第2話 出会いの土曜

 5月15日(土)一一時二六分 私立降神騎士学園昇降口前駐車場

「さっきのは一体何なのよ、まったく!」

「落ち着いてくださいよぉ」

 紗那はKCGヒルズビルでの【グリモアンデッド】との戦いが終わり学園に戻って来ていた。

 今はその帰りを出迎えてくれた仲間の愚痴を聞いている。

「落ち着けるか!あのルール違反の鎧男め。何が『どこにも所属してない(キリッ)』よ!ふざけんな!思いっ切りルール違反を宣言してんじゃないのよ!」

 この怒り心頭の少女は来栖風音(くるすかざね)。

紗那とは同級生で正規騎士同士、そしてチームを組んでいる仲だ。

「風音ちゃん、落ち着いてください。結果的には紗那ちゃんを助けてくれたのですから」

 この気弱な雰囲気の少女は泉野(いずみの)丹雪(にゆき)。

 紗那と風音とは同級生で、紗那とはクラスメイトでもありチームメイトでもある。

 紗那にとって二人は大切な友人であり、信頼できる仲間でもあるのだ。

「でも、ルール違反はルール違反よ!なんで見す見す逃がすのよ、紗那!」

「助けてくれたし、それに敵じゃない」

「甘い!甘いよ!敵じゃないからって味方ではないのよ!アイツもそう言ってたじゃない!」

「あと、かなり強かった。《悪魔(ディアボロス)》を一人で、それもいとも簡単に倒したし」

「ウソッ!?」

「《悪魔(ディアボロス)》を一人でですか!?」

 さすがにそのことには驚きを隠せなかった風音と丹雪。

 それもそうだ。【アマテラス】にいる騎士はほぼすべての契約霊が《精霊(スピリトゥス)》だ。

 霊格的に考えるとあまり強い種族ではない。

 だから、正規騎士は四・五人を目途にチームを組むことが決められている。

 でも、そのチームが十集まっても勝てないのが《悪魔(ディアボロス)》だ。

 それを一人で倒したという事はかなりの強者であることが分かる。

「一体、どんな人が戦っていたの………」

 紗那は小さく呟く。

 自分を助けた鎧の男の正体が気にならない訳がない。

 細身で一七〇後半ぐらいの身長。声も若々しかったことから、同い年ぐらい。

 そう言ったフォートの情報から人物情報のプロファイリングを組み立てていく。

 紗那は口元を隠しながら考えている。すると―――

「あの、すいません」

後ろの方から声が掛かった。

その声に三人は振り返る。

細身で一七〇後半ぐらいの身長。見た目からして歳は紗那たちとはそれほど離れていない。

「似てる……」

 紗那は駆け寄る男性を見て、先ほど助けてもらった騎士・フォートの特徴を合致していたことに運命を感じた。

「え、何がですか?」

「アッ、い、いえ。お気になさらず、こちらの話です。それより、何か用ですか?」

 さっきの呟きが聞こえていたみたいで男性が聞き返してきたが、紗那はそれをうまく誤魔化し話題を戻した。

「あぁ、えっと、ちょっと場所が分からなくて。思ってた以上に大きい学校でさ。ここの制服着てるってことはここの生徒なんだろ?手間じゃなかったら、案内してもらえないかな?」

「え?別に構いませ―――――」

「待って、紗那!」

「え?ちょっと風音?」

 風音は紗那と丹雪の腕を引っ張って少し男性と距離を取る。

 そして、その距離のままで風音は男性に言い放った。

「新手のナンパですか?」

「は?違げぇから」

「学園の敷地内でとは中々肝が据わってますね」

「だから、違げぇから」

「けど、そう簡単に釣られると思ったら大間違いよ!」

「人の話聞いてる?」

「風音、少し黙ってて。話が進まないから」

 気を取り直して。

「それで、どこに案内してほしいんですか?」

「えっと、校長?学園長?まぁ、取りあえずそう言う部屋」

「あぁ、学園長室ですね。私もちょうど行くところだったんです。一緒に行きませんか?」

「本当?助かるよ」

「待って、紗那!」

 再び紗那の袖を引いて距離を取る。

「二人っきりになれると思ったら大間違いだから!」

「二人っきり?あぁ、学園長室に用があるのは俺じゃないんだ」

「「「???」」」

「ちょっと待ってて。今連れて来るから」

 そう言って男性はすぐ傍の駐輪場まで駆け寄り一人の車椅子少女を連れて来た。

「お待たせ。行こうか」

「よろしくお願いします」

 車椅子の少女が丁寧にお辞儀する。

「あ、はい、こちらこそ」

 紗那たちもそれに対して礼を返した。


  *


 同日一一時三二分 私立降神騎士学園学園長室

「ここが学園長室です」

「ありがとう、助かったよ」

「いえ、私も学園長に用事があったので」

 学園長室の扉前まで案内をしてくれた少女に絢斗は礼を告げた。

「じゃあ、一緒に中に入ってくれるか?その後は少しコイツの車椅子を引いてほしい」

「あぁ、はい。構いませんよ」

「すいません。よろしくお願いします」

 少女が了承の返事をすると絢香は申し訳なさげな表情で頭を下げた。

「入るか」

 そして、絢斗は扉をノックする。

 扉の向こうから「どうぞ」と言う声が聞こえ、絢斗たちは学園長室の中へ入室する。

「失礼します」

「失礼いたします」

 少女と絢香が同時に挨拶する。

「いらっしゃい、紗那さん。それから、アナタが絢香さんですね」

「はい、月曜日からお世話になります」

「この子が今度転校してくる……」

「えぇ、こちら威剣絢香さん。事情で入学時期が遅れたアナタのクラスメイトです」

「威剣絢香です。これからお世話になります」

「私は弓鶴紗那。アナタが過ごすことになる一年五組のクラス代表です。分からないことがあれば私に聞いてください」

 お互いが自己紹介を終え、礼をする。

 それを後ろで見ていた絢斗が話に入る。

「妹がこれから世話になる。見ての通り足が不自由だから気を掛けてやってくれ」

「はい、任せてください」

「あぁ。……それはそうと、いつの間に学園長になってたんだ、水原さん」

 絢斗が視線が学園長である水原鈴華に向けられる。

「去年からよ。君もすっかり大人になったね。今、何歳だったかな?」

「四月で十八になった。さすがに四年も経てば変わる」

「今は何の研究をしているの?」

「俺の研究も進めてるけど、今は父さんの研究を手伝ってる」

 鈴華と絢斗が二人で雑談をする。

 この後、少し言葉を交わした後、

「じゃあ、俺は外で待ってるから、終わったらよろしくな、えっと……紗那」

「あ、はい」

 そう言うと絢斗は学園長室から出て行った。

 それを見送った絢香が鈴華に問いかけた。

「学園長さんは兄さんと知り合いだったのですか?」

「えぇ、彼の研究に付き合っていたことがあってね。威剣って聞いたときに、もしかして、って思ったんだけど案の定だったわ」

「あの学園長。さっきの方は誰なんですか?」

 紗那は絢斗が出て行った扉を見つめて鈴華に質問をした。

「名前は聞いたことあると思うわ。威剣絢斗、と聞いて思い出さない?」

「威剣、絢斗……」

 紗那はそう呟きながら、記憶を整理する。

 すると、閃いたように振り返り聞き返した。

「もしかして、【アビリティカード】を開発した最年少研究員、威剣絢斗さんですか!?」

「えぇ、正解よ」

 テウルギアで霊の力をその身に宿すことができると言っても、それを何の媒体も無しに発動することは出来ない。

 テウルギアが開発されるまで、魔法や霊などの全てが非科学的な存在だとされてきていたのだから仕方がない。それは、今でもあまり変わらない。

 テウルギアを使い魔力を身体に取り込むことは出来ても、その魔力を使って何か特殊な力に目覚める、といったことは決してないのだ。せいぜい、身体能力の強化が関の山だ。

 だが、その法則を覆したのが、当時十四歳だった威剣絢斗だ。

 絢斗は【アビリティカード】と呼ばれる力の発動媒体を開発したのだ。

 これによってテウルギアで霊の力を具現化した騎士たちは能力を発動することができる。

 今では【グリモアンデッド】との戦いには欠かせないものである。

「【アビリティカード】の起動実験の協力者に当時から正規騎士として戦っていた私が選ばれてね。その頃に知り合ったの」

「そうなんですか」

「そう言えば、今は研究と同時に『アビリティクリエイター』としても活躍してるって聞くわね。どうなの、絢香さん?」

「はい。兄さんが作る【アビリティカード】はかなり強力らしくて、結構人気なんですよ。まぁ、一般として販売するには強力すぎるから依頼してきた人にあったカードを作る、オーダーメイド専門になってますが」

 確かに【アビリティカード】を開発したのは絢斗だ。だが、だからと言って絢斗のみが【アビリティカード】を作っているわけではない。絢斗は【アビリティカード】の開発技術をある会社に売っているのだ。

 それが先ほど【グリモアンデッド】が現れたKGC―『Knight of Guard Castle』―『騎士の城』と呼ばれるだけあってKGCは多くの事業を行っている。

防衛団体【騎士団】、テウルギアを使い戦う【騎士】が所属する民間防衛機関が有名だ。

他にも電器産業やフードビジネス、学校事業などにも参加している。ここ、降神騎士学園もKGCが経営している。

そして、その中の一つに【アビリティカード】の販売も行っているのだ。【アビリティカード】の主な消費者は騎士なのだが、この【アビリティカード】は製作段階で絢斗が一般向けにも販売できるようにしたいと考えトレーディングカードゲームとしても使用が出来るようになっているのだ。

そうなって来ると、研究者である絢斗が作るよりも会社に技術を提供するのが現実的だ。

「それでは、本題の方に入らせてもらいます。兄さんも外で待ってくれていることでしょうから」

「そうですね。それで、絢香さん。アナタは月曜日からこの学園の騎士科に通うわけですが、それに当たって三つ問題があります。一つはアナタが何か霊との契約を行っているのかどうか。二つがアナタのその足で実戦に出れる、もしくは戦えるのかどうか。そして、三つが…………。えぇっと……」

「ないなら、ないでいいじゃないですか」

 紗那からのツッコミをもらい、鈴華は小さく咳払いをして空気を整える。

「それでどうなの?」

「はい、契約はしていたのですが、今は使えません。アレは足が動けたころのものですから。実戦は出れます。と言っても遠距離から〔アシスト〕や〔ディスターブ〕を掛けることや、作戦や敵の位置を教えると言ったサポート役ですが」

「それでも構わないですよ。しかし、今は使えない、という事は今はその霊の【コントラクトカード】は持ってないのですよね?となると、新しい霊と契約することになりますね。早速ですが検査をしなければ………」

「あ、それなら大丈夫です」

 鈴華からの提案に絢香は待ったを掛けた。

「私はどんな霊とも適合できる体質ですので」

「「ッ!?」」

 絢香の言葉に鈴華も紗那も絶句する。

「私や兄さんたちはこれを『完全降霊体質』と呼んでいます。加え、この体質は言い換えると、どの【グリモアンデッド】からも狙われない体質でもあります」

「どういうこと?」

 紗那は疑問符を浮かべ絢香に問いかけた。

「【グリモアンデッド】の行動原理の一つに、『自身と適合する人間を狙う傾向がある』とあります。ですが、これには補足があります。それは『自身との適合値(歯車)が最も噛み合う相手を狙う』です」

「成程、そう言う事ですか」

 鈴華は納得し答え合わせするように聞き返した。

「どの霊とも適合すると言う頃は、全ての霊が一致する適合値のラインがあるという事。まぁ、簡単に一言で言ってしまうと『どんな歯車とも噛み合う歯車』みたいなものでしょうか?」

「その通りです。全ての霊で適合値が重なるのは、絶妙な大きさと最適な歯の数がそろわなければなりません。私はそんな特異体質と言う訳です」

「でも、それがどうして【グリモアンデッド】から狙われない根拠になるの?」

「私の場合ですと、歯車と歯車はうまくかみ合っていないけど、歯車同士は回転する。てな具合で重なっているらしいので、だから、狙われない、という事らしいです。詳しいことは兄さんやお父さんに聞いてください」

「威剣絢雅(いつるぎあやまさ)。威剣技研のトップですね」

 威剣技研。絢斗とその父・絢雅が所属する技術研究所。様々な分野の研究を行っているのと同時に、『テウルギア』の販売を行っている。ちなみに販売・売上ともに世界首位でもあるのだ。

「ちなみに、この車椅子もテウルギアなんですよ」

 右のアームサポートにタッチパネルがあり、左のアームサポートには〔ソウルスリット〕と〔チェンジスリット〕がある。

「さすが威剣技研ですね」

 鈴華は関心の言葉を吐く。

 確かに、この学園で支給されているテウルギアもまた威剣技研からのものだ。そう考えると、スマートフォン型や車椅子型などの様々なタイプのテウルギアを作る威剣技研はスゴイの一言に付く。

「それでは、月曜日には絢香さんにコントラクトカードを渡せるように準備をしておきます。放送で呼びますので、紗那さん、お願いしますね」

 皆まで言わずとも、と言った感じに内容を省いた。

 要は、足の不自由な絢香をここに連れて来て上げて、という事なのだろう。

「分かりました」

「よろしくお願いします」

 絢香は礼をする。

「では、これで要件は終わりです。本当ならお茶でも飲みながら雑談したいところなのですが、絢斗くんが待っているのでそれはまた後の機会に」

「はい、そうですね」

 そう言うと、紗那は絢香の車椅子のハンドルを持って扉の傍まで寄った。

「では、学園長。月曜日からお世話になります。失礼いたしました」

 鈴華は「はい」と微笑みながら返事を返した。

 紗那は扉を開けて、絢香と一緒に外に出ようとしたが足を止めた。

「そうだ、忘れる所だった。絢香、少し廊下で待っててくれる?」

「あ、分かりました」

 そして、紗那は絢香を廊下に出してから扉を閉めた。

「先ほどの戦闘の報告を簡潔に報告します」

 鈴華も真剣な表情へと変わる。

「幻獣〔バイコーン〕は本体を逃がしてしまいました。後に現れた悪魔〔フラウロス〕は封印しました」

「そうですか。先に駆けつけた本隊の指揮官との報告が少し違いますね」

 鈴華が受けた報告では、〔バイコーン〕を撃破したとのことと、《悪魔(ディアボロス)》が現れた事のみ。

「それよりも、まだ幻獣が分身を作り出すことは授業で習っていないはずです。それに悪魔を封印できたのですか?」

「それは助けに入った無所属の騎士〈フォート〉と名乗る者が悪魔〔フラウロス〕を封印しました。幻獣が分身することと本体を逃がしてしまったこともフォートから教えてもらいました」

「フォート?」

 鈴華は指を拍手するように合わせながら口元を隠す。

「はい。それから、彼は『【シール】〔コントラクト〕』ではなく『【シール】〔グリモワール〕』と言う特殊な封印方法を使いました」

「『【シール】〔グリモワール〕』。聞いたことがあります。確か、ある研究グループが『グリモア』に直接封印する方法を開発しているとか。完成していたとは初耳ですが」

「そのカードを二枚、フォートから頂きました。一枚は学園長に渡しておきます」

「ありがとう。調べてみます」

「報告は以上です。では、失礼しました」

 今度こそ紗那は学園長室から退出した。

「フォート、ですか……。この名前にも、何か意味があるのでしょう」

 フーと息を吐き、体内の空気を入れ替える。

「真っ先に浮かび上がるのは『砦(Fort)』ですが………」

 鈴華は椅子の背もたれに身を任せながら天井を見上げる。

「詳しく、調べてみましょう」

 

  *


 同日一一時三七分 私立降神騎士学園昇降口前駐輪場

 絢斗は学園長室から出て、すぐに自分のバイクに戻った。

 ポケットからテウルギアを取り出し画面のタッチパネルと叩く。

 テウルギアは『降神術』を行うための機械でもあるが、それとは別にスマートフォンとしても使うことができるのだ。

 今、絢斗はスマートフォンとしてテウルギアをいじっているのだ。

 利用内容は父・威剣絢雅への連絡、これからお世話になる人物への連絡、そして仕事の依頼だ。

 絢雅に送った連絡の内容は【アマテラス】到着したこと、【グリモアンデッド】と戦闘を行ったことを報告する。もう一人には、もう少ししたら向かう、とういう内容の連絡だ。

 仕事の依頼は、もちろん【アビリティカード】についてだ。

 学園長室に居た間にKGCからメールが来ていたらしい。内容は、【アビリティカード】製作会議への参加の申出だ。

 どこで、【アマテラス】にやって来ていることを聞きつけたのやら。

 KGCの情報網の広さに絢斗は驚愕した。

 会議の日程は今度の金曜日、つまり5月21日だ。

「別に用事もなかったな」

 絢斗はその会議に参加する旨をメールに書きKGCに送った。

 これでこの場で出来ることは全て終えた。暇になったわけだ。

 妹たちはまだ戻ってきていない。

「暇だ」

 絢斗はバイクにもたれ掛り呟いた。

 学園の中でも見て回ろうかとも思ったがやめた。絢斗がこの場を離れた間に絢香と紗那が戻って来るかも知れない。行き違いはごめんだ。

 そう思いながらボーとしていると、

「あ、あの~」

 声を掛けられる。

「ん?あぁ、さっきの」

 絢斗に話しかけてきたのは紗那ともう一人の人の話を聞かない女生徒と一緒に居た気弱そうな少女。

「どうかしたのか?」

「話は終わったのですか?」

「いや、俺は関係ないから先に出て来ただけだ。紗那を待ってるのか?」

「あ、はい。そうです」

 どうやら彼女も紗那を待っているらしい。

「そうか。もう一人のは?」

「え~と、の、飲み物でも買いに行ってるのでは」

「そう」

「…………………」

「…………………」

 会話が終わった。

 静かな間が続く。

 気まずくなり、絢斗は何かないかと少女の顔を見ると、顔を真っ赤にして目を回していた。

 あぁ、この子も話題探してるのか。

 しかも必死に。

 あぁ、気まずい。

 早く戻ってきてくれ、と口に出さず願う。

「丹雪~!お待たせ~!」

 この気まずい間に第三者が訪れた。

「って、アレ?さっきのナンパ男じゃない。どうしたの?」

「ナンパなんかしてないんだけど。でも、助かった」

 ふと、絢斗は活発そうな少女を眺めた。

 手が濡れている。

 あぁ、花摘みに言ってたのね、と勘付く。

 確かに、気弱そうな娘は恥かしがって言えなさそうだもんな。

「あれ、紗那ともう一人の娘は」

「まだ学園長室だ」

「ふ~ん。そう言えば、アンタ、名前なんて言うの?」

「ん?あぁ、自己紹介してなかったな。威剣絢斗だ。絢斗でいい。お前らは?」

「アタシは来栖風音。風音でいいよ」

「泉野丹雪です」

 風音は腰に手を置き偉そうな感じに、丹雪は会釈して丁寧な感じに名乗った。

「それで、絢斗は学校に来ないの?」

「ん?なんで?」

「歳が近そうでしたから、絢斗さんはちなみにおいくつで?」

「十八だ。お前らは十六だろ?二つ違いだな」

「それなら、なんで学校通わんの?学校に通えばいいのに」

「もう仕事してるし。さすがにそんな時間はないな」

「もう仕事しているのですか?一体、どんな?」

 丹雪が聞きにくそうに尋ねる。

 確かに、この歳で学校に通わないのは普通はおかしいことだ。余程の事情があるのだろうと勘ぐっても仕方ない。

 絢斗は呆気らかんと答えた。

「アビリティクリエイトの仕事だ。まぁ、フリーだし、依頼がない限り作ってないけどな。でも、殆どこれで食ってるって言っても過言じゃないな」

 アビリティクリエイターという職業があり、この仕事は単純に【アビリティカード】を作ることが仕事だ。アビリティクリエイトの資格を持つ者が就くことが出来る職業で、既製のカードや全くの新しいオリジナルのカードを作る。アビリティクリエイターの殆どはKGCに所属しているが、絢斗の様にフリーで製作している者もいる。

「へぇ、アビリティクリエイターなんだ。ねぇねぇ、アタシにも一つ作ってよ」

「別にいいけど、高いぞぉ。普通にKGCのデッキパック買った方がまだ安いぜ」

「えっと、どれくらいの値段なんですか?」

「確かKGCのパックが千円ぐらいだろ?俺のは一枚でその五倍だ」

「高ッ!パック五個買えるじゃない!ボッタくり?」

「俺は『量より質』をモットーに作ってるからな。嫌なら別のところで作ってもらえってことだ」

「質ですか……。それってかなり強力なカードを作る、ってことなんですか?」

「まぁ、一枚五千円の価値は、確かにあるな」

 絢斗が作る【アビリティカード】はどれも強力なカードだ。

 彼が一般用に【アビリティカード】を作ることは滅多にないのだ。

 更に、絢斗が作るのは全て騎士用だ。故に値段も高くなる。

「高いならいいや。お金ないし」

「残念だ」

 本当に残念そうに呟いた。

 絢斗には学がない。その為、ビジネスの話が苦手なのだ。

 KCGの取引の時も絢斗の研究仲間が殆どそこらへんの事をしてくれていた。

「あっ、兄さん!」

 肩を落としていると、絢香と紗那が戻ってきた。

「あぁ、お帰り。紗那もありがとう」

「いいえ。それより、風音も丹雪も待っててくれたんだ」

「まぁね」

「チームメイトですから」

 絢斗は紗那から車椅子を引くのを変わる。

「あっ、そうだ、絢斗さん。私に一枚【アビリティカード】を作ってくれませんか?」

「え?紗那、やめた方がいいよ。五千円だよ、KCGのデッキパックが五個買えるんだよ」

 と、説得する風音に紗那は―――

「え?絢斗さん、本当にそんな値段でいいんですか?」

「ね?高いでしょ?」

「そんなに安くていいんですか?」

「何でそうなるの!」

 紗那の反応に驚く風音。

 それに紗那は反論するように勢いよく説明する。

「だって、あの威剣絢斗だよ!」

「それがどうかしたの?」

「聞いたことあるでしょ!【アビリティカード】を開発した最年少研究者の威剣絢斗よ!」

「へぇ~。ふぅ~ん。…………エッ!?」

「どこかで聞いたことあると思ったら………あの」

「あ、知っててスルーしてたわけじゃないんだ」

 絢斗は自分でも有名人であると認識している。とは言っても、顔を公にしたことは一度もないから、名前だけの有名人なのだが。

「じゃあ、アタシも作ってもらう!五千円なんてなんぼのもんじゃい!」

「できれば私の分もお願いできますか?」

「別にいいぞ」

 絢斗は簡単に了承したが―――

「兄さん……!」

 絢香は少し強めの口調で窘める。

「分かってるって。今は無理だ」

「どういうことですか?」

 絢斗の言葉に紗那が質問する。

「単純にまだ準備が整ってないって話だ。準備ができたら絢香に伝えさせるから、その時に来てくれ」

「そうですか。分かりました」

「よし。じゃあ、帰るか。立嶋さんが待ってるからな」

「分かりました」

 絢斗は絢香を―――もとい絢香の乗っている車椅子をバイクの左側に付けた。

 そして、バイクの車体に埋め込まれているホルダーにテウルギアを差し込んだ。これがバイクのカギとなっているのだ。

 絢斗はテウルギアの画面をスクロールし一枚の【アビリティカード】を選択した。

『【アビリティ】〔アシスト〕:トランス・サイドカー』

 音声と共に絢香の車椅子がサイドカーとなった。

「テウルギア!?もしかして、絢斗さん騎士なんですか!?」

 紗那は驚きと共に問いかけた。もし、騎士なのだとしたらフォートの正体に近づくかもしれないと期待もあった。

 それに絢斗は―――

「ん?いいや、違うぜ」

 呆気らかんにウソを吐いた。予め準備していたように。

「そうですか……」

 それを聞いて紗那は勢いを失う。勢いの失った紗那の代わりに丹雪が質問した。

「では、なぜ【アビリティカード】を使えるのですか?」

「【ソウル】さえあれば【アビリティカード】は使えるんだ。『ソウルカード』一枚使えばこのぐらいの【アビリティ】なら騎士じゃなくても使える。でもまぁ、騎士が使うような戦闘系のカードには使えないんだけどね」

 そう説明をする。

 これに関してはウソではない。威剣技研の研究でここまでの事が出来ることは実験済みであった。

「それじゃ、今度は【アビリティカード】を作る時に会おう」

「――――――ッ!?」

 その言葉を聞いたとき紗那は勘付いたような表情に変わった。

 絢斗と絢香はヘルメットを被りセルボタンを押し、エンジンを掛けた。

「じゃあな。今後ともよろしく」

「また月曜日に。それでは失礼します」

 絢斗と絢香は頭を下げると、アクセルを回して学園を後にした。

「うわぁ……!有名人に会っちゃったよ!」

「はい、今でも信じられません!」

 興奮する風音と丹雪を余所に紗那はもう見えない絢斗の背中を見つめた。

「まさか……ね」

 あの時、絢斗の言ったセリフがあの謎の騎士の去り際に言ったセリフと重なったのだった。

 紗那は頭に浮かんだ考えを振り払うように首を横に振った。


  *


 同日一一時五七分 中央―東部間道路『イサナギ通り』

「なんでウソを言ったんですか?」

「ん?なにが?」

「自分は騎士じゃない、って言ったじゃないですか。何でですか?」

 絢香の問いかけに絢斗は少し間を置いた。

 信号が赤に変わり、バイクを停止線ぴったりで止める。

「【アマテラス】では許可がない者が騎士になることを禁止しているらしい。あの場でばれるといろいろとめんどくさいだろ?一応、あそこはKCGの中心のような場所でもあるんだからさ」

「確かにそうですね」

「それに、あそこだと〔サラマンダー〕の契約者とも出会う可能性が高いからな。【グリモアンデッド】が出たら会おう、って言ったのに、会ってみたら捕まってました。って、カッコ悪いだろ?」

「兄さんらしいですね」

 兄の言い分に絢香は苦笑いで返す。

 信号が青に変わる。

 アクセルを回し発進する。

「それと、逃げた〔バイコーン〕ですけど。一体、誰を狙っていたのでしょう?」

 絢斗の研究は【アビリティカード】についてだが、同じ研究チームの仲間に【グリモアンデッド】の行動原理を研究している者が居る。無論、絢斗もそれに協力している。

 その研究の中で明らかになったのは、【グリモアンデッド】は人間をターゲットとして狙っていることだ。ただの破壊衝動や暴走ではなく、明確な目的の下に人間を狙っているのだ。

「考えうるのは、KCGヒルズビルの中に居る人ではないですか?【グリモアンデッド】は半径5㎞以内の適合者を探ることができますから」

 【グリモアンデッド】の目的とは、自分の適合者となりうる人間の身体を乗っ取ることなのだ。

 【グリモアンデッド】は精神生命体だ。本来なら肉体を持つことのない存在なのだ。だが、『ニヒル』による魔導書の封印解除が原因で、魔導書に封印されていたあらゆる霊が《魔力》を得て具現化してしまったのだ。だが、それは不完全なもの。魂が形を成しただけのもの。いわば、魂を入れておくための箱だ。もはや生き物とは呼べない。故にアンデット。もともと生きていないものを『死なないもの』と名付けるとは滑稽なことだが。

 話を戻すと、【グリモアンデッド】は完全な存在として蘇るために人間を襲うのだ。

 だが、ただ人間の身体を乗っ取ればいいのではない。適合しないものを無理やり乗っ取れば拒絶反応が起きる。

 それは人間のテウルギアでも同じことだ。

「そうとは限らんぞ。俺たちがあそこに駆けつける前に、多くの人が逃げて行ったの見ただろ?その中かも知れないぞ」

「でも、それだと厄介ですね。次に出る場所が予測できませんし」

「それはどうだろうな。KCGヒルズのダイアモンド広場は六つ店がある。飲食店が三つ、コンビニが一つ、アニメ専門店と玩具店。時間は十時半だ。飲食店はそんな時間にはまだ客は来ないだろう、アニメ専門店と玩具店も同様だ。コンビニも一般客は来ないだろう。あの時間帯はKCG社員ぐらいしか使わない。そうすると、一般人で考えられるのは各店のスタッフぐらいとなる。これだけで大分人数は減った」

「それでも、どこに現れるかは分からないじゃないですか?」

「【グリモアンデッド】の出現場所を予想するのは時間の無駄だ。俺たちに出来るのは、現れた瞬間に一刻も早く現場に向かう事だ」

 【グリモアンデッド】は無数にいる。その一体一体の行動を考えていては人がいくらいても足りない。

 だからこそ、現れたら早く駆けつけ倒す。それが【グリモアンデッド】と戦う騎士の仕事だ。

「確かに、そうですね。ダメですね、私は」

「ダメじゃないさ。【グリモアンデット】の出現場所を予測出来たら、一人でも多くの人の命を救うことができる。だから、俺たちのチームは【グリモアンデット】の行動を研究をしてるんだよ」

「兄さん……」

 絢香は絢斗の言葉で笑みがこぼす。

「俺は母さんの意思を継ぐ。その為に【アビリティカード】を作ったんだからな」

 決意の籠った言葉に絢香は何も返さなかった。返さなくても伝わっているからだ。

 絢斗と絢香の決意は同じだからだ。

「よし、到着だ」

 絢斗はバイクを止めた。

 彼らが訪れたのは一件の喫茶店だった。


  *


 同日一二時一七分 コーヒーショップ『ディニュマ』

 カラン、コロン

 と、安らぐような呼び鈴が店の中に響く。

 外装も美しいが内装も素晴らしい。柔らかな証明と、明るい色彩の木目のイスとテーブルが店の雰囲気に合っていた。温もりの感じられる茶色の壁が落ち着きと安らぎを提供していた。

「いらっしゃいませ」

 オープンキッチンの方から三十代ぐらいの男性が声を出した。

 周りを見ると彼一人のようだ。

 カウンター席に向かい、その男に声を掛けた。

「お久しぶりです、立嶋さん」

 絢斗の挨拶にその男は微笑みながら振り返った。

「久しぶりだね、絢斗君、絢香ちゃん」

「お久しぶりです。これからよろしくお願いします」

 絢香は丁寧にお辞儀をする。

 立嶋時司。ここ『ディニュマ』のマスターで、絢斗たちの父・威剣絢雅の学生時代からの付き合いで親友の仲の男だ。

「まぁ、座って。今からコーヒーでも入れよう。飲めるよね?」

「はい。いただきます」

「ありがとうございます」

 絢斗は絢香をイスに座らせる。その後で絢斗もイスに腰掛けた。

「さっき絢雅から事情は聴いたよ。大変だったね」

「はい。でも、先に駆けつけていた。ここの騎士が頑張っていたみたいですし、兄さんも活躍していたみたいですから大丈夫でしたよ。ね、兄さん」

「大したことないですよ。むしろ大変なのはこれからだ。逃げた〔バイコーン〕がどう成長するのか。それが心配です」

「なるほど。その後に出た《悪魔(ディアボロス)》の方は?」

「アレは確かに強かったですが、まだ苦戦するほどではなかったですよ」

「そうか。強くなったね。でも、油断は禁物だ。君はどうも敵を舐めて掛かるところがあるからね」

「ハハハ……、気を付けます」

 絢斗は時司の忠告に苦笑いした。図星を突かれた。

「はい、どうぞ」

 時司は絢斗と絢香の前にエスプレッソをブラックのままで出した。絢斗と絢香は静かに一口飲むとそれぞれの反応を見せる。

 眉間にしわを寄せ青い顔する絢香は砂糖とミルクを加え苦みを緩和させる。

 コーヒーの温度に驚いた絢斗はブラックのままだがフーフーと冷ましながら飲む。

 その姿を見て時司は苦笑いした。

「今度からはココアとアイスコーヒーにしよう」

「「お願いします」」

 二人とも差し出されたり、親切されたりすると断れない性質なのである。

「ところで、立嶋さん」

「ん?なんだい?」

「店の中で使っていない部屋ってありますか?」

「あるよ」

「あるんだ……」

「あそこのだよ」

 時司が指さして場所を教える。

 木でできた扉で、ガラスで奥の様子が薄っすらと分かる。

「あそこは良く来るお客さんのお気に入りの場所なんだけど、お店としては使ってない部屋だから使っていいよ」

「いいんですか?それでお客が減ったりしませんよね?」

「大丈夫だよ。話せばわかってくれる子だから」

 時司の言い回しだと常連のお客は少年か少女なのだろうと分かった。

 時司が言うことなので信じることにした。

「そうですか。なら遠慮なく使わせてもらいます」

「うん。でも、あそこをどうするつもりなんだい?」

 時司の問いに申しなさ気に答えた。

「お邪魔じゃなければなんですが、店を開かせてもらってもいいですか?」

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