第4話 決戦の月曜


 5月17日(月)九時〇二分 『アマテラス中央病院』騎士専用病棟

 紗那は花束を抱え、病室の前で固まっていた。

 病室の名札には『泉野丹雪』『来栖風音』と書かれてある。

 あの後、駆けつけた援軍により二人はここ『アマテラス中央病院』に搬送、治療が施された。テウルギアを起動し鎧を纏っていたため、傷に関して言えばそれほど酷いものではなかった。丹雪は左手の上腕骨骨折、風音は腕と足にそれぞれ亀裂骨折があっただけだ。

 一般人の人たちもこの病院に運ばれた。詳細は聞いていないが二人よりかはマシだそうだ。

 紗那は扉をノックすると奥から「どうぞ」と丹雪の声が聞こえる。

 それを聞いてから扉を開けて顔を覗かせた。

「紗那ちゃん、来てくれたんですね」

「当たり前でしょ、仲間なんだから。風音は?」

「まだ寝てますよ。起こします?」

「大丈夫よ。ただお見舞いに来ただけなんだから」

 紗那は持っていた花を活けると、傍にあったパイプ椅子に腰を掛けた。

「怪我の具合はどう?」

「全治六週間です。利き腕ですから過ごしにくいですよ」

 丹雪は苦笑いで答えた。

その姿を見て紗那は自然と笑みを浮かべた。

「そう言えば、これだけは絶対に聞かなければいけない事がありました」

「なに?」

「一般人の方々は大丈夫でしたか?」

「ッ!?」

 丹雪の言葉に紗那はハッとした表情になる。

 紗那が覗くと、丹雪の顔は真剣そのものだった。

「丹雪たちに比べたら全然マシらしいよ」

「そうですか。じゃあ、私たちは一般人の方を守ることが出来たんですね」

 丹雪が安堵したように満面の笑みを浮かべる。

 その笑みを見て、紗那は心を痛めた。

 彼女たちには、一般人の一人が身体を乗っ取られエーテル体になってしまったことを言っていない。

 だが、それだけが紗那の心を傷つけているのではない。

『お前に騎士は向いていない』

 フォートの言葉が脳裏に浮かぶ。

 丹雪や風音は一般人のために身を挺して守った。それに比べ紗那は、自分の行動で一般人を傷つけてしまったのだ。

「あの……そのことなんだけど」

「え?まさか、一般人の方に何かあったのですか?」

 紗那はエーテル体の事を言おうとした。だが―――――

「ううん。丹雪と風音はよくやったよ。【グリモアンデット】には逃げられたけど、一般人の人たちを良く守り切ったよ」

「そうですか!ありがとうございます」

 紗那はウソを付いた。いや、ウソは付いていないのかもしれない。二人は一般人を守り切った。一般人を傷つけたのは自分の責任だ。

だから、ウソではない。

「後は、私に任せて、安静にしてて」

 紗那は丹雪に告げると、椅子から立ち上がり「また来るよ」と言って部屋を出た。

 表情は覚悟を決めたように輝きを戻していた。

(私が蒔いた種だ。私が決着をつける)

 紗那はある場所に向けて歩き出した。


  * 


 同日九時五一分 コーヒーショップ『ディニュマ』

「はぁ………」

 絢香は小さくため息を吐いた。

 そのため息の詳細はひとえに学校に行けなかったことによるショックによるものが大きい。

「仕方ないだろ。エーテル体が出た以上、学生業務をしている暇もないんだ。資料を見たところ、あの学校の教員は殆どが現役騎士だそうじゃないか」

「わかってます。けど、楽しみにしていたのに休みにされてしまったんです。残念に思うのは仕方のないことですよ」

「楽しみが先延ばしになっただけの話だ。まぁ、今日中には片が付くだろ」

 アイスコーヒーを飲みパソコンを操作する。

「そう言えば、一つ聞きたいのだが……」

 オープンキッチンでカップを並べていた時司がカウンターに座る絢斗に尋ねる。

「エーテル体って、一体何なんだい?」

「立嶋さんは知らないんですか?」

「まぁ、これでも一般人だからね?正直、アストラル体の事もあまり知らないんだ。最低限の【グリモアンデット】の情報しか知らないからね」

「そうだったのか。なら、説明するしかないな」

 絢斗は一旦パソコンを閉じて、時司と向き合う。

「【グリモアンデット】は霊界【レムリア】とこちら側の空間を繋いで現れる。これは周知だと思う」

「あぁ、それはしている」

 霊界【レムリア】。架空の大陸の名前を借りてこの名称で呼ばれることになったのには理由がある。

【レムリア】には『亡霊(レムレス)の世界』の意味を含まれているからだ。

「じゃあ、次だな。【グリモアンデット】の活動体には四段階ある。一つはコーザル体。【レムリア】での活動体だが、まぁ簡単に言ったら霊魂だ」

「魂、ってことか?」

「まぁ、そんなとこ。【グリモアンデット】は精神生命体。その考えが言われるようになったのはコーザル体があるからなんだ」

 神智学の定義にあるマナスから来ており、コーザル体は理性と知性の架け橋となる形態である。

霊的な核『魂体』と言い換えることも出来る。

「コーザル体が【レムリア】のソウルを吸収し、仮の肉体を形成したもの。それをよく言うアストラル体と呼ぶんだ」

「そうだったのか」

「それと余談だが、アストラル体には感情体と呼ばれることもある。これはその名の通り感情を司るとされている。だから、その行動の殆どが感情的でもあるんだ」

 少し話はズレルが、人間にもこのアストラル体はある。精神活動における感情を司る身体。情緒的反応と共に感覚器としての役割を担っている。

 人間の精神活動体を、【グリモアンデット】のこちら側での基本活動体に名付けるとは、少し皮肉を感じる。

「そして、アストラル体の【グリモアンデット】が人間の身体を乗っ取った時に形成されるのがエーテル体だ」

「そこなんだけど、なんで【グリモアンデット】は人間の身体を乗っ取るんだい?」

「【グリモアンデット】の目的が『完全な肉体』を手に入れることだからだ」

「『完全な肉体』?」

「あぁ。このエーテル体はその『完全な肉体』になる前の状態だ。現在のテウルギア技術ではエーテル体を倒すのは難しいとされている」

「『無理』と言わないだけマシだと思った方がいいのかな?」

「そうしてくれ。俺も過去に母さんと二人掛かりで相手したことがあるけど、結局逃がしたからな」

「ッ!?あの染璃さんが逃がすのか……。恐ろしいな」

「今回のを合わせて確認されてるエーテル体は七体。《天使(アンゲロス)》が三体、《悪魔(ディアボロス)》が四体だ」

「そんなにいるのかい!?」

「基本倒せないからな。ちなみに今までエーテル体にさせてしまったのは十体。三体は倒して封印してるんだ。倒せない訳じゃないんだよ、倒せないわけじゃ」

 大事なことなので二度言った。

 ちなみに、この情報は本来ならば規制が掛かっているものなのだ。一般人に余計な不安を与えないための処置、と言っているが実際は責任追及を逃れるためだろう。

「最後に、さっきも言ったが最終段階が『完全な肉体』……と言われている」

「言われて?」

「現段階で『完全な肉体』になった【グリモアンデット】が現れていないから何とも言えないんだよ。俺たちが使っているテウルギアが降神術を行う前段階に四段階あるから。【グリモアンデット】にも同じことが言えるんじゃないのでは、と言う理由が一つ。エーテル体になった【グリモアンデット】が未だに何かを目的に行動を繰り返している、と言うが一つだ。根拠はまだないのが現状だ。これで【グリモアンデット】の形状段階の話は終わりだな」

 話を終えると絢斗はパソコンを広げ再起動させる。

「なるほど、ね。ありがとう。それと、もう一つなんだけど」

「なんだ?」

「エーテル体になった人間は……どうなるんだい?」

「……………一つの肉体に宿る魂は一つだけ、これは絶対的な世界の理だ。これが答えだ」

「……………コーヒー、お代わり入れようか?」

「あぁ、お願い」

 これで絢斗と時司の話は終わった。

 その様子を黙って見ていた絢香は悲しげな表情で絢斗の背中を見つめた。

『一つの肉体に宿る魂は一つだけ』

 エーテル体は、この理を無理やり捻じ曲げた『一つの肉体に二つの魂』が宿った形。

 だが、理は絶対的な力を持つ。

 すなわち、必ずどちらかの魂が消滅するのだ。

 だが、それは時間の問題だ。

 早い段階で【グリモアンデット】を封印できれば、乗っ取られた人間は助かる。これは前例があるから言えること。

 しかし、今いる〔マルコシアス〕以外のエーテル体は、もう間に合わない。

 【グリモアンデット】に一週間以上身体を乗っ取られた者は、助からない。絶対にだ。

何故断言できるかというと、これも、前例があることだからだ。


  *


 同日一〇時二三分 私立降神騎士学園学園長室

 水原鈴華は机の上に置かれている大量の書類を気だるげに睨み付けていた。

 ここにある書類は、昨日の【グリモアンデット】による被害の報告書や【ソレイユ】の損害賠償の書類だ。

「これって、私の責任なの?違うよね?」

 鈴華もまたKCGの正規騎士である。更には、その騎士の中でも【レートS】と呼ばれる組織内に四人しかいない上級騎士である。

 騎士の等級は契約している霊によって決まる。

 《幻獣(クリプティド)》や《精霊(スピリトゥス)》を契約霊としている騎士は【レートB】。

 《悪魔(ディアボロス)》や《天使(アンゲロス)》を契約霊としている騎士は【レートA】。

 そして、それら以外を契約霊としている騎士を【レートS】となるのだ。

「こういった書類仕事は向いてないのだけどな。私は学園長であって、騎士団長じゃないのよね」

「仕方ありません。騎士団長は現在、【アマテラス】を巡回しているのですから」

 鈴華の愚痴を事務的に受け返すのは、神々しく輝く銀の髪を持つ少女。背は女性にしては高く、スレンダーだ。きめ細やかな銀髪はセミロング。少年ともとれる中性的で綺麗な顔立ちをしている。服装は何故だか学園の男子用制服を着ている。

 名を真栄城(まえしろ)光奏(みかな)。

私立降神騎士学園高等部三年に所属する正規騎士。そして、この学園の生徒会執行部の会長でもある。騎士の等級は【レートS】だ。

「団長が不在なのですから、副団長である水原さんが書類仕事をするのは当然だと思われます」

「随分な言いようだね」

 鈴華は書類の塔から一束の報告書を取る。

 報告者は弓鶴紗那。

 十枚に渡り書かれた報告書の一文が鈴華の目に留まった。

「ねぇ、光奏さん。〈フォート〉と言う名前、どう思います?」

「実に生意気な名前だと思われます。『Fort』、自分が最後の『砦』だとでも言いたいのでしょうか?えぇ、実に不愉快だと思われます」

「本当にそうなんでしょうかね?」

「どういう意味でしょうか?」

 光奏は冷たい目つきで鈴華を睨み付けた。

 とても上司に向ける視線ではない。

 それを鈴華は意に介さず答える。

「この名前にはもっと別の意味があるのだと思うの。確信はないんだけどね」

「そうですか。ですが、一つだけで言えることがあります。どれだけ強く、どれだけ人々を助けようと、彼が違反者であることです」

 鈴華は苦い笑みを浮かべて『また始まった』と心の中で呟く。

「ルールは守られるためにあります。ルールを守れないという事は彼が『悪』という事と同意なのです。『悪』は全て敵です。よって、彼、〈フォート〉は敵という事です。敵なのですから、倒さなければなりません」

 光奏の性格を一言で表すと『真面目』と言う言葉に尽きる。

 彼女の行動は全てが論理的だ。考え方の殆どが三段論法で、自身の正しいと思う事に素直なのだ。

 そして、自分が考える『悪』『敵』に対しては徹底的に排除する。

 それが彼女、真栄城光奏の『正義』だ。

(これがなかったら素直で良い娘なんだけどなぁ)

 光奏の話はさて置き、鈴華は再び報告書に眼を通した。

 報告書を見る限り、〈フォート〉の行動は単純だ。

 【グリモアンデット】が現れるとそれに追随して現れる。実力は高い。もしも、〈フォート〉がKCGの騎士団に所属していれば確実に幹部へ上がれる実力がある。

 そして、〈フォート〉が現れたいずれの事件も共通していることは、誰かがピンチ(この場合、紗那)に陥っている時に戦闘に介入する。

 これを見て鈴華はふと、共に戦った戦友の姿を思い浮かべた。

 それで納得した。

(染璃……。なるほど。まぁ、正体に関してはなんとなく勘付いていたんだけどね)

 鈴華は報告書を机の上に置いた。

「光奏さん、一つ頼まれてくれないかな?」

「何ですか?頼み事であるのならば断わらせてもらいます。アナタの頼みを聞く義理も理由もありませんので」

「なら、命令を下すよ」

「…………何ですか?」

 露骨に嫌そうな顔をして光奏は鈴華と向き合った。

 鈴華は光奏の顔を見て、微笑みながら命令を下した。

「【グリモアンデット】が現れても、誰も干渉しない様に指示を出して」


  *


 同日一〇時五八分 コーヒーショップ『ディニュマ』

 もうすぐで昼になるというのに、本日の『ディニュマ』は閑古鳥が巣くっていた方がまだましだと言わんばかりに静けさが包んでいた。

 何故に店の中がこんなにも静かなのかというと、理由は至って簡単だ。

 今日は店を閉めている。ただそれだけのことだ。

 現在【アマテラス】には戒厳令が敷かれており、住民の外出が禁止されている。まぁ、エーテル体の【グリモアンデット】が出現したのだから当然の処置と言える訳だが。

 こんな時にゆっくり店を開いておける訳がない。

 学校が休校になったのも同じ理由だ。

では、従業員たちは突然訪れた休日をどのように過ごしているのだろうか?

「……………………」

 絢斗は額に手を置き、パソコンと睨めっこをしている。

 絢香は店内の掃除に精を出している。

 そして、時司は頭を抱える絢斗の目の前でコーヒードリッパーとコーヒーサーバーを洗っていた。

 時司は洗い終わったそれらを水切りかごの上において乾かす。

「それで絢斗君は、いったい何に頭を抱えているんだい?」

「ん?あぁ、戦闘用テウルギアの調整、ってところかな」

「じゃあ、何をそんなに悩んでるんだい?」

「昨日、【グリモアンデット】の討伐に使おうとしたんだけどさ……」

「作動しなかったみたいなんですよ」

 絢斗の言葉の続きに絢香が入る。

 どうやら、掃除は終わったみたいだ。

「それで兄さん。テウルギアに問題はあったのですか?」

「ないから頭抱えてるんだよ」

「どういう意味だい?」

「簡単だよ。システム上は問題がないにも関わらず、実戦で使用できなかった、ってことだ」

「システムは問題ないのに、か」

 時司は顎に生えた髭を撫でる。

「絢雅には聞いたのかい?」

「聞くもなにも、父さんは俺がコイツを作ってる事を知らないんだ。こんなの知られたら怒られるからな」

「怒られるのかい?」

「父さんには内緒にしてくださいよ。……テウルギアはもともと霊の言葉を伝える目的で作られたものだ。死者はもちろん偉人も、それこそ悪魔や天使にだって交信できる」

 絢斗はポケットからタッチパネル式テウルギアを取り出した。

「だから、テウルギアは携帯電話の形をしているんだ。これが戦闘で使われるようになったのは【グリモアンデット】に対抗するために仕方なくの事なんだ」

「『思いを繋げるもの』だったかな。販売当初のキャッチコピー」

「さすがに覚えてねぇよ。でもその通りだ」

「お父さんは、テウルギアを戦闘に使うのを嫌がってたから」

「だけど、【グリモアンデット】はこれからも現れる。エーテル体だって増えてくるかもしれない。多くの人を守る為にはもっと強くならなくちゃいけない。けど、今のテウルギア技術ではそれは無理だ」

 絢斗はタッチパネル式テウルギアの隣りにターン式テウルギアを置いた。

「戦闘用のテウルギアは、契約霊とのシンクロ率を高め、使用者と霊とのソウル融合をより濃くすることが出来る」

 従来のテウルギアでは霊のソウルと使用者のソウルを融合させるために『ソウルカード』という使用者ソウルを固形化したものに変え、間接的にソウル融合を行っていた。

 だが、戦闘用テウルギアはスキャンフィルムに手を翳すのみで直接ソウル融合が可能なのだ。

 他にも、戦闘用テウルギアは従来のテウルギアよりも優れている点がある。だが、それ故に欠点も存在する。

「戦闘に特化しすぎたために本来の『霊の思いを繋げる』テウルギアの働きが欠如してい。それに、明らかに古い型に巻き戻っている」

 二十一世紀前半にあったとされる『ガラパゴスケータイ』と呼ばれる旧世代の型に戻ってしまい、大きさも従来のテウルギアよりも一回り以上大きい。これでは携帯電話の形として作られた意味がない。

 更に、霊との交信も出来ないと来ては、いよいよなぜ携帯電話の形にしたのか疑問しか残らない。

「確かに、それじゃ絢雅が起こるのも無理はないな」

「あぁ。もともと【アビリティカード】を作ることにも反対してたんだ。それが戦闘用テウルギアに変わったんだ。今度は親子の縁を切ら――――――」

「あの、戦闘用テウルギアって何ですか?」

 絢斗の言葉を割って入ってきたのは、店の入り口に立っている少女だった。

「弓鶴さんッ!?」

「何で………ッ!?」


  *


 同日一一時〇六分 コーヒーショップ『ディニュマ』

「……で、何でここに来たんだ?」

 『ディニュマ』の店内の中にある個室。現在は絢斗が仕事部屋として使っている。

 絢斗は紗那をこの部屋へと連れて来て、話を切りだした。

「いや、えっと……、学校が休みとなっても、騎士として遣ることがありますから。今は巡回をしています」

 紗那は学生ながらに正規騎士の資格を持っている。

今正規騎士に課せられている任務は、街の巡回。

今はその休憩時間と言う訳だ。

 もちろん、そのことを向かいに座る絢斗は知る由もない。

「なるほどな。学生騎士も大変なんだな」

「はい、大変なんです」

 基本、正規騎士の情報は秘匿扱いとなっている。

 紗那は自分が正規騎士であることを話してはいけないのだ。

 学生騎士とは、いわば見習いみたいなものだ。

 簡単な任務、巡回や護送などが主な任務となっている騎士だ。

 絢斗が紗那のことを『学生騎士』と思ったのは、この巡回任務を聞いたからだろう。

「それで、あの『戦闘用テウルギア』、とは一体……」

「文字通りだ。【グリモアンデット】と戦うために作っている。もちろん、ここで指している【グリモアンデット】はエーテル体だ。お前らが探している、な」

「ッ!?知っていたんですか?」

「少しだけだ。ショッピングモールに出た《悪魔(ディアボロス)》が一般市民の身体を乗っ取った、てことだけだよ」

「十分知ってるじゃないですか」

 絢斗は現場に居て、目の前でその状況を目の当たりにしたのだ。知っていて当然と言うところだ。

「あの、その『戦闘用テウルギア』は完成したのですか?」

「…………いいや。あと、もう少しってところかな」

 これはウソだ。『戦闘用テウルギア』自体は完成している。だが、まだ実戦で使用できないと言うだけのことだ。まぁ、これが最も重要な項目なのだが。

「絢斗さん、その『戦闘用テウルギア』。完成したら――――――」

「断る」

 絢斗は紗那が言おうとしたことを理解し、断った。

「っ!?どうしてですか?」

「これはまだ一つしか作ってないんだ。これを使うのは正規騎士、それも【レートS】ぐらいじゃないと渡せないな」

「【レートS】?」

「知らないのか?」

「はい。レートの種類はAとBしか聞いたことないですが」

 レートは強さの基準となるランクD・C・B・A・Sとは別のものだ。

 紗那は新たに出て来た単語に疑問符を浮かべる。

 それを見て、絢斗は簡単に説明した。

「紗那も知ってる通り【レートB】は《幻獣(クリプティド)》や《精霊(スピリトゥス)》と契約した者を指し、【レートA】は《悪魔(ディアボロス)》や《天使(アンゲロス)》と契約した者を指す」

「はい、分かります。では【レートS】とは?」

「それ以外の霊と契約した者を指す」

「それ以外の霊、ですか?」

 全世界に広がっている情報の中では【グリモアンデット】の種類は《幻獣(クリプティド)》《精霊(スピリトゥス)》《悪魔(ディアボロス)》《天使(アンゲロス)》の四種しか存在しない。

 そうなっているのだが、実はそれ以外に一種が存在するのだ。

 政府の情報統制によって隠蔽されている存在。

 情報規制レベルは最上位。研究者とKGCの上層部しか知らない事実。絢斗は言ったものかどうかを悩んだが、「ここまで話したから仕方ない」と話すことにした。

「そいつらは《未登録(アンノーン)》と呼ばれている」

「《未登録(アンノーン)》………」

「奴らには固有名詞が……つまり、名前が付けられていない。あまりにも強力な力を持つが故に名前をグリモアから抹消された存在。それが《未登録(アンノーン)》だ」

「それと契約しているものが【レートS】、ですか」

「あぁ、そうだ」

 絢斗は紗那に気付かれない様にポケットを抑えた。

「奴らの行動原理は他の【グリモアンデット】とは違うんだ」

「昨日、学園長から聞きました。【グリモアンデット】は『完全な肉体』を得るために行動しているんですよね」

「あぁ。だが《未登録(アンノーン)》は違う。奴らは『名』を得るために行動している」

「名前を?どうして?」

「歴史の教科書を想像すればいい。あれには有名な偉人の名前は載るが、そうでない奴は名前を載せていない。だが、教科書には乗らないだけで凄い偉人はたくさんいたはずだ。名前がないと言うのは、居たはずなのに居なかったことにされることと一緒なんだ。いや、それより少しだけ酷い。名前がないという事は、存在していないと言われていることだからな」

「つまり、存在を忘れられる、という事ですか?」

「長ったるく言ったけど、簡単に言うとそうだな」

「名前には力が宿る、と聞いたことがあります」

「あぁ、その通りだ。最近出た【グリモアンデット】を例に出すと、〔バイコーン〕に名前がなかったらただの二本の角を持つ馬だ。〔バイコーン〕と言う名前が付くことで『不純』の力を得るんだ」

 〔バイコーン〕は『不純』の象徴とされるが、それも名前があるからこそだ。

「名前のない【グリモアンデット】……一体、何を司っているのでしょうか?」

「まだ、奴らについては分からないことが多い。だが、一つだけ言えるのは、奴らは【原初の意志】だ」

「【原初の意志】?」

「神が抱いた意志の形、とでも言っておこうか。それが今、研究者の定説となってる」

「でも、それだと名前がなくて当たり前じゃないですか。意志に名前はありませんよ」

「いや、あるよ。意志の形って言っただろ?例えば、喜怒哀楽と言った感情。これも意志だ」

 紗那は戦慄した。なぜなら、意志とは人によって様々なもの。それが【グリモアンデット】として存在している。つまりは――――――

「一体、何体いるんですか」

「言ったはずだ。奴らについては分からないことが多い、ってな」

 絢斗は言わなかったが、《未登録(アンノーン)》の存在とは【テウルギア】そのものと言える。

 テウルギアの仕組みは『霊の意志』を伝えることにある。

 ならば【原初の意志】と呼ばれる彼らは何を伝えるのか。

 それは、その霊の司っている『原初の意志』そのものしかありえない。

 伝えるものが一択に絞られているのだから、彼らに対してテウルギアの必要性はないと言っていい。

 だから、イコールではないが、対偶の関係ではあると言えるだろう。

「そう言えば、紗那は任務に戻らなくていいのか?」

「今は昼休憩ですので、あと五十分ぐらいは」

「随分と早い休憩だな。まぁ、まだ【グリモアンデット】が現れてないからな。現れていない時に気を張り詰めてもいいことないし。休める時に休むのが一番だ」

 実際そうである。絢斗の経験談だ。

 休まずに研究に没頭したときがあったが、却って効率が悪くなった。

「研究資料まとめている時に寝て書類ぶちまけるし、起きていても何だか頭が回らなくて研究が進まないし、酷いときは研究データをシュレッダーにぶち込んだからな。あの時は父さんに殺されるかと思った。ホント、休む時は休むべきだな。うん」

「は、はぁ…………」

 説得しているのか反省しているのか懐かしんでるのか分からないが、内容が学生の紗那には想像できない部分の説明だった。

「そうだ。飯でも作って来てやるよ。と言っても、残りの休憩時間が少ないから簡単な奴しか作ってやれないけどな。コーヒーも入れて来てやるから、待ってろ」

「あ、えっと絢斗さん。そんなに気を遣わなくてもいいで………」

 紗那の静止を聞かず絢斗は部屋を出て行ってしまった。

 一人で部屋に残されてしまった紗那は部屋を見渡した。

 彼女が好きだった部屋は絢斗の手により生活感のある部屋に変わっていた。

「何だか、前とは違った感じがする」

 紗那としてはこの空気は嫌いではない。

 ふと、テーブルに置いてあるパソコンに眼をやると、画面は暗いが電源が付いていたことに気付く。

「……………。って、私は何を考えてるのよ!」

 紗那と歳の然程変わらない若き天才研究員・威剣絢斗。その彼の情報の詰まったパソコン。

 『ゴクリ……』と紗那の喉がなる。

 紗那は恐る恐るテーブルに近づき、そっと、そっと、そっとマウスに手を伸ばす。

「弓鶴さん、コーヒーが先に出来上がりましたので、持ってきました」

 突然、部屋の扉が開き、車椅子の少女がお盆にコーヒーを乗せて持って来てくれた。

「ありがとう、絢香。テーブルに置いておいて」

「………弓鶴さん、何をしているのですか?」

 絢香の目の前では紗那はスタイリッシュな佇まいでカーテンを少しだけ開き外の様子を見て行った。絢香が戸惑ったのはこの『スタイリッシュな佇まい』だ。俗に言う、『壁ドン』チックな佇まいだったのだ、相手が居ないが。

「いや、いい天気だったから。ここから見る風景が好きだから」

「今日は曇りですよ。いい天気かどうかと聞かれたら、そうでもないような気がするのですが」

「曇りにも風情があるよね」

「私は曇りか雨かで問われたら雨を選びますね。曇りってどっちつかずでお世辞でも風情があるとは………」

「絢香、それは曇りが好きな人に対しての冒涜よ」

「いや、そこまで言っては…………」

「謝りなさい!」

「えぇ……!」

「何してんだ、お前ら」

 紗那がごまかしている内に料理が出来上がったらしい。

「パスタでいいよな?」

「あ、はい。いただきます。ありがとうございます、絢斗さん」

 絢斗はテーブルにパスタを置こうとしたがパソコンが邪魔になっていることに気付く。

「あぁ、パソコンそのままにしてたな。絢香、少し持っててくれ」

「うん、分かった」

 絢斗はデスクトップパソコンを動かそうとマウスを動かした。

 その動作でパソコン画面に色が宿る。

 紗那は眼を逸らそうとしたが、やはり画面に眼が行ってしまう。

「ん?別に見ていいけど、紗那には分からねぇと思うぞ」

「そんなことありませんよ。私だって、こう見えて学力には自信があるんですから!」

 そう言って、画面を覗いた。

 内容は、テウルギアの設計図だった。

「生意気言いました。分かりません」

「やっぱりな」

「それって、さっき言っていた戦闘用テウルギアですか?」

「あぁ。あ、そうそう。このことは他言しないでくれよ。まだ研究段階なんだからな」

 研究段階での情報流出は研究成果を取られる危険性がある為、それを防ぐためにも研究内容を少しでも知っている者は口を堅く閉じることが大切とされている。

 絢斗はその点ではまだまだ研究者として未熟という事だ。

 簡単な操作をし、パソコンをシャットダウンする。

 その後、キーボードを収納スペースにしまい、絢香からパスタを受け取りテーブルに置いた。

「冷めない内に食べな」

「はい、いただきます」

 合掌すると紗那は行儀よく食事を進めた。

 絢斗はその様子を向かい椅子に座りながら眺めていた。


 *


 同日一二時二一分 コーヒーショップ『ディニュマ』

 食事を終えると紗那は落ち着いた雰囲気でコーヒーを喉に流していた。

 絢香は紗那が食べた後の食器をキッチンに持っていき、そのまま昼に入っていた。

 一方、絢斗は栄養補給系ゼリー飲料の飲み終わった容器を口に咥え、膨らませたり萎ませたりを繰り返している。視線の先はパソコンデスクトップの設計図。

 絢斗はゼリー飲料の容器を口から離し、ゴミ箱に投げ捨てた。

「そう言えば、気になったことがあるんだけどさ」

「?何ですか?」

「紗那って、俺と絢香とで話し方変えるよな。何でだ?」

「え?それは、絢斗さんは年上ですし、尊敬できる人ですので敬語を使うべきだと思って」

「あぁ、なるほどな。なら、今度からはタメでいいぜ。なんだか、俺だけ距離を開けられてる感じがするからな。年も近いし、気兼ねなく話せばいい」

「そうですか?じゃあ……敬語は使わない様にするよ」

「おう、そうしてくれ」

 そこで話が終わり、絢斗は再びパソコンに向かい合った。

 紗那はコーヒーを飲み干すと、少し悩むような表情になってから絢斗に声を掛けた。

「えっと、絢斗さん」

「ん?なんだ?」

「少し、相談に乗ってもらっていい?」

「相談か?いいぜ。でも、まともなアドバイスは期待するなよ」

 パソコンをシャットダウンさせ紗那に向き合う。

 紗那は言葉を選ぶように紡ぎながら話を始めた。

「えっと……ついこの前のとなんだけど、私は任務で【グリモアンデット】と戦う機会があったの」

「学生騎士でも前線に出るんだな」

 紗那の語る話は昨日の《悪魔(ディアボロス)》〔マルコシアス〕の件である。だが、紗那は絢斗が部外者であると思っているので、出来る限り遠回しに要件を伝えている。

 絢斗は静かに紗那の話を聞く。無論、絢斗は紗那の正体が〔サラマンダー〕だとは知らない。

「私は目の前の【グリモアンデット】を倒すことに夢中になってしまい、守るべき一般人を危険に晒してしまいました。そこで、その場に居た先輩の騎士に『お前は騎士に向いていない』と言われました」

「?」

 絢斗は少しだけ引っ掛かりを感じた。

(昨日、俺も似たようなこと言った気がするな………)

 それもそうだろう。紗那が話しているのは紛れもなく絢斗本人の事なのだから。

「えっと、絢斗さん。聞いてる?」

「ん?あぁ、聞いてるぞ」

「やっぱり、私は、騎士に向いていないんでしょうか?」

「向いていないだろうな」

「ッ!?」

 絢斗は歯に衣を着せずに言い放った。

「騎士っていうのは、戦う力を持たない一般人を【グリモアンデット】から守るのが使命だ。それがおざなりにしてたら、それはただの兵士に過ぎない」

 【グリモアンデット】と戦う者が『騎士』と呼ばれるのは、誰かを守る為に戦うからである。

「紗那、お前は守るべきものを守れなかった。だから、騎士に向いていない、って言われたんじゃないのか?」

「そう……ですか………」

 紗那の眼に涙が浮かぶ。

 ショックな訳がない。紗那は騎士に憧れを抱き、騎士になるために努力し、やっと正規騎士に選ばれたのだ。そのことに誇りを持っている。

 けど、紗那にはまだ騎士としての自覚が弱かった。そのことを昨日、突き付けられたのだ。

「私は、立派な騎士に……なれないの?」

「はぁ?そうとは言ってないだろ?」

「え?」

「確かに紗那は一般人を危険に晒した、のだろう。現場を見てないから強く言えないけど。でも、そのことを自覚して、反省している。それはきっと自分の糧となる。次、同じ失敗をしないためにな。だから、紗那は一歩だけ、立派な騎士に近づいたんじゃないか」

「でも、私は騎士に向いていないって言われたんだよ」

「それはその先輩なりの励ましなんじゃないの?」

 絢斗は昨日〔サラマンダー〕に言ったことの意味を、紗那に置き換えて伝えた。

「向いていない、って言ったのは、紗那が騎士として自分の意志を貫けなかったからだろう。【グリモアンデット】に対して怒りで当たったとしても意味ない。『怒り』も意志だけど、そんな一瞬で使い切ってしまう意志に意味なんてない。自分自身の『真の意志』を糧にしなければ本当の力を発揮できるわけがない。それが、テウルギアって言うシステムだ。一応、テウルギアに関して俺は専門家なんだ。自分の奥底にある意志を燃やせなきゃ、霊も答えてくれないんだよ」

 そこまで言って絢斗は『ハッ』とした。

 あの時、戦闘用テウルギアを使えなかった理由を理解したからだ。

(俺はあの時、どんな思いでテウルギアを使おうとしたんだ?…………まぁ、思い出せないようじゃ、『真の意志』じゃなかったってことだよな)

 絢斗は柔らかく口元を上げた。

「…………まったく、お前にはお見通しだったってことか」

「え?何が?」

「なんでもない、こっちの話だ。それより、お前の『真の意志』ってなんだ?」

 紗那は少し悩んでから、真っ直ぐに言い放った。

「『憧れ』かな」

「憧れ?誰に?その先輩か?」

「誰があんな人!」

「相当嫌ってるんだな」

 相手が絢斗自身だということは知らないのだが。

 紗那は思い出を思い起こして語った。

「私の契約霊は元々【グリモアンデット】だったの。私が七歳の時に襲われた時の」

(七歳か。ってことは九年前?)

 ニヒルによって【グリモアンデット】が解放されたのは2091年の時だ。

 主な歴史の流れを説明すると、2089年にテウルギアが開発された。その二年後の2091年にニヒルによる【グリモアンデット】の解放。二年後2093年、世界で最初の騎士が現れる。二年後の2095年、当時一二歳の絢斗が【アビリティカード】を作る。

 これが現代の歴史の流れ。だが―――

(何で2091年に騎士が出てきているんだ?)

 紗那が年数えを間違えたのだと絢斗は勝手に納得した。

「私はその【グリモアンデット】に追い詰められて、もうダメだと思った時に私の目の前に現れたんだ。白い鎧を纏った騎士が」

「白い騎士……か」

 絢斗の記憶の中にも一人だけ白い騎士を知っている。もうこの世に居ないが。

「その白い騎士が【グリモアンデット】を倒して封印したの。そして、騎士が『コントラクトカード』を渡しながら私に言ったの」

 紗那は少し間を置いた。あの時の気持ちを思い出すように。あの時の騎士の優しさを思い出すように。

 そして、紗那はその言葉を云った。


「『もし、アナタが誰を守りたいと思うのならこの力を使いなさい。そして、その意志が本物なのなら、どんなことが起きても絶対に諦めないで。きっと、その意志は力になるから』」


「――――――ッ!?」

 絢斗はハッとして勢いよく立ち上がった。

 紗那が云った言葉と絢斗の記憶の中に居る白い騎士が重なった。

(何で、その言葉が出て来るんだよ)

「絢斗さん、どうかしたの?」

 絢斗の反応に紗那は戸惑ったように尋ねた。

「なぁ、紗那。その騎士の名前って分かるか?」

 絢斗は恐る恐る窺った。

「え?えっと……センリ、って名乗ってたよ。どういう漢字で書くのかは知らないけど」

 絢斗はゆっくりと椅子に腰を落とした。

 そして、微笑んだ。

(そうか。まだ居たんだな。アンタの意志を継ぐ人が)

 絢斗は目を掌で隠した。

「絢斗さん?」

「その人な『瑠璃色に染める』で『染璃』って読むんだよ。鎧は白なのにな」

「え?」

 絢斗は目から掌を退かした。

「紗那、お前はどんな【アビリティカード】が欲しいんだ?」

「えぇ?一体、どうしたの、絢斗さん」

「今から作ってやるよ。大丈夫だ。数分で終わる」

「えっ!でも、お金、持ってないのだけど!」

「いらない。タダでいい」

「エッ!?悪いですって!」

「いんだよ。あ、コーヒーお代わりいるよな?入れてくる」

絢斗はテーブルに置いてある空になったカップを持って部屋を出た。

そこで店の掃除をしていた絢香と出会った。

「兄さん、機嫌が良いですね。弓鶴さんと何を話したんですか?」

「絢香。まだ居たんだよ」

「?何がですか?」

「母さんを知る人が、まだ居たんだよ」

「………そうですか」

 絢香の顔にも笑みが浮かんだ。

 絢斗と絢香の母親、威剣染璃は元騎士だ。世界各地を回り、【グリモアンデット】を封印して行った凄腕の騎士だった。だが、三年前にある【グリモアンデット】によって殺された。いや、少し訂正する。その【グリモアンデット】に身体を乗っ取られたのだ。そして、その【グリモアンデット】の力に呑まれ、染璃は自我を保つことが出来なくなった。その中、振り絞った染璃自身の意志で絢斗にお願いをしたのだ。『殺せ』と。

 染璃を殺したのは【グリモアンデット】ではない、絢斗だ。だが、仕方なかった。

 誰も絢斗を責めなかった。

 絢斗は染璃から出た【グリモアンデット】を封印した。 

その【グリモアンデット】の種類は《未登録(アンノーン)》。名前はまだない。

そして、今絢斗が使っている『コントラクトカード』に封印されている。

 絢斗は親に乗っ取り、殺すきっかけになった【グリモアンデット】の力を借りているのだ。

 なぜ、そんなものを使っているのか。それは、その中に染璃の意志が残っていると思ったからだ。

 絢斗は志半ばで果てた母親の意志を受け継ぐと決めたのだ。

 だが――――――

「母さんの意志は、まだ途切れてない」

 その時、絢斗の意志の形が決まった。

 刹那――――――

 

  ビー! ビー! ビー!


 扉の向こうから緊急の電子音が響いた。

 すぐさま扉を開けた。

「紗那!」

「分かってる!来たみたい」

 紗那はテウルギアの画面に映る【グリモアンデット】出現場所を確認した。

「相手はエーテル体、〔マルコシアス〕。場所は北部エリアの市民公園!」

 〔マルコシアス〕が現れたのは北部エリア。よりにもよって、一般人が生活する住居地域に現れたのだ。

 紗那が部屋を出ようと動き出した。

「学生じゃ絶対に勝てないぜ。正規騎士でも勝てないだろう。それでも、行くのか?」

「私は憧れの存在に近づきたいから騎士になった。私の憧れの騎士は相手が強いからって絶対に諦めないから」

 絢斗は笑みを浮かべて、壁に掛かってあったヘルメットを紗那に投げ渡した。

「その意志の強さなら、一般人は守れる。送って行く!場所が場所だからな!」

「ハイッ!」

「絢香から予備の車椅子を借りて来てくれ」

「分かった」

 紗那は絢香から車椅子を借りるため部屋を出た。

 それを見てから、絢斗は戦闘用テウルギアとテウルバックルをボディバックに突っ込んで肩に下げ、急いで部屋から出る。

「兄さん!」

 出たところで絢香が声を掛けて来た。

「気を付けてくださいね」

「心配すんな。行って来る」

 絢斗は車椅子に座る妹の頭を強く撫で、店を出た。

「兄さん……」

「心配はいらないと言ったのだろ?」

「はい……」

「なら、信じて待てばいい。絢斗君ならば絶対負けないよ」

 時司がオープンキッチンから絢香を励ました。

「時司さん……。そうですね。兄さんなら絶対勝ちます。だから、信じて待ちます」

 絢香は実の兄を思いながら笑みを浮かべた。


  *


 同日一二時四七分 コーヒーショップ『ディニュマ』外 車庫

「絢斗さん、ここでよかったよね」

 紗那は車椅子をバイクの左側に寄せていた。

「よく知ってたな」

「前見たから」

 絢斗はバイクに付いているホルダーに従来のテウルギアをセットした。

『【アビリティ】〔アシスト〕:トランス・サイドカー』

 車椅子をサイドカーに変形させ、紗那をそのサイドカーに乗せた。

「行くぞ!心の準備は出来てるな!」

「いつでもいいよ!」

 絢斗は紗那の言葉を聞いてからアクセルを回し、北部エリアに向けて発進した。

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