嘘つき‼︎
岡本次郎
第1話 僕は初めて嘘をついた
僕は、嘘をつくのが嫌いだ。
嘘つきは、許せない、大嫌いだ。
友人の中にはついて良い嘘と、ついたら駄目な嘘があると言う人がいるが、それは嘘をつかれた人の受け取り方だと思う。相手を考えるがあまり、ついて良い嘘があるというのは、つく側の人間のエゴのようなものだ。何故なら嘘をつかれたら、それまでの築いてきた相手との信頼関係自体が壊れてしまうからだ。だから僕は、どんな嘘だってよくないと思っていた。あの時が来るまでは……
物心をつくようになって、僕は初めて嘘をついた。
あれは、小学校三年生の時だった。僕は父親の転勤の影響で、それまで三年過ごした石川県金沢市から大阪府高槻市に引っ越しすることとなった。せっかく入学して二年半が経ち、友達もたくさんできて小学校生活を満喫していたのに、引っ越しするのは正直嬉しくなかった。(でも、仕方がない、納得はしていないけど)「そういうものだから」と両親から説き伏せられていた。そして僕は、七月の中旬に新たに通う高槻市にある小学校に初めて登校することとなった。
初登校の朝は、母親が一緒について来てくれた。不安で一杯だった僕は、担任の先生に会うまでずっと母親の側を離れずにいた。まるで幼児に戻ったように。それだけ初めての転校という一大イベントに危惧していたのだろう。職員室に入り、挨拶を終えると、担任の女性の先生が笑顔で僕を迎えてくれた。すると僕の不安な気持ちはやや薄まり、ようやく母親から離れることが出来た。その後、担任の先生に連れられて、教室に入ると黒板の前で皆に紹介された。
「初めまして。僕は山崎耀司<ようじ>といいます!これから、よろしくお願いします」
と一礼して、大きな声で名乗った。その瞬間、拍手が一斉に鳴る。だが、クラスのみんなは明らかによそ者を見る目つきで、僕が席に着くまでジロジロと見ていた。午前中の授業が終わり、昼休みになった時、隣に座っていたクラスメートが話しかけてきた。
「なあ、山崎君。俺らとキックベースせえへん?」
「え、キックベース?僕、知らないんだけど」
「まあ、見てたらわかるわ。せやし、やろう!」
「うん」
僕は、その時初めてキックベースという言葉を聞いて少し胸騒ぎがした。だが、他のクラスメートがやっているのを見て、(なあんだ。キックベースってドッヂ野球のことか。それなら、わかるよ。こっちではキックベースって言うんだな)と少し安心したのだった。
石川県と大阪府では明らかに言葉遣いが違う。関西弁と呼ばれる方言は、石川県育ちの僕にとっては凄くきつい言葉に感じた。時折、怒ったような物の言い方は僕を一瞬で委縮させてしまう。イントネーションも少し違って、周りが発する言葉の一つ一つに大きなストレスを感じていた。それでも毎日の通学によって、小学生の僕は徐々に方言にもイントネーションにも、そして人間関係にも慣れていった。一学期が終わると、ようやく学校生活にも慣れて、毎日学校に行くのが楽しいと感じていた。
二学期になると、毎日学校では、みんながテレビゲームの話ばかりするようになった。大ヒットしたゲームソフトの影響で、周囲のゲーム普及率が一気に加速したのであろう。そして、僕も友達の話についていくように必死に話を合わせていた。正直、僕はテレビゲームを持っていなかったので、話についていくのが大変だった。だが、友人宅に遊びに行くと、ゲームを体験できたし、ある程度は理解できたから、数少ない体験談を元に話を合わせていたのだった。
ある日、学校の友達が何人かで、僕の家に遊びに来た。そして、枕詞のように「テレビゲームをやろう」と言ってきたのだ。その言葉を聞いた途端、何か血の気が引くような感覚に陥った。恐らく僕は周りからテレビゲームを当然持ってるものと思われていたのであろう。ひょっとしたら、持っていると僕はそれ以前に言っていたのかもしれない。言ったかどうかなど、覚えてはいなかった。でも、僕がテレビゲームを持っていないのは現実だった。僕はまるで、井戸の中に入れられて、狭い空間に一人で残されたような気分になっていた。
(どうしよう、どうしたらいいのか。ああ、早くこの状況から抜け出たい……)
と願うしかなかった。でも、僕にはどうすることも出来なかった。友達にせがまれ、困り果てた僕はずっと黙っていると、突然、母親がすーっと目の前に現れた。
「ごめんね、みんな。ウチにはテレビゲーム無いんだよね。だから、他の遊びにしてくれるかな?」
母親は優しい表情を浮かべながら、みんなに言ってくれた。すると友達は皆、「なあんだ」と口を揃えただけだった。僕は一瞬戸惑った。
(え?嘘をついてた僕を責めないの?僕はみんなに嘘ついてたんだよ。それなのに、みんな何も言わないのかい?何で言ってくれないんだよ、嘘つきって!ひょっとしたら、母さんがいてくれたかもしれない。だからみんな何も言わず、僕を嘘つき呼ばわりしなかったのだろうな)
その後、僕達は他のボードゲームをして遊んだのだった。でも、僕は何か生きた心地がしなかった。胸が何かに締め付けられている、そんな時間が過ぎていく。一分すら長く感じた。そして、ようやく一定の時間ボードゲームを遊んだ後、外でドッヂボールをすると体を必死に動かしたせいか、もう嘘をついた事は頭の中には小さな存在になっていた。
夕方になり、僕が帰宅すると、母親に呼び止められた。母親は、優しい表情を浮かべながら、僕を諭すように言葉を発した。
「ごめんね、テレビゲーム持って無いの耀司だけなんだね。かあさん、今度の誕生日には買ってあげるからね。ただ嘘はついたら駄目だよ。嘘つきは泥棒の始まりだからね。耀司も辛かったね。こっちに転校してきて、みんなの友達になりたくて必死だったんだよね。気づいてあげられなくて、ごめんね」
僕は何も言い返せなかった。これまでテレビゲームを買って貰えなかったのはちょっと悔しかったが、面と向かって言われると、何も言えなくなってしまった。確かに母親の言う通り、僕は転校してきてその環境に慣れようと必死だったのかもしれない。子供のコミュニティは厳しい。一度悪者にされると、いじめのターゲットにだってなりうる。ただでさえ、方言の違いで馬鹿にされそうな状況だったし、何よりも圧倒されるような雰囲気のある関西弁に向かい合える為に、僕は必死だったのだ。
次の日、僕は前日の一件を心に残しながら、登校した。そして、前日に一緒に遊んだ友達の中で田島凌士を見つけると、一目散に駆けつけ、謝罪をした。
「昨日はごめんなさい。また僕のウチに遊びに来てね」
「何で謝ってるん?こっちこそ、ごめんな、知らなくて。昨日は久しぶりにボードゲームできて、楽しかったで。今度はウチにおいでよ、ほんでテレビゲームしよな!」
「うん、田島君、本当にありがとう!」
田島凌士はやっぱり友達だった。僕は嬉しくて、一瞬で田島を大好きになった。彼は、僕を嘘つき呼ばわりすること無く、むしろ受け入れてくれた。
ただ、自分が嘘をついていたのかと思うと、恥ずかしくなった。テレビゲームを持っていない事実を友達に伝えるより、嘘が明るみに出た時の方がもっと恥ずかしかった。だけど、僕は母親に助けられた。そして田島をはじめとする友達にも助けられた。もし、母親があの場にいなかったら、僕は嘘つきのままだった。ひょっとしたら、僕はずっと嘘を付く事に抵抗の無い人間になってたかもしれない。
この日以来、僕は絶対に嘘をつかないと心に決めた。
(嘘をつくって、もう嫌だ。二度としたくないよ。そして、友達につかれるのも嫌だろうな。だから僕は、もう嘘はつかない!)
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