第5話 不屈の騎士《FORTO【フォート】》

 5月17日(月)一二時三二分 ツクヨミ展望公園

 ツクヨミ展望公園。海の上に作られた人工都市【アマテラス】は夕暮れ時の夕日を反射させる海、満点の星空を映す海が人気となっており、その景色は彼の日本三景にも並ぶとされている。 その景色が最も美しく見える場所に作られたのがツクヨミ展望公園だ。

 この公園は少し高い丘を作ってから、木々を植え、天然の芝も引き、自然に包まれているような感覚を醸し出すように作られている。その雰囲気や住居地域の北部エリアだということもあり、休日はもちろん平日にも多くの人が集まる場所として知られている。

 だが、今現在では人一人の影すらなく、不気味な空気が漂っていた。

「『静かだな』」

 人はいないが、人の身体を借りた人ならざる者が一人、展望台にあるベンチに腰を掛けていた。

 〔マルコシアス〕は、昨日の一件からこの場所にずっと居た。

 この場所が最も魔力が回復するからだ。

 魔力とは、人間で言うところのソウルだ。

 魔力やソウルについてはまだまだ分からない点があるが、人が超常の力を『ソウル』と付けたのにはちゃんとした理由がある。

 それは、人の心や意志が力の源となてって居るからだと言われている。

 感情が高ぶると通常以上の力を発揮することがままあるが、それは『ソウル』が生成され、能力を引き上げているからだと考えられる。

 〔マルコシアス〕がこの場所に訪れたのは、この乗っ取っている人間にとっての『心の憩いの場所』だったからだろう。

「『人間はややこしい。魔力を得るのにこんなにも苦労するのだからな』」

 【グリモアンデット】にとって、魔力は生命維持に最も重要となるものだ。それは人間の身体を乗っ取りエーテル体になった今でも変わらない。

「『……………』」

 『嫌な感覚だ』内心で毒吐いた。

 頬に流れる涙を拭い、〔マルコシアス〕は元の姿へと戻った。


  *


同日一二時五八分 ツクヨミ展望公園

「チッ!酷いな……」

 この都市で最も緑が豊かなはずであるツクヨミ展望公園は見るも無残に黒く燃やし尽くされていた。

 まだ奥の方では赤く燃え上がっている部分もある。

「でも、今日で良かったよ。もし、自宅待機指示が出てなかったら被害は甚大だった」

 更に加えて幸いなことを上げれば、ここツクヨミ展望公園は住宅街が殆どの北部エリアの中で更に北の方に位置し住宅地は少ない。

 だが、全くないわけではない。絢斗は駐車場から振り返って下を見下ろすと数十件の民家が見える。

「このままだと、住宅街にまで被害が出るぞ?」

 絢斗が紗那に向けて問う。

 紗那は握り拳を作り、険しい顔つきになっている。

 だが、一つ大きな深呼吸を取り、落ち着きを取り戻す。

「まずは、一般人の非難が最優先。絢斗さん、手伝ってくれますか?」

「そこは『手伝って』って言い切れよな」

 絢斗は紗那の頭を力強く撫でた。

 紗那は顔を赤くしたが直ぐに顔を引き締めた。

「じゃあ、手伝って!」

「あぁ!まずは役所だな。非難するように呼び掛けてもらうぞ」

「はい!」

 絢斗は再びバイクを動かして、Uターンして坂を下りて行った。


  *


 同日一三時〇一分 ツクヨミ展望公園 上空

「アレは人間か?」

 グリフォンの翼を広げ、上空から下を見下ろしている獣。〔マルコシアス〕だ。

 視線の先には二匹の人間がいた。街の方を見てから何を相談したと思ったら、すぐに来た道を引き返していった。

「成程。あの時の騎士か」

 あの二匹の人間が話していたのは住民の避難に関する相談だろう。

 最初は〔マルコシアス〕を目指していただろう。だが、住民がまだ避難し切れていない民家近くで戦うことを避けたのだろう。

 そのままで戦えば住民に被害が出ることは目に見えてるようなものだから。

「まぁ、我が知ったことではないがな」

 〔マルコシアス〕は翼を大きくはためかせ、民家のある方に降下して行った。


  *


 同日一三時〇五分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

 絢斗と紗那が住宅街に引き返してすぐに、住宅街の方から野太い爆音が鳴り渡った。

 〔マルコシアス〕が降り立った位置に黒い煙が立ち上るのが絢斗たちの眼に映る。

「チッ!住宅街に降りやがった!」

「絢斗さん、早く!急いで!」

「分かってる!今のうちにベルトを付けとけ!」

 絢斗は大きくハンドルを捻り加速する。

 一気に坂を駆け下りると、立ち上る黒煙に向けてハンドルを切って聞く。

「近道だ!」

「絢斗さん!ここ一通だよ!」

「言ってる場合か!」

 一通の標識も一時停止の標識も完全に無視し、僅か数分で黒煙の発生地にたどり着いた。

 シールドを上げて、直に現場の状況を視認する。

 中心にあった五件ほどが全壊し、周囲に十件以上が半壊し今でも火が立ち上っている。

 だが、この場に〔マルコシアス〕の姿が見えなかった。

「【グリモアンデット】は!」

「住民が多く逃げた先だろう!クッソ!どこだよ!」

 二人の顔に焦りの色が現れる。

 周囲を見渡す眼に、周辺の音を聞き取る耳に神経が注がれる。

 すると―――


―――キャアアアアアアアアアアアアッ!


「「ッ!?」」

 微かだが遠くから悲鳴が聞こえた。

「絢斗さんッ!」

「お前は先に行け!俺はバイクで回ってから行く!」

「え?……っ!分かりました!」

 なぜ、バイクから降りて一緒に向かわないのかと一瞬疑問に思ったが、すぐに納得した。バイクに向かえば逃げ遅れた住民を連れて非難することが出来るからだ。トランスの【アビリティカード】を使えば、荷台に変化させて数人ぐらいなら一気に運び出すことが出来るだろう。

「では、行ってきます!」

「あぁッ!」

 この場で絢斗と紗那は二手に分かれた。

「………」

 絢斗は別れてすぐにテウルベルトを装着した。

 戦闘用テウルギアを開き、スキャンフィルムを左眼に持ってきた。

『ERROR』

「まだ、お前は俺を認めてくれないのか」 


  *


 同日一三時一七分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

 マルコシアスは目の前でか屈んでいる二匹の人間を見下ろしていた。

 二匹の人間の気配を感じ取って降りて来たが、先ほど丘に来ていた人間ではなかった。

 一匹は子供。目前で起きている現状にワンワンと泣き叫んでいる。実にうるさい限りだ。

 もう一匹は女だ。見た目は乗っ取った女よりも少し老けて見える。この子供の親、なのだろう。女は子供を守るように抱き、身を屈めていた。

「……………」

 マルコシアスはこの二匹の姿に何かを握り締められる感覚を覚えていた。

 胸の奥が締め付けられている。その為か身体を上手く動かせない。

(何故だ………?)

 マルコシアスからすれば、息を吹きかければ消し炭になるような脆い存在だ。

 それなのに何故かこの人間二匹を殺せない。

 この身体を乗っ取ってからおかしな感覚ばかりだ。

 なぜ、展望台の景色に涙を流した?

 なぜ、人間がいないと分かっていた住宅地にわざわざ降り立った?

 なぜ、この人間を殺せないんだ?

 マルコシアスは答えの出て来ない問答を繰り返した。

 なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?なぜ?何故?

 答えは帰ってこない。そのことに、苛立ちや憤りと言った赤黒い感情がこみ上げてくる。

 この答えは――――――

「貴様らを燃やせば見つかるのかぁッ!!」

 展望台を燃やしたように、無駄に家々を壊したように。

 ――――――一体、何を壊せば見つかるんだ!

 マルコシアスが赤い炎を吐き出した。

 中で渦巻く苛立ちを込めて。

「ッ!?」

 母親は子を強く抱きしめ、迫りくる炎に背を向けた。

 死を覚悟した。おそらく、子供も助からないだろう。だが、母親は無駄だと分かっても壁にならずにはいられなかった。それが子を思う母と言うものだ。

 それを見て更にマルコシアスは苛立った。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 雄叫びと共に炎の色が更に濃くなる。

 赤黒の絶望が親子を襲おうとした――――――刹那。

『【ソウルクラッシュ】〔デュオ〕:カウンター・シールド』

 一つの影が親子と炎の間に入り透明のバリアが斜めに傾けて張り、炎を上空に向けてはじき返した。

「この技はッ!?」

 マルコシアスはその技に昨日であった厭味な騎士を連想した。が―――

「残念だったね。私はフォートじゃないよ!」

 そこに居たのはあの時の騎士ではなく、鎧も纏っていない一匹の女だった。


  *


 同日一三時二一分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

 絢斗は感心していた。

(よく、あの防御方法を思いついたな)

 強い力に真っ向から防御しても打ち破られるのは必至だ。

 その強い力を完全に防ぐ方法は二つしかない。

 一つは、単純に向かってくる強い力以上の防御を行えばいい。シンプルで分かりやすい方法だ。だが、これには条件がある。あれほど炎ならば、あの炎以上の濃い濃度のソウルと最上級の防御【アビリティカード】が必要となる。ハッキリ言わせてもらうが、今の紗那にこの条件を満たすことは出来ない。

 そこでもう一つの方法が、力を受け流す方法だ。簡単に言っているようだが、これは想像以上に難易度の高い技術なのだ。まず、バリアの角度。入射角に対して適切な角度でなければ、受け流すことは出来ずバリアは打ち破られることだろう。そして、バリアの絶妙な強度が必要となる。固すぎるとバリア自身に大きな負荷が掛かり壊れ、柔らかすぎれと単純に打ち破られる。固すぎず柔らかすぎず、これを実現するためのソウルのコントロールは熟練の騎士でも出来るかどうか怪しい。だが、この二つの条件をある程度補うことの出来る重要なキーが存在する。それが『リフレクション』、反射の【アビリティカード】だ。これがあれば、ある程度の角度の誤差も、バリアの強度も補ってくれる。

(紗那はそのことを知っていたのか?)

 絢斗は紗那の動きをずっと見ていた。

 流れるように【第一接続】【第二接続】【第三接続】と進め、更に迷うことなく『バリア』と『リフレクション』を選んだ。

 その迅速な判断はそう簡単に身に付くものではない。絢斗も身近に自分の母親という経験豊富な上位騎士が居たことで、その技を取り込むことで学習していった。

 絢斗が経験豊富とは言えないにもかかわらず多くの敵を倒すことの出来る理由の一つだ。自分よりも強い者から得るものは多い。だが、これが出来るのは絢斗の学習能力の高さと得たものを試す場が整っていたことが大きな要因となっている。自分より強い者の戦闘を見て、考え、実行し、取り込む。数少ない経験でここまで実力を得たのは彼の早熟度の高さ故なのだ。

 絢斗は紗那の動きを見て感じたことはただ一つ。

 紗那は絢斗と同じタイプの騎士であるという事だ。

(確か、紗那は風音と丹雪とで【ソレイユ】に居たんだったよな。てことは、どこかから俺の戦いを見ていたってことか)

 勝手に納得して、絢斗は一人と一体の動きを眺めた。


  *


 同日一三時二一分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

 紗那は目の前に居る異形の狼を睨み付けた。

 瞳に宿るは怒りの色。

 敵に対して潜める思いは、後ろで怯える親子に対して攻撃を仕掛けたことに対してではなく、自身に対しての憤りである。

 あの時、フォートの言っていた通りもっと周りに眼を向けていれば、もっと冷静に対処していれば、騎士としての役目を胸にしっかりと焼き付けていれば。こんな多くの被害者を出すことはなかったのかもしれない。

 考えれば考えるほどに、あの時の自分に対して憤りを覚える。悔しみが身体を重くする。

 『ディニュマ』に立ち寄らず、絢斗に会わないままでいたら、また怒りに身を任せて周りが見えなかったかもしれない。また、繰り返すところだった。

(今度は良く見える)

「早く逃げて。ここは危ないから」

 紗那は振り返らずに後ろの親子に告げた。

 母親は小さくお礼を言って子どもを抱き上げて駆けて行った。

 紗那はその間もマルコシアスから目を放さなかった。目を放した隙に火を吹く狼が何かをしでかすかもしれないからだ。

 マルコシアスはこの場を離れていく親子をジッと眺めていた。

「黙って動かないなんて、そんなにあの親子を殺せなくて残念なのかな?」

「そんなのではない。あの鎧騎士は何処かと探していただけだ」

「私が居るのによくそんなことが出来たね」

「キサマ程度では話にならん。あの鎧騎士はまだ何かを隠していた」

「確かに私程度ではアナタを倒すことは出来ない」

 紗那は理解しているのだ。今の実力ではエーテル体となった【グリモアンデット】を倒すことは出来ないと。そもそも、エーテル体になった【グリモアンデット】を倒せた例がまだ存在しない。力の差は歴然。分かり切っていることだ。だが――――――

「逃げるわけにはいかない」

 紗那は『ソウルカード』を作り出して、ソウルチャージを行った。

 準備は整った。

「私は私の『憧れ(意志)』で私に出来ることするだけだ」

 『コントラクトカード』を構えた。

「チェンジ!」

 『コントラクトカード』をチェンジスリットに装填した。

『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕モード:サラマンダー』

 炎が舞い上がり、その元素を取り込み烈火の紅き竜の鎧を纏った。

「キサマ、あの時鎧騎士と一緒に居た…………」

 その炎竜の鎧騎士はマルコシアスも記憶に残っていた。

「私の全身全霊を持って時間を稼ぐ!」


  *


 同日一三時二八分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区 シェルター前

「ここまで来ればもう大丈夫ですね」

 絢斗は紗那が逃がした親子を拾ってシェルターの近くまで送った。

「はい!ありがとうございます!」

 母親が絢斗の顔を見てお礼を告げる。

 絢斗はヘルメットのシールドを上げて相手の目を見た。

 母親に抱きかかえられている子供も顔だけをこちらに向けている。

 表情だけで恐怖の色が拭えていないことが分かる。

「あの……あの女の子は大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫です。アイツも騎士です。一般人を守る為に戦ってるんですから」

「もしかして、貴方も騎士なのですか?」

「……………」

 絢斗は一瞬どう答えたものかと思考する。

 一般人に話したところでKGCに漏れることはないだろう。

 だがしかし、万が一でも漏れれば絢斗は捕まるだろう。【アマテラス】では認可の受けていない騎士は違法なのだから。

 だが、絢斗の答えは決まっている。

「えぇ。後は俺たちに任せてください」

 ヘルメットは外さない。顔の全体図を見せないためだ。

 絢斗は強い声音で答える。

 騎士ならば、不安や恐怖を与える者であってはならない。不安や恐怖を祓う者でなければならない。

 それが絢斗の持つ騎士としての信条だ。

「お兄ちゃん…………」

 子供が絢斗に不安そうな顔を向けた。

 絢斗は子供の頭を撫でる。

「俺は大切なものを守る為に戦ってるんだ。ここで何一つ守れない奴が大切なものを守ることなんて出来ない。多くは言わない。ただ、俺を信じろ」

 絢斗は子供の目を強く見つめて告げる。

「うん!頑張って、お兄ちゃん!」

 子供に笑顔が生まれた。

 絢斗はサイドカーをしまい、バイクを反転させた。

 そして、振り返り、逆境の中で絢斗は笑顔を作った。

「任せろ!」

 フルスロットルで発進する。


  * 


 同日一三時三四分 ???


―――――――――ドクン…………



 *


同日一三時三七分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

「いい加減、諦めたらどうなんだ?」

 マルコシアスは目の前に倒れ伏す紅き竜の鎧を纏った少女を見下ろしながら、呆れた声音で告げる。

 紗那の纏う鎧は所々にヒビが入り、ヘルムに関しては左半分が完全に砕かれ、額から流れている血が左目を通り差し詰め血の涙が頬を濡らす。

 マルコシアスと紗那は同じ炎を司っている。属性の相性は存在しない。だが、それ故にお互いの霊格の差が如実に現れる。

マルコシアスは《悪魔(ディアボロス)》、一方紗那の使う〔サラマンダー〕は《精霊(スピリトゥス)》。この二つでは霊格に大きな差が生まれている。つまり、同じ炎でも圧倒的にマルコシアスの炎の方が格上になる。

力の差は明確。しかし、紗那は退かない。

その姿をマルコシアスは訝しく思ってやまない。

「諦めないよ……」

「分からん。そんなになってまでなぜ諦めない?」

「そんなの……簡単だよ」

 紗那は力を振り絞り立ち上がり、目の前の異形の狼を睨み付けた。

「私の意志が、『諦め(ソレ)』を拒むからだよ!」

「ハッ!更に分からん!そんなものの為に命を捨てるのか?死んでしまえばそれで終わりだ。ならば退くのが当然だろう!そんなくだらない意志などで死を選ぶなど愚かとしか言いようがない!」

「自分の意志を拒めば、途端に決意は揺らぎはじめ、本当の力を発することが出来なくなる。もし、私がここで逃げてしまったら、もうこれ以上強くなれない!」

 紗那は初めて〔サラマンダー〕の『コントラクトカード』を手にしたときの記憶を思い浮かべた。

 白い鎧を纏った染璃によって渡されたあの時と同時に、同じくもう一つ大事なもの『誰かを守る』と言う強い意志も渡してもらったのだ。

 ここで逃げてしまったら、あの時の誓いを踏みつぶしてしまうことと同義なのだ。

 だから、逃げるわけにはいかない。

 勝てないことは分かっている。

 けど、必ず来てくれると信じている。

 あの、大切なことを思い出す切っ掛けをくれた騎士が来ることを。

「ならば、そのくだらないものを抱えたまま死ね!」

 マルコシアスが鋭利な爪を立て、紗那を貫く構えを見せた。

 紗那は目を閉じない。

 マルコシアスはその顔を見て、身体が麻痺したかのように一瞬動かなくなった。

 なぜなら、彼女の瞳に後悔や無念の意志が一切感じられなかったから。むしろ、この絶望的な状況であるにもかかわらず瞳の奥には強い意志が宿っている。

「――――――ッ!?ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!」

 戸惑いを掃う様に雄叫びを上げる。それと同時に爪を振り下ろした。

 一刻も早くこの瞳の色を消すために。

 刹那――――――

 ――――――ドンッッッ!?

「―――――――ッ!?」

 マルコシアスの顔面にバイクの前輪がめり込み、そのままマルコシアスを跳ね飛ばした。

 マルコシアスは気付いていなかったが、紗那には聞こえていた。

 バイクの走る音が。

「……………絢斗さんッ!?」

「待たせた」

 紗那は驚愕の表情で颯爽と登場した青年の名を叫んだ。

 紗那からすればあの無所属の騎士が登場するものだと思っていたから驚愕するのもうなずける。

だが、その期待は当たっていることに彼女は気付いて居ない。

「キサマァァァァァァァ!」

「よう、今度は逃がしてやんねぇぜ」

 憤慨するマルコシアスに不敵な笑みを浮かべた。


  *


 同日一三時四三分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

絢斗はヘルメットを脱ぐと、ハンドルに引っ掛けてバイクから降りた。

「どうして帰ってきたの!あの親子と一緒に避難したんじゃ!」

「……………………」

 絢斗を問い詰める紗那を見つめる絢斗は少し驚いた表情になったが直ぐ納得したように微笑みかけた。

「お前だったのか」

「え?」

 絢斗の納得は単純な話だ。サラマンダーの正体が紗那であったことだ。思えば、『ディニュマ』でもそれらしいエピソードを聞いたばかりだった。すぐに気付いた。

 紗那の言っていた『先輩』の正体が絢斗であることに。

「一つ言っておく。俺は仲間を見捨てて逃げるような奴じゃない」

「でも、戦う力がなかったら、戻って来ても意味ないじゃない!」

「あと、加えて言っておく」

 絢斗は紗那から数m奥で臨戦態勢を整えている敵に視線を向ける。

「俺はもう、助けられる人を見捨てることはしたくない。これはただ、俺の意志が突き動かしていることなんだよ」

 絢斗は母・染璃からの最期の言葉を思い出す。

『もし、絢斗の思いが私と同じなら、私の思いを受け取って。きっと、アナタを受け入れてくれるから』

 絢斗は一歩二歩と前進してから、コートをはためかせる。

「………ッ!」

 紗那が見たのは、絢斗の腰に巻かれたテウルベルトだった。

そして、右手にはターン式のテウルギアが握られていた。

絢斗は手首のスナップと指の力でテウルギアを展開した。

 それを見て紗那は、絢斗が何をしようとしているのかを理解した。

「さぁ、俺の意志は示したぜ。お前がそれを認めるのか、拒むのかは好きにすればいい」

 絢斗は、紗那でもマルコシアスでもない、『もう一つ』の意識に問い掛けた。

「もし、認めるのなら俺に力を貸せ!お前の名前はもう決めてる!だから……俺を受け入れてくれ」

 絢斗はテウルギアのスキャンフィルムを左眼に掲げた。

 テウルギアが認証を始める。

 時間にして一秒。だけど、絢斗は思う。これほど一秒を長く感じたことはない。


『Scan ON』


「…………フッ。ありがとう」

 テウルギアを元に戻して、テウルベルトに装着する。

「その声…………。キサマだったか!」

 マルコシアスは絢斗の正体に声を聞いただけで気付いたようだ。

 嬉々と頬を歪ませるマルコシアスを睨み付けながら、テウルギアの『Ⅰ』と書かれたボタンを押す。

「…………見てたぜ。紗那とのやり取り」

「は?」

 スキャンフィルムに右手を翳す。

『【第一接続(ファーストコンタクト)】〔同期(シンクロ)〕』

 無機質なはずの音声に熱が籠った様に感じる。

「お前、紗那を馬鹿にしたな?」

「はッ!当然だ!自分の命よりも意志を大切にするなど、頭がおかしいだろ!」

 絢斗は『Ⅰ』のボタンの隣りにある『Ⅱ』のボタンを押す。

「お前には分からないのか?」

 スキャンフィルムに左手を翳す。

『【第二接続(セカンドコンタクト)】〔調和(アルモニア)〕』

 音声が更に熱を放つ。

「分かる訳ないだろ!人間如きの低能な意志など理解に苦しむ!」

「分からないか。精神生命体のクセに、人間の身体を乗っ取っているクセに、分からないのか!」

 絢斗は『Ⅲ』と書かれたボタンを押して、右手を翳した。

「だったら教えてやるよ」

『【第三接続(サードコンタクト)】〔能力(アビリティ)〕』

 その音声が言い終わると、絢斗はテウルギアの画面を押し上げ少し傾けた。

「確かに、どんな奴も命は大切だ。死んでしまえば何も残らないし、これから先に起こりえたであろう未来も閉ざすことになる。でも!時には命よりも優先しなきゃいけない意志がある。誰かを守りたい、誰かを助けたい、誰かの力になりたい。誰かのために力を尽くしたいと思ったときに逃げ出してしまうと、それは死んでいなくても死んだことと同じなんだよ!」

「なんて曖昧で不完全な生物なんだ」

「それが人間だ!」

 絢斗はベルトの横についているケースからボタンのような丸いモノを取り出した。

 【コントラクトコア】。絢斗が戦闘用テウルギアのために改良し、より霊とのソウルの供給を行いやすくために形を変えた。

「お前は紗那の意志を侮辱した!」

 紗那はずっと言葉を紡ぐ絢斗の後ろ姿を見つめていた。

「紗那が誰かのために戦う意思を強く抱くのなら、俺はその紗那の意志を守ってやる!」

 紗那の瞳から熱いものが流れ出して止まらなくなる。

 紗那は染璃に助けられた日から、騎士になることをただひたすら目指した。その時は『誰かのために』など考えてもいなかった。だが、デパートで共闘した騎士と出会い、そんな意志ではダメだと否定された。初めはショックだった。今までの自分が否定されたのだから。しかし、絢斗は違うと言った。過去に悔いるのではなく、これから何を思い戦うのかを考えさせられた。そこで、紗那は至った。『騎士とは多くの人々を守る為に居るのだ』と本当の意味で至ったのだ。ならば、後はそれを行動に移すだけだ。そう強く思うようになった。

 絢斗はその紗那の意志の変化を完全に把握していた。紗那はまだ発展途上。ならば、まだ研鑽を積む時期だ。前だけ向いて突き進めばいい。

「俺が後ろから支えてやる」

「ッ!?」

「紗那ッ!見てろッ!」

 絢斗は手に持っていた【コントラクトコア】を中心の歯車の窪みにはめ込んだ。

「これが俺の『意志の力(テウルギア)』だ」

 傾いた画面に手を掛け――――――

「チェンジ!」

 下ろした。

『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕モード:カオス=インウィキトゥム』

 音声と共に絢斗の背に魔法陣が描かれ、そして砕け散る。

 砕けた魔法陣の破片はダイヤの様に煌めき、絢斗の周囲を漂う。

 そして、絢斗を纏う様に収束し、鎧の形に集約される。

(………やっぱり、そうだったんだ)

 紗那は少し気が付いていた。

 極端な話、初めて絢斗と出会った日には気付いていたのだと思う。

 彼との出会いからこれまでの状況を考えると、納得せざるを得なかった。

 だからだろうか。

 今、マルコシアスに勝てるとしたら『彼』しかいないと。

 時間を稼いだのは『彼』を待つためだったけど、絢斗が来た時少し安堵したのは、心のどこかで彼の正体に気付いていたからなのだろう。

「キサマ、何者だ!」

「俺は不屈の騎士、フリーナイト:〈フォート〉だ!」

 紗那の眼の前に居たのはデパートで出会った黒鉄の騎士ではなく、かつて彼女を救った騎士と同化するような白き騎士だった。

 絢斗―――〈フォート〉はマルコシアスに視線を合わせ指を指す。

「本に返る時間だ」

「齧歯類が!鎧を纏ったくらいでいい気になるなッ!」

 マルコシアスが大きく翼を広げ、〈フォート〉に向けて羽を飛ばす。

 その勢いと連射は機関銃にも相当し、羽は炎を纏っている。

 〈フォート〉はそのすべてを避けながら、同時にマルコシアスに接近して行く。

「チィ―――ッ!」

 羽の弾丸が当たらないと分かると、手に炎を灯し、向かって来た〈フォート〉を薙ぐ。

 〈フォート〉はその強烈な一撃を左腕で受ける。しかもアビリティを一切使わず。ただの鎧の強度と降神術による身体強化のみで受け切って見せる。

 攻撃終了時の隙だらけなマルコシアスの腹部に拳を叩き込む。

「ガァッ!」

人間大の狼が後方に吹き飛ばされる。

マルコシアスは後方に飛ばされながら〈フォート〉と距離が空くと同時に大きく空気を吸い込んだ。

 凶悪なブレスの準備が整い、地面に着地すると〈フォート〉に標準を定める。

「いいぜ。霊格の差を見せてやるよ」

 〈フォート〉はテウルギアの画面を押し上げる。

 右のケースから【コントラクトコア】に似たコアとクリアレッドの歯車を取り出す。コアの表面には剣の絵柄が描かれている。そして、歯車の窪みにコアをはめ込み、中央の歯車と噛み合う様に取り付ける。

 コアの方を【アビリティコア】。【アビリティカード】をコアの形に変え、【コントラクトコア】から送られるソウルを多く受け取れるように改良したものだ。歯車の方を【エフェクトギア】。従来では〔アームズ〕と〔マジック〕を併用しなければ使えなかった『武器に属性のを乗せる効果をよりソウルの消費を減らした形で発動できるようにしたのがコレだ。

 画面を降ろす。

『〔アームズコア〕=ソード 〔エフェクト〕=フレイム』

 〈フォート〉が右手を翳すと剣が生成され、その剣の刃に炎が渦巻いた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!」

 咆哮と共に炎の息が〈フォート〉に向けて放たれる。

 迫る強大な炎の渦。

 〈フォート〉は避ける素振りを見せない。

「ッ!?避けてッ!?」

 〈フォート〉の行動に紗那は吃驚の声が上がる。

「必要ない!」

 炎の剣を構えて、振り上げる。

 炎の渦と炎の剣。双方が衝突すると同時に炎の渦が霧散し消え失せた。

 もう一方、剣の炎は消えていない。むしろ、その炎は先ほどよりも強く大きく揺らめいていた。

「同じ属性の攻撃はある意味弱点属性の攻撃よりも厄介だ。互いに打ち消し合うからだ。だが、それは霊格が拮抗している場合に限る。さっきのサラマンダーとお前ように、霊格に差が存在すると同じ属性でも霊格が弱い方の力は打ち消され、強い方の力は相手の属性を吸収し更に力を増す」

「我は悪魔だ!我と同格は居れど、格上の霊など存在しない」

「それが存在するんだよ。《未登録(アンノーン)》。強力すぎるが故に名前を奪われた、原初の意志。それが俺の契約霊、原初の不屈〔インウィキトゥム〕だ!」

 名前には力が宿る、と言う。その名前を奪われた【グリモアンデット】《未登録(アンノーン)》は本来の力を失ったままだった。しかし、契約者によって名前を与えられたことにより、失われたピースが揃ったのだ。それはまさに最強の霊格を誇る。

「もう勝負付いたぜ」

 〈フォート〉の言葉ははったりではない、間違いのない事実だ。能力なしの身体能力でも〈フォート〉が上、能力でも〈フォート〉が上。それはそのはず。全てを決める霊格で既に〈フォート〉が遥か上なのだからだ。

「あとは、お前を倒して、乗っ取られた一般人を救出するだけだ」

 〈フォート〉は炎が舞う剣先をマルコシアスに向けた。

「………スゴイ」

 紗那は小さく呟いた。

 圧倒的だ。本当の力を解放した〈フォート〉はエーテル体となった【グリモアンデット】を圧倒したのだ。

「……ッ!ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 マルコシアスは翼を広げて飛翔。〈フォート〉に向けて速度を乗せた爪を突き出した。

 〈フォート〉は左の腰からスケルトンの【エフェクトギア】と〔アシストコア〕を取りだした。コアを歯車を重ね、ベルトの『アシストスペース』(上側)に中央の歯車と噛み合う様に取り付けた。

『〔アシストコア〕=アクセラレーション』

 マルコシアスの爪が空を切る。マルコシアスは驚愕する。先まで目の前にいた〈フォート〉が消えた。

 マルコシアスが周囲を警戒すると同時に、右肩に切り降ろされたような斬痕が浮かんだ。

「グアァァァッ!」

 〈フォート〉は目にも止まらぬ速度で移動しマルコシアスに次々と斬撃を与えていく。

 右太もも、左腕、右頬、左胸、左踝、右翼、背中、左肩、右手首、腹部………。

 的確に、されど中の一般人は傷つけない様に着実にダメージを与えていく。

((行ける!))

 〈フォート〉と戦闘を見ていた紗那が全く同時に思ったとき。

 マルコシアスに異変が訪れた。


  *


 同日一三時四九分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

(何故だ)

 マルコシアスはその胸の奥で燻ぶる靄に苛立ちが募る。

 人間の思い、覚悟、意志。どれも曖昧なものだ。こんなものに動かされる人間と言う劣等種族は全くもって不完全な生き物だ。

(なのに、何故だ)

 そんな曖昧で、不完全な存在に何故やられているのか。マルコシアスの靄はどんどん膨れ上がる。

 分からない。何故、意志などと言う曖昧なもので力が付くのか。何故、意志などと言うものにこんなにも力が宿るのか。

 何故、そんな意志に胸が苦しくなっているのか。

(何故だ。何故、何故!何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故だァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッ!)

 靄がマルコシアスを飲み込んだ。


  *


 同日一三時五〇分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

「「――――――ッ!?」」

 〈フォート〉と紗那がそのマルコシアスの変化に驚愕の息を呑みこむ。

 突如、マルコシアスが巨大化したのだ。

 優に3ⅿを超すほどの四足歩行の狼。その背にはグリフォンの翼。蛇の尾を揺らす。

 コラン・ド・プランシーの著書『地獄の辞典』の挿絵に残るマルコシアスの姿に酷似するそのシルエットに、〈フォート〉は動きを止めた。

 そして、その巨大な狼が深く息を吸い込み、天に顔を向けた。

「ッ!?」

 その行動を目にした瞬間、〈フォート〉はソードの【アビリティコア】を取ってから紗那に駆け寄り、紗那を抱えてアクセラレーションにソウルを込めて一気に距離を取った。

 刹那―――

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」

 声に鳴らぬ咆哮が、音と共に周囲を一瞬にして炎で包んだ。

「何なの!アレ!」

 攻撃範囲外に退避した〈フォート〉に肩に担がれたまま紗那が動揺を隠せないまま問いかけた。

「アレは暴走だな。俺も初めて見るけど、母さんから聞いた話と似てるし間違いないだろう」

「どんな話なの?」

「精神に溜まった負のソウルを一気に解き放つことで力を増大させる。だが、あの状態では自我が保たれず、近くにいる存在を無差別に襲う。あの状態の警戒範囲は大体10㎞だろうな」

「じゃあ、避難所は…………」

「警戒範囲内、だな」

「そんな…………」

 紗那が心配そうに避難所のある方角に目を移す。

「更に絶望的な情報がある」

「なに?」

「あの状態ではソウルの消費が激しい。放っておけば相手は勝手に倒れるが、核とされている人間が確実に死ぬ」

「ッ!?そんなこと――――――ッ!?」

「させるわけねぇだろッ!」

 愚問だと言う様に紗那の言葉を途中で遮って〈フォート〉が言い放った。

「だが、アレは俺一人じゃどうしようも出来ない。だか――――――」

「何をすればいいの?」

 紗那は肩から降りて〈フォート〉を見つめて返した。

 これこそ愚問だったらしい。

「俺が時間を稼いでいる間に、鎧を再展開しろ。そして、アクセラレーションを使って奴に近づいて核となっている人を助けるんだ。核の場所は俺が特定しておく」

「方法はどうすれば良い?」

「核は結晶で固く守られているはずだ。だから、〔デクテット〕で結晶を壊して、取り込まれている一般人を救出するんだ。カードは自分で選べ。確実に救出できる組み合わせをな」

「…………確実に、救出できる組み合わせ」

「お前は学生騎士じゃないんだろ?」

 〈フォート〉―――絢斗はずっと紗那のことを見習いの学生騎士だと思っていた。だが、違う。紗那はサラマンダー、正規騎士だ。ならば、一人前ではなくても見習いと言われるほどではない。

 だったら、ここでの聞き方は決まっている。「出来るか?」ではない。

「出来るだろ?」

「…………!うん、任せて。出来るよ!」

 紗那が力強い返事を返す。それと時を同じくして、

―――駕嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッ!

 暴走したマルコシアスが動き出した。

「行くぞ!作戦開始だ!」


 *


 同日一三時五五分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

 マルコシアスの進行方向は案の定と言うべきか、予想が外れて欲しかったと言うべきか、避難所に向かっていた。

「――――――――――――ッ!」

 しかし、マルコシアスはその足を止めた。

 なぜなら、その進路上に強大な気配を察知したからだ。

「随分とデカくなったじゃんか」

 白い鎧を纏う絢斗―――もとい〈フォート〉がマルコシアスの進路を塞ぐように待ち構えていた。

 アクセラレーションを発動して、最高速度でマルコシアスの進路上に先回りしたのだ。

 マルコシアスは敵意を剥き出しにした〈フォート〉を標的と認識。背の翼を広げた。

 高く上がっている太陽がその翼で完全に隠され、翼の影が差す。

 そして、はためかす。

 その巨大な翼をはためかすだけで旋風が起こり、灼熱に染められていた住宅街から炎がかき消され、無惨にも残った瓦礫は吹き飛ばされる。

 一瞬で瓦礫に満ちていたエリアは裂け目の入ったコンクリートと家が建っていたであろう場所の地面しかなくなった。

 〈フォート〉はその旋風に飛ばされない様に身体を支えていたので難を逃れる。

 そして、臨戦態勢を取るマルコシアスに向けて一瞥する。

「俺は紗那―――いや、サラマンダーが来るまで時間稼ぎと核の場所を特定しなきゃいけないんだ。だから、しかたねぇからお前に、『特別』を見せてやる」

 〈フォート〉は腰のケースからクリスタルカラーの【エフェクトギア】と騎士の姿が描かれた【アビリティコア】を取りだす。

 二つを組み合わせる。画面を押し上げて、〔アームズコア〕をはめ込んでいた位置に噛み合う様にはめ込んだ。

『〔エクセプションコア〕=ヒーロータイム』

 足元に魔法陣が浮かぶ。

 瞬間、鎧の隙間から青白く煌めく粒子が全身から噴出される。

 〔エクセプション〕。それは【レートS】、つまり《未登録(アンノーン)》を契約霊にしている者しか扱うことが出来ない特別な能力。言い換えれば、彼らの本来の能力なのだ。無論、一体一体の能力は違うし、ソイツの〔エクセプション〕以外の〔エクセプション〕は使えない。

 そして、原初の不屈〔インウィキトゥム〕の〔エクセプション〕は、三分間のみの全身体能力および能力を飛躍的に向上させる。簡単に言えば、『無敵化』だ。

「三分でけりを付けるぜ」

「?」

 マルコシアスは〈フォート〉を見下ろしながら疑問符を浮かべた。

 瞬間、〈フォート〉の姿が消えた。

「――――――ッ!?」

 そして刹那に、マルコシアスの顎に強烈な衝撃が叩き込まれた。

 〈フォート〉が一気にマルコシアスの顎まで跳躍し蹴り上げたのだ。

 綺麗に決まっていれば脳震盪必死だっただろう。

 だがそれは相手が『人間』であった場合だ。眼の前にいるのは【グリモアンデット】で、しかも巨大に力を膨れ上げさせたマルコシアスだ。脳震盪なんて起こる訳もなく、着地しようと態勢を整えたところを前足で無理やりに叩き落される。

 随分と強引な着地になったが勢いはうまい具合に地面に逃した。

 〈フォート〉はケースからガンの〔アームズコア〕とクリアブルーの【エフェクトギア】を取り出した。それを組み合わせて『アシストスペース』にはめ込んだ。

 〔エクセプション〕を使った状態で〔アシスト〕の身体強化付与はあまり意味をなさない。なので、〔エクセプション〕使用時は『アシストスペース』が〔アームズコア〕のはめ込み場所となる。

『〔アームズコア〕=ガン 〔エフェクト〕=アクア』

 相手はマルコシアス、大きさや強さが変わっても持っている能力の属性は変わらない。

 〈フォート〉は炎属性の弱点である水属性で遠距離から牽制する。

 マルコシアスは嫌がるように後ろに下がる。

 〈フォート〉は水の弾丸を打ちながら、マルコシアスの足元を何周か周回する。

(腹部には核はない)

 マルコシアスは足元をちょろちょろと動き回る〈フォート〉に向けて巨大な足を振り下ろした。自我がない上での簡単な本能的攻撃だったが、それだけでも――――――

 ――――――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!

地面は大きく地割れを起こし、振り下ろした場所は深くまで抉れていた。

しかし、地面には〈フォート〉の姿はない。

それはそのはず、〈フォート〉はマルコシアスが攻撃を繰り出すと同時に大きく跳躍してマルコシアスの頭上に居たからだ。

そして――――――

「見つけた!」

 マルコシアスの両翼の付け根に赤黒い楕円形の結晶が在るのが確認できた。

 〈フォート〉は結晶に銃の照準を合わして放った。

 水の弾丸は狙い通り結晶に命中した。しかし、結晶には傷一つ付かなかった。

(やっぱり、デクテットじゃないとダメか)

「ガアァァァッッッッッッ!」

 弾丸が着弾したことでマルコシアスに位置がばれてしまう。

「ッ!?」

 蛇の尾が鞭の様にしなり、〈フォート〉めがけて振り落す。

 空中では回避行動が取れない〈フォート〉は防御態勢を取り、尾の鞭を真正面から受け止めた。

 その勢いで数キロに叩き落とされる。

 マルコシアスは〈フォート〉が落ちた方角へ向き直して、大きく息を吸い込んだ。この兆候はブレス攻撃の準備態勢。

 通常状態では〈フォート〉の同属性の炎に取り込まれてしまったがそれでも強力だった。それがこの大きさで放たれたならば、簡単に強力なブレスと例えることは出来ないだろう。

 数キロ先の〈フォート〉はマルコシアスの攻撃態勢を確認すると、ギアを外して銃を消した。

 ケースに〔アームズコア〕だけをしまい、交換するように魔法陣が描かれたコアを取りだした。

『〔マジックコア〕 〔エフェクト〕=アクア』

 マルコシアスが爓を吐き出した。

 もはや閃光と変わらない巨大な爓は通り道を蒸発させながら〈フォート〉に迫る。

 〈フォート〉は左手を前に翳し、背中から青白の粒子を大量放出する。

 そして、前方に巨大な流水の壁を形成した。

 爓と流水が衝突する。

 同時に蒸発し、水蒸気で辺りが白く霧が掛かる。

「――――――――ッ!」

 蒸発と水の生成が同時に行われて行き、爓のブレスをその場にとどめた。

 先に尽きたのは爓の方だった。

 爓が通った後には何も残っていなかった。

 しかし、進路には、水蒸気が晴れた先には白き騎士が悠然と立っていた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!」

 それは悔しさの咆哮か、それとも怒りの咆哮か。いずれにしろ――――――

「三分だ。十分時間稼ぎになっただろ!決めろッ、サラマンダーッ!」

 声の送り先はマルコシアスの背後の紅き竜の鎧を纏った少女に向けられていた。

「了解ッ!」


  *


 同日一三時五七分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

「流石……スゴイ……」

 紗那はアクセラレーションでマルコシアスのところまで向いながら、〈フォート〉の戦いを見ていた。

(あの粒子が何のアビリティか分からないけど、アクセラレーション以上のスピードにパワー以上の攻撃力を同時に発動しているなんて……)

 紗那は〔エクセプション〕の存在を知らないため、アシストの同時併用と解釈したが、それでも〈フォート〉の戦い方は見事としか言えなかった。

 すると、マルコシアスが前足を振り上げて、足元を移動している〈フォート〉に向けて振り下ろした。

 とてつもない破壊音と土煙が立つが、紗那は気付いていた。〈フォート〉がマルコシアスの攻撃する瞬間に跳び上がったことに。〈フォート〉の速さには付いて行けなかったが、全身から噴き出る青白の粒子が上空に向かって続いたから。

 すぐに〈フォート〉の居場所を特定して注視する。

 そうすると、〈フォート〉がマルコシアスのある一点に向けて銃を放った。

 マルコシアスの翼の付け根。

 それだけでこれが〈フォート〉からのメッセージだと気が付いた。

(翼の付け根。そこが核の場所!)

 瞬間、鞭の様に撓る尾に〈フォート〉が叩き落とされた。

 そして、叩き落とした方向にマルコシアスがブレスの照準を合わせた。

「ッ!」

 紗那は〈フォート〉へ向かおうとする思いを諫めた。

(〈フォート〉なら大丈夫!どんなに巨大な攻撃だろうとなんとかする!そして、今私がしなければいけない事は確実に攻撃を当てられる位置に一刻も早く移動すること!)

 刹那!

 ――――――晃ッ!

 強烈な熱風と強力な閃光と共に放たれる爓を見て、紗那は行動を起こした。

(これならば、背後に隙が出来る!)

 そして、マルコシアスの背後に回り込んだ。

 まだ、激しい熱風が襲い掛かる。同じ炎属性の鎧でなければ目を開けられなかったはずだ。

(今しかない!)

 紗那はテウルギアのセレクト画面を操作する。

『【アビリティ】〔アームズ〕:ソード』

 スクロール。

『〔マジック〕フレイム×4(フォー)』

 スクロール。

『〔アシスト〕:ジャンプ パワー エクスプロージョン アクセラレーション』

 スクロール。

『〔ディスターブ〕チェイン』

 タッチ&スクロール。

 選んだ【アビリティカード】が円軌道を描きながら紗那の身体を廻る。

 そして、熱風と閃光が止み、数キロ先を漂う霧が晴れて行った。

(ほらね。無事だった)

「十分時間稼ぎになっただろ!決めろッ、サラマンダーッ!」

 紗那は覚悟と強い意志を抱いた。

(この人に、〈フォート(絢斗さん)〉に認められたい!私が『憧れ』るもう一人の最高の騎士に!)

「了解!」

 【アビリティカード】をテウルギアの画面で集約させ、タッチ!

『【ソウルクラッシュ】〔デクテット〕:モルティーガ』

 マルコシアスが背後の紗那の存在に気付き、蛇の尾を振り落した。が―――

「もう、遅い!」

 アクセラレーションによって加速させた跳躍は易々と振り下ろされる尾を避け、マルコシアスの頭上を制圧した。

 右手に火焱を纏った剣を形成する。

 その火焱は〈フォート〉がマルコシアスの炎を吸収した剣よりも猛く燃え上がる。

「ハアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!」

 落下の勢いを乗せて剣先を結晶に突き立てた。

「駕嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッッッッ!」

 剣から放たれる火焱が更に火力を増して舞い上がる。

 どうやら、紗那の思惑は上手く行った。

 紗那の〔サラマンダー〕とマルコシアスの属性は同じ炎。どうしても、霊格で差が出来ている状況で紗那の攻撃が通ることはない。

 ならば、その霊格の不足分は『能力』で補えばいい。一重でダメならば二重で、二重でダメならば三重で……そうして、四つ重ねた火焱はマルコシアスの霊格を超えたのだ。

 赤黒い結晶に罅が走る。

「割れろォォォォォォッッッッッッ!」

 紗那の渾身の火焱と共に、結晶が砕けその破片が舞った。

「今ッ!」

 紗那は自分の左手に鎖を巻き付けて、その鎖ごと左腕を結晶の中に突っ込んだ。

 そして――――――

「ハアアアアッッッッッッ!」

 左手を抜くと同時に結晶の中から核とされていた女性を引きずり出した。

「救出成功ッ!」

 紗那はマルコシアスの背を蹴り、そのまま女性を連れて数キロ先まで戦線離脱した。

 そして、女性を抱きかかえたまま背中から着地した。

「はぁ……はぁ……。これで、私も、本当の騎士に、なれたかな?」

 顔を上げ、紗那はその決着をその眼に焼け付ける。


  *


 同日一三時五九分 【アマテラス】北部エリア 住宅街第6区

 〈フォート〉は爓によって出来た道を歩いていた。

 核を失い足掻く巨大な狼に向けて足を進める。

『駕ぁ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッッッッ!な、何故、Λ!』

 マルコシアスの声がどもって聞こえる。

『ワθ、は、ΙΖ、解、出来Ν!意志Λ、なΣ、このようΝ、強Ηのだ!解せΝ!』

 言語が曖昧になる。

「お前は真面目な奴なんだろうな。分からない解を求めていただけなのだろうな。だが、その為に犠牲になった人はただのとばっちりだ。お前の求め方は間違ってたんだよ」

『Ψレ、は、ワΩ、は!』 

「求め方さえ間違えなければ、もっと違う結末になってたかもしれないのにな」

 〈フォート〉は足を止めた

『Ξ、キサマァァァァァァァ!』

 〈フォート〉は『アシストスペース』にギアを差し込む。

『〔アシスト〕メニュー』

 続けて『ディスターブスペース』にギアを差し込む。

『〔ディスターブ〕メニュー』

 テウルギアの画面を持ち上げ、ギアを差し込んだ。

『〔ソウルクラッシュ〕=モルティーガ』

 足掻くマルコシアスの足元に魔法陣が浮かび、動きを封じ込めた。

 〈フォート〉が右手で拳を作ると右手にガンドレッドが形成される。

 左掌から更に魔法陣が生成された。

 そして――――――

「騎士の一撃(ナイト・オブ・ストライク)」

 魔法陣に向けて拳を放つと、魔法陣から白い閃光の衝撃波が巨大なマルコシアスの全身を呑み込んだ。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!』

 光が晴れると、人間大の大きさに戻ったマルコシアスが横たわっていた。

 そのマルコシアスに向けて〈フォート〉はカードを投げつけた。

「さぁ、本に返りな」

 スキャンフィルムに手を翳した。

『【シール】〔グリモワール〕』

 カードの中に魂のような球体が吸収されると、マルコシアスの肉体を形成していた肉体が灰と化して消え去った。

「やったね、〈フォート〉」

 近くに駆け寄って来たのは鎧を解いた紗那。

「一般人の女性は?」

「大丈夫、今はぐっすり眠ってる。さっきKGC本部に連絡して、こっちに救急車が駆けつけているところだよ」

「そうか。なら安心か。俺はこのまま退散するとしますか」

「え?どうして?」

「俺は、【アマテラス】では正式な騎士じゃないからな、正体がばれるわけにはいかないんだ。本当はあの場で換装するのも嫌だったんだけど、仕方ない。お前も内緒にしてくれよ」

「………はい。分かりました」

「頼むな」

 〈フォート〉がその場を離れようとした時、「あ~!」と何かに気が付いたように紗那が大きな声で〈フォート〉を呼び止めた。

「どうした?」

「そう言えばバイクッ!?マルコシアスの攻撃に巻き込まれて……!」

「大丈夫だ。その点は抜かりはない」

 腰のケースからバイク用のテウルギアを取りだし、画面を少し操作する。

 すると、地面に魔法陣が浮かび、そこからバイクが姿を現した。

「じゃあな。後の処理はそっちで任せるぜ」

「分かりました。気を付けて、〈フォート〉」

 返事を返したあと、バイクのエンジンを掛けて駆動音が響くと、〈フォート〉が振り返った。

「いつでも来な。カードを作りにな」

「ッ!はい!」

 今度こそ、〈フォート〉はバイクを走らせて戦場を後にした。

 時間は一四時〇三分。約一時間にも及ぶマルコシアスとの戦いは幕を閉じた。


  *


 同日一四時〇二分 ツクヨミ展望公園

 双眼鏡を片手に二人の騎士のやり取り眺める影が一つあった。

 真栄城光奏。KGCに所属する【レートS】の正規騎士。

 彼女は二人の戦闘を途中からこの場で観戦していたのだ。

「あれが〈フォート〉。ですか」

 〈フォート〉が戦場を去ったあと、誰に言うでもなく一人で呟いた。

「アレは間違いなく【レートS】。厄介ですね。あれを捕らえるのは」

 光奏の性格上、彼女の口から『排除』ではなく『捕縛』の言葉が上がるのは珍しいことなのである。

 彼女は自分の思う『正義』に忠実であり、ひとたびその『正義』から外れると、その

対象は排除すべき敵なのだ。

 簡単にまとめると、『敵の敵は、味方ではなく敵』『仲間でなければ敵』。彼女の中では『仲間』か『敵』かの二択しかないのだ。

 そんな彼女の口からでは『捕縛』には二つの意味があった。

 その力をどこで手に入れたのかを問いただすため。ただし、これを理由に捕まえるのは飽く迄彼女の好奇心であって、理由全体では一〇%にも満たない個人的理由。

 そして、理由の九〇%以上を占める目的が――――――

「【アカデメイア】とのつながりが濃厚。疑わしきは罰する。奴の捕らえて、【アカデメイア】の状況を探る」

 指先に力が入り、双眼鏡を握りつぶしてしまった。

「いけない。壊れてしまったわ」

 そう言って、現場を去る。

 その道中、転がっていた焦げたゴミ箱を起こして、壊れた双眼鏡を捨て去った。


  *

 

 同日一二時〇五分 私立降神騎士学園学園長室

「やはり、絢斗君でしたか」

 学園長室で水原鈴華は呟く。彼女は〈フォート〉とマルコシアスとの戦いを最初から見ていたのだ。

 ここで言う『最初』とは、マルコシアスが現れてからを指す。

 つまり、彼女は一般人を見捨てたのだ。

 それはKGCの騎士として有るまじき行為である。

 そう、『KGC』の騎士としては。

「まさか、エーテル体となった《悪魔(ディアボロス)》を倒してしまうなんて。驚きましたよ」

「そりゃ、そうじゃん。なんてったって、あのセンリの息子なわけじゃん?そんぐらい出来て当然じゃん」

 学園長室には鈴華の他にもう一人いた。その人物は備え付けのソファーに寝転がりながら、軽率な口調で鈴華と会話していた。

「流石はセンリの息子じゃん。あの余裕な戦術運び、センリそっくりじゃん?その辺、どう思う?一番付き合いの長かった者から見たら、なぁエレオス?」

「その名前で呼ぶのは集会の時だけにしてまらえませんか?ここでは水原鈴華と名乗っているのですから。気を付けてください、アウダークス」

 冷たい視線が交差する。

「私からすると、絢斗君の弱点は三つ。一つ目は油断が思ったよりも多いこと。実際、避けられるところで避けられなかったから」

「〈フォート〉が攻撃を受けたのは三回じゃん。一回目は実力差を明確にするためにワザと受けたわけじゃん。それで二回目と三回目は空中で避ける態勢に出来なくて受けたじゃん?今の彼に空中での戦闘に注文付けるは少し酷ってもんじゃん?」

「いえいえ、今の絢斗君のレベルならあの程度の攻撃は避けられるはずでした。それが出来なかったのは他の事に気を回していたからです。二回目ならば敵が脳震盪を起こすかどうかで観察したせいで攻撃を受けた。三回目は結晶の硬度に気を取られて攻撃を受けた。生死が問われる戦いの場ではこれらは致命的な油断と言えます」

「成程じゃん。二つ目は?」

「二つ目は隙が多いところです」

「?それって一つ目と何が違うじゃん?」

「私の考えるこれらの違いは、油断は思考の合間の隙、隙は単純に行動の合間に見られるもの、と捉えてます。話を戻しますね。私が見る限り十一か所ほど攻撃を仕掛ける隙がありました」

「そんなにあったじゃん?俺はそこまで感じなかったけどじゃん?」

「私ならここを仕掛ける、と言う所を数えただけですので、一般的には少ない方だろうと思いますよ。でも、私たちのレベルで十一か所も隙があったらそれは『多い』と言われるんじゃないですか?」

「確かにじゃん。三つ目は?」

「三つ目は…………みぃ………えぇっと………」

「その癖いい加減やめたらどうじゃん?実際の数より一つ上乗せする癖。十一か所って言ってたけど、実のところ十か所じゃん?」

「ゴホン………確かにそうですね……」

 鈴華は頬を赤らめながら咳払いした。

「つまり、私からしたらまだまだ染璃には程遠いってことですよ」

「中々厳しい評価じゃん」

 アウダークスと呼ばれた男は姿勢を変えて、鈴華と向き合った。

「でも、センリの息子は威剣技研側じゃん?こうやって情報収集することに意味があるのかじゃん?」

「むしろ、あちら側だから情報収集が大切なのでしょ」

「俺には全く理解できないじゃん?」

「味方になるにしても敵になるとしても、情報はあった方が便利でしょ?」

「味方になるにしても敵になるとしても、リスクを冒す方が楽しいじゃん」

 鈴華すべてに置いて情報重視。どんな相手だろうと情報を集めて相手取る戦法を好む。

 アウダークスは反対に情報にこだわらない。その場の状況を楽しむ。チャンスであろうとピンチであろうと。

 性格の不一致。だからこそ、彼女らは仲が良いのかもしれない。

「まぁ、でも。敵になるなら容赦はしないじゃん」

「えぇ、私たち【アカデメイア】のね」

 秘密結社【アカデメイア】。様々な分野で鬼才と謳われた者たちの集い。

 かの世界を混沌に陥れた首謀者、『ニヒル』もこの組織の一員である。

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