第6話 雨はあがる
祭司さまの外套は町で買ったという珍しいもので、袖を作らずゆったりと腕を被い、頭巾がついている。これ一枚で笠と蓑の両方の役割を果たすそうだ。
立ち尽くすわたしたちにむかって祭司さまは近づいてきた。両腕をひろげる。胸元から外套に隙間ができて、そのなかに包み込むように祭司さまはサヤを抱き寄せた。
大粒の雨が祭司さまの背中や頭にぶつかっている。
すぐにわかった。サヤを雨から守ってくれたんだ。容赦なく顔に降りかかってくるこの雨は、とても痛いから。
その痛みに耐えきれず、わたしも俯いた。
お
「お人身さまは、村を愛する者でなければ務まらないんだ。純粋に、ひたむきに、村のみんなのことを好きな人。そうでないと、務まらない」
体の大きい祭司さまにくるまれてサヤの表情は見えなかった。見えるのは足下だけだ。サヤの細い足首にとめどなく雨が流れ落ちている。祭司さまの家の土間にちゃんと残されていた草鞋が泥で汚れていた。
「祭司さまは、知っていたの? サヤがここに来ること」
祭司さまが顔を上げた。
頭巾の下から覗く目を見たとたん、身震いが走った。雨粒の強さに負けないくらいの勢いで恥ずかしくなった。
祭司さまはすべてわかっていたんだ。きっとわたしの気持ちも見透かされている。
サヤが祭司さまから離れた。
「ありがとうございます」
そう言って笑いかけたあと、ひとつ頷いて、わたしを見た。
「ずっと友達でいてくれてありがとう。ほんとに、いっぱい、ありがとう。わたしがいなくなっても、フウナはフウナらしく生きてね」
祭司さまが体をどける。
沼までまっすぐ続く道の上を、サヤが走り出した。
え、待って。
こんなにあっさりなの?
待ってよ、やっぱりやだよ。
「サヤ!」
声と同時に体が動いた。すぐに祭司さまが立ちふさがる。よけようとしたら長い腕で抱きとめられた。
それでも、もがいた。
「いかないで! いっちゃやだよ!」
ぬかるみに足がすべった。腕をすり抜けて転ぶ。泥のにおいが喉を締め上げた。
「サヤ! まって!」
体を起こしながら叫ぶ。祭司さまが腕と肩を掴んで放してくれない。サヤの背中があっという間にかすんでしまう。
嫌な雨だ。こんな雨、大嫌いだ。
ねえサヤ、いかないでよ。
助けたいよ。
助けさせてよ。
大好きなんだよ。
「サヤ!」
サヤが振り向いた。
容赦ない雨に瞬きを繰り返した刹那、はっきりと見えた。しぶきを浴びながらサヤは笑っていた。
「フウナ! わたし、フウナに救ってもらったよ!」
サヤが両手を自分の胸に当てた。そして「救われたよ」と繰り返した。
「ありがとう! 目、閉じて! 雨、あがるよ!」
サヤがくるりと踵を返す。
ためらわない背中が見えた。
瞬間、泥まみれの手が凍った。
白い雨のむこうに目を凝らす。
見失ってしまった姿を探した。
銀色の鱗が光って、ひときわ大きな水音がした。
沼が膨れた。
阿芽の群れを、見た。
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