納豆問題
納豆問題。この問題を説明するには、その背景を述べておく必要がある。
Aは精神障害者で障害年金でつつましく生活している。しかし、お金が無くなるとパニックになり、友達に電話をしてお金を調達する。ここ1年ちょっと、そんなことを繰り返している。Aは昔はリッチだった。会社員時代には年収1000万円を超えていた。持ち家もあり、妻子もいた。バブルも経験している。今、55歳。この5年のすさまじい転落はそれだけで物語になる。
今はワンルームマンションの一人住まいだ。両親は離婚。父親は再婚している。母親は仇敵であり絶縁状態。とにかくAは日常生活が苦手で、部屋は散らかりほうだい。自炊の道具はあるが、もう1年以上ご飯を炊いていない。病状はすぐれず、半年前から週3回、訪問看護師が来ている。ヘルパーさんは週1回。本当は週3回の枠があるのだが、人手不足で埋まらないのだ。
週1回の診察。テーマは、1日2000円以内で生活することだ。医者は、それが出来れば人生が拓けるという。おおよそ、精神科医療ならではの話だ。
「モーニングをやめて、朝は納豆にしたらどうですか」
医師のその言葉に、Aは呆気にとられた。意味が分からない。出来る筈がない。やりたくない。いろいろな思いが交錯し、言葉にならない。
「納豆がダメなら、ソーセージでもいい」
Aは動揺した。これが治療なのか。そこまで生活に介入するのか。主治医を変えた方が良くないか。
それから数日、Aは納豆の話を誰彼かまわず話まくった。最後の女性は言った。決めるのは貴方だと。
Aは日常生活を大改造する決意をした。まずは片付ける。食習慣、消費習慣を変える。言うは易く、行うは難しだ。1ケ月後のAを見てみたい。部屋の景色は変わっているだろうか。顔は変わっているだろうか。
A君。納豆問題に悩んだA君。まずは納豆を食べなさい。
ちょっとシュールなショートショート 白井京月 @kyougetsu
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