第2話 嘘だろ!?

 僕は大学生になっていた。


 僕は大阪府内でもそれなりの公立高校に入ったが、高校受験で燃え尽きたのか、それとも進学校に入学して安心し過ぎたのか、大学受験の勉強を怠り、浪人生活を余儀なくされた。ただ、野球部で流した三年間の汗は僕の高校生活を満喫してくれた。そのおかげで、良い思い出となり、楽しい記憶しかない。だから、高校生活に全くと言って良いほど不満は無かった。ただ一つ寂しかったのは、仲の良い友人達がほとんど現役で大学受験に合格していた点だった。


 大学生になった僕は、高校生活を共にした友人の大半が現役で入学していたので、当然一緒に入学した人間などいなかった。だから、入学した僕は友人が出来るかどうか不安感に包まれていた。こんな心境は、小学校の転校した時以来だったかもしれない。

 心理学を専攻した僕は、運良く30人程度の少人数のクラスに配属された。他学部などに多い大人数型のクラスになると、なかなか友人ができる環境にはならない。積極的に友人を作れるタイプならば問題無いが、いたって普通の僕のような人間にとっては、少人数クラスに救われた気持ちで一杯だった。


 入学して数日が経過したある日、偶然、一人の可愛い女子生徒が僕の隣の席に着いた。彼女は透き通ったような真っ白い肌をしていて、可愛らしい表情は僕の心を高揚させた。

「はじめまして。私、竹田由美と言います」

「ああ、はじめまして。僕は山崎耀司です。竹田さんは何処から来たの?なんかイントネーションが違うからさ」

「福岡です。久留米市って処なんです。知っていますか?」

「もちろん、わかるよ。へえ、久留米なんだ。たしかチェッカーズって久留米じゃなかったっけ?」

「よく知ってますね。そうです、その久留米です」

彼女との会話は、楽しかった。彼女の大人しくて、小さく聡明な声は十二分に僕を引き付けた。そう、僕は彼女のことが気になっていた。いや、僕はきっと彼女に惹かれていたのだ。

 竹田由美は、大体163,4センチくらいの身長だろうか。細身でスラっとした体形は僕の好みだった。自身の身長が180センチあった為、並んで目線が近い背の高い女性が良かったのかもしれない。(彼女と仲良くなれたらいいな)と密かに心の中で唱えていた。


 入学して一か月が経過しようとしていた時、僕は何人かの友人ができていた。やはり少人数のクラスが僕を助けてくれた。誰でも気が合うっていう訳では無いが、3,4人は気の合う仲間がいた。由美も気の合う仲間であろうと思われた友達ができたようで、いつも四人で行動しているようだった。彼女の友達の名前は、同じクラスだったので知ってはいた。だが、彼女たちとあまり話したことも無く、特に仲が良い訳でも無かった。相変わらず、僕は由美に好意を寄せていた。徐々に仲良くはなっていたが、ゴールデンウィークに由美が福岡に戻っていたり、僕はアルバイトを始めたりして、二人が友人以上の関係にはなっていなかった。


 五月の終わりに差し掛かったころ、僕を含めた友達三人と由美の友達三人と一緒に飲みに行くことになった。僕がいきなり由美と二人で遊びに行くのも躊躇して、数人で遊ぼうという運びになったのだ。

 僕はこの飲み会を機に、由美との距離を縮めようとしていた。事前に僕が聞いていた中では、周りの友達は誰も由美に行為を抱いていなかった。入学して以来、ずっと由美と遊びに行けることを心待ちにしていた僕にとっては、この飲み会は戦いの場であった。

 大学の近くの居酒屋で飲み会は開催された。近年流行りの「個室居酒屋」だ。僕たち仲間は、女子グループよりも先に店に着いていたので、適当に並んで席に着いた。僕たちが着席して五分ほど経った時に、由美と彼女の仲間が現れた。

「ごめんなさい、山崎君、少し遅れて。だいぶ待ったのかな?」

「ううん、大丈夫だよ。俺たちもついさっき来たばかりだからさ」

 由美達は一礼して、席に着いた。すると僕の隣に来ると思っていた由美は、何故か僕と離れた席に着いて、隣には三原佳代が座った。

(え?マジかよ、嘘だろ……ちょっと空気読んで欲しいよな。ああ、由美ちゃんと話したいのになあ)

僕は、ガッカリした顔をわかりやすく出していたのかもしれない。佳代は、僕の顔を見て何か不満を抱いたように話しかけてきた。

「あのう、私が隣でごめんね。由美の方が良いよね?」

「え?何で?そんな言い方しないでよ。三原さんとはほとんど話してないし、色々と教えてよ。確か三原さんて石川県の人だったよね?」

以前に配られた自己紹介を綴った名簿を思い出しながら、僕は記憶の片隅から何とか断片的な情報を引っ張り出した。明らかに少し怒った表情を浮かべた彼女になんとか機嫌を直してもらおうと必死になっていたのだ。同時に彼女の不機嫌な感じが、不思議と僕は(なんか、可愛いな)という印象を佳代に持たせていた。


 それから隣に座った佳代と色々な話をした。佳代は背が低く、容姿は決して僕のタイプではない。だが、彼女の表情や声は僕の居心地を良くさせた。僕も石川県に住んでいた経験があるので、彼女が発する方言やイントネーションは懐かしく、何故か安心できるような感覚すらあった。そして時折見せる彼女の笑顔は、僕を癒してくれて、僕はいつの間にか由美と話そうと思っていたことも忘れていた。

 結局、飲み会は二時間程度で終了した。僕はその間ずっと佳代と話をして、由美とは一言も話さなかった。佳代と電話番号の交換をした後も、(また佳代ちゃんと話したいな)と思っていた。

 帰りの電車の中で、僕は一人で考えていた。ずっと由美と恋人になりたくて、彼女と接点を持つように心がけてきた自分は何処に行ったのだろうか。由美にデートを申し込もうとしていた自分はもういなかった。むしろ、佳代とデートをしたくなっていたのだ。

(嘘だろ、こんな展開ってあるのかよ。ああ、俺ってどっちが好きなんだろうな、わからなくなってきた。でも、やっぱり佳代ちゃんが好きかもしれない。彼女といると落ち着くんだよなあ)


 飲み会の二週間後に、僕は佳代を呼び出した。数回電話をして彼女のことをより理解はしていたが、一定の距離感は有していた。夕方に大学の近くの公園で待ち合わせをすると、彼女は時間通りに現れた。

「あれ、もう来てたんだ。早いね」

「うん、ちょうど空き時間だったしね」

「そうなんだ。で、話って何?」

「あのさ、俺、佳代ちゃんが好きなんだ。付き合ってほしい!」

「え?嘘でしょ?山崎君、由美が好きなんじゃないの?」

僕は、彼女の問いに一瞬戸惑った。(やっぱりそう思われてたんだな)と何か後ろめたい気持ちすらあった。佳代は続けて、僕に言葉をかけた。

「だから、山崎君をそういう目で見てなかったし。私は由美の友達でもあるし……うーん、ごめんなさい」

「そっかあ……聞いてくれてありがとう」

 彼女と別れると、僕は友達を呼び出して飲みに行った。そして自分が振られた話を延々と続けた。ショックだった。こういう時は本当に辛い。佳代に自分が由美を好きだと思われていたのも嫌だが、やはり振られると純粋に辛い。友達に話しながら、自分を振り返ってもいた。

(何で俺は佳代ちゃんを好きになったのかなあ。彼女といると落ち着くんだよなあ。今だって佳代ちゃんといたいし。しかも由美ちゃんのことそんなに好きじゃないしな、今は。ああ、何か諦められないんだよなあ)


 あくる日以降、三日に一回程度の間隔で僕は佳代にメールや電話をした。佳代は僕を単なる友人としてかクラスメートとしてか、はわからなかったが受け入れてくれた。数回の彼女とのやり取りによって、僕は佳代を純粋に好きになっていた。あの告白した時よりも、数段と。

 ある日、僕と佳代は遊園地に行くこととなった。初めての佳代とのデートに僕は心を躍らせていた。ただ、一度は振られた相手とのデートは、恋を実らせるものでも無いだろうから、少し寂しい気持ちも兼ね備えていた。

 遊園地に着いて、色んな乗り物を一通り楽しむと少し疲れたので、二人はベンチに腰掛けた。缶ジュースを飲みながら、僕は何故か自分の素直な気持ちを話したくなった。

「俺さあ、佳代ちゃんが好きなんだよね。もう、彼氏とかいたりするの?」

「え?また冗談言ってるの?山崎君、由美と付き合ってるんじゃないの?」

「はあ?この前の告白って嘘だと思ってたの?由美ちゃんとは連絡すらとってないよ」

「うん。だって由美も山崎君のこと好きそうだったし。てっきり、そうなのかなあって。そうなんだ、由美と連絡取ってないんだ」

「嘘じゃないよ。俺は、佳代ちゃんだけが好きなんだ。大体さあ、俺、嘘は付かないよ、絶対にね」

「ごめんね、なんか。私、少し山崎君が気になってたの。でも由美のことが好きなんだろうなあって思ってたから」

「じゃあ、付き合ってくれるの?」

「うん、私、嬉しいよ」

「本当?やったあ!めっちゃ、嬉しい!これって嘘じゃないよね?佳代ちゃん、ちょっと俺の頬つねってくれない?」

「いいよ~」

「痛ってえ。やっぱり、嘘じゃないよね!」

佳代は、これまで見た事の無いような笑顔を僕に見せてくれた。彼女によって力一杯につねられた頬は痛かったが、嬉しくて仕方なかった。その時、僕は誰が見ても有頂天になっていた。ベンチから見上げた空は吸い込まれるように青く、僕を迎えてくれているように見えた。

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