第3話 嘆きの日曜
5月16日(日)八時二七分 降神騎士学園専用女子寮玄関
弓鶴紗那の朝はいつの日も早い。
四時に起床、四時半から七時まで外でトレーニング、七時半にシャワーを浴び、浴び終わると朝食を取る。平日なら八時に家を出て八時半頃に学園に着き九時から授業が開始する。今日は休日だ。いつもの様にシャワーを浴びて私服に着替えて朝食を取る。その後で玄関で風音と丹雪を待つ。この後、出かける約束をしているのだ。
壁にもたれ掛る紗那。
紗那の服装は黒のキャミソールに白いブラウスを合わせその上をベージュのベストを羽織っている。デニムのショートパンツにブラウンのベルトが映える。靴は黒色のブーティを履いている。肩には白のカバンを掛けている。紗那に良く似合っており、待ち姿がモデルのようだ。
「お待たせ、紗那ちゃん」
「ごめんごめん、待たせて」
「別にいいよ、全然待ってないし」
紗那は壁から腰を上げ、二人の服装を見た。
丹雪は可愛らしい水色のミニワンピースに白のショートパンツを合わせ、ブラウンのブーツを履いている。総合的に可愛らしい服装だ。
風音はロゴ入りのピンクのTシャツに赤のハーフパンツ、そしてグレーのソックスに赤のシューズを履いている。肩には黒のヘッドホンが掛けられている。全体的に赤が多いが、赤色が好きなのだろう。活発な風音にピッタリの服装だ。
「よし、じゃあ行こう!」
風音は腕を上げてGOサインを出して外に出た。
「行こ、紗那ちゃん」
「うん」
紗那と丹雪もその後に続き外に出た。
「で、まずどこ行く?」
「やっぱり最初は『ディニュマ』でしょ」
「紗那ちゃん、好きだね」
「えぇ。さ、行くよ」
今度は紗那が仕切って、目的地に向かった。
*
同日八時五〇分 コーヒーショップ『ディニュマ』
紗那たちが訪れたのは『Dignum』と言う喫茶店だ。
ドアを開けるとカランコロンと安らぐような音色が店の中に響く。
「いらっしゃいませ」
奥のオープンキッチンから三十代ぐらいの男性が挨拶する。彼はこの店のマスターだ。
「こんにちは」
「また来たよ~!」
「おはようございます」
三人はマスターにそれぞれ返事をした。
「いつも通り、エスプレッソだね?」
「はい、お願いします」
紗那はこの店のある一室で飲むコーヒーがお気に入りなのだ。
紗那たちはその『ある一室』に向かう。
「あ、その部屋なんだけど、もう使えないんだ」
「え?そうなんですか?」
「あぁ、その部屋使いたいって奴がいてな。貸すことにしたんだ」
「そうだったんですか?」
紗那が残念そうにカウンター席に着いた。
風音と丹雪もそれに続いてカウンター席に座る。
「マスター、アタシは―――」
「はい、キャラメル・カップチーノ」
「分かってる~」
マスターは風音の注文を聞く前にコーヒー出した。しかも、そのチョイスは当たっていたみたいだった。
「えっと、私は―――」
「はい、カフェ・ラテ」
「うわぁ、キレイ。飲むのが勿体ないです」
丹雪に出されたのはこの季節にあったサクラのラテアートが描かれたカフェ・ラテ。完成度はプロ並みに高い。量も適切で零れることもない。
それにしても、これだけのものを作るのは時間がかかるはずだ。
まだ来て数分だ。その間で作れるはずがない。
「私たちが来るの分かっていたんですか?」
紗那がマスターに聞いた。
「いや、昨日から手伝いを取ることになってね。今出したのはつい数分前にその手伝いが練習で作ったものだよ。だから、それはお代はいらないよ。でも、エスプレッソは払ってもらうよ」
「えっ!ズルいですよ!」
「ハハ、冗談だよ。今日はサービスするよ」
柔らかい笑みを浮かべてマスターは訂正した。
「それにしても、昨日から雇ったんですよね?すごく上手ですよ。一体、どんなお手伝いさんなんですか?」
丹雪がカフェ・ラテを見つめながら質問した。
「友人の息子だ。今はここに下宿してるし、あの部屋を貸してる。その見返りとして店の手伝いをしてもらってるんだ。まぁ、彼も仕事してるから、暇なときとこっちが忙しいときにだけ手伝ってもらうだけだけどね」
へぇ~、と三人でマスターの言う『彼』の姿を思い浮かべた。
マスターの友人と言うことは歳も同じく三十代ぐらいだろう。その息子となると紗那たちと同い年ぐらいだろうか。
そう考えているうちにエスプレッソが出来上がり紗那の前に出した。
「彼はあの部屋でちょっとした商売するらしいんだ。君たちも気が向いたら訪れるといい。良いもの作ってもらえるよ」
「作る、ですか?」
その発言に紗那は疑問を浮かべた。商売をするのだから売るのだろう。それを作る。つまり、その商売人はものつくりの仕事をしているクリエイターとなる。しかも、昨日からこの店で下宿している。つまり最近【アマテラス】に引っ越してきたクリエイターとなる。
紗那の頭に一人の男の姿を思い浮かべた。
「あのマスター。その人ってもしかして―――」
「立嶋さん、食器洗いし終えました」
紗那がマスター――立嶋時司に手伝い人の正体を伺おうとした時、カウンターの奥の部屋から車椅子の少女が現れた。
「絢香っ!?」
「え?あ、弓鶴さん。いらっしゃませ」
「て、ことはやっぱり……」
紗那は自分の思い描いた姿に確信を得る。
すると、絢香の後ろから―――
「ん?どうかしたのか、絢香?」
「「絢斗さんっ!」」
紗那と丹雪が声を揃えて驚愕する中だが、風音はそんな様子を見せない。
「絢斗、これ美味しいよ。マスターと同じぐらいおいしいよ」
「お、そうか。そりゃ、良かった。でも、それ練習用だよな?」
「あぁ、飲みきれなくて捨てようかと思ってた時にちょうど来てくれたから」
「アタシらはゴミ処理係かっ」
「ゴミとはなんだ!俺の会心の力作を」
「だって、マスターがそんな風に言うから」
「というより、何で風音はこの状況で平常運転なのよ!」
「てか、何で紗那と丹雪はそんなに驚いてんの?」
紗那と丹雪はあまりにも早い再会に驚いたのだ。
しかも、再会の場が行き付けの喫茶店であり、相手は従業員として参上したのだから。こんな再開の仕方は予想外だったのだ。
「それで、何でここに絢斗さんが?」
「何で、って。ここに住んでるから」
「住んでるッ!?」
予想外の回答だった。せいぜいアルバイトとしてここで働いているから、と帰ってくる者だと思っていた。
「立嶋さんと親父は大学時代からの親友で、昔から世話になっているんだ」
「そうなんですか!」
「と、言うことは、ここに住まわせてもらう代わりにお手伝いをしている、という事なんですか?」
「偉いね、絢斗。褒めてあげるよ」
「何で風音に褒められるんだよ?でも、手伝っている理由は『ここに住まわしてもらっている』ってだけじゃないんだけどな」
「他にも理由があるのですか?」
丹雪の質問に対して、絢斗は店内の隅に扉を指した。
「あそこの部屋に俺の仕事場を構えさせてもらう、その代わりに手伝える時に手伝うんだ」
「あそこの部屋、絢斗さんが使うんですか?」
紗那の言葉の意味には、お気に入りのスペースが使えなくなってしまい残念という気持ちと、世界的に有名なアビリティクリエイターの事務所が近くに出来るのかという期待の気持ちの双方が混じっていた。
「まぁな。あそこの部屋を気に入っている常連客が居るみたいだが、俺から話して理解してもらうつもりだ」
「問題ありません。じゃんじゃんいい作品を作ってください」
「何で紗那が了承するの?」
「何故なら、私がその常連客だからです」
「そうなのか?コーヒーが好きな女子高生って珍しいな」
「そんなことありませんよ。コーヒーは世界で愛されるベスト・オブ・ドリンクなんですから。いえ、もはやドリンクと一区切りにしてはいけません。ドリンクの中にコーヒーがあるんじゃありません。コーヒーの中にドリンクがあるのです」
「全く意味わかんないぞ」
「つまり、コーヒーを嫌いな人間はいないという事です」
「え、でも私、コーヒー苦手ですけど」
力説する紗那に対して申し訳なさそうに申し出る絢香。
「大丈夫。いい医者紹介するから、心配しないで絢香」
「私が悪いんですか?」
「手術をすればきっと絢香もコーヒーが好きになるよ」
「兄さん、助けてください!人体改造させられてしまいます!」
どうやら、今日は賑やかな日になりそうだ。
絢斗は目の前で騒ぐ少女たちを見て漠然とそんな予感を抱いた。
*
同日九時〇七分 ???
暗い。冷たい。静寂。
この場所は何処だろうか?
分からない。
だが、ここは吾の本来の居場所ではない。
ここに居てはいけない。
あの場所に戻らなくては。
あの醜く、歪んだ、恨めしい世界に。
その為には肉体が居る。
あの場所で活動するための身体が居る。
溜めなければ、力を。
見つけなければ、吾と適合する至高の肉を。
大きく開けた口から赤く揺らめく息が吐かれる。
鋭く輝く牙から熱された液が垂れ落ちる。
シュロロロ……と尻尾が波を作る。
白い翼を広げる。今にも向こう側に行きたいとはためかせる。
だが、その行為を、まだだ、と言い聞かせ律する。
もう少しだ、と赤い、紅い、赫い眼を天に向ける。
咆えた。
だが響かない。
それはそうだ。まだ彼は、身体を持っていないのだから。
*
同日九時一三分 コーヒーショップ『ディニュマ』
紗那たちがコーヒーを飲み終え、店を出て行ってから数分が立つ。
絢斗は時司に昨日の彼女たちとの出会いの話をした。
「ハハハ、まさか絢斗君と絢香ちゃんが彼女たちと顔なじみだったとは。まさしく、『Dignum』だね」
『Dignum』。この店の名前にもなっているこれはラテン語で『出会い』と言う意味がある。この店は学生時代に絢斗の父との出会いが切っ掛けとなって建てられたらしく、その時のことを店の名前にしたのだ。
「出会いって言うより再会だけどな。それより、紗那たちってよくこの店に来るのか?」
「よく、と言うより紗那ちゃんはほぼ毎日来てるな」
「常連客かよ」
「おかげでバイトが雇えない」
「はぁ?何で?」
苦笑いする時司。その理由を絢斗は尋ねる。
「彼女はコーヒーの味が分かる娘でね。彼女、バイトの入れるコーヒーを口すら付けないから」
「立嶋さんのコーヒーしか飲まないと?」
「しかも、バイトの子と面向かって『このコーヒーじゃありません。マスターのコーヒーをください』と言うものだから、バイトはやめてく始末でね」
「嬉しいような、でも複雑だって感じだな」
紗那の様にコーヒーの味と良さが分かるものは、少しの味の違いも許せないのだろう。
マスターとしては嬉しいだろう。だが、この店の人手不足を考えると、う~ん、ってことなんだろう。
「とにかく。あの部屋を使いたいのなら、その分働いてもらうから。さぁ、これから忙しくなるよ」
「分かってますよ」
絢斗は表の戸に掛かっている表札を『CLAUSE』から『OPEN』に変えた。
*
同日九時三九分 ショッピングモール【ソレイユ】花の広場(西)入口
ショッピングモール【ソレイユ】。この人工都市【アマテラス】が誇る巨大ショッピングモール。広大な敷地を持ち、一階には東西南北にそれぞれ『花』・『鳥』・『風』・『月』の広間があり、多くの人が休憩と和みの時間を過ごす。モール内の出店数は三〇〇を超えると言う。
休日には多くの客を引き込み、【アマテラス】のアクセスランキング堂々の第二位(ちなみに第一位は遊園地)。
開店は八時から、専門店は九時からだ。まだ時間はそれほど立ってもいないのに既に大勢の人が訪れていた。
紗那、丹雪、風音の三人もまたこの巨大なショッピングモールに訪れていたのだ。
「相変わらず、スゴイ人よね~」
「本当ですね。久しぶり来ましたが、人の多さに酔ってしまいそうです」
「大丈夫、丹雪?休む?」
「大丈夫ですよ」
「そんな事より!久しぶりのオフなんだから楽しまないと!」
降神騎士学園は殆ど休みがない。土日祝日も授業はないが戦闘訓練が行われる。その後も部活を行っている者は部活に行くし、委員会の役員の者は仕事を行う。
その為、完全なオフの日は数えるほどしかないのだ。
「まずは服よ!服買いに行くよ!」
「風音はしゃぎすぎ。もう少し落ち着きを持ってよ、恥かしい」
「いいじゃないですか、今日ぐらい。それよりまずどこに行きますか?」
「何言ってるの!まずは服!その後、雑貨!その後、ランチ!決定事項でしょ!行くよ!」
完全な休日モードの風音は雄叫びを上げながらエスカレーターを駆け上がって行った。まったく、周りの客の迷惑だ。駆けるなら階段を駆け上れ。
「行こっか、丹雪」
「そうですね」
紗那と丹雪は落ち着きを持ってエスカレーターに乗った。
「どうせなら絢香さんや絢斗さんも一緒に来れたら良かったのですけどね」
「仕方ないよ。二人とも居候の身でお店の手伝いしなきゃいけないらしいんだから」
「私、絢香さんとはまだゆっくりと話したことがないですので、もっと仲良くなりたいです」
「私も同意見だよ」
「紗那ちゃんは十分すぎるほど仲が良かったような……」
「もう、何してるの!紗那、丹雪!」
二人がエスカレーターを上がり切ったところに仁王立ちで待ち構える風音。
「そんなに慌てなくてもお店は逃げませんよ」
「一分一秒でも休日を楽しみたいの!休んでる暇なんてないよ!」
「それって休日って言えるの?」
「ほら行くよ」
風音は紗那と丹雪の手を掴んで近くの呉服屋に入って行った。
*
同日一〇時四八分 コーヒーショップ『ディニュマ』
「それじゃ立嶋さん。俺、休憩に入りますんで」
「あぁ、分かった。と言うよりも、自分の仕事に戻るだけだろ?」
「まぁ、そうなんですけどね。じゃ」
絢斗はエプロンを取り奥の部屋に向かう。
その途中に店の中を眺めた。
ある一席に固まる数人の中学生グループを見る。
「なぁ、これ見ろよ!」「うわぁ、スゲェ!レアじゃん!」「俺にも見せろよ!」
絢斗が創った『アビリティカード』をテーブルに広げて遊んでいる。
つい笑みがこぼれた。そのまま部屋の中に入った。
部屋の広さは中々で、タンスやテレビと言った家電・家具も備わっているし、ベッドもある。テーブルが一つとイスが二つ。テーブルの上にはデスクトップパソコンとキーボード、あと細々とした機械が乗っている。
エプロンをイスに掛け、もう一つのイスに座りパソコンと向き合う。
デスクトップはタッチパネル式で画面をタッチすると起動した。
絢斗はパスワードを入力するとトップメニューに切り替わる。
そのトップメニューの中には数十というファイルが存在していた。
ファイルの種類は『アビリティカード1~6』『新しいファイル1~16』『テウルギア起動レポート』『グリモアンデット:行動データ1~6』そして『FORTO:戦闘レポート1~9』。
絢斗はマウスを動かし、カーソルを『テウルギア起動レポート』に持っていきダブルクリック。
そのファイルの中にはテウルギアやテウルホルダーの設計図が書かれてあった。
「よし。あとは……」
絢斗はタンスの引き出しからターン式のテウルギアとテウルバックルを取り出しテーブルの上に置く。そして、コードと繋ぎパソコンと同期する。
画面に新たなファイルが開く。
絢斗はテキストデータにシステム公式を書き込んでいく。
このテウルギアは絢斗が設計し作った今までのテウルギアとは違う新しいテウルギアだ。
向こうに居る間にデバイスとバックルは完成していた。
あとはシステムの構築のみなのだ。
そして――――――
「ふぅ~………」
一息吐く。
キーボード操作を初めて二十数分。ようやくシステムの構築が済んだ。
テウルギアとテウルバックルに付いているコネクタを取り外す。
「あとは起動テストか。………」
絢斗はテウルバックルを腹部に持っていくとバックルのサイドからベルトが伸び腰に巻かれた。
テーブルの上に乗っているカメラの電源を入れる。
「これよりテウルギアの起動テストを始める」
ターン式テウルギアの表面の構造は、五角形のダイヤモンドのエンブレムと隣に四つのボタン。ボタンの種類は『S』『1』『2』『3』だ。そして中心にスキャンフィルムと呼ばれるものがある。これがこのテウルギアの構造だ。ソウルスリットもチェンジスリットもない。
指の押す力と手首のスナップを効かしてテウルギアを開く。
『OPEN』
機械の音声と共にソナーを放つような音が響く。
「いくぞ……」
テウルギアを覗くように顔の前に持って聞こうとした、刹那――――――
ビー! ビー! ビー!
けたたましい電子音がデスクトップパソコンから鳴り響いた。
「【グリモアンデット】か」
絢斗はテウルギアを閉じ、テウルバックルを外す。そして、その二つをボディバッグに居れ、肩に掛ける。
一度、パソコンの画面を覗き出現場所を確認し部屋を出ようとした。が、引き返し普段使っているタッチパネル式テウルギアとテウルバンドをポケットに入れる。コートを羽織りヘルメットを持ってから部屋を出た。
「立嶋さん、外に出て来ます!」
カップにコーヒーを注いでいた時司は絢斗の顔を一瞥してから答えた。
「分かった。十二時には帰って来てね」
「善処します」
「兄さん、気を付けてくださいね」
「おう。行って来る」
勢いよく店から出る。
店の前に置いてあるバイクに跨り、エンジンを掛ける。
アクセルを回して道路に出て全速力で目的地ショッピングモール【ソレイユ】に向かった。
*
同日一〇時五〇分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 喫茶店【フェアリージェム】
紗那たちは訪れたのは風(南)の広間にある【フェアリージェム】というコーヒー店だ。
アメリカのカリフォルニア州で開業し、世界で広く展開しているチェーン店だ。
少年から年寄りまでの幅広い年齢層からも支持を得ている。宝石を抱えた妖精のロゴが目印。
紗那たちは三人でこの店に入り休憩していた。
そう、ただ休憩しているだけなのだ。
「良かったの紗那ちゃん?飲み物頼まなくて」
「ホントに。水だけでいいの?」
「私、ここのコーヒーあまり好きじゃないから」
紗那はコップの水を少し飲み、話をつづけた。
「コーヒーってね、香りも味も大事だけど、やっぱり酸味が強いものがいいと思うの。わかる?」
「は、はぁ……」
「分からない」
「分かった。だったら、分かるまで語ってあげるね」
紗那はこれまでにないようなイキイキとした感じでコーヒーの良さを語りだした。
風音と丹雪は『また始まった』と呆れた感じで窓の外に顔を向けた。
刹那―――
――――――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「「「ッ!?」」」
どこからともなく響いてきた悲鳴に三人は顔を引き締めた。
急いで席を立ち店の外に出る。
すると、慌てふためく大勢のお客が逃げ惑っていた。
「た、助けてぇ!?」「【グリモアンデッド】だぁ!?」「早く、避難しろッ!」「騎士団に連作を!早く!」
その人の波の発生源に目を向けると――――――
「キユェ―――――――――――――――――――!!」
人間と変わらない身長に黒々とした肉体。胸に付いた青い結晶に、それを中心として描かれた模様。そして、馬面に赤い眼、鋭く天に向かって伸びた二本の角。このフォルムに紗那はは見覚えがあった。
「〔バイコーン〕ッ!?なんで、アイツが!」
「アレって、紗那ちゃんが倒したんじゃ!」
「いいえ、核を逃がしてしまったの。また来るとは思っていたけど、まさか昨日の今日で現れるなんて」
うじゃうじゃと群れを成す〔バイコーン〕を眺めていると、ポケットの中のテウルギアが震える。
「出動要請が出たみたいね。行くよ、風音、丹雪!」
「まったく、せっかくの休日だったのにッ!」
「文句なら〔バイコーン〕に言ってください!」
三人ともテウルバックルを装着し、テウルギアをセットした。
「「「テウルギア、起動ッ!」」」
『『『降神術(テウルギア) Start ON』』』
テウルギアが起動したことを確認すると、『ソウルカード』をソウルスリットに装填する。
『ソウルチャージ【第一接続(ファーストコンタクト)】〔同期(シンクロ)〕』
続けて『ソウルカード』をソウルスリットに差し込む。
『ソウルチャージ【第二接続(セカンドコンタクト)】〔調和(アルモニア)〕』
そして、三回目の装填。
『ソウルチャージ【第三接続(サードコンタクト)】〔能力(アビリティ)〕』
今度は『コントラクトカード』を取り出し構えた。
「「「チェンジッ!」」」
『コントラクトカード』をチェンジスリットに装填した。
『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕モード:サラマンダー』
ボウッ!紗那は炎を纏う。
『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕モード:シルフ』
ビュウッ!風音は風を纏う。
『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕モード:ウンディーネ』
ジャバッ!丹雪は水を纏った。
そして、三人鎧を身に着け、纏っていた元素を取り込んだ。
紗那が纏うのは烈火のごとく赤く色づく、竜を連想させる鎧。
風音が纏うのは安らぐような緑に、ヘルムと軽装甲に体を覆う薄い羽衣。
丹雪が纏うのは水流のような淡い青に、ヘルムと軽装甲に腕と足には魚の鱗が覆っている。
三人が鎧を纏うと紗那が指示を出した。
「風音と丹雪は花(東)の広間に向かって。私は鳥(西)の広間に向かうから」
「紗那、一人で大丈夫なの?」
「一度倒したことがある敵だから大丈夫だと思う。それに援軍が来るまでの辛抱だからね、何とかして見せる」
強い意気込みの紗那は風音にとって頼りなった。
「分かった。じゃあ、そっちは任せたわよ」
「どうか気を付けてくださいね」
「えぇ。そっちこそ」
紗那、風音、丹雪の三人は二手に分かれた。
後に紗那はこの判断を悔やむことになることとも知らずに。
*
同日一一時〇六分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 鳥の広間
紗那はバイコーンの軍勢と対面した。
「私が相手よ!」
テウルギアの画面から【アビリティカード】を選択してスクロール。円軌道をとるカードがテウルギアと重なる点でタッチする。
『【アビリティ】〔アームズ〕:ガン』
紗那の右手に銃を具現化し、銃口を迫りくるバイコーンに向け――――トリガーを引く。
―――――バラララララララララララララララッ!!!!!!
放たれる無数の弾丸がバイコーンを後ろへ飛ばす。
右手で銃を撃ちながら、左手でカードをセレクト&スクロール&タッチ。
『【アビリティ】〔ディスターブ〕:バリケード』
刹那、紗那の背後から高く分厚い壁が形成される。
そして、再びセレクト×3&スクロール&タッチ×3。
『【アビリティ】〔マジック〕:バリア 〔マジック〕:フレイム 〔アシスト〕エクスプロージョン』
『【ソウルクラッシュ】〔トリオ〕:アン・アヴォイダンス・インパクト』
紗那はバイコーンの軍勢を覆うようにバリアを張り、その中に大火力の炎を放つ。
―――――――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!
紗那の放った炎がバリアの中で大爆発する。
炎と爆風は逃げ場がなく、バリアの中で渦巻いていた。
紗那が最初に張ったバリアはフレイムとエクスプロージョンのコンボの威力を上げるためにも役立ったが、それだけではなく周囲の展示物の破壊を最小限にするための働きもあるのだ。むしろ、後者の理由の方がメインで威力の増加はおまけのようなものだ。
だが、この攻撃を受けて無事でいられるわけがない。
紗那は安堵の息を吐いた瞬間。
―――――――ダンッッッッッッ!!ダダダダダンッッッッッッ!!
「「「「「「キユェ―――――――――――――――――――!!」」」」」」
「――――――ッ!?」
バリアの中ではまだ炎が渦巻く。それにも関わらず、バリアを壊そうと無傷のバイコーンが体当たりを繰り出していた。
「ウソ……!何で……!?」
バリアにヒビが入る。
*
同日一一時一〇分 ショッピングモール【ソレイユ】非常通路前
絢斗はブレーキを握りながらバイクを勢いよく捻る。
キィ――――――――――ッ!
と、黒いタイヤ痕を残して急停止する。
バイクを降りて急いでヘルメットを外す。
そして、バイクを置いて、非常通路から中に入る。
この非常通路は北側にあり、月の広間に繋がっている。
絢斗は中に入って辺りを見渡した。バイコーンの姿がない。
それを確認してから二階に上った。
上から戦況を確認しようとしたのだ。
その甲斐あって花の広間と鳥の広間にバイコーンの群れを見つける。だが、どちらとも全然進んでいない。
「もう誰か騎士が来てるのか」
絢斗はどちらの援護に回ろうかと思考する。刹那―――
―――――――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!
と、爆音が響いた。
爆音が響いた方を向くと、炎が舞っているのが見えた。
「アレは、まさか!」
絢斗は鳥の広間に向けて駆けだした。
そして、案の定。絢斗の予感は当たった。
「サラマンダー」
赤く竜の鱗で覆われた鎧を纏うその姿を見て絢斗は呟く。
そして、ヘルムで顔と表情が分からないが戸惑っているのが見てわかる。
おそらく、この爆発で無傷であるバイコーンを見て狼狽えている、のだろう。
「バカが。あの時、フレイム使うからだ!」
絢斗は手摺から離れ、店の影に入る。
「ぶっつけ本番だけど、起動してくれよ!」
絢斗はターン式テウルギアを右手で持ちワンタッチで開くと、スキャンフィルムを左眼に持って行った。
すると、認証を始める。
従来のテウルギアが音声認証ならば、このテウルギアの起動認証は虹彩認証だ。
スキャンが終了する。しかし―――
『ERROR』
認証は失敗した。
「チッ!くっそ!」
ターン式テウルギアと腰に巻かれているテウルベルトを外してボディバッグに入れる。
そのボディバックを近くのコインロッカーにしまう。
絢斗はポケットからテウルバンドを取り出し右手首に巻いた。
そして、タッチパネル式テウルギアをテウルバンドにセットした。
「テウルギア、起動!」
『降神術(テウルギア) Start ON』
絢斗はテウルギアを一段階前に押し出しソウルスリットを開く。
そのソウルスリットに絢斗は『ソウルカード』を差し込み、元の位置に戻す。
『ソウルチャージ【第一接続(ファーストコンタクト)】〔同期(シンクロ)〕』
その動作をもう二回続けた。
『ソウルチャージ【第二接続(セカンドコンタクト)】〔調和(アルモニア)〕』
『ソウルチャージ【第三接続(サードコンタクト)】〔能力(アビリティ)〕』
そして、またテウルギアを押し出す。ただし、今度は二段階。
そうすることで出現したチェンジスリットに『コントラクトカード』を差し込んだ。
「チェンジ」
テウルギアを押し戻し『コントラクトカード』を取り込んだ。
『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕』
その音声と共に結晶が散らばり、粉々になった結晶が絢斗の身体を包み鎧を形成していった。
その形状は何の変哲もないプレートアーマー。だが、鎧から溢れるソウルは濃く力強い。
「行くぜ」
絢斗―――フォートはサラマンダーの傍に向けて飛び降りた。
*
同日一一時一三分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 鳥の広間
「クッ……」
バリアの中の炎はまだ荒々しい。だが、その荒々しい炎をものともせずバリアを壊そうと突進を繰り返すバイコーン。
紗那はバリアの維持に力を注ぐ。だが、徐々にバリアに広がるヒビが目立ってくる。
「このままじゃ……」
紗那の頬を冷たい汗が撫でる。
(もう……ダメ……)
刹那――――
「なんだかデジャヴを感じるな」
「ッ!?アナタは!」
「謎の騎士、フリーナイト〈フォート〉だ」
「知ってます!」
紗那は余裕がないのにも関わらず、フォートに対して反応を示す。
「あぁ、やっぱり炎の耐性を付けてるな」
「え?それって……」
「それより、花の方にも騎士が居たみたいだけど、メインの能力は炎なのか?」
「いえ、向こうで戦っている二人のメインの能力は風と水です」
「完全に人選ミスだろ。何でその二人が一緒で、お前が一人でいるんだよ」
「私はバイコーンとの戦闘経験があったので……」
「じゃあ、今後のためにレクチャーしといてやる。《幻獣(クリプティド)》に〔マジック〕を使うな」
「え?何でですか?」
紗那の疑問にフォートは難しげもなく答えた。
「《幻獣(クリプティド)》の核には早い繁殖力と共に高い学習能力を持っている。一度、見たり聞いたり触れたものを瞬時に覚え、子に反映させる。それが《幻獣(クリプティド)》の能力だ」
「つまり、私が前回の戦闘の時にフレイムを使ったから、バイコーンはフレイムに対する耐性を得た。という事ですか?」
「その通り。それが、特殊な力を持たない《幻獣(クリプティド)》の唯一にして最も厄介な能力だ」
フォートは【アビリティカード】をセレクトし、スクロール。カードが手首の周りを円軌道する。
そして、そのカードを紗那のテウルギアでタッチした。
『【アビリティ】〔アシスト〕:スキャン』
「何をするんですか!」
「安心しろ。これで使われるのは俺のソウルだ。それより、炎の中を見ろ」
フォートは紗那に向け顎で促す。
〔アシスト〕:スキャンは透視の能力を与える【アビリティカード】だ。
このカードを使うと敵【グリモアンデッド】の弱点や能力を知ることができる。
「あ、アレはッ!?」
「もう一つレクチャーしてやる。《幻獣(クリプティド)》の群れは蟻や蜂の社会に似ている」
フォートはおもむろにレクチャーを始める。
「核となる女王蟻とそれから生まれる戦闘蟻、と言ったところだ。そして、繁殖力と学習能力を持つのは核だけ。核が学ぶことによりそれから生まれる戦闘蟻が強化されていく。だが、核はその能力を持つ代わりに戦闘力が極めて低い。そして、学習を子に反映させることは出来るが、自分自身に反映させることができない」
紗那がスキャンを通して見た光景は、十数体の戦闘バイコーンが女王バイコーンを守ろうと分厚く固まっていた。
「蟻社会に似ているだけであって、結局は別物だ。蟻社会ならば女王は巣で子を産むだけに専念するが、《幻獣(クリプティド)》は女王が率いて行かなければならないからな」
炎の勢いが徐々に弱まっていく。
バリア内の酸素が減り、燃焼に必要な物質が無くなってきているからだ。
「サラマンダー、お前に忠告しておいてやる。お前は騎士に向いていない」
「ナッ!」
「正規騎士なんだろうが、知識がないのに現場に出るのは自分だけじゃなく、仲間すらも傷つけることになる。そのことをお前は、理解していない」
フォートの言葉に紗那は言い返すことが出来なかった。
フォートはアビリティをセレクトしていく。
『【アビリティ】〔アームズ〕:ガン』
スクロール
『〔マジック〕:ブリザード サンダー ライト』
スクロール
『〔アシスト〕:スキャン ペネトレイション エクスプロージョン ブラスト』
スクロール
『〔ディスターブ〕:チェイン メニー・グラヴィティ』
タッチ&スクロール。
十枚の【アビリティカード】がフォートの手首の周りで円軌道を描く。
左手を画面に翳し、十枚のカードを重ねる。
そして――――――――タッチ。
『【ソウルクラッシュ】〔デクテット〕:モルティーガ』
「サラマンダー!合図でバリアを解除だ!」
フォートの右手に銃を具現化し、バイコーンの女王に狙いを定める。
一方、バリアの中では、地面から這い出た鎖が全てのバイコーンを一点に集め、加重力により押しつけられる。
「バリア解除ッ!」
「はいッ!」
紗那はフォートの合図と共にバリアを消した。
「銃聖の一閃(シューター・ブラスト)」
引き金を引いた。
閃光!
銃口から放たれた氷と雷を纏った光線がバイコーンの群れを貫いた。
地面に描かれる魔法陣が爆ぜ、氷の柱が伸びる。
氷柱の中には一対のみ、バイコーンの女王が封じ込められていた。
「親以外のバイコーンはさっきの爆発で全部倒した。死ぬことのない親はああやって身動きを取れなくする。完璧だ」
自賛するフォートは左腰のカードケースから【シール】のカードを取り出す。
そして、動けなくなったバイコーンに向けて投げつけた。
バイコーンにカードが刺さると、フォートはテウルギアをタッチする。
『【シール】〔グリモワール〕』
バイコーンの体内から魂が抜け出て、明後日の方向に飛んで行く。
魂の抜けたバイコーンのアストラル体は灰となって消え、対象が消えた氷の柱は役目を終え砕け散った。
「ふぅ~、討伐完了。さてと、帰りますか」
「待ってください!」
出口に向けて歩き出したフォートの前に紗那が立ち塞がった。
「何だ?サインでも欲しいのか?」
「……撤回してください」
「は?何を?」
「私が騎士に向いていないという事を撤回してください!」
「撤回はしない。騎士って言うのは誰かを守るために戦うものだ。お前はそれが出来ていない」
「私が『誰かを守る』ことが出来ていないと言うんですか!」
「あぁ」
フォートは即答した。
「昨日会ったばかりだが、それだけでも分かる。お前は【グリモアンデッド】との戦闘の基本を分かっていないまま戦った。そして、今日のバイコーン。アレは昨日のお前が蒔いた種だ。お前の仲間が火属性じゃなくて良かったな。もし、お前の仲間が火属性だったら、お前は仲間を傷つけることになっていた」
「―――――――――」
紗那は言い返すことが出来ない。
フォートの言う事がすべて正論だからだ。
「取り返しがつかなくなる前に、お前は騎士をやめるべきだ」
「それは……出来ません!」
絞り出した言葉は沈黙を生んだ。
お互い引かない。交わす眼が強い意志を孕んでいる。
沈黙が続く―――――刹那!
――――――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!
ショッピングモールの中を野太い地響きが駆け巡った。
「「――――――ッ!?」」
その地響きにフォートも紗那も身をこわばらせる。
「さっきの……もしかして……」
紗那の頬に焦燥色が浮かぶ。
フォートはテウルギアを操作し、先の地響きの正体を確認した。
「今度は《悪魔(ディアボロス)》か」
フォートは憎々しげにつぶやく。
「おい、サラマンダー。お前は先に避難………」
指示を出しながら振り向くと、誰もいなかった。
「アイツぅ!」
フォートはソウルチャージを行いながら、敵の待つ花の広間に駆けだした。
*
同日一一時一五分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 花の広間
「よし、片付いたかな」
風音は周囲を見渡し逃した敵が居ないかを確認した。
「風音ちゃん、さっきサーチで確認しましたけど逃し忘れはありませんでしたよ」
「じゃあ、安全ってことだね。もう出て来てもいいよ!」
近くに店のテーブルに隠れていた十数人の逃げ遅れた一般人に【グリモアンデット】を倒したことを伝え出てくるように促す。
「た、助かった!」「さすが騎士様!」「ありがとうございます!」
歓喜の声を掛けられ、二人の緊張していた顔に笑みが生まれた。
「また【グリモアンデット】が来るかもしれません。早くシェルターの方に」
丹雪が冷静に非難の指示を出す。
その指示に従い一般人の方々はシェルターに向かう。
それを見つめる風音と丹雪は一息吐いてこの後の行動について話し合う。
「アタシたちは紗那と合流しようか」
「そうですね。でも、あの人たちを送ってから……」
丹雪が言いかけた刹那、彼女たちの背後からゾクリと冷え切った冷たい空気が首元を撫でた。
その気配に風音と丹雪はゆっくりと振り返る。
すると、突然目の前の空間がグニャリと歪む。
「まさか……【レムリア】と繋がったの」
二人の表情が固まる。
目の前の歪みが次第に大きくなる。
そして、歪みの奥から手が出て来る。獣ような黒い毛並みの鋭利な爪を携えたそれが正常な空間を掴み、這い出るようにしてその姿を現した。
グリフォンの翼に蛇の尾、燃えるような赤い瞳、そして狼の顔。
「《悪魔(ディアボロス)》……〔マルコシアス〕……」
丹雪は呟いた。
返事を返すように、狼は燃える赤い息を吐いた。
「走ってッ!」
風音の叫びに驚いた一般人が立ち止り振り返った。
〔マルコシアス〕が大きく息を吸い込んだ。
風音と丹雪は立ち止った一般人たちの前に立ち【アビリティ】を発動する。
『『【アビリティ】〔マジック〕:バリア』』
その場に居る全員を覆う二枚のバリア。
二人の全ソウルが注ぎ込まれる。
〔マルコシアス〕が翼を広げ、焔の息を吐いた。
――――――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッ!!!!!!
ショッピングモールの中を野太い地響きが駆け巡った。
*
同日一一時二一分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 花の広間
紗那が駆けつけた時には、目の前は焦土と化していた。
タイルの床も高温で熱せら溶け、下を通っていた配線が焼き切れている。
耐火性の強いはずの壁で際も溶けて内側が見えている。
そして――――――
「アナタ、私の仲間に、何をしてるのよッ!」
紗那の眼の先では、風音を踏みつけ、丹雪の首を掴み持ち上げる【グリモアンデット】の姿が映る。
【グリモアンデット】は紗那の怒号を無視し、足に、手に力を入れる。
「ぐ、グアアアアアア……!」
「グ、ッは……」
二人の苦しむ声が耳に届く。
「ッ!二人を放せッ!」
紗那はアビリティを二つ発動する。
ブレイドを具現化し、アクセラレーションで一瞬で【グリモアンデット】の懐に入り込み切り上げる。
その勢いに押され【グリモアンデット】は二人を放した。
それを見て、紗那は一気に畳みかける。
アクセラレーションで倍加された斬撃の速度で【グリモアンデット】に防御を許さず、斬り付ける。
更に、そのままアビリティを発動。
『【アビリティ】〔アームズ〕:ガン』
『【アビリティ】〔アシスト〕:フレイム・バレット』
銃口を【グリモアンデット】の胴に密着させる。
引き金を引く。
炎を纏った弾丸が【グリモアンデット】を穿ち、吹き飛ばす。
紗那は荒々しく肩で息をした。
テウルギアの十本のソウルゲージが暗くなっている。
ソウル切れだ。
【アビリティ】一つ使うのに一つのソウルが消費される。一つの【アビリティ】に力を注いだ場合には更にソウルが消費される。ソウル切れになると【アビリティ】を使うことが出来なくなる。
それを防ぐために戦闘時でも『ソウルカード』を使ってチャージしなければならない。そうしなければすぐにソウル切れになるからだ。
だが、紗那は〔バイコーン〕戦から一回もソウルチャージを行っていなかった。
「しまった……!」
今の一撃、ソウルをフルに込めれば戦闘不能にまで追い込めた。
それまでの威力を持たせなければ奴を、《悪魔(ディアボロス)》を倒すことは出来ない。
ほどなくして、《悪魔(ディアボロス)》の【グリモアンデット】は何事もなかったかのように起き上がった。
「さすがは、《悪魔(ディアボロス)》ね。あの程度じゃまったく通じてない」
「気付いていたかのか。アレが《悪魔(ディアボロス)》だってな」
紗那の背後から声が掛かる。
声の主は確認せずとも分かった。
「だって、あの二人が《幻獣(クリプティド)》に苦戦するはずないから」
「その苦戦するはずない相手に苦戦していた奴がよく言えたな」
「ほっといてください」
紗那とフォートの視線が立ち上がった【グリモアンデット】に向かう。
「グリフォンの翼。それから、蛇の尾。狼の咢と、おまけにこの惨状を見るに……アレは〔マルコシアス〕と判断して間違いないな」
〔マルコシアス〕。魔導書【レメゲトン】の一部『ゴエティア』に列挙していた悪魔。序列は三五番。この序列が何を指すかはまだ分かっていないが、先日現れた六四番の〔フラウロス〕よりも明らかに強さは高位だろう。
伝承にある特徴では、グリフォンの翼と蛇の尾を持ち、口から炎を吹く狼とある。
「さっきのはソウル六個は込めておきたかったな」
「すいません。動転していて、チャージを忘れました」
「今度からはそれすんなよ。相手はどんな能力持ってるか分からないからな。初見の相手にはフルで当たるのが基本だ。分かったら今すぐチャージしておけ」
「はい!」
フォートはブレイドの【アビリティカード】を選び、剣先をマルコシアスに向ける。
相手、マルコシアスは剣を向けられているのに動きを見せない。ただ、周りを見渡すだけだ。まるで、何かを探すみたいに。
「ΣΞ ΞΠΙΑΣΑ」
「は?」
マルコシアスが何かの言語を呟き、顔を向けた方向に歩き出した。
フォートは予想外の行動に疑念の色が浮かぶ。
それは紗那も同じだった。
「逃げるの?」
「だったらいいけどな」
マルコシアスはある程度進むと身を屈めた。
そして、穴の空いた床に手を伸ばし、何かを持ち上げた。
「「ッ!?」」
持ち上げたのは一人の女性。おそらくしなくても、一般人だ。
フォートや紗那の角度からはその姿を確認することが出来なかった。
「まさか、適合者か!?不味いッ!?」
マルコシアスのアレは適合者を探していたのだ。
フォートは自分の判断に後悔した。
あの場面、ブレイドではなくガンを選んでおくべきだった、と。
「ΤΟ ΣΩΜΑ ΛΑΜΒΑΝΩ!」
マルコシアスの身体の中から魂が抜き出て、一般人女性の中に入り込んだ。
それと同時に、マルコシアスの身体だった空になった入れ物は灰になって消えた。
*
同日一一時二九分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 花の広間
掴んでいた腕が消え、地面に降りた一般人女性は……いや、一般人女性だった者は前髪を掻き揚げて絢斗とサラマンダーを睨み付けた。狼のような金色の眼で。
「『そのチカラ、ニンゲンのモノではないナ』」
「驚いたな。会話が出来るなんて思ってなかったぜ」
「『ナめてくれるなよ、ニンゲンフゼイが。それでそのチカラはワレワレのチカラにニている。ツかっているな、ワレワレのチカラを』」
「あぁ、【グリモアンデット】を倒すには【グリモアンデット】の力でなきゃ倒せない。だったら、使うしかないだろ?その為の降神術とテウルギアだ」
「『ナルホド、そうか。ギモンはハれた。レイをイおう』」
「礼だって?ありがたく思うならその身体から出て行けよ。それはお前の身体じゃねぇんだぞ」
「『シったことではないナ。ワレはワレのガンボウをカナえるためのニクタイがヒツヨウだ。そして、テにイれた。これはワレのカラダだ。シいてフマンをアげるなら、これがオナゴのカラダだとイうことだけだ』」
「下種が……!」
「『キサマらにはイわれたくない―――齧歯類が!』」
金色の瞳が赤く変色した。
ソウルが高まり、女性の肉体がマルコシアスの身体へと変身した。
「サラマンダー、撤退の準備をしろ!」
「何でですか!あの人を助けないと!」
「言いたいことは分かる!だが、早くしろ!今の俺らの鎧じゃエーテル体の【グリモアンデット】を倒せないんだよ!」
「ッ!?」
絢斗の言ったことは紛れもない真実だ。
絢斗の言葉に一瞬戸惑うが、サラマンダーは苦虫を噛み潰して横に倒れていた二人の騎士を担いだ。
「焼き殺すッ!」
「流暢な喋りになったな!焼き殺すだって?残念だな。死ぬ気なんてねぇよ!」
絢斗はソウルチャージを行い、連続して【アビリティ】をセレクト。
『【アビリティ】〔マジック〕:バリア 〔アシスト〕:リフレクション』
タッチ&スクロール。
二枚のカードが手首を円軌道で回る。
そして、手を翳し一枚に纏めてタッチ。
『【ソウルクラッシュ】〔デュオ〕:カウンター・シールド』
音声が告げると同時にマルコシアスは咆哮。
強大な焔を吹き放った。
全ソウルを消費してバリアを斜めに傾け張った。
焔とバリアが衝突する。
絢斗の張ったバリアは反射の〔アシスト〕が掛かり、更に斜めに張ったことで力がうまく分散された。
結果、マルコシアスの放った焔は【ソレイユ】の天井を貫き天に向かって―――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!!
と音を立てながら跳ね返された。
「とんでもないな……」
この呟きの意味は、天井を貫いたにも拘わらず、上から一向に鉄屑やガラスの破片が一向に落ちて来ないという事だ。
何故かを答えると簡単なことだ。
跡形もなく蒸発した。それだけだ。
絢斗は左手に『ソウルカード』を持つといつでもチャージを出来るように構える。
相手の出方を窺う。
あの攻撃力だ。エーテル体に成りたてのマルコシアスも相当のソウルを消費したはずだ。
(それを期待するのは、あまりに楽観的だろうか?)
自分で自分に問いかけた。
もしこのままマルコシアスが戦闘を続行するようなことになれば、この鎧では数分も持たないだろう。
逃げる?以ての外だ。十数人の一般人を庇いながら逃げ切ることは出来ない。
仮に鎧の強度を度外視して戦闘を行ったとしても、確実に倒れている十数人の一般人は無事では済まない。これは、サラマンダーがバリアを張ったことを前提として考慮しての判断だ。
つまり、今この状況で一番助かるのは、相手が引いてくれることだ。
絢斗の頬に汗が流れる。嫌な汗だ。
ヘルムを取って汗を拭きたい衝動に駆られる。
マルコシアスは一向に動きを見せない。
「どうした?掛かって来ないのか?」
強がりだ。内心では『帰れ!帰れ!』と強く叫んでいる。
下手に出れば、相手に勢い付けるだけだからな。
「そうだな。ならば遣ろうか?」
「――――――…………!」
絢斗は息が詰まる。決して身を引こうとは見せないが意識では焦りに焦る。
急いで考えをまとめる。
(戦うならまず人気のないところに移動だ応戦しながら隙をついて身を引かすその隙にアクセラレーションで戦線離脱だアイツは見るからにスピードは無さ気だ。もしかしたら行けるだろういやだが……)
答えを出せずにいると、マルコシアスが人間の女性の身体に戻った。
「『と、言いたいが、我も身体を手に入れたばかりで魔力が足りん。ここは退かせてもらおう。お前もその方が助かるだろ?』」
「ッ!さぁ、それはどうかな?」
「『フッ、強がりを。近いうちにまた来る。その時は必ず焼き殺してやろう』」
マルコシアスは人間の身体のままで驚異の跳躍力で飛び跳ねて、天井から外に出て行った。
絢斗は内心で安堵する。
「ちょっと、何をしているのですか!」
後ろから怒号が飛んできた。サラマンダーだ。
「何で追いかけないんですか!早くあの女性を助けなければ!」
その考えに絢斗は苛立ちを感じる。
「お前は馬鹿か?」
「なッ!何でですか!」
「アイツはソウルがないって言ってたが、それでも身体能力で俺より上を行っている。そんな状態での戦闘は無謀なんだよ!」
「クッ!」
「マルコシアスを倒すのは大事だ。だが、ここに居る怪我人を助ける方が優先されるべきだ。中には大怪我してる奴だっているはずだ。それに、その二人の騎士も早く病院に連れってた方がいい。相当、手ひどく遣られてる」
「………確かにそうですね」
サラマンダーは理解したようで二人を担ぎ、外に出ようとした。
「少し待て」
「何ですか?」
「お前はその二人を見習うべきだ。お前はまだ騎士としての意識が低い」
「どうして、そんなことを言うのですか?」
「その二人は一般人を守って負傷したみたいだ。壁や床の燃え方の度合いに境がある。その二人はソウルをフルに使って二人掛かりでバリアを張ったのだろう。かなり強い『意志』が掛かっている。誰かを守りたい、って『意志』が大きい。だが、お前はまだ小さい。お前は戦闘能力は高いが、二人に比べて『意志』が弱い」
「そんな事―――!」
「お前はこの惨状に、敵に対し『怒り』で戦った。周りをよく見ずに当り散らしてたな」
「―――確かに、そうですが!」
「お前がマルコシアスを飛ばした方向、俺が見えるあたりにもまだ一般人が居たぜ」
「ッ!?」
「俺ももっと早く気付いて戦いに参加していたら良かったけどな」
絢斗はサラマンダーに睨み付けながら、結論を告げた。
「お前はテウルギアを使うにはあまりにも『意志』が定まってない。俺もまだ定まってるとは言えないが、お前は俺以上だ。だから、バリアにもヒビが入るんだよ」
「どういう意味ですか!?」
「バリアの強度はバイコーン程度の筋力で割れるはずがないんだよ。それにヒビが入ったってことは、お前の『意志』がバイコーンの勢いに怯んだからだ」
「そんな馬鹿な……!?」
絢斗は倒れている一般人を運び、平らな床に仰向けに寝かした。
「もう一度、言う。お前は騎士に向いていない。取り返しがつかなくなる前に、騎士をやめろ」
絢斗はソウルチャージした。
そして、ジャンプの【アビリティ】を選択し、飛び去って行った。
まるでサラマンダーからの返事を避けるように。
*
同日一一時五〇分 ショッピングモール【ソレイユ】非常通路前
絢斗はコインロッカーからボディバックを取り出してから外に出て来た。
バイクに跨りエンジンを掛けた。
まだ、遠くだがサイレンが聞こえる。直に、ここに援軍の騎士が到着するだろう。
絢斗はバックからターン式テウルギアを取り出し見つめた。
「何で、使えなかったんだよ……?」
絢斗はテウルギアに尋ねる。当然、答えは帰ってこなかった。
絢斗はヘルメットを被りアクセルを回して『ディニュマ』に向けて発進した。
*
同日一一時五〇分 ショッピングモール【ソレイユ】一階 花の広間
紗那は床にへたり込み、体育座りで壁にもたれていた。
風音と丹雪は平らな床に寝かしてある。
直に援軍が来る。
彼らに任せよう。それが安全だ。
紗那は顔を埋める。
フォートに言われた言葉が心に刺さった。
何も言い返せなかった。
「私は………」
言いかけて、止めた。
紗那はテウルギアを取り出し見つめた。
「私はどうしたらいいの?…………センリさん」
紗那はかつて出会った、憧れの騎士の名を呟き、涙を溢した。
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