第十五話 ポーチの中身はもしかして


「ねぇ、どこにいるの」


 返事が返ってこない。おかしい...... 


「ち、近くにいるよねっ」


 もう一度叫んでみる。無反応。なんで、声は届いてるはず、なのに。

視界は少しずつ狭くなっているのか、薄暗く周りが見えにくい。それに、悪寒がする......

鳥肌が立ち、全身から血の気が引いていくようにゾクゾクとした何かが身体を駆ける。

薄着だからじゃない。これは、身体の内側から感じる寒気だ。多分どれだけ重ね着した所で体温は変わらない。

ひんやりとした微風が肌に触れる、それに合わせるかのように静かな音が漏れ出してる。

体温を逃がさないように、両肩に手を掛けるも寒さは変わらない。

同時に聞こえてくるのは、どこかリズム感のない靴音、ドクドクと止まらない心臓の鼓動音。

見えないという視覚的恐怖に立ち止まりたい気持ちになる。けど前に進まないと光は見えてこない、背中に汗を滲ませながら一歩、一歩足を踏みしめる。


ふ、こんなのは所詮子供だましだ、大丈夫。怖くなんか―― 


 う~ら~め~し~やぁぁぁ~。


「うぉわぁぁあああっ!」


 突然、視界の横からうめき声が耳に入り、思わず声にならない叫びを上げてしまう。

驚きはしたものの、目を凝らして見てみると三角布を額に被った人が立っていた。 

分かっていてもビクついてしまい、背中からも額からも、どっと汗が噴き出る。


はぁはぁ、落ち着け......

出てくるのは分かってるんだ。こんなのは所詮作り物だ。平常心を保てばどうということは――


 バンッ!!


「でゅわぁっ!」


 いきなり、音が聞こえ思わず心臓が飛び出そうになる。

 な、なんだ、前に扉があったのか。暗くて気づかなかった。

 でもカラクリは分かってるんだ、怖いと思うのは一瞬だけ——


 チョンチョン。


「うっ!」 


 思ったのもつかの間。

肩を誰かにつつかれたのを感じ、反射的に身体が反転した!

視界に入ったのは。


「な、何だ、芽森さんか。お、驚かせないでよ......」


「ふふ、そんなにびっくりするとは思わなくて。怒ってる?」


 暗いせいか表情は良く見えない、けど声色からして笑ってるのは確かだ。


「いや、そ、そんな別に。た、ただ、いきなり見えなくにゃるからビビッたよ」


「あっはは、噛むほど怖かったんだね」


「いや、そ、そんなことないよ」 


 正直怖い。実際芽森さんと会えて安心してる自分がいる。さっきまで一人だった為に余計に。

だけども『こんな場所に置いてかないで欲しい』なんて芽森さんの手前で言える訳がない。まぁ、見栄を張ってはいるけど意味ないだろうなぁ......


「あんな声出してたらバレバレだけどね」


 ほらやっぱり、無理だった!


「でも黒沼君が怖がるのも無理ないよ、このお化け屋敷怖いって少し有名なんだよ。普通のお化け屋敷より照明を暗くしてるんだって」


「通りで見えにくいわけだ」


 確かに暗くした方が恐怖を煽られる。

視覚的感覚を封じられれば何があるのか分からなくなり、聴覚や感覚で感じ取るしかない。

目に見えない恐怖、これほどに恐ろしいものはないだろ――


「キャァアアアー」


 俺や芽森さんじゃない。別の誰かの悲鳴が奧の方から聞こえてくる。


「ね、だから恥ずかしくはないよ」


「そ、それはそうだけど」


 ただ、こういうことには見栄を張っていたいんだよ。

男の意地というかプライド......

っていうかさっきから思ってたけど芽森さんは平然としてるような。


「あ、そういえば。め、芽森さんは怖くないの?」


「うーん、どうだろう。怖いことは怖いんだけどね。叫ぶほどでもないかなって感じかな」


 声は震えていない。本当に平気なんだ。

ドクロの服を着ているからこういう類のものは平気なのかな。

それに比べ、俺は何て女々しいんだ。辛いよぉ......


「じゃ、先に行ってるね」


「えっ!」


「あははは、冗談だよ」


「うぅ」


 と、突然なんてことを言うんだこの人は、軽く泣きそうになったじゃないか。

情けないけど怖い、お化け屋敷は大の苦手だ。一人で行かれても困る。

俺は妖怪〇ォッチよりポ〇モン派なんだ。


「じゃ、もう一度手を繋ぐ?」


「い、いあ。そんないいよ、これくららい」


 何度も手なんて繋げる訳がないし、心臓がいくらあっても足りない。

その一言だけでも心拍数が尋常じゃないくらい速くなってるのに。

けどどうしよ、こんな薄い暗い中じゃ、服ぐらいしか――

服...... の裾。


「あ、裾」


「え?」


「ふ、服の裾掴んでも、いいかな......」


 我ながらなんて女々しい発言だ。と思いつつも言うしかない。

返事の代わりに芽森さんは何も言わず一、二歩進み前にきてくれた。

その行動を了解と受け取った俺は背中側の服の裾をそっと掴む。


服の裾を掴んでるだけならドキドキしないで済むかもしれない。

そう思っていたけど、薄暗い通路の中を二人で歩く度に心臓がバクバクと鼓動し止まらない。

普通こういうのは逆だ、男性がエスコートして女性は後ろをついてくる。

前を歩く芽森さんは何かが出るたび平然としてる様子、逆に俺は声を上げる。 

その小さい背中は男でも惚れ惚れしてしまいそうに逞しく見えた。

そうやって何度もビビりまくり声を出しながら歩く中、ようやく出口が見えてきた――



――――


「えっと、大丈夫? 少し休もうか」


「う、うん」


 気持ち悪い......

叫び過ぎたせいか喉も少し痛い。


「そんなに苦手だったなら先に言ってくれれば良かったのに『お化け屋敷には耐性があるんだ』なんてけろっとした顔で言うから」


「い、言えるわけ、ないよ。こ、これでも男なんだ」


「で、意地張った結果がこれなんだね」


 う、ごもっともでぐうの音も出ない......

呆れられただろうなぁ、また醜態をさらしてしまった。

俺を見る彼女は苦笑いしてるし、これもう絶対呆れられてるよ。

意地を張るんじゃなかった、いや芽森さんの前でストレートに『お化け屋敷はやめようよ』なんて言うのもどうなんだろう、男として。というか男に見られてないか...... 

良くて弟もしくは年下の男の子にしか思われてない気がする。


お化け屋敷を出た俺と芽森さんは、どこか休める所を探し近くのベンチに腰掛けた。

目前には噴水があり水しぶきが飛び散ってる。それを見ていると少し気分が優れるような感じがする。

俺達の他にも何人かの人がここにいて、それぞれゆったりした時間を過ごしてるみたいだ。ポカポカ温かいこの場所は休むには最適だもんな。

しばらく周囲を観察している内に気分はいくらかマシになってきた。


「もう、大丈夫だよ」 


「本当に?」


「うん、噴水を見ていたら治ったみたい。つ、次はどこ行こうか」


「うーん、どうしよっか、じゃあ。あ、それよりお腹減ってない? 並びっぱなしでお昼まだだったよね、私弁当作ってきたんだ」


「えっ!」


 瞬時に、俺の脳裏には鮮やかに彩られた弁当が再生される。

 め、芽森さんの手作り弁当が食べられる? まさかそんなことが。

ワクワク気分の中、芽森さんはポーチの中をまさぐり始めた。

あれ、今気が付いたけど、よく見たらポーチもドクロ模様の装飾なのか。ファッションと違って小物は変えなくてもいいんじゃないかと思うけど。

でもそんなこと気にしなくていいか、なんせ芽森さんの。


「黒沼君は何か苦手な食べ物ある?」


「え? あ、いや特に。しいといえば野菜類は少し苦手かな」


「そっか」


 野菜が入ってるのか? でもそんなことどうだっていい。

 芽森さんの手作り弁当が食べられるなら。



そして遂に芽森さんが取り出したのは、手作り弁当、ではなく......


「え、スマホ?」


 あれ弁当...... え。


「あはは、スマホでした。あれ、もしかして期待させた? ごめんね、私あんまり料理得意じゃないんだ」


「へ? ああっ、い、そんなこと思ってないよ。ましてや手作り弁当が食べられる、なんて......」


 あ...... つい。


「思いっきり思ってたよね」


「まぁ、す、少しだけ」


 何を隠そう思いっきし思ってました!


「そう言ってもらえると嬉しいんだけど、でもないものはないしね。何か店探さないと」


「そうだね」


 芽森さんは手に持っていたスマホで地図を出し店舗を探し始めた。

本音を言うと手作り弁当が食べられるんじゃないかと思っていた。

期待していた分落胆は大きい、なんせ女の子、芽森さんの手作り弁当を食べられるなんて他の男子に知られたら袋叩きに合うだろう。そのくらい価値のあるものだ。

けどこうして今、芽森さんと二人で出掛けてるだけでも奇跡みたいなものなんだ、これ以上贅沢は望めない。俺なんかが。


「あ、ここはどうかな、意外と近いよ」


「う、うん。そこは芽森さんに任せるよ」


 行先が決まった所で俺たちはベンチから腰を上げた。

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