第十七話 彼女の小説
隠し事を打ち明ける言葉、モジモジと躊躇ってる仕草、微弱で勢いがない声、恥ずかしそうな表情。
多少は違えど彼女に頼まれた日と同じ姿が俺の目に映ってる。
今日二人でデー...... 元々二人で出掛けてる目的は芽森さんに小説を書くために彼氏役になって欲しいと頼まれたからだ。その期間はわずか一日だけになってしまったけど、こうして二人でいるだけでも本当は凄く貴重なんだ。不覚にも今だけはチビで良かったと実感してしまう。
「えっと、小説がどうかしたの?」
そこから先を言おうとせず俯いてる芽森さん。言葉が続かないようなので問いかけるてみるも変わらずスマホ画面を見続けてる。
困ったな。俺はどうすれば、話を変えるって言ってたけど小説の話をしようとしてるのか、でも秘密で書いてる小説のことを他人に話すなんてことを芽森さんがするとは思えない。友達にも内緒にしてるぐらいなんだ。
「あ、あのー」
今度は少し声を張り上げて話しかけると今気づいたかのようにビクッと肩を震わせた。
「あ、ごめんね。ちょっと考え事してしまって、これね、今私が書いてる小説なんだけど」
「えっ!?」
仮にも友達にも見せていない小説を俺に見せていいのか? と思いつつも、俺は芽森さんのスマホに向かって手を伸ばしていた。正直小説がどんな内容か気にはなる。好きな人ってことは内容的には恋愛モノだとは思うけど。
「今まで書き留めたことも今日黒沼君とデー......」
そこで気づいたのか芽森さんはスマホを持っている手を後ろに引き、露骨に顔を歪めた。
「え、っと、見せるとは言ってないよね?」
あ、やっぱそうですよね......
分かっちゃいたけど、少し見たかったのに残念だ。
「前にも言ったと思うけどね。気持ちとか感情とか手に触れた時の温もり、そういったものを書き留めてるんだけど、あ、もちろん今日のこともね。黒沼君といるとき男の子ってこんな感じだったかなぁ、って思ったり、まぁ少し頼りない気はするけどね」
ぅぐ......
苦い笑みがグサグサと身体に刺さる。
やっぱり頼りないとは思われてたんだ。どうせ俺は草食系なんだ、ってそれは抜きにしてもか。
「だからそう悲観になることないよ。ちゃんと小説の参考になってるから」
「そう、なんだ。それなら良かった」
もしかして俺は今慰められてる? 多分愚痴を漏らしてしまったからだろうな
芽森さんの優しさが身体中に染み渡る。何か気を使わせてしまってるようでカッコ悪い気もするけど......
でも、役に立ってるって分かったんだ。芽森さんの言う通り悲観になることもないよな。
そもそもに芽森さんとで、デートしている時点で男子達からした――
「たい......」
「え?」
「しょ...... 小説、見たい?」
風音よりもか弱い、その第一声は俺の耳には届かなかったが、もう一度呟いた声は耳をかすめた。
何て言った、今なんて!? 聞き違いじゃない。
芽森さんは恥じらいを感じてるのか、スマホを口に当てがってる。
けどさっき断られたはず、なのにどうして。でも見たい。
「み、見てもいい...... の?」
「う、うん。感想とかもらいたいなぁとか思ってたんだ、けど本当に誰にも言わない、でね。あ、漏れる心配はないか、よく考えたら黒沼君ボッチだったね」
今サラッと毒を吐いたよこの人......
確かに話す人がいないのは事実だけど。そうだ、忘れてた。これ本性なんだ、初めて芽森さんに『黒沼君ってボッチだよね』って言われたことを思い出す。
その瞬間、彼女の背に見えていた天使の羽が堕天使の翼に変わったんだ、もちろん錯覚だけど。あくまで俺のイメージだ。でもドクロ服を着ているからあながち間違ってはいないか。
「一応まだ非公開にしてるんだけどね。まだ全然でそ、そんなに話数もないから、せめて何話か書けてから載せようかなと思ったり、思わなかったりして――」
スマホを差し出しながらも照れ隠しなのか早口で言葉をまくし立てる、が隠せておらずに顔が赤い。
あたふたしてる中、俺は右から左に話を聞き流し躊躇なく芽森さんからスマホを受け取る。
一生懸命なところ悪いけど今は小説の方が気になった。一度見たことあるけど芽森さんのスマホの色はピンクであまりデコられてない。
そういえばスマホはドクロにしないのか、と心情で思いつつも『本当に見るよ』という視線で芽森さんを見ると、モジモジと手を合わせてる。
本当に見られたくないなら手を伸ばして静止するはず。その仕草を返事と受け取った俺はスマホ画面を覗き込む。
タイトルは、 【私が恋した王子さま】
なんていうか、これまた安直な、いや狙ってる感がない分まだマシなのかな。
一番上には『サクラノ花』と記載されてる。これは見たことある、恋愛モノを中心に女性人気がある小説サイトだ。
ウェブページに表示されてるバナーは小説化情報の広告などが載っているが気にせず、あらすじを読んでみる。これが大事だ。
――――
幼い頃、他の国で一度だけ出会った男の子。
たった一日だけど、まるでいつも一緒にいるみたいに楽しい日々を過ごした。
彼は気さくで優しく、惹かれるのも時間が掛からなかった。
彼はどうだったかは知らないけど私は一瞬で恋に落ちた。
だけど分かれはあっという間に訪れる。
『大人になったら必ずまた会いに行く』
だからその時までこれを預かっていてくれ。
彼はその言葉と共に私にハート型のブローチを差し出した。
錆びているのか色は剥がれており、中には錠のような形のした穴が開いていた。
そして、その誓いから十年の歳月が過ぎた。古びたブローチは未だに、私の手の中にある。
――――
あらすじからして恋愛モノか。
思ってた通りだけど、この展開は既視感を覚えるな。どこかニ〇コイの冒頭に似ているような...... でも似ている展開はいくらでもあるからそこは気にしたってしょうがないか。
次を見よう。あれ、これどうすれば戻るんだ? ガラケーと違うから戻り方が分からない。
「あ、芽森さん。これってどうやって前のページに戻すの?」
「へ? もう見終わったの、 ど、どうだったかな」
操作が分からない為、一旦スマホを手渡す。
芽森さんはその動作を見て感想を聞いてくるが。
「は、早とちりさせて悪いんだけど、まだあらすじを読んだだけなんだ。スマホの操作に慣れてなくて」
「あ、そ、そうなんだ。スマホはね、タップするだけだよ、はい。これでオーケー」
なるほど、確かに楽そうだけどタップだけじゃあガラケーの魅力には勝てない。
デザインや形、何といってもパコパコが出来るんだ。それだけでもう勝ってるようなもんだ。
お礼を言い、再び手渡される。さっそく一話と書かれてる所をタップしてみる。
これが、タップか。思っていたより凄い。なるほど、カチカチより楽だ。だがまだガラケーのが...... 今、どうでもいいか。
気を取り直しスマホ画面に目を落とす。
――――
第一話、〈あれから〉
「メアリー様、あれから十年余り経ちました。本当にお会いに行かなくて宜しいのですか?」
歳相応の低い声、背は高く顔立ちは整っていて、言葉遣いから生真面目な性格だと分かる。ズレ落ちた眼鏡を手でクイッと戻す動作はいやらしいくらい様になっている。
「そのセリフはもう賞味期限切れよ、耳にタコが出来るくらい聞いたわよクロ―ド」
「いけませんメアリー様、お言葉遣いをお直しくださいと何度申し上げたら」
「別にいいじゃない。今は二人っきりなんだし、あんな固っ苦しい言葉を使っていたらロボットになってしまうわよ。あなたみたいにね」
「それは褒め言葉と受け取っておきましょう」
はぁ、皮肉も通用しないんだから困っちゃうわ。
クロ―ドと呼ぶこの男は私の側近、本名は分からないけど幼い頃から私の世話を任されてる。
素性は謎に包まれていて聞いてもはぐらされる、もう諦めた。別に興味もないし。
私が興味があるのは、このブローチの持ち主。
胸に掛けてあるブローチを手に取る、今も変わらずさび付いてる。まるで私の心を表してるみたに......
「ほら、まだ未練が残ってるんじゃありませんか。いつもそうしていらっしゃいますとワタシも流石に飽きてしまいます、いえ飽きを通り越して呆れですね。このままではいずれ錆びてしまいますよ、その古びたブローチのように」
「勝手にさび付いちゃって結構よ、どうせもう彼だって」
何よ人の気も知らないで。
「ですから、お会いにならればといつも仰っしゃているではありませんか。ワタシは心配しているんですよこれでも、メアリー様が生まれた日からお遣いさせていただいて、それはもうこーんなに小さい頃から」
「いや、それもう存在してないから。どんだけミクロなのよ私! でも、そんなこと言ってもしょうがないじゃない、王族なのよ、渡り鳥みたいにホイホイ各国を飛び回れるような立場じゃないのよ......」
そう私は王族、女でありながら王位継承者に選ばれる為に育てられてきた。
会いに行きたくても会いに行けない、会えなさ過ぎてどれだけ震えてきたか。
それに彼だって誓いのことなんて忘れてるに決まってる。幼かったし、もうそれだけの時間は過ぎた。遅すぎたのよ。
今頃恋人とよいしょしてるんだろうなぁ。
さよなら私の初恋、おはよう夢心地な私。
「メアリー様、今夜このお城を、立ちましょう」
「な、何言ってるの! そんなこと出来る訳ないじゃない!?」
遂に頭が狂ったか、そんなこと無理よ。
「いいえ、出来ますよ。それにハッキリとお申し上げますが、王位継承者の変わりはいくらでもいる、ましてやあなたは女性。いなくなろうが誰も困りません。ああ、すみません父君と母君がいらっしゃいましたね。ふむ。どうしましょうか、まぁ何とかなるでしょう」
言葉が出なくなった。
優しい微笑みで何てものの言いぐさをするのよ。恐ろしい奴。
「どうしますか、多分これが最後のチャンスですよ。ワタシにも立場というものがおありなのです、本来ならこんなことは言語道断。簡単に済まされるものではないでしょう、それ故に。ワタシがなぜこのようなこと仰るかお分かりになりますか」
さっきまでのケロっとした表情はどこえやら、茶化す様子もなく真剣な瞳で私を見つめてる。真面目でルールや規則を大事にしてるクロ―ドがこんなことを言うなんて、言葉の重みが凄い。
「メアリー様、ワタシはあなたに幸せになっていただきたいのです。ワタシの口から言えることはもうこれ以上ありません、ですからどうか、ご選択を」
クロ―ドが頭を下げてる様子を見て実感する。
本心から私のことを思ってくれてる。思わず息を飲み込む。
空気が重い。冗談じゃないんだ。さっきまで罵りあっていたのが嘘みたい。
クロ―ドはそれ以上何も言わず、ただ黙って私の選ぶ選択を待っている。
私は、ワタシは、わたしは......
「分かったわ、選べば良いんでしょ。私は......」
――――
「ふぅー」
読み終わった、スマホから目を離す。
思ったよりも、そうだな、何て言えばいいのかな。
「読み終わった? 正直に言っていいから、どうだったかな......」
俺がスマホから画面を遠のく様子を見た芽森さんは感想を促す。
どこか嬉しそうな、困ってそうな表情だ。人に読まれて緊張してるんだろう。言葉を噛んでる。俺ほどじゃないけど。
今度は読んだ感想をしっかり言わないと、俺の思い違いじゃなければ多分だけどこの小説は。
「えっと、このヒロインって多分芽森さんだよね......」
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