるとやっぱり黒沼君はなよなよでダメダメだよね」
元気が戻ったみたいで良かった。それに、しっかりと毒を吐くんだね、おかげでグサグサ胸に突き刺さるよ。だけどご褒美と変換すれば、無理か。俺にそういった性癖は備わっていない、だから芽森さんの言葉はじわじわ効く、どうせ俺は草食系ですよ。
「さ、そろそろ休憩は終わり。残ってるの私達しかいないようだしね」
芽森さんにスマホを返し、周りを見渡す。
いつの間にか俺と芽森さん以外いなくなっていた。テラスにはさっきまで少なからずも会話が聞こえていたのに、人がいなくなったせいか、小さい傘で覆われたテーブルは寂しそうに静まり返ってる。
俺と芽森さんがいなくなればもっと寂しくなるんだろうな。そんな下らないことを考えながらも席を立った。
――――
さっきまで人が少ないテラスにいた為か、人が多いと錯覚してしまう。
実際多いんだけど。っと、あちこち視線を泳がしていると一人の女の子が目に入った。
まだ小さい、年齢的には七歳ぐらいか。
その子はキョロキョロと首を左右に動かしてる。
俺の予想だと恐らく迷子だろう。女の子の周りには保護者らしい人は見当たらない。
流れいく人は女の子に気づいていないのか、仮に気づいても無視することが一番だ。悪いけど親にいちゃもんをつけられたくないし、と俺は無視することにした。
「えっと、あと乗ってないアトラクションは、空中ブランコにフリーフォール、観覧車に――」
「まだ結構あるね。人の数が多いからどうしても並ぶのに時間かかっちゃうね」
休日だと尚更か。ここの遊園地は人気だからそれだけ賑わってるってことなんだろうけど。
「次ジェットコースターは? こ、怖いけどまだ乗ってないし」
「ふふ、本当に怖がりなんだね。でもね却下。もちろんフリーフォールも、絶対帽子取れちゃうよね」
「あ、そっか。芽森さん帽子被ってたんだね、そのこと忘れてた」
「んーっと。じゃあ観覧車にする? 締めに乗るイメージがあるけど、まだ食べ終わってからそんなに時間経ってないし」
「うん、それにしよう」
別に芽森さんといるなら何でもいい、正直ジェットコースターで男気を見せたかったのはあっただけに残念だ。
しかし観覧車か、芽森さんと二人っきりで、何も起こるとは思わないけど。心臓は持つのかな。今もギリギリだけどオーバーヒートしたらどうしよ、まぁその時はその時か。あのセリフも言わないとな、無論心の中で。
「あ、ちょっと待って。あ、あれ。あの子迷子じゃないかな?」
突如、隣を歩く俺を静止させる。
「え?」と芽森さんが見てる方向に顔を向けるとその視線の先には、さっき俺が無視した女の子がいた。
「絶対そうだよ、親らしい人は見当たらないし」
芽森さんも女の子が迷子と確信しているようだ。あれだけ首を左右に向けていたら分かってしまう。
『無視すればいいよ』と言おうとしたが芽森さんはその子がいる方向へ駆け出していく。
俺は頭をかくと、駆けていく芽森さんについていく。
「こんにちは。今あなた一人なの? お父さんやお母さんは、一緒じゃないのかな?」
芽森さんに追いつくと、女の子に目線を合わせ語りかけていた。
怖がらせないように声を抑えてる。
「あ、わたし、おにいちゃん達といっしょにいたんだけど、いなくなってそれで」
「探してたんだね、そっか。両親じゃなくてお兄ちゃんと来たんだね」
女の子は一瞬ビクッと身体を後ろに引いたが、芽森さんの問いかけに素直に答える。
声は震え気味だ、こんな人波の中ではぐれたんだ無理もない。だけど。
「め、芽森さん。もうほっといた方が、そりゃ、かわいそうと思うけど、もしこの子の親というか兄に見つかったらいちゃもんつけられるよ」
この女の子には悪いけど、迷子の子を保護した所でいらない濡れ衣を着せられるという話は良く耳にする。そういうことに巻き込まれないようにここは無視するのが一番だ。
それをわかっているのか、行き交う人たちは俺達に視線を向けるも何事もなかったように歩いていく。
今はそういう時代なんだ、仕方ないと割り切るしかない。
しかし芽森さんは女の子の傍から離れようとしない、俺の話は聞こえていたはず。
「黒沼君は、迷子になった経験ってないかな? なかったらごめんね」
「え、あ、あるよ。多分誰にでもあると思うけど」
誰でも一度や二度は親とはぐれて迷子になった経験はあるはずだ。
「その時どんな気持ちだった、私は怖かった。周りは知らない人だらけで立ちつくしてた記憶があるんだ」
俺が、迷子になった時は、目に涙を溜めながら親を探してると若い男の人が声を掛けてくれた。
今でも断片的に記憶の片隅には残ってる。
対応によって親とはぐれた不安や、知らない場所での恐怖が和らいでいく感覚があったことを。
目線を合わせて優しく語りかけてくれてた優しさは今でも忘れていない......
そんなことにも気づかないなんて、俺はいつの間にこんな汚い心を持ってしまったんだ。
それに引き換え芽森さんは優しい心を失ってない。人が持つ当たり前の感情を。俺はこういうところに惹かれてしまうんだ。
「うん。そうだね、僕も怖かった覚えがあるよ。でもさっきも言ったけど今の時代は、親の過保護が凄いから何かあるとすぐ濡れ衣を着せられるよ」
「それならせめて、迷子センターにだけでも連れて行ってあげない? そこならこの子のお兄さんを見つけてくれると思う」
「わ、分かった」
それなら大丈夫か。
「あ、そういえば。あなたのお名前は何て言うのかな?」
「えっと、わたしは――」
「唯華ぁっ! ここにいたのか、探したんだぞ」
女の子が名前を言おうといた時、後ろから声が聞こえた。
振り向くと数人の男女がこちらに向かって走ってきていた。何だか焦ってる様子に見える。
やがて距離が見える位置になると、息を切らしているのが分かった。
「ったく、お前らが海音ばっかにハエみたいにたかってるからだろ」
「よく言うわよ、あんただってパーク内の女性の尻ばっか追いかけまわしてた癖に」
「よせ二人とも、みっともないぞ。ああー、どなたかすみませんがその子、家の子なんです。保護してくれたみたいでありがとうございま......」
「いえ、この子必死でお兄さんのこと探してたんです......」
海音かいとと呼ばれた男が後から来た後ろの二人を注意し、芽森さんにお礼を言うが。息を整え顔を上げた直後、固まった。...そして同様に芽森さんまでも動きを止めていた――
―日常に変化をもたらすのはいつもヒロインと決まっている― サイユウトン @haitogensou
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