第3話 異径

 二人は、階段に座っていた。


「あの子、いじめられてたんだね」

「……うん」

「知ってた?」

「変わってる人だったから」


 万亀がいうには、学校でも有名な折り紙好きの少女だったそうだ。クラブ活動も毎年、折り紙クラブにしていたそうだ。

 しかし、子供というのは残酷なもので、好きなものすら選ばせてはくれない。


「……ひどかった、のかな?」

「知らない」


 それは、突き放すような言い方だった。


「知ってる? そういうのって、少しでも関わるとろくな目に合わないんだよ」


 仲裁に入るのなんてもっての外、それどころか状況を聞くのだって巻き込まれる可能性ができる行為なのだ。誰に教えられるわけでもなく、子供はただ本能的にそれを感じ取れた。

 だから、そこで輪を閉じてしまうのだ。


「……ごめんね。僕、そういうこと、あんまり詳しくなくて」

「別にいいよ」


 数珠丸は困ったように、振り返ってみれば、白い髪の少女が立っていた。


「!」


 小夜だ。廊下から教室の中を見ているようで、駆け上がったが、廊下に出る前に壁にぶつかった。

 音は響かないが、思いっきりぶつかったせいで、衝撃は結構大きかった。


「いたた……また壁……」


 よく見れば、向こうの窓には夕日がさしている。こちら側の窓を見ればまだ明るい。時間が違う。


ベチャ……


 またあの音が響く。小夜の見ている教室からだ。またひとつ、またひとつ、と、音が響くと、小夜が一歩足を引いた。

 教室のドアから這い出てきたのは、先程の赤黒い大きなバケモノ。


「小夜っ!!」


 叫ぶが、その声は届かず、手を伸ばそうにも壁が遮る。

 そいつは、後ずさる小夜にその大きな手を振り上げると、躊躇することなく振り下ろした。床に叩きつけられた手からはみ出してくるのは、バケモノと同じ赤黒い水たまり。


「あの子、死んじゃったみたいだね……」


 後ろで、万亀がその光景を見ながら、淡々と言う。呆然と小夜がいた場所を見つめる数珠丸を、万亀は見上げていた。

 しかし、その腕は、人間のものではなく、鋭いナイフとカナヅチのような、異径の腕だった。


「お返し、しなきゃね」


 その言葉と共に、ナイフの腕は振られた。


「――ッ!?」


 確かにナイフは数珠丸の首を捉えるはずだった。だが、首を捉えるはずだったナイフは弾かれ、壁に突き刺さった。

 目の前にいたのは、刀を抜いた数珠丸。


「どうして……」

「……君が隠した物かな」


 確かに、コルクボードには何かが貼られていたのだ。それを、わざわざ隠すなんてこと、ただ巻き込まれただけの人間がするはずがない。

 それに、彼と会ってからなのだ。あのバケモノが襲ってくるようになったのは。


「それに、小夜は、死んでないよ」

「アレを見て、まだそんなこというんだ」

「……そうだね。僕がここにいることが、証明だけど、きっとわからないだろうね」


 万亀が天魔に憑かれた魂だ。最初は、逆だと思っていた。あのバケモノ、つまり千鶴が天魔に憑かれ、昔突き落とした万亀に復讐しようとした。そして、万亀もそれに気がつき、おそらくそのことが書かれたであろう、ポスターを隠した。

 だが、あのバケモノを操って、小夜が死んだように見せるなんてこと、彼が復讐されるために呼ばれた魂であればできるはずがない。その異径の姿が何よりも証拠だ。


「ごめんね。君を、切るよ」


 怯えたように揺れた瞳に、数珠丸が表情を歪めたが、その刀を握る手は緩むことはなかった。


「カ、エシテ……」


 壁だった背中から現れた手は、数珠丸を掴み、壁に押し付ける。


「!!」


 大きな手で、力いっぱい握り、自らの元に引き寄せようとするが、壁に阻まれ、うまくいかない。

 手の中で、数珠丸もどうにか刀で指を切ろうともがいていると、聞こえた万亀の声。


「姉ちゃん……?」


 聞き返す間もなく、数珠丸は意識が遠のいていった。


***


 全身がきしむような痛みではなく、突くような痛みが顔に走る。


「いたっ……! 痛いっ痛いから!」


 腕を顔の前で振りながら、体を起こせば、案の定いたのは探していた白い髪と赤い目が特徴の少女。小夜だ。


「やっと起きた」

「え、あれ……今までのって夢、じゃないよね?」


 校舎はずいぶん長い間使われていないのか、ボロボロで、天井近くにはクモの巣まで張っている。


「あら、アンタが夢を見るの? 驚きね」


 そうだ。夢を見るはずがない。刀である自分が、夢なんて見るわけがない。そもそも意識を失う、というのも珍しいことだ。


「小夜。天魔に憑かれた子と会ったよ」

「そうでしょうね」

「……でも、その子は」


 いじめられ、突き落とされた姉の代わりに、復讐に取りつかれた弟だ。そう、口にしたかったが、まさぐられる上着に、その言葉は全く別の叫びに変わった。


「ななな、なにしてるの!?」

「あんた、何か拾わなかった?」

「な、なにか……?」


 なにか拾っただろうかと、思い返してみれば、ひとつだけ拾ったものがあった。


「これ」


 緑の折り紙で作られたお守り。それを見ると、小夜は目を細め、口端を上げる。


「それ、預かるわ。話をするきっかけになる」


 お守りを手に取ると、小夜はじっとそれを見つめと、


「本当に、くだらない……」


 そうこぼし、立ち上がると、突然よろめいた。


「小夜!?」


 慌てて小夜の体を支えれば、すぐさまその手を叩かれる。


「空間歪めるせいで、校舎歩くのだって力使うし、あぁ……これだから肉の器は」


 愚痴をこぼす小夜は、心配そうな顔をする数珠丸を睨みつけると、


「アンタが一緒だと、二倍疲れるから、一人でいい」


 そう言われてしまえば、数珠丸も強くは言えない。


「あぁ、そうだ。職員室に行ってみなさい。おもしろい本があるわよ」

「小夜がそういうってことは、きっとおもしろくはないんだろうね」


 しかし、一人で階段を登っていってしまった小夜に、数珠丸はため息をつくと職員室に向かった。人がいなくなってから、随分月日が経って、部屋全体にホコリが積もっている。

 一番奥の席に置かれていた一つの雑誌。ポップには、『××小学校で起きた惨劇! その真相とは!?』の文字。小夜が言っていたのは、これのことだろう。


『○月○日。××小学校で惨劇が起きた。始まりは、早朝。登校してきた生徒が、下駄箱に入っていた本物の人間の足を発見したところから始まった。

 六年三組のゴミ箱に捨てられた肉片、カバンに詰められた生首、廊下に接着された手が発見された。警察の調べで、被害者は、六年三組の女子生徒三名であることが判明した。

 その女子生徒たちは、数日前に同小学校四年の男子生徒ともめ、腕を刃物や鈍器でそれぞれ怪我を負っていた。警察はその男子生徒を重要参考人として、現在取り調べを行なっている』


 もう一つ、雑誌が置かれていた。数珠丸は、重い空気を吐き出すように、それを手に取り、開いた。


『廃校が決定した××小学校で起きた事件は、とある女子生徒の転落死から始まった。その女子生徒は、今回被害にあった女子生徒たちからいじめを受けていたことが、取材で分かった。

 犯人であった男子生徒は、転落死した女子生徒の弟であった。警察はその女子生徒は事故による転落死だと断定したが、男子生徒はその女子生徒たちが突き落としたと主張していた。

 確固たる証拠があるわけではないが、男子生徒がその現場を見たとはっきりと告げた目に、嘘はないように感じた。しかし、その男子生徒から話を聞くことはもうできない。

 移送中、女子生徒たちの親に男子生徒は殺害されたためである』


 呼吸が苦しかった。


「万亀君……」


 せめて、終わりにしてあげなければ。

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