第十六話 彼氏役として


  今日は本当に天気が良くて風が気持ちいい、周りに生えてる草はゆったりそよいでる。

小さい傘で覆われたテラスが程よく日差しを遮ってくれてるおかげなのかな。そんなに熱くはないけど休憩する分にはもってこいだ。

 こういう場所だと野外も案外悪くないのかもしれない、何より今は人数も少ない。人目をあまり気にしなくていいから落ち着いて食べられる、ほとんどの人は昼中に腹ごしらえを済ましてるんだろうなぁ。もう昼過ぎてるし。

まぁそれにしても、それにしたって、それにしてもだ......


まただ、また話が止まった。

久しぶりに友達に会うもお互いに話題が出てこないようなこの感じ。

いや元々友達ですらないけど、というかこういう場合何か話しかけた方が良いのか? けど何を話せば、アトラクションに乗ってる時や昼食を食べてる時までは何かしら話すことがあった、だけど今のこの状況はどうだ。

周りは少なからずも楽しそうに食事しながらトークしたりガヤガヤと賑わってる。比べて俺の、正確に言うと俺と芽森さんのいる空間だけ止まってる。

一言で表すと、気まずい......


昼食を食べ終わり、しばしの休憩をすることになったまでは良かったけどその休憩の間、だんまりを決め込んでるのは俺にはキツイ。これが三人以上で自分以外の人同士が会話してるならまだいい、空気になり傍観者になればいいんだから。

 だけど一対一だとそうはいかない。歩いてるならまだしも、ただ座ってじっとしてるだけとか気まずいにもほどがあるだろ。


 目前に座っている芽森さんを下目見る。

アプリゲームでもやってるのか、小難しい顔でポチポチとスマホを弄ってる。

スマホゲームの中でもパ〇ドラやグ〇ブルは人気があるみたいだし。熱中してる人も少なくないはず、でも俺はガラケーだから話に混ざれないだろうな。

でもだんまりは嫌だし、何か話すしか、でも話すにしても話題なんか、話題...... あ。

 そういえば、どうなんだろう。俺はちゃんと彼氏のフリを出来ているのか?

多分、じゃない確実に出来てない。あんな醜態を晒していたのは周囲を見てる限り俺だけだった。

本来ならスマートにエスコートして芽森さんを引っ張って楽しませる。はずだったんだ。もう百パーセント無理だろうけどそこはもう......


「うーん」


 人が多い場所なら聞き逃してしまいそうな小さい声。

静まり返っていたせいか、芽森さんがボソっと漏らした声はしっかりと俺の耳に届いた。


さっきからずっとあの顔だ。苦戦してるのかスマホ画面をトントンと長々と叩いてる。

スマホじゃないにしてもアプリゲームなら根本的には変わらないはずだ。分からないけどレイドボスやクエスト機能等の基本的なシステムはガラケーのゲームと同じだから助言ぐらいは出来るはず。

だけどこれがゲームじゃなくてラインだった場合はどうすれば、返信中に話かけてウザがられでもしたら。でもこのままシーンと静まり返ってるのは辛い。


「あ、あの。さっきから、不機嫌そうだけど、やっぱり楽しくないかな」


「えっ」


「え...... あっ」



  一瞬、自分でも何を発したのか気づかなかったが芽森さんの顔を見てハッとする。周囲が静かなのも相まってか凍り付いたような感覚になった。


何言ってるんだ俺は、話題がなさ過ぎて出てきた言葉がこれってっ、最悪だ...... こんなの今言うべきことじゃないのに。ますます気まずくなってしまうに決まってる。

俺の唐突な発言を聞いたのか芽森さんはスマホを弄っていた手を止め、目を丸くしてこっちを見てる。

ヤ、ヤバい。ここから修正しないとっ!


「ほ、ほら。僕、楽しい会話出来ないし。ビビりまくりの叫びまくりだし。へっぴり腰しだしで、一緒にいても楽しくないのかなぁって!」


 だ、だめだ。余裕がなさ過ぎて他の話題が出てこない......


「い、今だって、芽森さんスマホを弄ってるし楽しめてないんじゃないかって思ってて。そ、そりゃあそうだよね、朝から何度も気まずい状態が続いてるし、僕がエスコートしなきゃいけないのに芽森さんに先導させっぱなしで」


 あ、あぁぁぁっ......

 違う、違う、違う、違うって!

口を紡げばいいだけなのに、そう思っていても閉じられない。修正したいのに、修正しようとするほど口から本音が漏れてしまう。でも今喋ることを止めたら場の空気が不味いことになる、ミスった、無理に喋り掛けなければ良かったんだ。俺は自分が言っている言動にいたたまれなくなり目をギュッとつむる。


「黒沼君は楽しめてる?」


「え...... あ、うん。もちろん、た、楽しいよ」


 数秒とせず返ってきた一言に少しの間、閉じていた目を開け芽森さんを見る。

場が気まずくなると思っていたけどそんなことはなく、思いのほか落ち着いてる。

ただ、今言ってしまったことに対して芽森さんはどう思っているのかは聞くのが少し怖い。


「私だって同じかな。黒沼君が怖がってる姿は見てて面白いし。話すことが苦手なのに頑張って喋り掛けてくれてることも分かってるから、でも度々気まずくなるのはしかたないよね。私だって話すことはあんまり得意じゃない方だから」


 スマホを膝に置き芽森さんは申し訳なさそうな表情でこちらを見る。

俺もいつの間にか芽森さんの目をまっすぐ直視していた。ただ芽森さんの言葉に耳を傾ける。

こんなこと思いたくないけど、元々他人だったんだ。親しくない間柄同士が気兼ねなく話せるようになるまでは時間が掛かる。人にも寄るけど。


「私から頼んだのに、嫌な思いさせちゃったね」


「そ、そんなこと......」


 無理に笑ってる、はにかんでる笑みに力が入ってない。

普通なら避難されてもおかしくない本音だったのに優しい人だ。

俺は今楽しい、こうして憧れの人といるんだ、つまらないはずがない。だからこそもっと楽しませたい。今日限りの特別な日を。


「あ! そ、それより。今の所どうかな、彼氏役として約に立ってますか?」


 俺は陰気な流れを変えようと無理やり話しを反らす。

咄嗟だったが為に敬語になってしまったけど質問の意図は変わらない、知りたいと思っていたことだ。朝から今まで醜態を晒しながらも俺なりには頑張ったと思ってる。

別に弟でも何でもいい、俺は約に立っているのか、芽森さんが好きだった人の代わりを成し遂げられているのだろうか。


「え...... 黒沼君的にはどう思ってる?」


「ぼ、僕的に!? って言われても......」



 話の流れを変えるのには成功したも、今度は逆に問われ言いよどんでしまう。

もしポイント形式があるなら全部マイナスに評価されるくらいのダメな内容だ。一般的に見ても彼氏像としての基準に達していないことは確かだ。

役に立ちたいとは思ってるけど現実は。正直、俺には芽森さんの想像を掻き立てるような彼氏としての役割を全う出来そうにない。


「だめ、だと思う」


 ああは言ってくれたけど本当の所は芽森さんもそう思っているに違いないよな。

まぁ、俺の他にも背が低い男子はいるから替えは効くか、今回はたまたま俺に白羽の矢が当たっただけなんだ。そう、たまたま......


「ちょっと話変えるけどいいかな」


「え? うん」


 そう言うと俺が返事をする前に膝に置いていたスマホを操作しだした。

トントンと画面を数回タッチした後、彼女の指が止まった。その目はスマホを見下ろしながら硬直している。

再び話が止まってしまい、周りのざわめき声だけが耳に入ってくる。また空気が重くなったような......


「あ、あの――」


「こ、これ今私が書いてる小説なんだけど.......」


「え?」 


 動きがないので話しかけようとした時、彼女は微弱の声を上げた。

どこか恥ずかしそうにこっちを見るその表情は学校で悩み事を打ち明けられた時に見た姿と重なって見えた。

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