21 過去
検察庁を出た葵と神門は、最初の事件について再び聴き込み捜査に戻っていた。葵にはどうしても、小山貴美江が犯人だとは到底思えないからだった。そこで、神門にバディを頼んで貴美江の周辺の交友関係を当たろうと動いていたのだ。
「そうだな、僕も彼女が人を殺すような人間には見えないよ。鈴村は兎も角だけどね」
「課長、その発言は問題ありだと思いますよ。人は見かけによらないっていいますし」
「君が『小山貴美江は人殺しに見えない』って言ったんじゃないか」
「あれ、そうでしたっけ」
「はい、そうです」
「飽くまでも勘なんですけど、何か裏があるんじゃないかって思うんですよ、この事件」
「そうなのかい?」
「はい。ただそれはまだ小山が学生だった頃まで遡るような気がするんですよ」
「つまり、過去に何かがあって、今回の殺人事件に繋がっていると?」
「その何かが分からないんですよね。だから過去を知る人物に会わなきゃいけない気がするんですけど、何せ九州の南の方だからなあ……」
困り顔をしながら、葵は神門のある言葉を待っていた。それに気づいていた神門は、折れたのか
「行きたいんだろ、M市に」
と振った。
「はい!いいんですか?」
葵は目を輝かせて神門を見つめた。30秒ほど考えた後、神門は
「……いいよ。許可する、M市への出張捜査」
と答えた。
「有難うございます!」
葵の声は弾んでいた。
「但しバディが必要だよ。伊藤君に頼んでいいかい?」
神門は本当は自分が行きたかったのだが、課長という立場上無理だということを把握していた。
「はい、聖子でいいです!有難うございます!!」
葵は声を弾ませながら、神門に礼を言った。元々福岡の出身で、仕事柄あまり帰省できないためか、葵は他の同郷の人より帰省福岡愛が強かった。
「ついでに実家に寄っても……」
葵はそう神門に尋ねたが、
「仕事だよ、菱峰君」
と軽くあしらわれてしまった。しかしすかさず神門は
「だが出張先での動きについては、全て報告の義務があるという訳ではないよね」
とも付け加えた。葵の顔がぱあっと明るくなった。そして、自分の胸の中であることを考えていた。
(次の帰省はあの人と一緒にできればいいな)
再び捜査に戻っていった。
県警本部に戻り、葵は聖子に出張の件について話して聞かせた。聖子は飛び跳ねながら、葵の両手を握り快諾した。それまでに、横浜市内の条件に合致する住民の絞り込みを、2人で行うことになった。サロン・デュ・コヤマへの潜入捜査はお預けになったのは言うまでもない。
一方の、鈴村の取調べは苦戦を強いられており、こちらも長期戦の様相を呈してきた。鈴村にはやり手の弁護士が付いている。拘留延長の申請はしているものの、鈴村は聖子に対してもだんまりを決め込んでいる。
そこで再び葵が取調べに立ち会うことになった。葵が聴くのはただ一つ。鈴村の同級生の数だった。
「あらあなたこの前の!」
「こんにちは。鈴村さんって、中学の同級生って何人います?」
「えっ?51人よ、私も入れて」
「有難うございます。今回は何があったんですか?」
「何でもないわよ。あの男がナイフ持って急に襲ってきて、揉み合いになってるうちにあの男のお腹にナイフが刺さっちゃったのよ」
「鈴村さん、凶器からは被害者の男性の指紋が出なかったんですよ」
「えっ……。そんな筈は……」
「その代わりに、あなた以外の指紋が出てます」
「な、知らないわよ、そんな」
鈴村はそれ以降黙秘してしまった。ただ、本来聴き出したかったことは聴けた。それを基に、住民の絞り込みを効率よくできそうだ。
葵と聖子は作業を続けた。
(仮)菱峰葵の事件日誌 桜川光 @gino10
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