第41話 ボランティア専用の鉄道システム

 鉄道マニアが鉄道マニアを鉄道現場で仕切る・・・・・・? 一見わかる様なわからない様な混乱した話だが、そもそも鉄道現場に鉄道マニアが業務として入り込む事はあり得ない。しかし、そんな混乱しそうな状況が、実際に三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道では起きている。そして、何よりも混乱しているのは取材者である私自身なのだ。


 山中さんが弁当を食べ終わるタイミングを見測みはからった様に、テントの入り口付近より「セミナーの人を入れてもいいですか?」との声が早くも掛かる。楽屋の無い仮設テントはスタッフも大変である。幸いなのはこれがまだ冬の季節であり、日差しが強い季節などはとてもこの中には居続けられない。


 間もなく、一人ふたりと参加者らしき人達がパラパラと中に入って来る。私も、邪魔じゃまにならない一番隅っこに席を確保する。見ると、入り口にある資料を各自が一部ずつ取っている様だ。私も再び立ち上がりそれを取りに行く。入り口越しにがんばっている三陸夢絆観光鉄道のSL列車が見えたが、見慣れないキレイな客車をいていた。


 実はこの客車の所有者は、SPC(特別目的会社)でも三陸夢絆観光鉄道でも陸泉町でも無い。純粋な民間サービス会社所有のレストラン客車なのであった。豪華ごうかレストラン客車を自ら作り、調理師や給仕ごと鉄道会社に貸し出す新しいサービスを始めたのだと言う。もちろん、車両は専門メーカーで製造し認可も取られており、運行も観光鉄道よって行われるのだが、レストラン業務はサービス会社で一括して行なわれる。この方式なら観光鉄道側への人的・金銭的負担も無く、オフシーズンには今後開業する他のSL観光鉄道や今回の様なイベントにも持っていく事ができると言う。来航祭はそのお披露目ひろめの場となっていたのだ。


 来航祭ホームページのレストラン列車の説明では、有名中華料理店が日替わりで競作するとあり、それぞれがけっこうな金額をしている。それでも連日満員御礼なのだ。以前に台湾ツアーの添乗員が見せてくれた「ドームスタジアムの周りを走るSL列車」も、こんな感じで盛況になるのだろうか。もっとも、こちらはSL運転も料理も期間限定である故に、希少きしょう価値があるのかもしれないが。


 それから、今回のセミナーを手伝っているスタッフも、やはり教育センターの会員だという。どうやらSL列車の担当と交互に行っているらしく、一人などは安全服を着たままである。それを本日の参加者らがうらやましそうに指摘し、本人もまんざらでもない。テント内では先ほどまでいた実習の高校生たちに代わり、席がどんどんと参加者で埋まって行く。比較的若い男性鉄道マニアの受講を想像していたが、平日だからか圧倒的にシニア層が多い。場所柄かもしれないが、何と女性もちらほらいる。


 楽屋の無い仮設テント内では、裏方作業が丸見えである。どうやら山中さんはあまりデジタル機器が得意では無らしく、恐らくイベント屋と思われる業者と設定に四苦八苦している。


「スクリーンが小さ過ぎて後ろからだと見えなかったんですよ。それで大型スクリーンで再設定中ってやつですね。業者が昼休みが終わってから来たもんだから、直前なのにアタフタしてます」


 ボランティアスタッフの一人が、顔見知りらしいセミナー参加者にそう説明するが、彼自身が手伝う素振りは無い。こういった場合に私は山中さんを手伝うべき立場なのか、そうではないのか、必死にセッティングに取り組む融通の利かないマジメ男と、手伝う勇気も無いのにドキドキしている小心男・・・・・・。


 しかし、そのセミナーは唐突に始まり出した。普通、こういったイベントセミナーには、進行役となるMCというか司会者などがいるものだが、いきなり山中さん本人により説明が始まる。もしかしたら、本当に教育センターの関係者で来ているのは彼だけなのかもしれない。山中さんがそこまで信頼されているのか、考えようによっては極限まで合理化が進んだ運営というのか、何やら地方ローカル線の運営と変わらない様に見えてくるのだが・・・・・・。


 さて、このイベントセミナーのタイトルは「鉄道従業員教育へのご理解について」と銘打たれている。まさに社団名称「日本鉄道従業員教育センター」そのものと言えるベタなタイトルである。このセミナータイトルだけ見れば、学生の就職セミナー位にしか思えないが、見る前から早くも期待できなさそうな雰囲気だ。いったいこれで今日の取材目的は大丈夫なのだろうか・・・・・・。


 ふと、そんな心配が湧き出て来るほどに、山中さんの話もインパクトが無い。そのうちに「では、ここからご覧ください」と言うと、テント内の電気が消され、スクリーンではビデオ映像が始まった。そこには若田部理事を始め、現役の国土交通省大臣、あるいは大手私鉄の社長たちと登場人物だけは豪勢である。そして、いかに鉄道が多くの人に支えられているかが画面で語られる。シーンが鉄道現場となっても、語られるべき中身は変わらない。ハッキリ言って眠たいビデオだ。どう理解しようとも、これはごく普通の鉄道現場業務の紹介映像でしかない・・・・・・。


 そして、ビデオ映像が恐らくは後段に入ってから、やっと教育センターの意義について、プロのナレーターにより語られる。そこでは、地方ローカル線の厳しい将来見込みと、人件費さえ満足に払えない赤字の現状、そして、そんな惨状さんじょうであっても地域交通機関として維持していく事の必要性が語られる。最後に、教育センターは、鉄道を輸送機能だけではなく文化として支えて行く理念に賛同した会員が集まり、そのための人材教育を行い、あるいは経営状況が厳しい鉄道を「人的に支援」するとの説明だけで、特に【GSRシステム】に触れることもなく淡々として終わってしまう・・・・・・。


 先ほどの作業は、ビデオ映像が細長い仮設テント後方の席からは見えないので、どうやらスクリーンを大型に変えていたらしい。それでも、スクリーンの小さな文字は見えなかった。これなら午前中など、私の席からではほとんど何も見えなかったのではなかろうか・・・・・・。もっとも、こんな内容なら文字など見えなくとも良い。私がそんな軽い苛立いらだちを覚えていると、「もう一本、皆さんが期待する方がありますから」と山中さんがアナウンスする。何故だか期せずして拍手が起きる。どうやら、もう一本という方が本命らしいが、なぜ参加者は知っているのか・・・・・・?


 ところが、次のビデオ映像こそ、私が取材目的としていた【GSRシステム】(Gantlet Steam Railroad System)の紹介であったのだ。教育センターが、社団のを鉄道現場に派遣する際の仕組みとフォロー体制について、そのフローをこれから説明するとテロップが流れる。そして、そこで使われている映像は、まごうことなく三陸夢絆観光鉄道であり、このシステムがSL観光鉄道だけを対象としたものである事をすぐに理解する。


 たった今まで、ゆっくり船をいでいたシニア参加者たちも、ここから真剣にビデオ映像を見入り始めた。とは言え、それなりに隣近所と雑談をするところが、ジュニアもシニアも変わらない。もちろん、ここにジュニアはいないが、テントの外からSLの汽笛が聞こえる度に反応するのは、むしろ子供以上にも見える。しかし、時にそれは港に出入りする船の汽笛であったりするのだが。


 肝心のビデオの内容である。大きく分けると「鉄道係員教育」「安全運行システム」「スケジュール管理」「コニュニケーション」の四つが教育センターの機能として説明があった。実況中継風に順に解説をしても良いのだが、私がやると下手なプロレス中継風にもなりかねないので、手元にある資料を基にして説明して行きたい。って言うか、さっき入り口で配布してた資料に全部書いてあるじゃないか! 初めて参加したはずの人達がどうしてセミナーの中身を知っていたか、前半のビデオはつまらなく後半が期待の内容なのか、読めば誰もが知ってて当たり前だったのだ・・・・・・。

 

 とまあ、乗りの悪い前振りはここまでにして、ここからは通称で【GSRシステム】と呼ばれる、教育センターの提供サービスについてマジメに説明したい。最初に、このシステムは、あくまでも「鉄道係員」に向けたものであり「鉄道マニア」に向けたものではない。教育センターの主目的は「鉄道会社に向けたサービス」なのだ。ただし、それはだけの話となるのだが、ビデオではこの辺、微妙に表向きの話だけがメインで進められていく。


 その表面上での教育センターの表看板こそが「鉄道人材教育」なのである。これは、に共通して提供できる教育サービスとなる。一方で「鉄道人材教育」以外の提供サービスについては【GSRシステム】を通じて行われるが、こちらはに対しての限定的サービスとなる。つまり、教育システムは全ての鉄道会社が均等にサービスの対象となるが、それ以外の提供サービスである【GSRシステム】は、特定の相手(鉄道会社)だけしか対象にしていないサービスなのだ。


 ここに言うとは、ずばり三陸夢絆観光鉄道の様なSL観光鉄道を指している。そのままこれを「特定目的鉄道」すなわち「観光専用鉄道」と読み替えても正しい。一般の鉄道会社には人材教育サービスだけしか行わないが、SL観光鉄道には、大別して「安全運行システム」「スケジュール管理」「コミュニケーション」サービスが教育センターから提供されるという特徴があるのだ。この三つのサービスを提供する機能こそが、通称【GSRシステム】と呼ばれているのである。


 教育センターの個人会員となることで、座学としての鉄道教育については、各自の努力で相応レベルを目指す事が可能となる。だが、そこまでは個人プレーの世界でしかない。ところが、現実の鉄道現場に関わるとなれば、その先はチームプレーの世界となる。全ての業務はSL観光鉄道会社の管理監督の下に行われ、あるいは現場を担当しているの指導も受けなければならない。


 しかし、当日に初めて会った様な教育センターのメンバーが、いきなり共同で鉄道業務などできるわけがない。それを現場で指導せよという事も無理があり過ぎる。簡単な補助作業とはもはや訳が違うのだ。そのため、普段は別々のメンバーをフォローする仕組みが必要とされ、同時に鉄道現場においても活用されるのが【GSRシステム】なのであった。


 その主要機能の一つが、まず「安全運行システム」である。この仕組みの一端は以前に三陸夢絆観光鉄道の中船なかふね駅で見ている。BRTバス専用道の併用軌道区間への侵入者情報の緊急アラート。現場映像がすぐに届いた時がまさにそうであった。そして【GSRシステム】とは、こういった監視体制も含む、基本的には「の安全保安システム」の補完装置の役割を果たすのだ。なぜ三陸夢絆観光鉄道ではなくて、陸泉鉄道なのか?


 三陸夢絆観光鉄道は陸泉鉄道と同じ線路敷地に、ガントレットレイル(単複線)方式で乗り込む形をとっている。両鉄道は、使用するレールこそ異なるが、そこで使われる信号やATS(列車自動停止装置)などの安全保安装置はなのである。四本レール区間に関しては、事実上単線と同じなので全線でそうなるのだ。


 ただし、すでにBRTバス専用道として舗装ほそう化された区間と、巨大防潮堤上などのSL観光鉄道の独立走行区間は別である。陸泉鉄道が休止中のため、私自身も理解に混乱する面があったが、安全装置の基本はSL観光鉄道独自の保安装置ではなく、あくまでも陸泉鉄道の保安装置の共同利用に他ならない。その上で、SL観光鉄道独自の安全対策が施されることになるのが【GSRシステム】の役割なのだ。


 私が三陸夢絆観光鉄道に乗車して、車中から見た大勢の教育センターメンバーたち。彼らが最も沿線に多くいたのは、主にBRT専用バスの併用軌道区間である。見た目も舗装路であるから間違って人が入り込む可能性が高いからだが、重点的にこの区間が警備されていたのは、BRT区間にはもはや陸泉鉄道のATS(自動列車停止装置)が無く、GPSを利用した列車・バスの位置情報システムしか無いからであった。


 もっとも、このGPS利用の安全運行管理システムについても、BRTバスと同じ仕組みだと言う。違いは、踏切に関する車両感知のタイミングと方法だけとなる。バス専用道と言っても、平日には多数走行するBRTバスの方は、踏切にある信号指示に従い必ずしも一般道路に優先しない。まさに通常の道路走行とほとんど変わらないのだ。一方、SL観光列車は、踏切の通過は一般道より優先させる。こちらは普通の鉄道と変わらないというより、元々れっきとしたなのである。ここは法律上の問題が微妙に絡む話らしいが、BRT専用バスが「道路交通法」に従うのに対し、SL観光鉄道は「鉄道事業法」に基づく。まだ、陸泉鉄道は廃止されていなく、併用区間は陸泉鉄道の線路敷地という判断なのだと言う。


 私は、三陸夢絆観光鉄道で採用している「安全運行システム」とは、SL観光鉄道であると錯覚さっかくしていた。実際は、陸泉鉄道の安全保安装置の共用と、BRT専用バスの安全運行システムの併用という、既にあるものを利用したに過ぎなかったのである。巨大防潮堤区間については新設工事が行われ、そこは三陸夢絆観光鉄道として独自の運行区間となるが、同区間では列車交換は行われないし、バスも一般車も入って来ない。SL観光列車としての専用区間は、この他には陸泉鉄道の敷地から分かれて中船駅に向かうわずかの区間しかない。


 SL列車の安全運行には、陸泉鉄道とBRT専用バスの両方の安全保安装置が使われており、【GSRシステム】とは、それらをする役割を果たす。システムの目的は、SL観光鉄道の安全運行を確保しながら、ボランティアスタッフが鉄道現場で働けるためへの仕組みなのであった。さらに「遠隔監視ネットワーク」を使う事で、より多くの目線により鉄道現場の安全を確保している。ここに遠隔と称されている様に、ネットを使い教育センターメンバーによって、まさにからSL観光鉄道は監視されているのだ! 


 なお、この遠隔監視システムには、駅や踏切等に設置された固定カメラと、鉄道現場に出ているボランティアメンバーのモバイルカメラの両方が含まれる。特に鉄道現場における緊急事態には、メンバーのモバイルカメラの方が素早く本部で状況の把握ができるので、緊急停止から運転再開までが素早い。また、以前に中船駅で私が見た様に、全線に対してアラートを発する事ができるので、それにより該当区間の全列車のみならず、併用区間ではBRTバスにも同様の緊急速報を入れられる。場合によりBRTバスの方は、専用道から一般道に出てしまう事さえあると言う。


 また【GSRシステム】としては、この様な遠隔カメラ機能だけでは無く、各自の端末にはその日の運行スケジュールや現在運行状況の他、シフトを含むメンバー表や当日の指示などの必要情報も表示される。沿線に必ず複数名以上のボランティアメンバーがいるのは、万が一の場合、カメラで撮影する担当、本部等からの指示を確認する責任者、現場の安全を確認する担当の通常三人がセットになるためである。通常は見習い新人ボランティアメンバーがこれに加わるので、私が沿線で見た様に、やたらと大勢がいる様に感じても不思議ではないのだ。特に、高齢者ボランティアは、大勢が集まりやすい傾向にあるから、なおさらである。


 そして、固定カメラの画像に関しては、三陸夢絆観光鉄道への派遣名簿にあるメンバーなら、何時でもどこからでもパソコン等を通じて見ることができる。中には、勝手に深夜早朝の監視をしてくれるメンバーもいて、夜間の部品盗難現場や落書き現場を発見した事もあった。【GSRシステム】は、ボランティアメンバーだからこそ、鉄道業務に必要不可欠な機能なのである。

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