原初の意志—テウルギア—

鷺山多那加

第1話 降神デバイス=テウルギア

その日、非科学なモノは科学なモノに呼び起こされた。



 二十一世紀後半。

 西暦2089年6月。

 この時、世紀の大発明が完成した。

 それは魔術のような異質な力であるが魔術とは違う。

 それは超能力のような超常な力であるが超能力ではない。

 その力の名は降神術。

 文字通り、『神を降ろす』その術は、神のみ留まらず天使や精霊、悪魔すらもその身に『降ろす』ことが出来る。

 この術を、科学的に解明し、誰もがそれを行うことの出来るようにした機器が開発された。

 その機器の名は、術の名を借りてこう呼ばれる。


――――――テウルギア

 

  *


 西暦2101年5月15日(土)一〇時二七分 羽田空港

「あぁ、父さん。今着いたよ」

 少年の名は威剣絢斗(いつるぎけんと)。今年の四月に十八になった男だ。

 絢斗は羽田空港の国際線ターミナル到着ロビーで一人の少女を待ちながら、父親と連絡を取っていた。

『本当に大丈夫か?絢斗君たち二人で』

「大丈夫。立嶋さんところで世話になるんだから。迷惑は掛けないように、気を付けるから」

『それならいいが……。絢香ちゃんの事は頼んだよ』

「心配すんなって。それより、研究は進みそうか?」

 絢斗の父親は世に有名な威剣技研の所長であり、『降神術』の研究を主に行う研究チームの部長だ。その仕事柄、絢斗たちも付き合わされ海外を転々としていた。おかげで、まともに学校を通う事も出来なかった。

 だが、絢斗もその父親の姿を見たからか研究の手伝いを良くしている。

 今回の日本への来日もその手伝いによるものだ。

『それなら大丈夫だ。絢斗君の情報にも期待しているから、そっちでもしっかり調査してくれ』

「分かってるって」

 絢斗は父親の研究を手伝いたいと言う理由で、『特別研究員』の資格を持つまで成果を上げた。学のない絢斗がこの称号を得るのには多くの努力があった。今ある、『降神術』及び【テウルギア】の情報を一心不乱に学習した。絢斗はこの二つの資料に出てくる公式と計算式しか知らない。この齢にしてこの称号を得るために、余分な知識は必要ない。今の絢斗に必要なのは、生活に必要な一般常識と、『降神術』と【テウルギア】の知識のみなのだ。

 ちなみに、絢斗の父が研究しているのは『降神術』を行うためのデバイス【テウルギア】の製作。更に、現在地球上に存在している脅威に付いての研究だ。絢斗がここに訪れたのも、半分は父親の研究の手伝い。つまり、脅威の情報を集めて報告することだ。

「兄さん!お待たせしました」

 電話をする絢斗に向かってくる車椅子に座る少女。

 少女の名は威剣絢香(いつるぎあやか)。絢斗の実の妹だ。少女は今年で十六になる。

絢香もまた絢斗と共に海外を回されていた。

ある事件を切っ掛けに下半身が動かなくなってしまい、今では車椅子での生活を強いられている。

「じゃあ、絢香が来たから切るぜ」

『あぁ、元気でやるんだぞ』

「分かってるって」

 絢斗は電話を切り、妹の座る車椅子の後ろに回る。

「じゃあ、行くぞ」

 ハンドルを握り、空港の外に向けて車椅子を押した。


  *


 同日一〇時二九分 私立降神騎士学園学園長室

「え?転校生ですか?」

 少女、弓鶴紗那が学園長室に呼び出されたのは一〇時になる少し前。ここに着いたのはつい数分前の事だ。

 彼女の目の前に座る学園長、水原鈴華からの話は簡単に言ってしまうと、『月曜日に来る転校生の案内役を引き受けてほしい』というものだった。

「えぇ。引き受けてくれるかな?」

「別に構いませんけど、どうして私が」

「理由は三つあるわ。一つはアナタのクラス・一年五組に来るから。二つはアナタがそのクラスの委員長だからです。そして、三つが………。と、いう訳です」

 三つ目は思い浮かばなかったみたいだ。

「はぁ……。それは分かりました。それより、この時期に転校とは、珍しいですね」

 紗那は学園長の席に置かれた彼女の分のお茶を立ちながら飲む。

「本当はこの四月から通うはずだったのだけれど、家庭の事情らしくてこの時期まで待たせてもらったらしいの。ほら、アナタのクラスに一席空いたところがあるでしょ?それが彼女の席」

「彼女?転校生は女性ですか?」

「えぇ、そうですよ。そうだ。この後、その子と会うことになっているの。良かったら紗那さんも会って行きますか?」

 「いいこと思いついた」と言いたげに両の手を合わせて紗那に問いかける。

「では、お言葉に甘えまして―――――――――」

 刹那、学園内に甲高い警告音が鳴り響いた。

「どうしました?」

 鈴華は席の上のモニターに向かって問いかけた。

『南部エリア、KGCヒルズの敷地内にて《幻獣(クリプティド)》がアストラル体で出現!タイプ〔バイコーン〕!』

 その報告を受け鈴華はすぐさま目の前に居る少女に指令を出す。

「紗那さん。今、部隊が現場に向かっています。アナタもこれに合流して下さい。直ちに、【グリモアンデット】を討伐してください」

「了解!」

 紗那はテウルバックルを取り出しヘソ下の辺りに押し当てる。すると瞬間にベルトで巻かれ固定される。

 タッチパネル式の携帯デバイスを取り出し、腰に巻かれたテウルバックルに取り付けられているホルダーベルトにセットする。

「テウルギア、起動!」


 *


 同日一〇時三三分 アーク・ブリッジ・ロード

「ぅ~ん……!風が気持ちいい~!」

 絢香は絢斗の運転するオートバイのサイドカーで大きく伸びをした。

「確かにな。海風が冷たくて気持ちいいな」

 絢斗たちが向かっているのは海上に作られた人工都市【アマテラス】だ。

 【アマテラス】の造られた目的は、テウルギア技術の研究および、敵なる者の存在の研究を行うためである。その為、敵なる者の出現件数はどの国よりも多いが、その分テウルギア技術の発展と敵なる者の研究に置いてどこよりも先んじている。

 テウルギア開発に関しては絢斗たちの父である威剣絢雅が代表を務める『威剣技研』が他の追随を許さない状態にあるが、それはテウルギア技術を主に研究している巨大組織『KGC』グループと提携しているからでもある。

 東京都から伸びる一本の長い橋で繋がれたこの都市は世界有数の名スポットとなっている。

 この都市は独自の政治と政策を行い、本土とは別の法律で動いている。

 小さな国家と呼ぶことができるだろう。

「兄さん、あとどれくらいで着きますか?」

「あと大体あと一キロで南部エリアに着くと思うぜ」

 【アマテラス】は大きく五つのエリアに分かれている。

 本土と繋がり、あらゆる交通の入り口で商業地域となる南部エリア。南部エリアと同じく商業エリアだが、南部よりも広大で発展した東部エリア。様々な機器や食品を作り出す工業地域の西部エリア。この都市で生活する者たちが過ごす住居地域の北部エリア。そして、役所や学園、医療施設が集中する中央エリア。

 この五つだ。

 絢斗たちはその内の、【アマテラス】の玄関となる南部エリアに向かっている。

「このまま、中央に向かうのですよね?」

「あぁ、これからお世話になる学校に挨拶に行くんだからな」

「楽しみです。友達、出来るでしょうか?」

「出来るって。出来たら家に連れて来いよ。カード見てやるから」

「そうですか?では、兄さん。私に彼氏は出来るでしょうか?」

「出来たら家に連れて来い。一発殴ってやるから」

「ふふ、まったく兄さん。そんなことしたらダメですよ」

「それはこっちのセリフだ。お兄さんは許しませんからね!」

 二人で会話しながら進んでいると、あっという間に南部エリアに入った。

 そのまま少し進むと、サイドカーの荷物置きからビービーと警告音が鳴り出す。

「なんか鳴ってるぞ」

「そうですね」

 絢香は体を捻ってカバンを取り、中身から音源を取り出した。

 一方、絢斗は目の前で慌ただしく逃げ惑う人々を目に移し、その場でバイクを止めた。

「一体何があったんだ?」

 疑問に思い逃げる人たちを眺める絢斗。

 すると、隣からも慌ただしく呼びかけられた。

「兄さん!」

「ん?どうした?」

「【グリモアンデッド】です!」

「ッ!場所は!」

「ここから北西二キロほど!」

「タイプは!」

「タイプは……〔バイコーン〕です」

「《幻獣(クリプティド)》か。となると数は多いだろうな」

「それが…………」

「それが?」

「もう戦闘が始まってるみたいです」

「他のテウルギア保持者が居たってことか」

「しかも、二〇人です」

「二〇ッ!?」

 絢斗は絢香から出てきた数字に驚愕する。

「なに、テウルギアってここではそんなに持ってるものなのか!?他の国じゃ、二・三人持ってたら良い方じゃなかったか!?」

「確か、【アマテラス】ではテウルギアを生産して軍や機関に支給していると聞いてます」

「KCGの騎士団か。向こうでも有名だったな。そうなると、二〇人より多いんだろうな。そんなに契約できるものなのか?」

「分かりませんが、そう言う技術が【アマテラス】―――もといKCGにはあるのでしょう」

「とりあえず。俺は行って来る」

「それならそこの駐車場に止めてください。ここだと迷惑になります」

 現在、絢斗たちは道路のど真ん中で止まって話をしていた。幸い、後ろには車は止まっていないが、確かに迷惑千万もいいところだ。

 絢斗はすぐ傍の駐車場に入り、バイクを止めた。

「じゃあ、少し待っててくれ。速攻で封印してきてやるから」

「はい。気を付けて」

 そして、絢斗は絢香から貰った情報の場所まで駆けて行った。


  *


 この時代で降神デバイス=テウルギアが開発されて数年は良かった。あらゆる霊と交信できるテウルギアは、死に別れてしまった大切な者との会話や精霊の力を借りた占いなどで活躍していた。

 だが、ある人物がこの平穏を破壊した。

 その者の名は『ニヒル』。もちろん、偽名だ。

 この『ニヒル』と名乗る者がテウルギアを応用した喚起術を使い、世界中に点在する魔導書から封印されていた霊を解放してしまったのだ。

 その霊は実態を持つようになり、異形の者となり人々を襲い始めた。

 それらはどんな攻撃を受けても死なない。

 人々はその異形の化け物を畏怖の念を込めてこう呼ぶ。

  ――――――魔導書(グリモア)より出でし不死の生物(アンデッド)【グリモアンデッド】

 二足歩行で人間大のその化け物の存在は多くの人間に恐怖を与えた。

 そして、人々はこれに対応すべく使ったのが降神デバイス=テウルギアだ。

 これにより、その身に霊の力を使い肉体を強化し【グリモアンデッド】と戦うのだ。


  *


 同日一〇時三〇分 KGCヒルズビル・B1階ダイアモンド広場

「全員、揃ったか!」

 この場にいる兵士は十九人。

 この全員がテウルギアを持ち、それぞれ《精霊(スピリトゥス)》と契約した戦士だ。

 この戦士たちにはランクが決められており、強さに応じてD・C・B・A・Sとランク分けされる。

 この場に居るのは全てがランクBの者だ。契約している《精霊(スピリトゥス)》もそれほど強くはない。

 それでも、今から相手をする《幻獣(クリプティド)》よりは強い。

 【グリモアアンデッド】には多くの種類があるが、その強さと外見で五つの種族に分けられる。

 霊格としては弱いが、群れを成して行動する《幻獣(クリプティド)》。

 霊格は前者とほぼ同じ程度だが、多彩な能力を持つ《精霊(スピリトゥス)》。

 強力な霊格と魔力を持ち、邪悪に歪んだ能力を持ち人々の精神を乗っ取る《悪魔(ディアボロス)》。

 《悪魔(ディアボロス)》と対となり、神聖な力を持ち人々に天罰と言う災厄を与える《天使(アンゲロス)》。

 この四つに分けられる。

 そして、出現の報告があったのは《幻獣(クリプティド)》タイプ〔バイコーン〕。

 数は多いがこの場に居る兵士でも十分に相手が出来る相手だ。

「整列ッ!」

 指揮官以外の兵士が六人ずつ横三列になり整列する。

 その手にはタッチパネル式の携帯デバイスを握っている。

 これがテウルギアだ。

「SETッ!」

 それぞれベルトに付いているホルダーに固定する。

「テウルギア、起動ッ!」

 全員がそれぞれで音声認証を行いテウルギアの画面を掌で叩く。

『降神術(テウルギア) Start ON』

 これが起動動作だ。

「『ソウルカード』セット!」

 腕に固定されているカードホルダーから『ソウルカード』を取り出し左手の指で挟む。

 『ソウルカード』とは、精神エネルギー『ソウル』を固形状にしたものだ。

これにより、テウルギアに『ソウル』を蓄積させる。その状況は十のメモリによって確認することができる。一枚の『ソウルカード』に二つの『ソウル』が溜まる。

「【ファーストコンタクト】開始!」

 それを合図に、テウルギアがセットされているホルダーのカード装填口〔ソウルスリット〕にカードを差し込む。すると、ソウルカードが粒子となって消えた。

『ソウルチャージ【第一接続(ファーストコンタクト)】〔同期(シンクロ)〕』

 デバイスより機械的な声が響く。

 テウルギアの使用には四つのフェイズがあり、これはテウルギアを使うものならば避けることができない絶対のルールだ。

 第一接続【ファーストコンタクト】は、降神術における『ト・ヘン』すなわち〈一なるもの〉を表している。このフェイズでは外見的な変化はないが、契約している霊の魔力をその身に宿して肉体を強化する効果がある。

「『ソウルカード』セット!【セカンドコンタクト】開始!」

 再び、カードを取り出し、装填口に差し込む。

『ソウルチャージ【第二接続(セカンドコンタクト)】〔調和(アルモニア)〕』

 第二接続【セカンドコンタクト】は、降神術における『ヌース』すなわち〈精神〉を表している。このフェイズでは第一接続で身体に流し込まれる霊の魔力を身体に完全に馴染ませる効果がある。これにより霊の能力を使う準備が行われる。

「【サードコンタクト】開始!」

 三度、『ソウルカード』を装填口に入れる。

『ソウルチャージ【第三接続(サードコンタクト)】〔能力(アビリティ)〕』

 第三接続【サードコンタクト】は、降神術における『プシュケー』すなわち〈霊魂〉を表している。このフェイズによって霊の声を聞くことができ、その霊の持つ能力を使うことができる。だが、人間にはその能力を使うための補助が必要なのだが、これはまた後に説明をするだろう。

「『コントラクトカード』セット!」

 『コントラクトカード』。これは『ソウルカード』とは違い契約している霊その者が封じ込められている。第一~第三接続まではこのカードを発動するまでの前準備なのだ。

「【ファイナルコンタクト】開始!」

 彼らはその『コントラクトカード』をさっきまで装填していった装填口とは別のカード装填口〔チェンジスリット〕に差し込んだ。

『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕』

 その音声と共に彼らは鎧を纏った。

 これが最終接続【ファイナルコンタクト】。これは、降神術における『ピュシス』すなわち〈自然〉を表している。この最終フェイズによってテウルギアは完全に発動し、契約した霊の力を引き出すための鎧を纏うのだ。

 形状はそれぞれ違うが、どれもが共通してプレートアーマーの様に全身を頑丈な金属で武装し、頭部も兜で完全に覆っている。

 指揮官が前に出て、再び指示を出す。

「前衛、剣を!中衛、槍を!後衛、銃を!装備ッ!」

 その指示を受け、全員がテウルギアのセレクト画面に浮かぶそれぞれの武器イラストが描かれたカードを選択する。

 選んだカードが拡大表示されるとそれをスクロールする。すると、その選択したカードが円軌道を描きながら回る。そして、テウルギアと重なるタイミングでタッチする。

『【アビリティ】〔アームズ〕:ソード』

 その起動音声と共に前衛は剣を、中衛は槍を、後衛は銃を具現化する。

 それぞれ、武器を構えて待機状態に入る。

 人間大の身長に黒々とした肉体、胸の辺りに青い結晶とそれを中心に描かれた模様。馬の顔に眼は赤い。そして、特徴的な鋭く伸びた二本の角。敵―――――バイコーンがその姿を現した。

数は数十体。

「作戦開始ッ!」

 前衛の六人が勢いよく駆け出し、バイコーンと対治する。

 実力や攻撃力ではこちら側が有利に運んでいた。

 前衛の騎士は剣で斬り付けて行き、後衛の銃士が銃で牽制している。バイコーンは動けない銃士を狙おうとするが、それを中衛の槍士が近づけないように守護する。

 一人ひとりの戦闘力はバイコーンよりも高い。

 だがしかし、数の差は明らかに不利。

 前衛の騎士たちで捌き切れず、数人ほど背後から攻撃を受けるものが多くなってきている。

「くそッ!数が多い!」

 苦虫を噛み潰したように指揮官は顔を歪めた。

 他の騎士よりも多くのバイコーンを倒す指揮官でも対応が追いつかない。

 指揮官が数十体目となるバイコーンを仕留めたところに、背後から別のバイコーンが襲いかかってきた。隙だらけの背中にダイレクトの攻撃を受けた指揮官は吹き飛ばされ地面を転がる。

 それに止めを刺そうとそのバイコーンは二又鉾を持ちゆっくりと迫り寄る。

 他の騎士もそれに気が付いているが、今の自分の役目に手一杯で近づけない。

指揮官は片膝を立てて姿勢を整えるが、その背後にはもう二又鉾を構えたバイコーンが立っていた。

もうダメか、と指揮官が諦めかけた、その刹那!

「指揮官、〔シールド〕!」

「ッ!?」

 指揮官はその指示通りにアビリティを発動、背中に盾を具現化する。

 バイコーンはその声のする方に視線を向ける。

 刹那――――――


 ――――――バララララララララララララッ!?


 と、バイコーンに無数の弾丸が襲った。

 大きく姿勢を崩すバイコーンに後ろから指揮官は手に持つ剣で斬り裂き、バイコーンは倒れる。

 渾身の一撃。

 指揮官は膝を崩した。

「大丈夫ですか!」

 援軍で来た少女が崩れた指揮官に駆け寄った。

「援軍か?一人しかいないのか?」

「今こちらに向かっています。私はその先行として来ました」

「そうか。私はもう戦えそうにない。指揮に専念する。戦闘は任せても構わないか?」

「任せてください」

「キミ、名前は?」

「弓鶴紗那、降神騎士学園一年の正規騎士です」

 紗那はコントラクトカードを構えた。

「チェンジ!」

 コントラクトカードを〔チェンジスリット〕に差し込んだ。

『【最終接続(ファイナルコンタクト)】〔魔装(アルマトゥーラ)〕モード:サラマンダー』

 ボウッ!と紗那の周りに炎が立ち上る。

そして、その炎が紗那の身体に纏い付き、真紅の鎧に変わった。

鎧の表面は強靭な鱗に覆われ、ヘルムも竜の顔の形し、眼は碧に輝いている。

 サラマンダー、炎を司る大精霊。それが紗那の契約する精霊だ。

 紗那はテウルギアの画面を指でスクロールする。

 テウルギアには【アビリティカード】と呼ばれるものがデータ化されて保管されている。今戦っている騎士たちが持つ剣もその【アビリティカード】を読み取って具現化されたものだ。テウルギアで霊の力を纏う騎士たちはこのカードで能力を使えるようにしているのだ。これがサードコンタクトで説明した、能力を使うための補助アイテムである。

 そして、【アビリティカード】にも種類がある。武器や防具を具現化する〔アームズ〕、魔法を使えるようにする〔マジック〕、武器や魔法に補助能力を与える〔アシスト〕、敵の動きを妨害する〔ディスターブ〕、そしてもう一種あるのだが紗那たち精霊や幻獣の契約者には使えない能力なのだ。

 紗那は〔マジック〕の欄からセレクトし、拡大された【アビリティカード】を掌で一回タッチしてから掌でスクロール。選択したカードがカード型の結晶となって円軌道で紗那の周りを回る。そして、テウルギアと重なった点で再び掌でタッチする。

『【アビリティ】〔マジック〕:フレイム』

 紗那が手を翳すと魔法陣が描かれ、その陣の中心から炎が放たれた。

 放たれた炎はまるで意思を持っているように仲間の騎士を避けてバイコーンのみを焼き尽くした。

 全てのバイコーンはその攻撃によって爆発して消滅する。

「終わったか…………」


  *


 同日一〇時四〇分 KGCヒルズビル・1階ダイアモンドテラス

「あ~あ、逃がしたか」

 テラスから先ほどの戦闘を眺めていた絢斗はそう呟いた。

 絢斗は内心でため息を付いた。

 戦いは悪くなかった。だが、あんな戦い方をするのならバイコーンは逃がすべきじゃなかった。

 心の中で呟くと絢斗はテウルギアを取り出し絢香に電話をかけた。

 2コールほどで絢香が通話に出た。

「もしもし、今終わったぜ」

『そうなの。で、どうだった?』

「俺が出るまでもなかったな。まぁ、結局逃がしたんだけどな」

『そこで戦っていた人たちは強かったの?』

「《精霊(スピリトゥス)》の契約者にしてはよくやったと思うぜ」

 《精霊(スピリトゥス)》は霊格で言えば四番目。それほど強い霊ではない。

「〔サラマンダー〕の契約者が中でも一番強いかな」

『そうなんだ』

「でも……」

『でも?』

「アイツは素人だな。《幻獣(クリプティド)》を相手にマジックの【アビリティカード】を使うなんてな」

 絢斗はテラスから〔サラマンダー〕の契約者を見下ろした。

 【グリモアンデッド】にはその種に応じた戦い方が存在するのだが、〔サラマンダー〕の契約者はその戦い方を無視していたのだ。それは、知識不足と戦闘経験不足を意味している。そのことが後の戦闘に深く関わって来る。それも致命的に。

『ッ!?兄さんッ!?』

 突然、電話の奥に居る絢香の声色が変わった。

「どうした?」

 対応する絢斗の声も緊迫する。

『もう一体います!それにこの反応……《悪魔(ディアボロス)》です!』

「何ッ!?」

 絢斗は手摺から身を乗り出して広場を見渡す。すると、建物の影からザッ…ザッ…とゆっくりと騎士たちに近づく者が一体。

「アイツか!」

 絢斗は通話を切り、テウルギアを構えた。

 袖を捲り手首に巻かれたテウルバンドにテウルギアを取り付けた。

「テウルギア、起動!」

 声紋認証と共に絢斗はテウルギアの画面を掌で叩く。

『降神術(テウルギア) Start ON』

「早まるなよ」

 絢斗は『ソウルカード』を構えながら呟く。

「《精霊(スピリトゥス)》でじゃ《悪魔(ディアボロス)》には勝てないんだから」

 『ソウルカード』をソウルスリットに差し込んだ。

『ソウルチャージ【第一接続(ファーストコンタクト)】〔同期(シンクロ)〕』


  *


 同日一〇時四五分 KGCヒルズビル・B1階ダイアモンド広場

「ぐ……うぅぅ……」

 紗那は地面に倒れ伏していた。

 三分前に突如現れた謎の【グリモアンデッド】と味方の撤退の為に殿を請け負った紗那だが、その結果は一方的に遣られただけだった。

「何なの……強すぎる……」

 紗那が放った攻撃は全て弾かれた。それもまともに防御もせずに。

 剣を具現化し近接戦闘を行ったが敵の力に押され攻撃を受ける。

 そして、相手の魔法攻撃を受け今に至る。

「グルゥゥゥゥゥゥゥ………」

 【グリモアンデッド】の外見は豹の姿に燃えるような赤い瞳をしている。爪は鋭く、牙も鋭利に輝いている。

「く、クソ……」

 紗那は膝を手で押さえながら立ち上がり、【アビリティカード】をセレクトする。

 しかし、それを黙って見ているわけはなく、【グリモアンデッド】は高速で紗那の懐に迫り、爪を立てて装甲を引っ掻く。火の粉を散らし紗那は吹き飛ばされる。

「キャッ!」

 地面に叩き付けられる紗那。【グリモアンデッド】は倒れる紗那に近寄り首を握り持ち上げた。

「グ……カハッ……!」

 首が絞まり苦しくなり、紗那はもがく。

 その最後の足掻きを意にも返さず、【グリモアンデッド】は止めを刺そうと爪を立てた。

「ク……ソ……」

 紗那は死を覚悟した。

 刹那――――

「ちょっと待ちな!」

 その声に【グリモアンデッド】も紗那も動きを止めた。

 どこからだ。と、紗那は冷静に辺りを見渡す。

 すると、階段から下って来る一人の影を確認した。

 右手首にテウルギアが装着されていることから騎士であることは分かる。だが、その者の纏う鎧は何の特徴もなかった。紗那の様に竜の形をしているわけでもない。ただのプレートアーマーに見える。

 全身を鎧で纏った者は【グリモアンデッド】との間合いが5mとなったところで足を止めた。

「ソイツを放してもらおうか」

 その者は手首に付いているテウルギアの【アビリティカード】のセレクト画面から一つのカードを選びスクロール&タッチ。

『【アビリティ】〔アームズ〕:ガン』

 銃を具現化し【グリモアンデッド】に狙いを定め引き金を引いた。

 ダダダダダダダンッ!

「グワッ!」

「キャッ!」

 【グリモアンデッド】は男の攻撃を受けて紗那を放した。

 紗那はその勢いで地面に腰を打つ。

「大丈夫か?」

「アナタは……?」

「俺は、謎の騎士、フリーナイト〈フォート〉だ」

 鎧を纏う男は倒れる【グリモアンデッド】に顔を向けた。

「気を付けて。あの【グリモアンデッド】はかなり強いです」

「あぁ、知ってる。《精霊(スピリトゥス)》じゃアレは倒せない。良くここまで持ったなと感心するぜ」

「どういう意味ですか?」

「アレは《悪魔(ディアボロス)》だ。タイプは〔フラウロス〕」

「《悪魔(ディアボロス)》ッ!?アレが……」

 紗那は男の答えを聞き驚愕した。この世に【グリモアンデッド】が解き放たれてから、

《悪魔(ディアボロス)》、《天使(アンゲロス)》の二種はまだ数体しか確認されていない。

 その生態と行動原理など、未だ多くの謎が残っている種であるのだ。

「そう言う事だ。お前じゃアイツを倒せない。俺に任せておけ」

「だから、アナタは何者なの?」

「フォートだ、って言ったよな」

「そうじゃない、アナタ!テウルギアをどうやって入手したの!」

「は?元から持ってたやつだけど」

「ここでは許可がない限りテウルギアの使用は禁じられているのよ!」

「あ~……引っ越してきたばかりだから、今度から気を付ける。よ~し!」

 鎧の男――フォートは右手で左手薬指を抓むと指を反らして音を鳴らしてから、フラウロスを指さした。

「さて、お前の時間は終わりだ」

「グラアアアアアアアアアッ!」

 フラウロスは大きく雄叫びを上げると、フォートに向かって襲い掛かった。

 フォートはフラウロスの直線的な攻撃を避けず、逆にその勢いを利用し殴り飛ばした。

「単純な奴だな。速いけど動きが読めてたらどうってことはない」

 フォートは【アビリティカード】をセレクト→スクロール→タッチした。

『【アビリティ】〔アームズ〕:ブレイド』

 右掌を開くとそこにカタナを具現化した。

 フォートが剣を具現化するのを見るとフラウロスは高速で戦線離脱を測ろうとした。

「逃げんなよ」

 フォートはアビリティセレクトのページを変えセレクトする。

『【アビリティ】〔アシスト〕:アクセラレーション』

 フォートは一気にフラウロスに迫り胴を斬、斬、斬、と斬り飛ばした。

 激しい攻撃を受け飛ばされたフラウロスは地面に叩き付けられる。

 フォートはその隙を逃さない。

 カタナを消すとすぐさま『ソウルカード』を作りソウルスリットに差し込んだ。

『ソウルチャージ』

 テウルギアの画面に映るソウルのメモリが十個フルに溜まる。

「決めるぜ」

テウルギアのアビリティセレクトをする。

『【アビリティ】〔アームズ〕:ソード』

 スクロール

『〔マジック〕:フレイム サイクロン ライト』

 スクロール

『〔アシスト〕:スラッシュ パワー アクセラレーション エクスプロージョン』

 スクロール

『〔ディスターブ〕:チェイン メニー・グラヴィティ』

 タッチ&スクロール。

 十枚の【アビリティカード】が円軌道を描きフォートの手首を回る。

 左手をテウルギアの画面に翳すと、そこに十枚の【アビリティカード】が重なる。

そして――――――タッチ。

『【ソウルクラッシュ】〔デクテット〕:モルティーガ』 

 フォートはバスタード・ソードを具現化し構えた。

 一方、フラウロスは立ち上がると地面から伸びた鎖に拘束され、更に上から押しつぶされるように重力が加わる。まともに身動きが取れなくなってしまった。

「剣聖の剣閃(セイバースラッシュ)」

 一気に距離を詰め、炎・風・光を纏わせたバスタード・ソードで一閃、そして返しでもう一閃。

 斬り裂くと同時にフラウロスの腹部に魔法陣が浮かび上がり、それを中心に爆発した。

 フォートは剣を消した。

 仰向けに倒れるフラウロス。

 フォートは左腰に付いているカードケースからカードを一枚取り出しフラウロスに投げつける。カードがフラウロスに突き刺さると同時にテウルギアの画面を掌でタッチした。

『【シール】〔グリモワール〕』

 音声と共にフラウロスの身体が中心で縦に割れる。

 そこから人魂のように光る球体が現れ、どこかに向けて飛び去って行った。

 すると、今までフラウロスとしての形を成していた肉体が灰となり消滅した。

「一体……何が起こったの?」

 呆然と眺めていた紗那が小さくつぶやいた。

「速攻で終わったなぁ。お前もよくあそこまで持ち堪えさせたな。お前が耐えてなかったら全滅だったぜ」

 フォートは腰を付いている紗那に近寄ると、手を掴み立ち上がらせた。

「本当に、アナタは……?」

「おっと、その質問は三度目だぜ。言っただろ?謎の騎士フリーナイト〈フォート〉だ、って」

「そのテウルギアは、一体どこで?」

「あぁ、そうか。【アマテラス】ではテウルギアを使うのに許可が居るんだったな。でも、見逃してくれるか?」

「そう言われても……私にはその権限はありませんから」

「そうか。……あっ!そうそう…………」

 何かを思い出したみたいにフォートは腰のカードケースからカードを二枚取り出し、

「ほらよ」

 紗那に投げ渡した。

「あの、これは?」

「お前、こうやって前線に出て戦ってるってことは【アマテラス】の正規騎士なんだよな?」

「えっと……はい、そうですけど」

「経歴は?何年目?」

「え?まだ、一ヶ月ですが……?」

「やっぱり素人か」

「な……ッ!?」

「学生?」

「………、はい、そうですが」

「知ってると思うけど一応言っておく。【グリモアンデッド】は死なない。アンデッドって言うぐらいだからな」

「……ッ!でも、私はさっきバイコーンを……!」

「お前が倒したのは分身の方だ。核は逃げられてた」

 フォートの答えに紗那は声が出なかった。

「それから、《幻獣(クリプティド)》に〔マジック〕は普通使わないだろ?学校では習わないのか?」

「……ッ!?わ、私は一年です!まだ、そこまで習っていなかっただけです!」

「【アマテラス】はそこまで人員不足なのか?経験のない奴を正規騎士にするなんて」

「アナタは、とても失礼なんですね!」

「失礼って言うか、事実をそのまま言っただけだがな」

「それに、このカードは何なんですか?さっき、アナタはこれを使って【グリモアンデッド】を倒しましたが……」

「倒したんじゃなくて、封印しただけだよ。そのカードは―――――――――」

 それを説明しようとフォートが紗那に体を向けると途中で言葉を止めた。

「どうしたのですか?」

「どうやら、お前にお迎えが来たみたいだな」

「え?」

「〔サラマンダー〕!大丈夫か!」

 紗那を呼ぶのは同じく《精霊(スピリトゥス)》の鎧を纏った六名の援軍だった。

「そこの鎧の男ッ!所属と名を名乗れ!さもなくば、攻撃する!」

 援軍に駆けつけた六人すべてが〔マジック〕の【アビリティカード】をセレクトしスクロールした。

「名を名乗る気はないし、それにどこにも所属してない」

「なにッ!」

「じゃあな、〔サラマンダー〕。次合う時はせめて封印の仕方ぐらいは学んでおけよ」

「……ッ!封印の仕方ぐらい知ってます!」

 フォートは〔アシスト〕の画面からカードをセレクトした。

『【アビリティ】〔アシスト〕:ジャンプ』

「待って!最後に一つ聞かせて!」

「何だ?」

「アナタは、味方なの?」

「俺はお前たちの味方でも敵でもない。ただ【グリモアンデット】を倒す、って目的だけは一緒だと思うぜ」

 フォートは軽く跳ぶとダイヤモンドテラスに着地した。

「では諸君!また【グリモアンデッド】が出たときに会おう」

 丁寧な口調で別れを告げると、フォートは去って行った。

「謎の騎士、フォート……」

 紗那はその名を噛み締めるように呟いた。


  *


 同日一〇時五五分 KGCヒルズビル社員用駐車場

「またせたな、絢香」

「いえ、全然。お疲れ様でした、兄さん。それで?」

「あぁ、倒した。しっかりグリモアに帰したぜ」

 絢斗はテウルギアを解除してすぐ絢香の待つ駐車場に来た。

「それより、こんなことになっちまったけど、時間は大丈夫なのか?」

「はい。約束の時間は十一時半ですから、まだまだ余裕です」

「あと三十分だろ?余裕かどうかは怪しいが、まぁ間に合うだろ」

 絢斗はバイクにまたがりヘルメットを装着した。

 セルボタンを押し、エンジンを掛ける。

「それじゃあ、行きますか」

 絢斗はアクセルを回して発進した。

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