第5話 ありがとう

 佳代と最後の別れをして、一週間が経ったある日、見慣れない電話番号から着信があった。携帯電話に表示される文字の羅列は、登録されていない、しかもあまり馴染みの無い地域からの固定電話である事を意味していた。少し不安だったが、僕は電話に出た。すると、電話の向こうから何処かで聞いたような女性の声が聞こえてきた。

「もしもし、山崎耀司さんの携帯でしょうか?」

「はい。山崎ですが?」

「山崎君?私、竹田由美です。久しぶりだね」

「え?ああ、竹田さんか。久しぶりだね。そうかあ、これって福岡から掛けてるの?」

「うん、ごめんね、わからなかったよね。私、携帯の番号変わったから、ひょっとしたらこっちの方が出てくれるかなあと思って」

由美の声を聴くのは久しぶりだったが、特徴ある声は彼女をすぐに思い出させてくれた。


 由美は、同窓会の知らせをしようと電話をくれたのだった。僕は佳代は来るのかどうかが気になったが、なかなか声に出す事が出来なかった。佳代の名前すら出せない僕に、由美は気を使ったのか、彼女は敢えてキーワードを出した。

「そう言えば、佳代とはまだ連絡は取っているの?」

「ううん、取ってないよ」

僕は、一週間前に起こったことを敢えて自分の中に閉じ込めた。すると由美は、思いがけないひとことを言いのけた。

「私、先月、佳代の実家に行ってきたんだよね」

「そうなんだ、どうしたの?」

「佳代のお父さんが亡くなって、お葬式に行ってきたよ。佳代、本当に可愛そうだった。だって、山崎君と別れてずっと引きずってたし、やっと落ち着いたと思ったら、今度はお父さんが亡くなるなんて」

「え?何を言ってるんだよ、嘘だろ?」

「嘘じゃないよ、佳代は本当に山崎君のこと引きずってたよ。ずっと、山崎君のこと嘘つきって言ってた。何が嘘つきなのって聞いても何も答えてくれなかった。凄く辛そうだったよ。それでも一年くらい経ってやっと立ち直ったから、少し安心してたんだ。でも、お父さんが交通事故で亡くなって……私、何で佳代ばっかりこんな目に遭わされるんだろうって思った。世の中不公平だって思った。山崎君のことも、佳代が立ち直るまで少し嫌だったし」

「事故で亡くなったんだ、お父さん……」

同窓会には出席する旨を伝え、由美との電話を終わらせた。佳代が同窓会に来るかどうかはまだわからない、との事だった。


 電話を切った後、僕はその場でしゃがみ込み、立てなくなった。自分が一瞬で軟体動物にでもなったかのようだった。一週間前に佳代と話したことを思い出していた。あの時、佳代はお父さんのことなど一切口にしなかった。言えなかったのか?いや、そうじゃない。佳代は僕に気を使ったのだ。彼女は、僕と佳代の父親が数年前に交わした約束を覚えていたのではないか。僕が約束を反故にしたと思うのを避ける為に、敢えて何も言わなかったのではないか。

 ただ、彼女は何も言わなかった。それだけが事実として残る。彼女は僕を嘘つきと言っていたことも、僕には言わなかった。何で言ってくれなかったんだ。むしろ言って欲しかった。僕を悪者にして欲しかった。でも、佳代は大阪で就職したことも、お父さんが亡くなった事も、僕のせいにはしなかった。


 僕は佳代に会いたくて、気がつくと彼女が住んでいたマンションに向かっていた。最後に訪問して一年半が経過していたが、場所は当然わかっていた。ひょっとしたらまだ佳代がいるかもしれない。いや、いて欲しいと願って、僕は身を運んだ。マンションの入り口に着くと、郵便受けを確認した。しかし、以前あったテプラで作られたネームプレートは無かった。それでも諦めきれずに彼女が住んでいた部屋の前に行ったが、そこには表札に書いてあった三原という名前は無かった。


 由美からの連絡があった一か月後に、同窓会は開催された。出席と伝えていた僕は、ひょっとしたら佳代が来るかもしれないという望みを僅かに抱きながら、店に向かった。店に着くと、既に20人くらい来ていただろうか。その中に竹田由美もいたが、僕は敢えて軽く会釈をしただけで済ませた。

 五分ほど経つと、会は始まった。それは、自動的に佳代が来ていないことを指していた。やはり、彼女は来なかった。

会が始まると、さっと由美が隣の席に着いた。彼女は開口一番、聞きたくない言葉を浴びせてきた。

「佳代、来ないよ」

「そうだろうね。俺がいたら、そりゃあ来にくいよな」

「それは、どうかわからないけど。でも、お父さんの四十九日の関係で、来れないって言ってた。あと、これを山崎君に渡してって」

由美はブルーの小さな封筒を一つ、得意げに差し出した。直ぐに開封して読みたかったが、一人になってからの方が良いと思い、僕はその手紙をそっと、鞄の中にしまいこんだ。

 それから久しぶりに会う旧友たちとの時間を楽しみたかったが、僕には到底無理だった。こんな手紙を渡されたら、気になって仕方がない。会の冒頭に差し出した由美を少し恨めしくも思った。何人か話したい人間はいたが、その場で話す気になれず、連絡先だけ聞いて後日連絡する旨を伝えるのに徹したのだった。


 会が終わると、一目散に近くの公園に走った。やっとの思いで、一人になると、街灯が照らすベンチに腰かけ、佳代からの手紙を開けた。


耀司へ

今回、同窓会に行きたかったんだけど、ちょっと家の都合で行けなくなりました。耀司が来ることは由美から聞いてたし、私は会いたかったよ。もし耀司が来るから私が欠席した、と思ってたら、それは本当に違うからね。

だからと言う訳じゃないんだけど、手紙を書きました。読んでくれてたら、嬉しいです。

この前、わざわざ来てくれて、ありがとう。ビックリしたけど、嬉しかったよ。モンブランせっかく買ってくれてたのに、貰い損ねちゃったね。ゴメンね。車に乗った時に匂いで気付いてたんだけど、耀司と話してたら、色々思い出して途中で忘れちゃったんだよね。それと、耀司を嘘つき呼ばわりしたのもゴメンね。耀司はよく嘘つきは嫌いって言ってたのに、あんな言い方して。耀司は嘘つきなんかじゃないよ、私には一回も嘘なんかつかなかった。

耀司の気持ちも本当は嬉しかったよ。私、今でも耀司が好きかも。ううん、好き。あの時は、あういう風に言っちゃったけど、本当はずっと耀司が好きだったんだ。

でもね、私、金沢に帰らなきゃいけなくなったんだ。お父さんがいなくなって、お母さんが一人になっちゃうから、私がいてあげなきゃいけなくなったの。こんな言い方したら、耀司なら金沢に行くとか平気で言いそうだけど、耀司には今の仕事をこれからも頑張って欲しいの。あれだけ苦労して内定勝ち取ったんだもん。私だって仕事は続けたかったから。だから、耀司には戻れない。好きだけど、やっぱり戻れないよ。

本当は会って話したかったけど、行けなくなったから、手紙を書きました。耀司との時間は、本当に幸せだったよ。ありがとう、耀司!

そして、さようなら。


 手紙を読んだ僕は何か清々しい気分だった。佳代は最後に僕を救ってくれた。ずっと胸につかえていたものを、佳代はいとも簡単に取ってくれた。佳代を好きになった自分は間違ってなかった、と思えた。もう戻れないという事実を突きつけられても、ずっと佳代を好きでいられる気がした。

(たとえ別れても、好きでいたって良いよな。自分に嘘をつきたくないからさ。佳代、離れても好きでいさせてくれて、ありがとう!)


      




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