第7話 夏の恋は……
八月下旬。夏の終わり。それは、俺たちの始まりであり、終わりでもあった。
昨夜の出来事があったにも関わらず、俺は朝早くに目を覚ました。リリアが隣で純粋無垢の少女のような寝顔をしているのに愛おしさを覚え、その艶やかなブロンドの髪を撫でて起き上がった。
柔らかな光を町に注ぐ太陽、小鳥の囀り、澄み渡った空気。朝の顔はいつもと変わらない。しかし、世界は何一つ変わらなくても、俺にとってはかけがえのない、最後の日だった。
結ばれた二人が過ごす、最初で最後の日。いつまでも二人で過ごせたらいい。でも、俺たちに永遠は存在しない。永遠という文字が存在しなくても、俺はリリアが好き。この想いは消えない。消えてくれない。だから、今日という日をいつまでも胸に刻もうと決めたんだ。
そうは思っても、ふとしたときにどうして、という思いが込み上げてくる。そう思ったところでどうしようもないのは分かっているが、運命を悟ると同時に、それは姿を現す。
いなくなれ、俺の願い。そんな思いを込めて俺は顔を洗った。そして、自分の中から煩悩が消え去ったのを確認して、今を受け入れたままの状態で台所に向かった。
さて、朝食は何にしようか。リリアと過ごす最後の日。特別な日であることに間違いはない。でも、何か特別なことって考えても何も思い浮かばない。昨日はあれから二人ともすぐに眠りについた。だから、今日のことは何も話し合っていない。
「……何するかはリリアが起きてからでいっか」
そう独り言ち、俺は朝食を作り始めた。
リリアはしばらくして降りてきた。寝癖をつけ、寝ぼけまなこでおはようと言ってきた。おはようと返すけど、それも今日で最後だと思うと心が痛んだ。
「どうしたの?」眠そうな目をしていたのに、リリアは急に目を見開いた。俺が神妙な面持ちでいるのに気づいたのだろうか。
「な、何でもない。早く顔洗って来いよ」
「うん」
そう言ってリリアは洗面所に消えていった。
「あのさ、今日どうする」
二人で朝食を食べながら、俺はリリアに訊ねた。
「そうねぇ……。星吾とこうして過ごせるのも今日で最後だし……。かと言って何をしたいかって言われてもパッと思いつかないね」
リリアは苦笑交じりに言った。その直後、リリアは何か思いついたように声を上げると、席を立った。訝る俺に近づき、何をしようというのだろう。
ほんのりと甘い香りがした。リリアが少し動くだけで、優しい匂いが俺を包む。リリアは今、俺の首に手を回している。突然のことだったけど、嬉しくてつい顔がほころんだ。その手を取ると、ほのかな温もりとともにすべすべした感触が伝わってくる。心が満たされる。
「星吾……好きだよ」
「うん、俺も」
俺たちは気持ちを確かめ合い、互いの額をこつんと引っつけ、はにかんだ。
と、リリアの頬にご飯粒がついているのがわかった。だから俺はそれを取り、リリアに見せた。
「はは、ご飯粒ついてた」
そう言った途端、リリアの顔が赤くなり俺はビンタを受けた。
「バ、バカ! 雰囲気考えなさいよ!」
俺のことなど気にせず、仏頂面になって椅子に腰を下ろし、ご飯をかきこんだ。
……痛い。
「デンシャに乗るのって久し振りねー」
リリアは移り行く景色を見てそう言った。
昼前の時間帯。まだ夏休みであるにもかかわらず、車内に人の姿は少ない。おそらくそれは、俺たちが向かおうとしている場所に関係がある。
開放感のある車内は落ち着く。レールを走る単調な音、わずかな振動。窓は開け放たれ、夏の風が車内を駆け巡る。太陽の光が車内に入り込んでいて、向かいの座席が光って見える。
そんな長閑な空間に溶け込むように目を閉じると、俺の意識はすぐに夢幻の彼方へと飛んでいった。
次に俺が目を覚ましたのは、リリアが俺の体を揺らしたときだった。そして俺は飛び上がった。
「しまった! 乗り過ごした!?」
ちょうど電車はホームで止まっていた。確認すると、そこは俺たちが降りる予定のホームだった。
「ふう、焦った……」
電車から降りると、俺は安堵のため息をついた。
「あんたよく寝てたもんねー」とリリアは破顔した。
「まさかあんなに眠ってしまうとは……。まあ何とか乗り過ごさずに済んでよかった」
「私に感謝しなさいよね」
「……はい、お姫様」
「ふふ、よろしい。じゃ、行こっか」
「そうだな」
俺たちはホームから出た。
昼前の強い日差しが余計暑さを助長させている。ここに来れば、いくらか暑さもましにはなるかと思ったが、そうもいかない。
俺たちは近くの山に来ていた。と言っても、駅から出たばかりで、実際はまだ車の行き来する交差点にいる。山登りはこれからだ。
俺たちは交差点を渡って、山へと続く坂を上った。道の左右は古い民家に囲まれており、俺の住む住宅街とは違って風情を感じる。民家の中には、店をやっているところもあり、普段は目にすることのないおもしろいものが売っている。たとえば。
「なあリリア。あれ、食ってみるか?」
俺が指差したのは、もみじの天ぷらだった。俺の指差す方を見るや否や、リリアは目を輝かせて飛んでいった。
「何これー! おもしろい形―! おいしそー!」
「買ってやるから慌てんなって」
「早く早くー!」
急かすリリアをよそに、俺は財布を取り出した。
「すいません、これください」店番のおばあちゃんに声をかけた。すると、おばあちゃんは、
「はいよ、持っていきな」天ぷらの入った包みを差し出してきた。
「え。あの値段は?」
「ええからええから。こんなかわいい彼女さん連れてあんちゃんも幸せもんだねえ。あたしも幸せ分けてもらったからお返しだよ。ほら、受け取んな」
そう言っておばあちゃんはにっこりと微笑んだ。
俺はおばあちゃんに何度も頭を下げた。その間もおばあちゃんはずっと笑顔を絶やさなかった。
おばあちゃんから餞別をもらい、俺たちは再び歩き始めた。歩き始めて早々にリリアは天ぷらをねだってくる。仕方ない、と俺は諦め一つ差し出した。
「んん! 美味しいねーこれ」
「俺も久し振りに食べたけど、やっぱりうまい。……って、俺の服で指拭くなよ!」
「だってべたべたするもん」
「そりゃ揚げもんだからな」
「もう一つ下さいな」
「はいはい」
何だか餌付けしてるみたいだ。そう考えると、ついにやけてしまった。リリアにバレたらまずいから空を見上げるふりをしてごまかす。雲がゆっくりと流れていく。夏の空は青く、どこまで続いていた。
その空が見えなくなって、数十分が過ぎた。俺たちはけもの道を息せき切って登っていた。空から降り注ぐ陽光は、生い茂った森の木によって遮られてはいるが、それでも枝葉の間を縫って差し込み、辺りは明るかった。
「ねえ……まだなの……?」
肩で息をしながらリリアが訊ねてきた。手をうちわ代わりにして扇いでいる。その顔からは、汗が光って流れていた。
「もう少し」俺はリリアにタオルを渡した。「少し、休憩するか?お茶飲む?」
リリアはタオルは受け取ったものの、顔や首筋をさっと拭き、「いい」と言って再び歩き出した。
「あんまり無理すんなよ」熱中症は怖いからな……。
それから展望台まで、リリアは休むことなく足を動かし続けた。どうしてあそこまで無茶をしたのか、俺には理解できなかった。もしかして俺が余計な心配をしたからか、それとも少しでも弱音を吐いた自分にみっともなさを感じたからか。いずれにせよ、リリアは展望台に到着すると膝に手を置いて荒い呼吸を整えた。その顔からは、絶えず汗が滴っていたが、表情は苦しいというよりもすがすがしさを滲ませていた。
「なあ、何でそんな無茶すんだよ」
俺はお茶を差し出しながら訊ねた。
「はあ……はあ……。私さ……。向こうの星じゃ、町の子どもたちとはしゃぎ回っても、やっぱり相手は子どもだから体力的にこっちが勝っちゃうんだよね。だから、いつも子どもたちに合わせてたから、自分を追い込んだこととかあんまないんだよね。山登りって初めてしたけど、まさかこんなにきついものだったなんて思わなかった」
言い終わると、リリアは受け取ったお茶を勢いよく喉に流し込んだ。この夏、ずっと一緒にいたのにリリアの肌はずっと瑞々しく、白いままだった。汗で光った喉がごくごくと絶えず動く。
リリアってかなりストイックなんだな。そう思った。
お茶を飲み終えたリリは、ふうと一息つくと柵のところまで駆け寄り、柵に手をかけ身を乗り出すようにして景色を眺め始めた。
「ちょ、リリア。危ないって」
「大丈夫大丈夫」肩越しに振り返ってリリアは無邪気な笑みを向けてきた。「いい眺めだねー」
「そうだな」
俺もリリアの隣まで歩き、並んで景色を眺めた。
ここは緑が多く、都会とは呼べない場所なので眼下に広がる景色は青々としている。少し遠くに眼をやれば、町を両断するようにして流れる川が見えた。俺たちがホタルを見た川だ。ということは、俺の住む家はあそこら辺か……などと目を凝らしていると、出し抜けにリリアが叫び出した。
「な、何だよ急に」
「ごめん。でも何だか叫ばずにはいられなくなったの」てへっと苦笑し、またリリアは叫んだ。
「あーーーーーー私は星吾が好きいーーーーーー!!」
「ちょ、やめろよ!」
「えへへ」
さすがにこれには参った。ただでさえ人目を気にせずいきなり叫び出したっていうのに……。幸い、辺りを見回しても人の姿は見当たらなかった。
リリアは何のためらいもなく、俺への想いを空の彼方へと響かせている。熱い……。そしてむずむずする。嬉しいけど、恥ずかしい思いがない交ぜになって汗となり、流れた。
そろそろやめろよ、と言おうとした。だけど、叫ぶリリアを見ると切り出せなかった。リリアの顔は紅くなっていたが、どことなく涼しく見えた。そんな姿を見ていると、不思議な気分になり、気づいたときには俺もリリアへの想いを叫んでいた。
「俺もリリアが好きだあーーーーー!!」
「お、星吾もやる気になったか!」
顔を赤らめたリリアがこちらを向いた。俺もリリアの方を向いた。きっと顔は真っ赤になっていたと思う。
「うっせえよ」と、俺はデコピンする。
「いたっ! 何すんのよ!」
「こういうときは俺にじゃなくて空に言えよ」
「この……」リリアは額を押さえながら膨れた。そして空に向き直り、柵に手をしっかり握って大きく息を吸い込んだ――
「星吾の……ばかあーーーーーー!!」
思わず破顔してしまった。俺も負けじと叫んだ。
「ごめんなあーーーーー!!」
「もういい許すうーーーーー!!」
「ありがとおーーーーーー!!」
最初こそ気が引けたこの叫び合いは、途中から気持ちよくなっていった。そして叫びながら、俺は思った。
ああ、これがバカップルなんだな、と。
でもそれでもいい。こうやって二人でばかやって笑い合えることが、本当に嬉しくて楽しかった。
俺たちの想いは、高く澄んだ夏空にどこまでもどこまでも響き渡った。
「じゃあそろそろお昼にするか」
俺たちはあのあと展望台で昼ご飯を食べた。それからしばらく休憩して下山した。
昼過ぎになり、次は何をするかということになった。リリアが、「学校に行きたい」と言うので、俺たちは一旦制服に着替えに家に戻り、それから学校に向かった。
門に近づくにつれ、運動部のかけ声が大きくなってくる。時折校舎周りを走っている野球部が俺たちの横を通り過ぎていく。俺たちはそのうしろ姿を眺め、「がんばるねー」「そうだなー」と他人事のように言いながら校舎を目指した。
上履きに履き替えると、俺たちは教室を目指した。階段を上ろうとしたとき、リリアが廊下の真ん中で突っ立ったまま動かないのに気づいた。近寄り、どうしたと声をかける。
「ううん、今日でこの学校ともお別れなんだなって思うと何か寂しくて」
「ああ、うん。そうだよな」
リリアは俺が補習のときはいつものように学校に来ていた。他にも、納涼祭のときやプール掃除だって一緒にした。リリアは、この星の学校はおもしろいと言った。自分の星の学校とは違う、見るものすべてが新鮮だった学校に触れていく中で親近感を得たはずだ。だからこそ、リリアは寂しいと感じたんだ。
リリアは廊下の向うをずっと見たまま動かない。何て声を掛けたらいいのだろう。また来れるよ、なんてことは言えない。それはリリアもわかっている。
俺が無言を決め込んでいると、リリアは大きく息を吸い込んだ。
また叫ぶのか!? と心配したが、それは杞憂だった。
リリアは短く息を吐き出すと言った。
「学校の匂いって、何か好きだなあ」
「え?」
「具体的にどこが好きって言われると難しいんだけど、どこか懐かしい感じがするの」
「何だよそれ。お前この学校来たの初めてじゃん」
「まあそうなんだけどね」そう言ってリリアは階段を上り始めた。「星吾! 早く教室行かないと遅刻しちゃうぞ!」
「あ、おい待てよ」
俺がそう言う間に、リリアの姿は見えなくなった。
俺たちは窓側の席に座ってグラウンドを見下ろしていた。グラウンドでは野球部が二チームに分かれて練習試合をしていた。
教室には壊れかけの扇風機が一つだけ、申し訳程度に冷風を送っていた。カタカタという音を聞いていると、いつ壊れやしないかと気が気でなかった。
俺が扇風機のことに気を取られている間も、リリアはじっと窓の外に視線を注いでいた。乾いた音が校舎に響けば、おお! と声を上げダイヤモンドを駆け抜ける走者に向かって、行け! 行け! とエールを送る。リリアはすっかり一人の観戦者になっていた。
夢中になっているリリアを見ていると、何だか小さな子どものような輝きが瞳に宿ったみたいでくすりと笑ってしまった。辺りの音は聞こえないのではと思っていたが、俺が笑うとすぐに振り向いた。
「な、何よ」リリアは眼を細めて言った。
「い、いや。何でも」
「ふーん」
なおも何かを探る目つきで俺を見てくるリリア。俺は苦笑するしかなかった。
と、突然リリアは思いついたように声を上げると、ゆっくり指を近づけて、デコピンを俺の額ではなく胸にやってきた。そして――
「君の心にストライクー!」
「……お前キャラ崩壊してんぞ」
「う、うっさい! 私はただ星吾が喜ぶかなって思っただけで……」
「わかったわかった。嬉しいから叩かないで」
何だよ、君の心にストライクって。俺が再び吹き出すとリリアは顔を紅潮させてまた叩いてきた。
「やめてやめて。ごめんなさい。あはは」
「わ、笑うなってのー!」
こんなやり取りをしたり、他愛もない話をしていたらいつの間にか太陽は傾き始めていた。終わりの時間が、確実に近づいていた。
窓から差し込む夕日が、教室を黄金色に染め上げる。両腕を枕代わりにして机に伏しているリリアの髪が、一層艶やかに見えた。癖のないその髪をそっと撫でると、リリアは起き上がった。
「ごめん。起こしちゃったか」
「ううん。私いつの間にか寝ちゃってた」
「今日はいっぱい遊んだもんな」
「でもこれで復活したよ! だから次は何して――」
その先は紡がれることはなかった。リリアも悟ったのだろう。下弦の月の形をしていた口はきゅっと引き結ばれた。
重い沈黙が落ちた。数ある沈黙の中でもこれが一番嫌だ。だから俺は言った。
「屋上、行こっか」
屋上への扉は鍵がかかっていた。しかし、俺には魔法がある。魔法を使うと鍵は難なく外れた。扉を開けると、歓迎でもしてくれたかのような突風が吹きつけた。俺たちはそれを受けグラウンド側の金網まで歩いた。
休憩中だろうか、グラウンドから野球部の声は聞こえない。それどころか、音という音は晩夏のそよ風の音だけだった。その声はただ切なくて。まるで俺たちの想いが乗り移ったかのような声を上げていた。
地平線に沈もうとしている太陽は、最後の光を町に注いでいた。悲しいくらい眩しくて、反対側の空はすでに紺色に染まり始めていた。
刻一刻と終わりのときが近づいている。時間、止まれよ。本気でそう思った。
しかし、それは思っているだけじゃなく実際に声に出していたらしい。リリアも、「そうだよね。時間止まってほしいよね」と町に目を向けたまま答えた。
俺がリリアに目を向けると、リリアは俺に向き直って言った。
「星吾、ありがとね。私、君に会えてよかった。君を好きになれてよかった」
「リリア……」
俺の中から込み上げてくるものがあった。しかし、おいそれとリリアに見せるわけにはいかない。
と、東の空が強く輝いた。振り仰ぐと、青白い流れ星が太陽に向かって空を渡っていた。それは一つだけではなく、何百、何千と空を覆い尽くすほどの数だった。瞬きするうちに光芒は消えてなくなったが、絶えず流れ続けていた。
「……もう、お別れみたいだね」
リリアは無理に微笑んだ。その口許はわずかに震えていた。しかし、一つ深呼吸をすると、俺をしっかりと見上げて言った。
「星吾、憶えてる? あんたと交わした契約のこと」
「……憶えてるけど」リリアと出会ったあの光景が思い出された。
「あのときは私からあんただったけど、今回はあんたが私に契約解除のキスをするのよ」
「…………」
俺は頷けなかった。これで本当に終わってしまうのかと思うと、契約の解除なんかする気になれない。でも、リリアは覚悟を決めているようだった。目を背けることなく、真っ直ぐに俺を見据えている。
リリアがそうなら、俺も覚悟を決めよう。くよくよしてちゃ殴られるよな。俺もリリアと同じように一度深呼吸してから言った。
「……わかった」
リリアは小さく頷いた。
最初で最後のキス。たとえ契約解除の手段だとしても、それに特別な意味が込められているのは確かなはず。
それが正しいことだと確信したのは、俺がリリアの肩に手を置いたときだった。
「星吾。……今まで本当にありがとね」
「こちらこそ。ありがとうリリア」
リリアの瞳から真珠のような涙が零れたのと同時に、俺たちは契約を解除した。そっと触れ合うだけのキスだった。これで魔法も使えなくなった。自分の中から魔法が消えていっているはずなのに、何も感じなかった。まあそれもそうか。契約した時にも何も感じなかったんだから。
俺たちはそっと唇を離した。それからリリアの肩に置いた手も離した。
もう一度リリアを真正面から捉える。リリアも俺を見ていた。そして、その顔が微笑みに変わろうかというとき、リリアの顔は崩れた。
「リリア!」
俺はリリアをきつく抱きしめた。胸の中でリリアは子どものように泣き喚いた。俺もこらえていたものが、堰を切ったように溢れ出した。
「しょ……星吾……。もう会えないなんてやだよぉ……。ずっと……ずっとずっと一緒にいたい……」
「うん……俺もリリアと別れたくない。リリアの笑顔がずっと見たい……」
「星吾……あのね……私……」
顔を上げ、言おうとしたリリアの唇を、俺は自分の唇で塞いだ。
「ん……」
恋人として、最後のキスをした。そのキスは甘くてしょっぱくて……涙の味がした。
少しずつリリアの温もりが薄れ始めた。だから俺は、リリアの存在を焼き付けるためにさらに強く抱きしめた。
どこか夢見心地な感覚だった。体がふわふわとした浮遊感に包まれ、感じるものはリリアの存在だけだった。
「ねえ、星吾」
優しいリリアの声がした。
「何?」
「愛してる」
「俺も。ずっとリリアを愛してる」
リリアは胸の中で小さく笑うと――消えた。
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