終話 平和に向ける意志
5月24日一二時一二分 コーヒーショップ『ディニュマ』 別室
「えっと、だなぁ、父さん」
『どうかしたか、絢斗君?』
〔マルコシアス〕との戦いから一週間がたったこの日。絢斗のテウルギアに父・威剣絢雅からの電話が掛かってきたのだ。
要件は〔マルコシアス〕の情報と、戦闘用テウルギアを勝手に製作したことについてだ。
「ごめん。勝手に戦闘用テウルギアを作ったりしてさ。父さんに許可なく部品取ったことも反省してる。でも、アレがなかったら、もっと多くの犠牲が――――――」
『絢斗君』
「は、はいっ!」
絢雅の低い声音はそれだけで怒っていると理解できた。
絢斗は背筋をピンッ!と伸ばしながら、次の言葉を待った。
『私はべつに絢斗君を責めているわけではない。確かに、私に許可なくテウルギアを作ったことや部品を勝手に盗んだことには頭に来ている。大いに反省してくれ。だが、絢斗君が作ったテウルギアで多くの人を守ったことは事実だ。そこは褒められるべきところだ。よくやった』
「………父さん」
『だから、今回は盗んだ部品、総額七十万、並びにテウルギア製作に掛かった費用およそ四十万を絢斗君の口座から抜いたから』
「ちょっ、えっ!?それってマジッ!?そりゃいくら何でもッ!?」
『え?文句があるのか?』
「いえ……何でもありません」
電話の向こうなのに眼の笑っていない絢雅の顔を簡単に思い浮べた絢斗。
『じゃあ、要件は以上だ。これからも頼むよ』
「はい………」
『けど、本当によくやった。絢斗君、君はどんどん染璃に似ていく』
「……………ありがと」
『じゃあね。また連絡する』
「あぁ、バイバイ」
絢斗は電話を切る。
しばらく、ボーと立ち尽くしていたが、左手で小さくガッツポーズを作った。
母・染璃は絢斗に取って、最も近付きたい憧れの人物だ。
絢雅からの言葉は、どんな称賛よりも嬉しい言葉だったのだ。
*
同日一二時一五分 コーヒーショップ『ディニュマ』
「退院、おめでとうございます。来栖さん、泉野さん」
「ありがと~、絢香~!」
「――――――ぐッ!」
マルコシアスによって受けたダメージによって入院させられていた風音と丹雪。
騎士は霊の力を受け取ることが出来るため、本来全治一ヶ月の怪我も一週間という短い期間で完治させてしまうのだ。
絢香からの祝いの言葉を受けて感極まった風音が絢香に抱き着く。
まぁ、それは殆ど体当たりのようなものだったので、風音の突進を腹部で受け取った絢香はぐったりしている。
「風音ちゃん、絢香ちゃんが困っていますよ!」
「困ってるって言うか、ぐったりしてるけどね」
丹雪と紗那から注意を受けて風音は素早く絢香の胸から退く。
「ごめんね、絢香。あまりにも気持ちよさそうなおっぱいが私を呼んでいたから」
「よ、呼んでいません!」
絢香は自分の胸を抑えて身を捩った。しかし、その豊満な胸はその程度では隠しきれなかった。
「でも、絢香のおっぱい大きいよね。外国で暮らすとそんなに大きく育つの?」
「それは外国人に対して少し偏見が混じっているのでは?」
「え?そうかなぁ?外国人っておっぱい大きい人多いよね?」
「そんなことありませんよ。皆さん寄せて上げているだけですよ」
「絢香も?」
「………ノーコメントです」
「世界って不公平なんだよね。私もおっぱい大きくなりたかったなぁ」
「「………………………」」
丹雪も紗那も、何も語らなかったが羨まし気に絢香の胸を見ていた。
「え、えっと、そんなに見ないでください」
胸を隠すように抱える絢香だがやはり隠しきれてなかった。
「何やってんだ?」
そこへ奥の部屋から出て来た絢斗が四人のガールズトークの中に入って行った。
「ねぇ、絢斗」
「どうした、風音?」
「ぶっちゃけ、聞くけど。おっぱいが大きい娘と小さい娘どっちが好き?」
「それ、俺が答えて何かいいことがあるのか?」
「別にないね」
「むしろ、デメリットしかないだろ?」
「そうだね。大きいの好きと言ったらシスコンであるかマザコンだって思うし、小さい方が好きって言ったロリコンだなって思うだけだから」
「絶対答えない」
デメリットしか発生しない質問に答える必要性などないから。
「じゃあ、好きなタイプは?」
「それは俺にメリットはあるのか?」
「ないけど、ただ気になっただけだから」
「そうか、なら言ってもいいか。タイプで言ったら、俺は水原さんみたいな人が好きだな」
「「「「学園長、か」」」」
四人は自分たちの学園長の特徴を一から思い浮かべた。
学園長、二十代後半のお姉さん、綺麗で美人、胸が大きい。
「やっぱり、おっぱい大きい人が好きなんだ!」
「何でそうなんだよ!」
ただ雰囲気が好きなだけでタイプと述べただけだったのが、理不尽に攻め立てられる絢斗だった。
*
同日一三時四三分 コーヒーショップ『ディニュマ』
風音と丹雪の退院祝いのパーティーが閉会した。
絢香は食器を片付けていて、風音と丹雪は一足先に寮に帰った。
時司は病み上がりの風音と丹雪を送って行くと出た。
「ほらよ」
と、オープンキッチンから絢斗はカウンターに座る紗那にコーヒーを差し出した。
「ありがとう、絢斗さん」
紗那はカップに口を付けて、コーヒーを口に流し込んだ。
味わう様に下で転がしてから飲み込んだ。
「53点!」
「結構、厳しい評価だな」
「いや、おいしいよ。時司さんに比べるとさすがに劣るけど」
「時司さんと比べるなよ」
お互い静かに笑い合うと紗那はカップを置いた。
「絢斗さん。マルコシアスの件本当に良かったの?」
「いいんだよ。俺はここでは正規の騎士じゃなかいからな」
絢斗が成し遂げたマルコシアス討伐の全功績が紗那に移ったのだ。
紗那とて、それを素直に受け取ることはなかった。
紗那は学園長である水原鈴華に進言したのだ。『マルコシアスを倒したのは〈フォート〉です』と。しかし、それに帰ってきた言葉は『知っています。だからなのですよ』だった。
簡単な話だ。非正規である絢斗―――もとい〈フォート〉が敵を倒したとなれば、KGCの信頼は落ちる。それだけではない。この事実が公に出れば、〈フォート〉の様に非正規の騎士が身の程もわきまえずに戦闘に介入するようになるかもしれない。
そう言うことを防ぐために、KGCはこの事実を隠すことにした。
考えれば当然のことだ。
そして、〈フォート〉は最重要捕獲対象としてKGC内部でリスト入りすることになった。もちろん、ブラックリストの方だが。
「でも、絢斗さんが守ったのに、それが正当に評価されないなんて、やっぱり―――」
「別にいいんだよ」
絢斗は気を落とす紗那の言葉を遮った。
「誰かを守るのに名誉とか成果とか必要ないんだよ。誰かを守るのに許可なんていらない。俺はずっと非正規のまま戦う。たとえKGCを敵に回そうともな」
「絢斗さん……」
紗那はその絢斗の覚悟に胸を撃たれる。
(自分も絢斗さんみたいに無償で誰かを助けられる人になりたい)
「ただ……」
「?」
絢斗が続ける言葉に耳を傾ける紗那。
「たった一人でも、俺を分かってくれる人が居れば、それだけでいいんだよ。紗那、お前の様にな」
そう言って、紗那に向けて微笑みかける絢斗。
その言葉に紗那は顔を真っ赤に染め上げた。
「どうした、紗那?」
絢斗が固まる紗那に声を掛ける。
「い、いえ、何でもないよッ!」
絢斗から顔を隠すようにカップを加えてコーヒーを飲んでいく。
(何でだろう………)
同じコーヒーなのに味が変わっているように感じる。
先よりも美味く感じる。
「………93点」
「なんでいきなりそんなに点数上がるんだよ?」
紗那は思った。
自分が絢斗の一番の理解者になってあげたい、と。
紗那はまだ知らない。
この思いの出所が『憧れ』とは別のところから出でていることを。
紗那は空になったカップを置いた。
「お代わり!」
「おう、いくらでも入れてやるよ」
絢斗と紗那はこの平和なひと時を笑顔で過ごした。
これからもまだ続く、彼らが守るべき平和だと信じて。
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