第4話 返却

 俺は、本当に色々な物を見つけた。あいつらが姉ちゃんに色々押し付けたり、姉ちゃんの物を隠したり、壊したりしてるのをよく見た。あの時だって。

 あんなにはっきりとしてるのに、先生はどうしてかそれを咎めないで、姉ちゃんが死んだ事に泣いていたから、むしろ仲がいいのだと都合のいい解釈をしていた。


「なんでお前が怒んの? 意味わかんないんだけど」

「私たち、アンタの姉ちゃんに色々、上げてたじゃん」

「だいたい、年下のくせにナマイキでしょ」

「……」


 くだらない。姉ちゃんは、こいつらに殺されたのか。

 そう思うと、何故か全てがスッキリした。


「なら、先輩たちに“”しないといけないね」


 姉ちゃんを殴ったり、物を奪う手は、一生仲良しごっこができるよう友達と離さないように、くっつけて。

 下駄箱にも、上履きと一緒にたくさんの絵の具が置いてあったから、足をちゃんとしまってあげて。

 体操服をビリビリに破いて捨ててたから、皮膚をビリビリに破いて捨てて。

 折り紙のカエルを作っていたから、本物のカエルをランドセルに入れてたんだっけ? じゃあ、ドクロが好きなんだから、ドクロをランドセルに入れておこう。


 あれ……? もらったものは、全部返したのに、どうして許してくれないの?


「どうして、俺はここからでられないの?」


 誰もいない、話せない校舎なんてもう飽きた。


「だって、返せてないもの」


 俺に向けられた言葉に、振り返れば白い髪を持った、赤い目が嗤っていた。


「返してない? なにを?」

「あら? わからない? あなたのお姉さんじゃなくて、あなたがあいつらに奪われたものよ」

「奪われた、もの?」

「そうよ。あなたは奪い返してはないわ」


 頭の中でぐるぐると言葉と記憶が混ざって、回る。


「言ってご覧なさい。あなたは、何を奪われた?」

「姉、ちゃん」

「それは、あなたにとって、なに?」

「大事な、もの」

「そう。大事なものよ。とってもね。それを奪い返さなきゃ、あいつらから」


 そうだ。大事なもの。大事なものを奪わなきゃ。


「あいつらから、奪わなきゃ……」 


 近づく足音に、振り返れば、そこにいたのはあのおじさんの大事なもの。


「君の大事なもの、なくなっちゃったよ」


 おじさんが大事なら、これもきっと大事にしてるはず。


「大事なもの? 残念だけど、持ち合わせてないわ」

「……おじさん、死んじゃったよ」

「あぁ……別にいいわよ。他の探せばいいもの。あぁ……やっぱり童子切にすればよかった」

「?」


 アレ? おかしい……大事なものじゃないの?

 あぁ。でも、いいか。おじさんはこれが大事なんだ。これを奪えば、それでいいんだ。


「それよりも、あなた、いい加減このメチャクチャ空間どうにかしてくれないかしら? 私の連れが迷いに迷って困るんだけど」

「……僕だって、出口を探してるんだ」


 後ろから、奪おう。なんだか、これは怖いような気がするんだ。


「じゃあ、出口を教えてあげる」

「え?」

「執着するのをやめなさい」


 頭に廻り続ける言葉が、一瞬動きを止めたような気がした。前よりもずっとぎこちなく動き、大事なものを奪い返さないといけないという言葉。


「意味が分からないよ。君は何を言って――」

「返して!!」


 それは殴られるような感覚だった。よく知った、大事な人の声。


「わー折り紙女が怒ったー!」

「こんな紙に何そんなに必死になってんの?」

「それは、弟がくれたの! 返してよ!」


 知ってる。この光景は、よく知っている。見たくない、この記憶だけは見たくない。

 そいつらは、俺と交換した緑のお守りを持っていて、姉ちゃんはそれを大事そうに毎日ランドセルにつけていた。

 別に、あんなもの、奪われたところで、また作ればいいだけだっていうのに、姉ちゃんは必死に奪い返そうとしている。


「ふーん、弟が作ってくれたんだ。それなら、ほら」


 笑って、女がそれを階段の方へ投げた。


「返してやるよ」


 ひらりと揺れるお守りを取ろうとした姉ちゃんが、階段から姿を消した。


「――ッ!!!」

「顔色悪いわよ?」


 なんでもないように聞いてくる白いそれ。俺に、返すべきものを教えてくれた人にそっくりだっていうのに、この人の言葉は、頭で巡る文字を止めるだけ。


「あ、あいつが悪いんだ! あいつが、勝手に……!」

「そ、そうだよ! 私たち何もしてないし!」

「そうだそうだ! あいつが悪い!」


 これ以上はいけない。思考が止まる。何かが文字の奥底にある。

 怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い!! こいつを消さなきゃ、俺が消える。

 腕をハンマーとナイフに変えれば、そいつは小さく微笑んだ。


「そういう欲望に素直なのは嫌いじゃないわ。だから、ご褒美。コレ、なーんだ」


 俺が姉ちゃんにあげた緑のお守りだ。


「正解。あなたが、あなたのお姉さんにあげた折り紙のお守り。そして、諸悪の根源」


 そいつが、軽くそれを振ってみせると、俺を笑う。


「あなたが殺したのよ。自分のお姉さんを」

「違う……あいつらが、殺したんだ!!」

「いいえ。あなたよ。あなたが、これを作ってあげた。そして、大事にしていたからこそ、こんなことになった。ねぇ? あなたのせいでしょ?」

「違う……姉ちゃんは!」


 粘着質の音を響かせて、階段から滑り降りてきたのは、頭の潰れた四つん這いのそいつ。


「カエシテ……! カエシテ……!!」

「そうね。帰りなさい。あなたも」


 踊り場に投げ捨てられた折り紙を追いかけて、それは落ちていき、ない頭から、落ちていった。


「これで、ゆっくり話ができるかしら? 弟くん」

「ちがう、ちがう」

「あなたが頼りにするお姉さんは、もう動かないわよ。いや、あなたがまたアレを奪えば、動くわね」

「……」


 姉ちゃんはずっと、あれだけを追いかけてた。だから、いつだって、ここに来る人にあのお守りを拾わせれば、姉ちゃんがそれを奪い返した。

 それで、いつかは姉ちゃんも奪い返せたことに満足できるんじゃないかって。


「諦めなさい。お姉さんが大事なら、ここに閉じ込めないで、お守りを抱かせて逝かせてあげなさい。もう、あなたは復讐を果たしたでしょ。そして、果たされた」


 脳裏に浮かんだのは、ひどい顔をした中年の男たちの顔。そこから先は、覚えてない。


「あなたのやってることは、痛みを知らしめたいんじゃなくて、ただの独りよがりの後悔よ」

「うるさいうるさいだまれだまれだまれだまれだまれ!!!」


 頭が重く、うるさい。訳が分からない。全部、全部、壊れてしまえばいい。


「うわぁぁあああ!!!」


 自分でも、何を叫んでいるのかわからない。ただ、びちゃりと、粘着質の音が、やけに耳に響いた。

 階段の下から、現れたその赤黒い手が白い、そいつに迫る。


「!」


 赤い目が見開かれ、そのまま、白い髪に赤黒い手が触れる、その瞬間、その手は廊下に落ち、巨大だった頭の潰れたそいつは、俺よりも少しだけ大きな少女の姿に代わり、廊下に倒れた。


「姉、ちゃん……?」


 倒れているのは、まごうことなき姉ちゃんだ。腕はなくなり、頭以外に、腹と手の大きな切り傷からも血を流している。


「驚いた。まだ自我あったのね……ちゃんと弔わなかったのかしら?」

「って、小夜! また怒らせるようなこと言ったの!?」

「うるさいわね……だいたい、時空歪めるような執着心つついて怒らない奴なんていないわよ」


 あぁ、また、また奪われる。


「奪い、返さなきゃ……」


 妙に、足が重い。揺れる視界の中、姉ちゃんを切ったそいつに近づけば、ひどく顔は歪み、気がついた時には、倒れ込むように姉ちゃんの脇に膝をついていた。足元にはどんどん広がる赤い水たまり。


「かえ、さなきゃ……」


 自分でも、何を返すのかは、わからない。ただ、姉ちゃんの傍らに落ちていた赤く染まった折り紙のお守り。


『はい、万亀。あげる! お姉ちゃん特製のお守り!』


 渡されたのは、赤いただの折り紙で作られたお守り。


『御利益なさそう……』

『ひどい! お守りは気持ちだから! 本物だって、中身ただの紙だし! ほら! 一緒だよ!』

『……じゃあ、交換』


 いつだって、もらってばかりだった。


『うん! ありがとう。大切にするね』


 何も、返してあげられてない。何一つ、返せてない。


「ごめ、なさい……」


 霞んだ視界に、赤と緑が混じったお守りが映っていた。



***



 蛍火の淡い光が、古びた校舎を照らす。寝惚け眼に見えた、ぼんやりと照らされた踊り場と廊下に置かれた、折り紙で作られた白い花。


「……」


 「あぁ、くだらない」と、その言葉を口にすることすら億劫だった。

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朧夜に蛍火を - 返ス物 - 廿楽 亜久 @tudura

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