第40話 来航祭にやって来た三陸SL

 編集長との関係がどうにも気まずく、今回は東北に行く取材経費が出ないが、困った時のケンジ君がいる! 彼はこんな時、真っ先に助けてくれる人なのだ。何やら人を利用している様な罪悪感が無いわけでもないが、三陸夢絆さんりくゆめきずな観光鉄道の発車時刻にぶつからない事を確認して、とにかくケンジ君に電話を入れてみる。


 ところが、携帯に電話したつもりが、掛かった先は三陸夢絆観光鉄道の本社であった。まあ、同じケンジ君の名前で両方の電話番号を登録しているから、そういうミスが時に起こる・・・・・・そして、今、私がそのミスが起こった事にすぐに気が付かされた。電話口に出たのは、あのだったのだ! 彼女は陸泉りくせん町の広報担当なのだから、普通の感覚ならで出てくるはずだろうに・・・・・・何と普段の地声で電話に出た。恐らくこれが戸倉さんにとっての広報感覚・・・・・・。


「あ、そんな事! だったらおしゃべり弁護士に見せてもらえばいいじゃないのさ」


――だから、さっき説明したように、工藤先生は無理みたいなんだけど・・・・・・。


「アンタさ、記者なんだからもっと強気で押せばいいのに。まあ、あの弁護士もタレントだから、鉄道オタクの自分が直接関わったシステムだなんて知られたら、それこそ公私混同だって炎上するわよね!」


 まさか、編集長の依頼をはぐらかすのは、そんな程度の個人的な理由なのか・・・・・・! どうも【GSRシステム】の裏にあるだろう複雑な背景ばかりを想像していたが、真相は単なる個人的事情であった? つまり、工藤弁護士が自らによる【GSRシステム】の説明に乗り気でないのは、鉄道マニアである工藤弁護士が、自分の立場を利用してうまく作ったと批判されることへの自己防衛! まさしくタレントならではの苦悩だろうが、それで自分の名前では解説したがらなかったのかいっ! おかげで、こちらはへの生活設計が成り立たなくなっているというのに・・・・・・。


「でもさ、アンタも何で自分のパソコンで見ないのよ? えっ、やり方がわからない? そんなのケンジにお願いすればすぐに見れるわよ。取材なのに今まで手配もしてなかったの! 全く毎回アンタにはあきれるわねぇ・・・・・・」


 そんな簡単な話? 確かに、以前に教育センターのホームページを確認した時、パスワードを求められる入り口があったが、それは社団会員にならない限りダメだと思ってたが。


――パスワードって、社団会員にならないと発行されないんだよね・・・・・・? 


 私は今、できるだけ余計なお金は払いたくない。社団会員になってパスワードをもらって、そこですぐ辞めても、もはや返金してもらえないだろうし、戸倉さんが電話口に出たのは痛恨つうこんのエラーだ。


「アンタのせこい魂胆こんたんは見えてるわよ! でも、取材だったらお金の心配しなくて大丈夫よ。陸泉りくせん町が持っている教育センターIDがあるから。町が賛助会員になっている分のIDがあるわ。陸泉町も鉄道会社だからね」


――陸泉町が鉄道会社?


「アンタ、本当に真剣に取材してんの? 陸泉町は『第三種鉄道事業者』なの!」


 あっそうだった、それで観光鉄道が列車運行だけを行う「第二種鉄道事業者」だったんだっけ、上下分離方式の採用で。これじゃ旅ライターとしても失格だよな・・・・・・。


「取材の場合とか、社団会員になる意味が無いでしょ? だから、陸泉町が持っている賛助会員のIDを使ってもらうのよ。最初の関西芸能人も実はそうなのよ。もちろん、研修費用は町の広報予算。まあ、それをアタシが全部仕切っているってわけ。わかってる? でもさ、あの大物司会者さんは、自腹でやってたから感心したわよね!」


――すみません、それはすごいと思います。が、それなら私にも教育センターのID・・・・・・何とか貸して下さい・・・・・・。


 戸倉さんは、今まで教育センターのIDさえ借りずに取材していた事に対して、再び私にお説教を続ける。それにやっと開放されてから何とかIDとパスワードを聞かせてもらったが、そこで何度も聞き取りを間違える。人間は動揺どうようすると普段の能力さえ発揮できないと言うが、動揺に加え落胆らくたんまでもが私の心をおとしめる。


「来週のイベント、ちゃんと取材に行くのよ! がっちりSLたちが稼いでるからね!」


 そのセリフを最後に、戸倉さんの電話は切れた。ただ、彼女の命令だろうと、来週のイベントやらには行けない。何よりその予算が無いし、すでに三陸は季節的にはもう真冬なのだ・・・・・・。


 電話の後、私はすぐに教育センターのホームページにアクセスする。そして「会員専用」入り口からIDとパスワードを入力するが、何度やってもログインできない。


――(これは、ケンジ君に、あらためて聞き直すしかないかも・・・・・・)


 ケンジ君に電話をする前に、今一度、先ほどのメモを見直してみる。字が汚いので何通りにも読み取れる文字がある。念のため、予想される文字で順に再ログインを試みていると、あっさりと入室が許可された・・・・・・。


 驚いたことに、シンプル極まりない教育センターのホームページに対して、ログインした会員専用サイトには、あらゆるメニューがどっさり並んでいた。これを今さら驚くなんて、戸倉さんの怒りではないが確かに遅過ぎた。それでも、まずはイベント情報と書いてあるコンテンツを開く。彼女が言っていた「がっちり稼ぐイベント」とはいったい何だろうか・・・・・・?


来航祭らいこうさいSL列車運行について」


 唐突とうとつに目に入ったその文字は、都心部でのイベントに、三陸夢絆観光鉄道のSL列車が走る事の会員へのお知らせだった! しかも、来週からの二週間である。これを戸倉さんは言っていたのだ。そして、私は、自宅からわずか三十分足らずのこのイベントのことも、SL列車が走ることも、どちらも知らなかった・・・・・・。


 リンク先にある来航祭の案内によると、港イメージの強い同地区であるが、元々は鉄道発祥の地でもあるので、そちらも観光資源としてアピール行きたいという趣旨らしい。ちなみに来航祭とは、あの黒船が来たことに由来する開港のお祭りなのだ。運河に面したレンガ倉庫の周りにぐるっと七百メートルほどの仮設線路を作り、二両のSLを使って「レストラン列車」と「遊覧列車」の二本立てで走らせると言うが、予約が必要な方のレストラン列車は、すでに開催期間中は満席とのこと。


 この様な大型イベントにSL列車を貸し出せば、けっこうな金額になる事だろう。ただ、気になるのは、そこにイベント協賛会社の一つとして三陸夢絆観光鉄道があるのはわかるが、主催団体の中に「日本鉄道従業員教育センター」すなわち教育センターが入っている事だ。SLの所有権を持つSPC(特別目的会社)ならわからなくもないが、なぜ教育センターが主催団体に加わっているのだろうか? 少なくとも、観光鉄道を除くと地元の大手鉄道会社以外の鉄道関係先は入っていない。


 戸倉さんと私の電話騒動? を後から本社で聞いたというケンジ君が連絡をくれた。私が、教育センターの会員ページに今までアクセスしていなかった事は、すでに戸倉さんから報告済みであった・・・・・・取材者として情けない瞬間である。


「ボクはこちらでの業務があるから行けませんけど、山中事務局長がセミナーをやりますよ。主催者である理由ですか? 当日、ボランティアメンバーが大量に手伝うからです。まあ、表面上の理由は、鉄道教育について一般に広く知ってもらう機会ということですね。何せ日本の鉄道発祥の地でのイベントですから」


 これだけのビックイベントとなれば、安全運営のための警備だけでも相当人件費が掛かる。しかし、ことSL列車に関しては、教育センターのボランティアメンバーだけで十分に足りてしまうらしい、と言うよりも、近場にSLがやって来るのでメンバーがここぞと集まったというのが本当か。でも、これぞまさに都会ならではの動員への強みである。これなら協賛という立場となる事も十分理解できる。

 

 休日はとても対応できないという山中さんからの申し出で、平日の来航祭会場に向かうが、SL列車の行列待ちには驚かされた。本来、全員着席させる予定だったはずが、とても行列をさばけずに初日から満員乗車が続いている。


 問題は、満員の客車を絶え間なくくために、石炭をどんどんきたくとも、やたらの黒煙は出すわけにもいかない事だった。そのため電動モーターによるブースター装置の電源、つまりバッテリー自体も常時フル稼働状態となり、その充電が大変だという状況になっていた。ところが、東野とうの工業大学の岩木教授が、北三陸きたさんりく重工業に提案した「バッテリーは必ず汎用はんようにせよ」が、ここで俄然がぜん効果を発揮したのである!


 元々のブースター設計が、電気自動車の装置一式からの移植に過ぎない。岩木教授は、だったらバッテリーごと自動車のシステムを載せるべきと主張し、北三陸重工業の福嶋社長とめた。福嶋社長は鉄道車両製造が本業なので、自動車用のバッテリーでは余りに小さ過ぎて不安を感じたのだと言う。それに対して岩木教授は、簡単に交換もできない様な巨大バッテリーなど不要、充電が間に合わないならさっさとディーラーからでも買ってくればいい、とまで言い切っていたのだ。そして、その通りの状況が来航祭では起きたのである。先見の明があると言うべきか、たんなる偶然の賜物たまものなのか、恐らく戦場の最前線で活躍するのはこういった人物なのだろう・・・・・・。


 肝心の山中さんは、仮設テントのセミナー会場にいた。当初はレンガ倉庫の中にセミナー会場を予定していたが、想定を超える多くの申し込みがあり、仕方なく仮設テントになったらしい。真冬のテントなんて相当寒いと覚悟して厚着をしたところ、暖房無しでも汗をかくほどであり、冬の東北との気候の違いに驚いていた。


「平日なのに、午前一回、午後は三回ですよ。田舎のイベントなら夕方で終わるんですけどね、都会は夜までやるから、サラリーマンのための夜の部までの対応で、もう私はクタクタです・・・・・・」


 朝から晩まで働く。しかも通勤時間も長い。それが都会のサラリーマンの常識なのだ。きっと山中さんにもその気持ちが少しわかっていただけたことと思う。私は自由業だが・・・・・・でも、申し訳ないが、このわずかの隙間時間に例の【GSRシステム】についての説明を受けたい。テント内には、会場の音楽やアナウンスに加え、時々二両のSL列車の汽笛が交互に入って来る。微妙に音が違うが、こんな事は三陸では気が付かなかった。


 そんな仮設テント内には、およそ百席分の机が並べられている。今はちょうど休憩中のボランティアメンバーらしい人達が談笑しているだけだが、その中には、明らかに高校生くらいのメンバーもちらほら見える。彼らは今日学校はどうしたのだろうか・・・・・・。


――ここにいる彼ら、いやかなり若い女性もいますけど、外で働いているメンバーも、全員が教育センターの所属なんですか?


 私の問いに、山中さんは仕出し弁当を食べながら「高校生は社団会員にはなれません。あの子たちは観光科のある高校の生徒で、これは現場体験実習なんです」と答える。


 大学や専門学校では「観光科」の名前も良く聞くが、今では高校にまであるのか! しかも、これは実習だという。私の高校時代には考えられない授業だ。でも、ずい分と楽しそうでうらやましい限りに見える。


「残念ながら高校生はSL以外のお手伝いですよ。三陸夢絆観光鉄道なら、高校生でも沿線警備の補助とか地域参加のボランティアとして、多少なりともSLの近くで業務をやってもらえますが、何よりもこれだけの参加人数でしょう。もう皆さんがやる気満々で、朝から手伝いにも順番待ちの状況が続いてますからね・・・・・・」


 テント内のシニアメンバーたちがそれを聞いてどっと笑う。どうやら都会に近いメンバーのみならず、わざわざ地方からの参加メンバーも多いらしい。今回は都会観光を兼ねて手伝うのだと言う。


「観光産業における地方と都会の差を痛切に感じましたよ」


 彼らの言葉には、私も確かに同意する。例え天候が悪かろうが、予定していた施設が臨時休みだろうが、都会には他に見るべきこと、やるべきことがたくさんあふれている。それこそ、町をブラブラと歩き、暗くなれば夜景をながめるだけでもきない。都会は二十四時間無休なのだ。


 ところで、私は「メンバーだけで仕切っている」事情、とりわけあの【GSRシステム】に付いて、今度こそ取材をしなければならないのだった。食事中に申し訳ないが、山中さんに取材への予定を聞く。


「個別にご説明する機会は、ちょっとこのイベント内では時間的に無理だと思いますが・・・・・・」


――ええっ、それはちょっと困りますよ・・・・・・ぜひ【GSRシステム】の全貌ぜんぼうについて知らなきゃいけないんです・・・・・・。


 私の強いお願いに、山中さんは首をかしげつつ答える。


「だから、その全貌ぜんぼうをセミナーで説明するということで、今回ご参加されたのではないんでしょうか? 前に送った私の資料の中にも書いてありましたけど・・・・・・」


 う~ん、この取材、やはり私自身に問題があるのか・・・・・・。

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